理想郷への門〜マイクルの視点
古代の飛空船は静かに人里離れた森林地帯の空を飛んでいる。
俺はその後方部に、しがみついていた。
ケイトを見失うまいと無我夢中で行動した結果だ。
季節は夏も終わり秋の気配が漂う頃、上空は冷気に満ちており、俺は寒さに震えつつも、必死にしがみついていた。
体力の限界と冷気で意識が朦朧としかかった頃、ようやく船が減速した。
ここまで、国内警備の介入が無かった事から、何らかの認識阻害の結界を展開している可能性が高いようだ。
古代船が敵の拠点に格納され、俺は即座に物陰に隠れ、周囲から人の気配が消えるのを待った。
この拠点は外観から察するに、格納庫を除けば、然程大きくは無い。
俺は自作の小型探知機を手に持った。
追い詰められたローレンツ家一派が、要人であるケイトに何かするのでは、と心配して彼女に贈った自作のアクセサリー型発信機が、こんな形で役に立とうとは思いもよらなかった。
探知機を確認しても、ケイトの居場所もそう離れてないようだ。
俺は天井裏に侵入して、信号を頼りに彼女の居場所を目指した。
□
狭い空間に張り巡らせた配管の間を、目的地へ目指して匍匐前進で近づいた。
探知機からの情報では、彼女達が囚われているのは、奥まった小部屋のようだ。
進む先から声が聞こえる……。
「――大丈夫よ、ドルキャス。きっとみんな、助けに来るわ」
ケイトの声だ。
怯えるドルキャスを励ましている彼女の姿が、自然と目に浮かぶ。
「……でも……もし、来なかったら……」
「いいえ、それは絶対に無い。マイクルは、ヒューバートは、何があっても絶対に来てくれる。大事なパートナーなら、彼を信じなきゃ!」
「ああ……バート……」
俺は焦る気持ちを必死に抑え、周囲の気配を探る。
気持ちは今すぐ二人の元に駆けつけたいが……複数の人間が近づいてきた。
鍵が解錠する音がして、重い扉が軋むように開いた。
複数の足音が部屋に入る。
「出ろ」
男の低い声の後、探知機上の点は、再び移動を開始して、俺も後を追った。
□
天井裏から下の様子を伺うと、二人は私兵に連れられ地下へと続く階段を降りて行った。
俺は彼らと距離を取りつつ、天井裏から通路に降り、物陰に隠れながら追跡する。
途中で、二人を連行した私兵が引き返してきたので隠れてやり過ごした後、先へと急いだ。
奥の部屋を覗くと、ニコラスとケイトが対峙している。
「これは……この遺物は、一体何なの?ニコラス」
背後のドルキャスを庇うように彼女は問いただした。
三人の前には巨大な装置があり、それは、表面に複雑な術式が描かれた金属製の丸い額縁のような構造物だった。
一見しただけでは、どういう機能があるかは分からない。
「これは古代人が残した“門”ですよ」
「“門”?」
「ええ。ちゃんと手順を踏めば異界へ通じる扉となります」
予想外の情報に戸惑いを隠せないケイト。
「異界……これが私達に何の関係があるというの?」
ニコラスは後ろで手を組み、ニヤリと笑った。
「この“門”を開くには、膨大な魔力と三つの秘宝、それと古代人の血を持つ者の認証が必要です」
「魔力と秘宝と古代人……それで、ドルキャスを?」
「ええ。もっとも、魔力に関しては手持ちで何とかなりましたが、認証に関しては我々だけでは上手くいかなくてね。どうやら純度の高い古代人の血が必要なようです」
「でも、ここに三つの秘宝なんてないでしょう?」
ニコラスは首を横に振った。
「“守護獣の鉤爪”は入手済みです」
レイ・ソーマが公国の密命によって留学してきたのは盗まれた秘宝の探索が理由だった筈だが、彼らの仕業だったのか。
「“太陽の鏡”に関しては現物こそ手に入れられませんでしたが、帝国の第二皇子の協力を元に、材質調査を行い、精巧なレプリカを作成しました。すり替えは流石に無理でしたが、儀式の使用には問題ないでしょう。しかし、本物ではないので、ほぼ使い切りとなります」
まさか奴らのような胡散臭い組織が、帝国の継承権がある皇族と内通していたとは。
この秘密結社は、古代の遺物を多数所持している事といい、想定以上に危険な組織のようだ。
「そして、聖剣レインメイカーは……」
ニコラスがそこまで言った次の瞬間、
突然、赤のロングコートを着た男が、ケイトの近くに現れ、その首を掴み上げ、何らかの魔術を使用したのか、赤い光が迸った。
「ぐっ……!!」
彼女が苦悶の声をあげ、俺は自分を抑え切れずに飛び出した。
「ケイト――!!」
