新たなる旅立ち
ここで私達はニコラスの告白により、彼の実父である宮廷魔術師エドワード・K師の罪を知る。
彼は庶子ニコラスが生まれて間もなく、彼と嫡男の魔術源という臓器を禁忌によって交換していたのだった。
ニコラスは母親を捨てた実父への復讐と、大恩ある養父母を彼らの謀略から守る為に、生贄を捧げてキュベレ神と契約し、その力でヒドラを復活させて、飛空船を動かし、“門”を開く為の魔力を手に入れたらしい。
「大地神キュベレへの供物か。出世に目が眩み、庶子の未来を犠牲にしてまで嫡男を強引に魔術師にしようとするような外道な父親の末路には相応しいか」
アリスお姉さんは真顔のまま、小声で呟いた。
ニコラス達は、民衆に貴族と対等な力を与えようと、更なる叡智を得る為に、三つの秘宝を使った儀式を行い、“門”を開いた。
しかし、ニコラスはどうしても、その“門”に入る事が出来なかった。
それはメイフェスも同様であった。
アリスお姉さんは話を聞いて首を傾げる。
「儀式は失敗したのか……?」
「いや、“門”は確かに『記憶の殿堂』へ通じている」
バーナードはコンソールを操作して状況確認したみたい。
「メイフェスとやらは古代魔術には通じていたようだが、この世界の構造と正しい歴史は知らなかった様だ」
「!……どういうことですか?」
ニコラスは立ち上がって、何かを知ってそうなバーナードを問い詰めた。
「古の時代、『記憶の殿堂』は、絶海の離島に隣接する亜空間に存在していた。しかし、現在は、この惑星から遠く離れた、小惑星帯にある宇宙ステーション内に保管されている」
バーナードは冷ややかな目でニコラスを見る。
「君が契約した大地神キュベレは愛情深い神だが、同時に非常に執着が強い。眷属が大地から遠く離れるような事態を決して許さないだろう」
この言葉にニコラスは衝撃を受ける。
彼が“門”を開く為に手に入れた力が、同時に渇望する願いを断絶する要素でもあったのだ。
ニコラスは絶望して慟哭する。
「何故、貴方がそれを?まさか、貴方は、貴方達は、“星の民”なのか!?」
彼はバーナードと私に憎悪を向ける。
「古代の神々を駆逐して!人々から信仰を取り上げ、メシア教を押し付けた侵略者!」
「それは少し違う」
バーナードは彼の強い怨念を冷静に受け流した。
「確かに当初、星の民はキュベレを初めとした古代の神々と敵対していた。しかし、最終的に両陣営は和解し、神々は『記憶の殿堂』を手放すことに同意した。古代の神々も信仰を蔑ろにして大地を汚す人間達に強い怒りを抱いていたのだ」
バーナードの淡々とした主観を交えない言葉に何の感情も込められていないが、それが却って、身も蓋もない妥当な事実が持つリアリティの重みを浮き彫りにしていた。
「古代神とその信仰も、外部勢力に滅ぼされたのではない。古代の支配者達が傲慢故に失ったのだ。身の程を過ぎた叡智に溺れ、自分達が神より優れた存在だと思い上がった結果、神々の殆どは人間を見限って大地から去って行き、人は神の加護と恩恵を喪失した。そして、迷える民衆は次なる信仰の受け皿として、万民を救済する新興宗教だったメシア教に縋り、当時の権力者は都合の良い権威として聖教会を利用した……ただそれだけの話だ」
ニコラスの顔は絶望の色に染まり、その口は『嘘だ』と形作ろうとするも、眷属として神との魂のリンクから伝わる波動が、この話を真実だと理解してしまったようで、再び座り込んだ。
「殿下、貴方は一体……?」
困惑するアリスお姉さんはバーナードに問うた。
「聖教皇から聞いてないのか?」
「猊下からは『絶対にバーナード殿下を敵に回すな』としか聞いていない」
「そうか。僕は“星の民”の一員で、この星の“調停者”だ。メシア誕生の可能性を秘める世界の存続と安定。そのためならば、英雄にも魔王にもなれる存在だ」
バーナードは毅然とした口調で言った。
初耳ですけど、その話。
アリスお姉さんは本気で困った表情をする。
「はぁー、成る程。うわぁ、今の話、聞かなかった事にしたい……」
「その方がいい。今はこの場を治める事が先決だろう。まず彼の処遇だが」
