復讐と大望(2)〜ニコラスの視点
やがて、私はセレスティアル学園に入学する。
魔術の才能がない自分が魔術コースに入る事に、周囲には奇異に思われたが、私が考えていた以上に、そこは実力主義の世界だった。
なので、必要な成績さえキープ出来ていれば、不合理に排除される事はなく、実親に捨てられた元孤児の私には居心地は良かった。
最初は無理な気負いで自分を追い詰め気味であったが……初めて出来た友人という存在で救われた面はある。
ワジャジャ・モジョーという留学生の少女。
初めて接する異国人に対して、文化の違いに戸惑う事も多かったが、彼女の楽天的で前向きな明るさは、今まで触れたことのない、眩さを放っていた。
そして、社交的で人懐っこい彼女を通じて増える個性的な友人達との交流。
充実した学園生活の中で、復讐という暗い情念は静かに浄化していくかに見えた。
しかし……残酷な運命の歯車は、止まる事はなかった。
◆
「いやはや、貴方の実の父君は想像以上にクズのようで」
メイフェスは例の醜悪な笑顔で楽しそうに嘯く。
秘密結社とは、以前より疎らだが定期的な情報交換は欠かしてなかった。
彼の見立てでは、諸悪の根源であるローレンツ公爵家はゆっくりと没落に近づいているらしい。
「ローレンツ公爵にしても、エドワード・K師にしても、嫡男の教育を間違えましたね。しかも、廃嫡する決断も出来ない。現状維持の為だけに形振り構わず格上を敵に回した以上……このままだと代替わりする前に終わりますよ」
「……それで、黙って共倒れしてくれるんでしょうか?」
「まさか!あの畜生は、いかなる手段を用いても保身に走るつもりのようで」
エドワード・K師は、ローレンツ公爵家と組んで、裏で数々の禁忌に手を染めているらしい。
「どうせ、それも貴方が唆したんでしょう?」
「はっはっはっ、ご子息は父君と違い聡明でありますなぁ!」
実父はローレンツ家の暗愚な子息を利用して、禁忌が関わる実験を多数行い、その成果を持って首席宮廷魔術師の座を獲得しようとしているとの事だ。
「愚かすぎる……」
「しかし、今のままだと、確実に貴方も巻き込まれますよ。あの者達に古代魔術を用いた実験結果の高度な解析など出来ませんからね」
嫡男ゲルトは魔術コースへの入学資格を満たせず浪人中で、一方の私は学園での学力評価は高いだけに、その事は大きな不安材料だった。
「貴方は、どちらの味方なのですか?」
話を聞く限り、この男は実父との関わりを未だ維持している。
普通に考えたら、同じ組織に属していても、国内での力関係を考えたら、こちらに肩入れする理由はない。
「誰の味方もするつもりはありませんよー。強いて言うなら、より大きな混沌を呼ぶ方に肩入れしたいですねぇー、くっくっくっ……」
……本当に、この男は最悪だ。
しかし、安易に人体実験のような禁忌に手を出すような者を、国の中枢に置くべきではない。
ましてや、実父が首席宮廷魔術師になろうものなら、魔術に携わりたい私の進路が絶たれるのは目に見えている。
自然に落ちぶれるか、自滅を黙って待っていたら、手遅れになるだろう。
私は……実父に対抗する方法を必死に考え続けた。
◆
それでも……私は一線を超えたくはなかった。
確かに、復讐を果たしたい気持ちはある。しかし、それは最後の手段にしたい。
自分がそれに着手したら、現在の安寧の日々は全て壊れてしまうだろう。
それに、国家を、友を、敵に回す可能性だってある。
しかし、結局の所、問題の根幹は上流階級の腐敗と既得権益による富と知の独占にある。
その構造自体を破壊しなければ、愚かな人類は同じ事を何度でも繰り返すだろう。
だが、今の手持ちのカードで、願望を成し遂げるのは、非常に厳しい……。
メイフェス曰く、三つの秘宝なる伝説級のアイテムを揃えて、切り札があれば、この世界の既得権益を無力化させる事が可能だと言う。
三つの秘宝に関しては、現在秘密結社が裏で暗躍しているが、どう考えても、決定的な切り札が足りない……私は、そう自分に言い聞かせてきた。
だが、運命は私の目の前にあっさりと、それを転がした。
学生時代の思い出作りくらいの考えで、軽い気持ちで参加したヒドラ討伐。
私は瀕死状態の敵の咆哮を食らって、気絶してしまったが、残った仲間が奮闘し、目が覚めた時には全てが終わっていた。
そして、私の目の前に、“ソレ”があった。
――ヒドラの心臓。
私は、この先に待ち受ける宿命に震え、不可避な運命の残酷さを呪った。
◆
最早、後戻りは出来ない……。
私の計画を聞いた、メイフェスは、それはそれは嬉しそうだった。
「そうそう、そういうのでいいんですよ。クソみたいな社会通念を打破するのに良心なんて、何の役にも立ちませんって」
この男の意見に同意なんかしたくなかった。
だが、私の進むべき道はそれしかない……そう信じたかったのだ。