閃光が収まると、彼女の身は力なく崩れ落ち、黒い瘴気が蛇の形態で首に絡みついている。
「そこから動くな」
赤いコートの男は俺を制する。
「動けば、彼女の首は胴体から離れて二度と繋がりませんよ」
俺は足を止める。
ニコラスは驚きもせずに言葉を繋ぐ。
「ケイトリン・フォスター嬢が、ここにいれば貴方は必ず現れると信じてました。予想よりは早かったですが……想定の範囲内です」
俺は思わず彼に聞いた。
「だから、ヒドラを復活させたのか?俺に聖剣を持たせる為に」
「そうです。今の所、聖剣を使えるのは、貴方だけのようですから」
正気とは思えない。
ただそれだけの為に、大魔獣ヒドラをダンジョン外に解き放ち、しかも浄化する術のない暗黒瘴気まで使って何を起こそうというのか。
「ともかく、人質の命はこちらが握っている。大人しくこちらの言うことを聞いてもらおうか」
赤い男は嫌らしい笑顔で圧迫してくる。
……万策尽きたかと思えた、が、
「ふざけないで……」
ドルキャスは小さく呟いた。
彼女はゆっくり立ち上がる。
「ケイト様に何かしたら……あたしは自害するよ……!」
彼女の顔は青ざめていたが、その目は真剣そのものだった。
その覚悟の眼差しにニコラスと赤い男は一瞬怯んだ。
「ねぇ、ニコラス……何故、こんな事をしたの?友達を危険に巻き込んでも、やらなきゃならないことって、一体何?」
ドルキャスの問いにニコラスは真顔で答える。
「今の世の中を大きく変えるには、既得権益を握っている腐敗貴族の淘汰が前提です」
「みんなだって、そう思っているよ。だから、今まで、クリス様やリオン様が主導となって頑張ってきたのに……それなのに何故……」
「それでは意味がないんです!」
ニコラスはドルキャスを睨みつける。
「どれだけ清廉でも、王族主導では、下らない血縁ばかりを重んじる今までの古い仕組みを一掃する事は出来ません!我々は、古代に立ち返り、秀でた者が能力に応じた責任と権利を担う社会を一から構築しなければならない!そうしなければ、理不尽な搾取に苦しむ民を救うなど到底無理なんです!!」
ニコラスの目は赤く輝く。
「その為には、道を遮る……全てを破壊する!」
彼の気迫に呼応するように、周囲の地面から黒い瘴気が立ち込めて、足首に絡みついた。
ニコラスは生まれつき魔力を持たない筈だが……今の彼からは明らかに“魔”の力を強く感じる。
彼を侮ってはいけない、と、俺の直感が訴える。
今すべき事は、助けが来る事を信じて、少しでも時間を稼ぐことだろう。
「ニコラス、その“門”の向こうには何があるんだ?」
俺は彼に問うと、彼は薄く笑みを浮かべた。
「古代の叡智の結晶、“記憶の殿堂”です」
その目は遠くを見つめ、言葉には熱が篭る。
「人は太古の昔、この地に高度な文明がありました。この地上で太陽を人工的に産み出し、そのエネルギーは大いなる繁栄をもたらしました。高速の飛空船がいくつも都市間を飛び、空を貫くほどの塔をいくつも建て、人語を解するゴーレムを奴隷のように使役して、理想郷を築き上げたのです」
彼は不意に顔を引き締める。
「今、王族やメシア教会に対抗するには、それだけの強い力が必要です。民を無知蒙昧な状態から引き上げ、民衆自身が叡智を用いて既得権益に異を唱えなければ、この世界の構造を変える事など出来ません!」
ニコラスの恍惚とした表情に対し、赤い服の男は無の表情で頷いている。
「この“門”の向こうには、古代人の叡智を記した書物があり、古代魔術を初めとした多くの分野の基礎から応用までの学問を学べる場となっていると伝えられています。その叡智をこの世界の民衆に広く伝えれば、王族への依存が強すぎる偏った今の社会制度を駆逐することが可能となりましょう」
古代人の叡智を讃えるニコラスに対して、俺がどう交渉しようか、冷や汗を流して必死に思案していると、赤い男が不意に口を開いた。
「何、無駄な時間を掛けているんですか。バカに説明しても意味はないですよ!」
彼がケイトに指を差すと首に絡みついている蛇から黒いオーラが膨れ上がって彼女は宙に浮き、地面から立ち上った瘴気が、その体を締め上げた。
俺とドルキャスが咄嗟に身構えると、彼は手で其れを制した。
「殺さなくっても苦しめるくらいなら幾らでも出来るんですよ!なんなら、顔に癒えない傷でも付けましょうか?それとも手足を潰して二度と使えないようにしても良いんですよ!」
彼の振る舞いにニコラスが苦い顔をする。
「やめてください!」