バーナードはニコラスを一瞥して、アリスお姉さんは本日何度目かの溜息を吐いた。
「どう解釈しても、彼が仕出かした事は重犯罪だ。ただ、情状酌量の余地はあるが、それでも何のお咎めもなしとはならんだろう」
「それは、元より覚悟の上です」
ニコラスはアリスお姉さんを睨みつける。
「私は、そうせざるを得ない状況に追い込まれたから実行しただけです。それを一方的な断罪で束の間の秩序を保ちたいのならば、好きにすればいい。あなた達はそうやって、弱者を虐げて偽りの秩序を守ってきたのでしょう?」
追い詰められたニコラスの逆ギレにアリスお姉さんは怯んだ。
この場は沈黙包まれ、遺物の出す微かなノイズ音だけが辺りに流れる。
「ニコラス・グランド――!!」
誰もが黙りこくった中、唯一、声を上げたのはワジャだった。
「お前、まだ分からねーのカ!!このバカ!!!」
彼女はニコラスの腹にパンチを繰り出す。
「何をするんですか!貴方だって辺境の民、聖教会のやり方には不満だってありでしょう!何故、私に怒るんですか??私は――」
「オレの為にやったとかほざいたラ、本気でボコボコにするからナ!!もう少しデ、みんな死ぬ所だったんダゾ!!!」
ニコラスは口を閉ざした。
彼女は肩で息をしながら、必死になって呼吸を整えてる。
そうして、深い息を一つ吐き、呟く様にボソッと言う。
「オレが怒ってるのハ、何で一言も相談しなかっタ?オレは友達じゃなかったのカ?」
「……」
ニコラスはこの言葉に返答出来ない。
出来る筈がない。
それ程、ワジャに対する彼の裏切りは、非常に根深く、許しがたい行為だ。
「でも、これでよーく分かっタ!」
ワジャは返答を待たずに、腕を組んでニコラスを睨みつける。
「お前は口で言っても分からない視野の狭い大馬鹿野郎だってナ!だから、これからはオレガ、道を踏み外さないようニ、ちゃんと見張っているかラ!もう、決めたからナ!!」
ワジャのこの言葉を聞いたニコラスは、驚愕し、そのまま停止して……そして、次第に泣きそうな顔になった。
「何を言ってるんですか……貴方は……また勝手に人のことを決めつけ……押し付け……余計なお節介を……」
ニコラスの目から溢れた涙が地面に落ちた。
ワジャはアリスお姉さんに顔を向ける。
「フンッ!なぁ、教会の姐さン、どうせコイツ、破門の上に国外追放処分なんだろウ?」
「ああ、本来ならば、処刑されてもおかしくないが、彼はまだ未成年な上に、生い立ちの諸事情を考えると、その辺が妥当な落とし所になるだろう」
「アンタらのおかげで、辺境ハ、押し付けられた追放者の扱いは慣れてるからナ!馬鹿な小僧が一人増えた所デ、どうってことはないサ!」
「色々、申し訳がない……」
メシア教会は辺境諸国に対して不遇な待遇を強いてる上に国内の犯罪者を不法投棄している状態だ。
如何に聖教皇に全権委任されている立場でも、ここは平謝りするしかないだろう。
ニコラスの問題は、完全に片付いたとは言えないが、ここから先はワジャに任せるしかないだろう。
本人もそれしか生きる道はないという事は理解したようだ。
「さて、最後は、この“門”だが、これをこのまま放置しておく訳にはいかない。万が一、誰かに悪用でもされたら、世界に混乱を巻き起こす」
バーナードは“門”の外枠に手を置いて言う。
「それなら、聖教会が責任を持って管理と封印をするつもりだが……」
「君達を信用しろと?」
バーナードは、基本的に人間不信で疑い深い性格な上に、元々聖教会には良い印象がない。
しかも先程、欲が出た七冥のメンバーと口論をしたばかりだ。
アリスお姉さんも、所属組織の信用度の低さを理解したのか、それ以上の言葉は出ない。
「今すぐにでも、この“門”は閉じなければならない。この星にある『記憶の殿堂』へ通じる全ての“門”を完全に封印するには、向こう側のコンソールを操作する必要がある。さっき確認したが、あちらのシステムは正常に作動しているようだ。だから生命維持活動は問題なく出来るだろう。しかし、一度、この“門”を通過して閉じたら、別ルートで、この星に帰ってくるのに年単位の時間が掛かるし、最悪戻れない可能性もある……」