しかも、実父は、私の大事な家族であるグランド男爵夫妻を害する計画まで立てているという。
養父母の死後に救いの手を差し伸べれば、子供の私など容易く御せれるとの考えなのだろう。
そして、実際に、グランド家が手がける事業に対する陰湿な妨害活動は徐々に始まっており、無視できない被害も出ている。
今まで地域の顔役として裏社会の勢力とも渡り合ってきたグランド男爵は、並の貴族の謀略程度で、殺されるような甘い人物ではないが、実父も国内情勢の悪化に伴い、形振り構っている状況ではない。
既に、一刻の猶予もない……。
いかなる理由があろうと、これから犯す父殺しの罪は、私がこの世に誕生した時から定められていた運命だったのだろう。
私は必死に自分に対して繰り返し、そう言い聞かせた。
◆
――そして、リオン王太子率いる反乱勢力とローレンツ家との直接対決が目前となった、ある日……。
私がエンシェント・シルヴィアの秘密基地に到着した頃には、儀式の準備は全て整っていた。
祭壇には、実の父であるエドワード・K師と、腹違いの兄弟であるゲルトが拘束された状態で横たわっている。
これまでメイフェスは実父に対しては、金さえ受け取れば何でもする外道魔術師の仮面で接してきたらしい。
実際のこの男は本物の狂人で、金どころか社会が生み出す価値を支える基盤自体の破壊を目論んでいる、悪魔としか言いようのない輩だ。
彼は実父に、王太子主導の民権派による実質クーデターの計画をリークした上で、ほとぼりが冷めるまで隠遁する事を勧め、実父一家は愚かにも、これに疑いもなく従った。
メイフェスの手際は良く、既に計画に不要な夫人と側仕え達は処分されているらしい。
父とゲルトは何故こうなったのか理解してないようで、呆然としている。
それでも、一応、宮廷魔術師である父は、これから何が起こるのかは、大体察してはいるようだ。
青ざめた顔で小刻みに震えている。
結局、この男は一度も私という存在に向き合おうとはしなかった。
彼にとって、血の繋がった家族といえども、単に自らの出世の道具としか見做していなかったのだ。
もし、彼が一度でも……例えそれが、上から目線で一方的な通告だったとしても、彼が私の父親と自認して、直接何か語りかけてくれれば……結果は同じだったとしても、私の苦悩はもう少し深く、痛みが伴ったのだろう。
だから、安心して……この血縁を切り捨てる事が出来る。
「貴方には感謝しているのですよ」
もし、私が、ここで反撃しなければ……相手は、これ以上の苦痛を強いてくるのは確かだ。
「私に少しでも魔力があったら、並の魔術師で終わってましたからね……しかし、私の大望の障害となるのならば、容赦はしません」
私は祭壇に描かれた術式を通じて、父の魔力を御神体に注ぎ込む。
父は、その苦痛に声なき絶叫をあげる。
この祭壇は、古代王族が崇拝していた大地神キュベレに通じている。
キュベレ神は、当時最大勢力であったミトラ神に匹敵する程の勢力を誇っていたが、新興勢力であるメシア教に敗れ、地底に堕ちたとされている。
今では信徒も少なく、忘れられた神であるが……その信仰の脈動は、まだ生き絶えてはいなかった。
メイフェスは十分な供物を持って儀式を行えば、その力の一部を身に宿す事が出来る、と私を誘惑した。
「地底で眠る、いと尊き主よ……」
私は長い詩のような詠唱を捧げる。
声を上げて詠唱する内に、気分は高揚とし、周囲に古代の魔力が満ちるのを感じ取った。
この儀式が成功すれば……私は膨大な魔力を手に入れ、暗黒瘴気を操る力を手にいれる事ができる。
詠唱は最骨頂に差し掛かった。
「魔術師の最も大事な器官を、生贄と共に我が主に捧げます……」
本来、この儀式は、魔術師自身の“魔力源”を神に捧げる事で完結する。
神はこの儀式を通じて術者の忠誠と自己犠牲の象徴を受け取り、その対価として、魔力源の代わりとなる“眷属の証”を術者に授ける。
私の魔力源は、生まれてすぐに奪われてしまったとはいえ、今はゲルトが持っている。
祭壇から黒い瘴気が漂い、それは長くのたうち回る触手となって、私達に絡みつくと同時に、祭壇の前に黒い渦が発生し、異界に通じる穴となった。
父と兄は精一杯抵抗を試みるが、触手の力は強く、為す術もなく、宙に空いた黒い穴へと引きずり込まれた。
二人の姿が消えると、私の体が……生まれてから機能した事がない魔力源が熱く反応し、新たな力が宿った。
復讐を成し遂げた思いと、新たな力を得た高揚、そして、父殺しの罪悪感……全てが混ぜ合わさった結果、私の顔は笑みで歪んだ。
今まで体験した事のない恍惚が私の全身を包む。
――圧倒的な、愉悦!
今の私は……メイフェスの、普段嫌悪している、あの醜悪な笑みと同じ顔をしているのだろう。
何故か私は可笑しくて堪らなくなり、その場で笑い続けた。