「こんなカスども相手に手こずってどうするんです。下手に交渉可能だと思われるから舐められるんですよ。何かあったら自害するぅ?ハッ!貴方が勝手に自害したら、他のオトモダチとやらを死ぬより酷い目に合わせてやりますよ!それでもいいんですか?」
「いい加減にしてください!」
ニコラスは苛立っている。
二人の応酬を聞いて、ニコラスは自分の意思で行動している可能性が高いと感じた。
それは、予想していたよりも……不味い事態だ。
彼が、この不快極まる赤い男に何らかの術で操られているだけなら、それを解除すれば済む話だが、今のニコラスは極めて正気で、しかも、自分の行動が正しいと確信している。
この状態の人間を短い時間で説得するのは非常に困難、不可能といってもいい。
それに、赤い男の反応を見ても、彼がニコラスを騙している気配は感じない。
俺の直感では、この男は信用できない詐欺師だと感じたが、一般的に詐欺師は二種類いる。
嘘を吐いて他人を騙すタイプと、真実だけを語るが都合の悪い部分を隠す事で人を操るタイプだ。
そして、厄介なのは圧倒的に後者のタイプで、この男もそうなのだろう。
彼は不愉快ではあるが、恐らく嘘は吐いていない。
何故ならば、この性格の悪そうな傲慢な男がニコラスを騙しているのなら、先程、彼の語った理想郷の夢想を嘲笑してもおかしくないが、そういう反応は今の所見せていないからだ。
口先だけの説得では、この切羽詰まった状況を変えられそうにない。
現状の悪さを悟った俺は――決断した。
「分かった」
俺がそう言うと、全員がこちらを見る。
「ニコラス、一つだけ聞かせて欲しい。君は本当に、善意で、迷える民衆の為に“門”を開けようとしているのか?利己的な野望ではないと?」
ニコラスの目をしっかり見て言うと、彼は俺から目を逸らす事なく肯定した。
「ええ。私はどうしても、声なき民衆の為に、この世界を変えたいのです。我欲に基づくものではない、と、我が主、キュベレ神に誓いましょう」
間違いなく彼は信念を持って行動している。
彼が悪意に基づき私利私欲で社会を害する行動をしているのならば……自分と友の命を犠牲にしてでも止めなければならないだろう。しかし、彼の真剣な眼差しはあくまで強い善意で輝いている。
「協力したら二人に危害を加えないと、約束してくれるか?」
「マ、マイクル――!?」
苦悶の表情を浮かべていたケイトが上半身を起こす。
「ええ、手助けして頂けたら約束は守ります。この男の好きにはさせません。私が守ります。メイフェス、ケイトリン嬢の拘束を解いてください」
ニコラスは赤い男に呼びかけるが、メイフェスとやらは不満そうだ。
「貴方は甘いんですよ」
「ここで争っていたら後続の救援部隊が到着してしまいます。それに彼は交わした約束は必ず守る誠実な人です。そもそも、殺すだけなら何時でも出来ます。そうでしょう?」
最後の一言は俺の背筋をゾッとさせた。
メイフェスは鼻を鳴らして、ケイトの首の蛇は解いたが、瘴気による拘束は維持した。
「ふんっ。さっさと儀式を始めてください」
ニコラスは懐から曲がった宝玉を取り出した。
あれが“守護獣の鉤爪”だろうか。
彼は光り輝くソレを巨大遺物の前に設置された書見台のような装置に嵌め込む。
次に、メイフェスは複雑な装飾が施された丸い鏡――多分、“太陽の鏡”のレプリカだろう――を両手で持って構えた。
「マイクルさん、お願いします」
ニコラスに呼びかけられ、俺は頷き、聖剣レインメーカーを頭上高く掲げる。
聖剣から眩い光が溢れ、その光の剣先を“太陽の鏡”に向けた。
剣から放たれた輝きは鏡に向かって直進して反射、その光は遺物に嵌め込まれた“守護獣の鉤爪”を直撃する。
それと同時に偽りの“太陽の鏡”は砕け散った。
巨大遺物は起動を開始し、書見台に古代文字が浮かび上がり、高速に下から上へと流れていく。
「ドルキャスさん、さぁ、“門”を開いてください」
ニコラスに促された彼女は躊躇いながらも書見台に近づき、その上の装置に手の平を置いた。
『血の盟約に基づき、命じる……“記憶の殿堂”、叡智に通じる“門”、今こそ、開け!』
彼女が古代語で宣言すると、遺物の表面に描かれた術式が光を帯びる。
そして、振動と共にゆっくりと“門”が開かれた。
“門”を縁取る金属製の輪の中、何もなかった空間に斑らな紫色の半透明の幕が広がり脈動する!
「ああ……ついに……待望の……夢にまで見た……叡智の元に……今!」
ニコラスは目を輝かせて、“門”に歩み寄った。
確信犯!(not誤用)