彼は私の顔をジッと見つめる。
「ここから先は何が起こるか分からない」
この“門”の先にあるのは、本物の未知の世界だ。
「それでも、僕と一緒に来てくれるかい?アリス」
今までの経験も、前世の記憶も、ましてやゲームの知識なんて通用しない世界だろう。
だけど、私の答えは決まっている。
「うん!もちろん!!」
私は彼の手を握りしめる。
バーナードは心からの微笑みを浮かべ、私を抱きしめた。
「待ってくれ!!」
不意に呼びかける声で振り返ると、ダンとクリスがこちらに駆けつけてきた。
「我々も連れて行ってくれ!!」
「わたくし達の能力はきっとお役に立つ筈です」
二人は決意が篭った眼差しでこちらを射抜いた。
「いいだろう。正直二人では人手が足りない」
バーナードが許諾すると、ナンシーが小さな悲鳴をあげた。
「ひ、姫様ー?お待ちになってー!!」
ナンシーはこの後小一時間ゴネた。
「どうしても行くというのなら、私もお供いたしますわー!」
「……」
クリスは姿勢を整え、王族の顔と声でナンシーに語りかけた。
「わたくしは臣下である貴方に命じます」
この言葉にナンシーは悲痛な顔で息を飲んだ。
「愚弟を……リオンの事を支えてやって欲しいのです。わたくしの分まで……これは、親友としての願いでもあります」
ナンシーはクリスの命を聞いて泣きそうな顔になった。
「姫様……その、お願いは、ずるいです……断れません……わ……」
クリスは、手に持っていた鉄扇をナンシーに手渡し握らせて、その手を両手で包む。
「これに関しては、貴方しか頼める者がいないのです」
「ううう……」
クリスがナンシーを説得している傍、バーナードはマイクル、ジョージと話をしている。
「家族と関係各所と、“組織”への事情説明をお願いしたい」
「ええ、分かりました。何とかしましょう」
「何が何だかさっぱりだが、任せろ!」
「後の事は頼んだ」
多分、お兄様に滅茶苦茶詰められるだろうな……ごめんね。
レイ・ソーマは三つの秘宝の一つ、“守護獣の鉤爪”を手に大喜びだった。
「やった!使命を達成できたぞ!」
「おめでとう!ニンジャ・ガール!」
「ふふふ。この功績があれば忍者認定まではいかずとも侍免許皆伝くらいは賜わるかもな!」
「そういう制度だったの?」
話は見えないが、この世界での忍者の扱いが謎すぎる。
関係者への連絡を一通り託した後、バーナードはドルキャスにコンソールでの操作を説明している。
「僕らが“門”を通過したら、すぐに、コマンドを入力してくれ」
「分かりました。あの、ご面倒をお掛けして、すみません……」
「君は理不尽な災難に巻き込まれた被害者だ。それに、ここで“門”が開かなかったとしても、いつかはやらねばならなかった事だ。だから気に病まないで」
「はい……」
指示を出し終えたバーナードはアリスお姉さんに向き合う。
「では後は聖教会で何とかしてくれ。せめて向こうでの作業を終えるまで、ここはしっかり封印してくれ」
「ああ。この一帯は、あたしが何としても封印する」
「頼んだ」
そして、私たち――私とバーナード、ダンとクリスの四人は横一列に並んで、“門”の前に立った。
今、この四人で――『ミューゥゥゥ!』あ、プルマもいた。
この冒険で文字通り一皮剥けた小さな友達も、私の肩に乗って、異界への扉を見つめている。
「さあ、行こう。新たな冒険の旅へ」
バーナードはそう言って、“門”へと一歩踏み出した。
私は振り返って、みんなを見渡した。
みんな心配そうにこちらを見ている。
ただ、一人、ニコラスだけは泣きそうな、心なしか恨めしそうな顔で私たちの旅立ちを見ていた。
色々気の毒ではあるけど、完全に自業自得だよ……。
ニコラスの視線に気がついたワジャは少し強めに彼の背中を叩いた。
思惑が錯綜する中、アリスお姉さんとVB少年は、引き締めた顔でサムズアップしてくれた。
私は不安を振り切って、みんなに大きな声で言った。
「じゃあ、行ってくるね!」
私は大きく手を振って、バーナードの手を握りしめて、“門”の向こうへ足を踏み入れた。




