復讐と大望(1)〜ニコラスの視点
私の名は、ニコラス・グランド。
宮廷魔術師エドワード・K師の庶子として生まれるが、鑑定の結果、魔力が乏しかった為に、魔術師の一族に加えるに相応しくないと判断され、母方の縁者で子宝に恵まれなかったグランド男爵家に養子として出された……事になっている。
養父母であるグランド男爵夫妻は、私を実子と同じように養育し、可能な範囲で教育の機会を与えてくれた。
その事には感謝している。
「進路において私達の事は気にするな。当家は男爵家だが賜われた領地もない一代限りの爵位だ。君は自分の将来の為に、自己研鑽と自立する手段を手に入れる事を優先したまえ」
慈善家で知られるグランド男爵夫妻は、適度な愛情と厳しい規律を持って私に接してくれた。
元々、実父に認知すらされていない孤児の立場からすると質素ではあるが、貧窮もせず高度な教育を受けられた自分は幸運だと思っていた。
……“真相”を知った、あの日までは。
◆
あれは、私が十三歳になった時だった。
行きつけの古書店にて、無口で無愛想な店主に一人の男を紹介された。
赤のロングコートを身に纏った彼はメイフェス・レストと名乗った。
「どうしても、貴方が知るべき“事実”があるのですよ……」
そう言う男の笑みは悪意で歪んでいる。
私は一瞬で、この初対面の男が嫌いになった。
そして、彼の話を聴き終えた結果、私の穏やかな少年時代は終わりを告げた。
私の心に、小さな……しかし、確実に我が身に破滅をもたらす復讐の種子が埋め込まれたのだ。
◇
実の父であるエドワード・K師は野心家で知られる宮廷魔術師で、首席の座をライバルであるジョン・D師と争っている、ここまでは市井の評判通りだ。
父はパトロンであるフィッツジェラルド侯爵の娘と結婚し、二人の間には第一子である男子が誕生した。
しかし……、
「この息子ってのが、実に大ハズレでしてねぇー!」
メイフェスは私の不幸に繋がる事を心底面白がって話している。
その嫡男は高位貴族としては珍しく、生まれつき魔術の才能を持ってなかった。
魔術師の生命線とも言える“魔力源”なる臓器が機能していなかったのだ。
医学の歴史において、そのような子が魔術師として開花した前例はない。
実父は自分が首席宮廷魔術師として歴史に名を刻むと信じて疑わない高慢な人物で、複数の魔術師の愛人を抱えて庶子を作り、いずれ自分の後継となる嫡男のサポートをさせようと考えていた。
にも関わらず、その肝心の嫡男に魔術の才能に恵まれない……。
「まさか……」
「そのまさか、です」
父エドワードは、庶子の一人である私と嫡男の魔力源を禁忌を用いて臓器交換したのだった。
「彼としても、禁忌など使いたくはなかったのでしょうけど、なんせ、奥方の父君であるパトロンはローレンツ公爵家と関わりの深いフィッツジェラルド侯爵様。その血筋を引いた子を後継者から外すなんて出来なかったのでしょう」
――反吐が出る。
私は反射的にそう思った。
だが、この国の上流階級の腐敗度合いから考えると十分にありえる話だった。
そして同時に、いくつかの疑問が湧き起こった。
「なぜ、貴方がそれを知っているのですか?」
「私が、施術したからですよ。貴方の父親程度では――能力の低さを政治力で誤魔化す必要がある程度の魔術師に古代の禁忌は扱えませんって」
目の前の不快な男は、魔術の腕前は相当なモノなのだろう。人格面はさておいても。
「では、今頃になって私に秘密を伝えたのは、どういう了見ですか?」
正直、実父には何の感情もなく、自分の人生に関わりがあるとは思えない。
それに、この男の話には説得力はあるが、確証は何一つなく、私は信じたくはなかった。
「それについては……男爵様に伺った方がいいでしょう」
「養父さんに?」
「同じ内容でも、私が話すよりは男爵様がお話しになられた方が“事実”を真摯に受け止めてくださるでしょう?覚悟が決まりましたら、ここにいらしてください。私は暫くの間、この店に滞在してますから」
彼は全てを見通しているかのような不遜な目つきでニヤニヤしている。
◇
「そうか、もう接触したか。思っていたより早かったな……」
養父の書斎にて人払いした上で、彼は深い溜息を吐いた。
「あのメイフェスという男は何なんでしょうか?」
「はっきり言って不愉快な輩だが、力を持っている事は確かだ。名ばかりの貴族である我々のような庶民に近い者が上流階級と対峙するには、何らかの切り札が無ければ、単なる養分になるだけだ」
養父は達観した眼差しで、宙を見ている。
「私と妻は、君の母親の遠縁で、彼女は大事な幼馴染だった。彼女は才能ある魔術師だったが、あんな男に騙されて失意のまま、この世を去る事を阻止できなかったのは今でも口惜しく思っている……」
養父は歯ぎしりして拳を握りしめる。
「それでも、彼女の忘れ形見である君が、この先、平穏な人生を過ごせるのなら、この怒りを水に流しても良い、そう思っていたのだが……」
「何か、あったのですか?」
「誤算が二つある」
「誤算?」
養父は窓の外に目をやる。
「一つは、エドワード師の嫡男ゲルトの出来が予想以上に悪い事。もう一つは君の学力が予想以上に高い事だ」
フィッツジェラルド一族は高慢なことで有名で、その性質は、母親メラニーからゲルトにも受け継がれている。
そして、無駄なプライドは魔術師として大成するには、マイナスに働く事が多々ある。
生まれついての才能がないならば、誰よりも努力して、有識者には謙虚に教えを請うべきなのに、素直に膝を折れない心根は全くもって魔術師に向いてない。
貴族令嬢としての生き方しか知らず魔術に造詣のない母親の態度もあいまって、ゲルトは魔術師としては凡庸以下の状態らしい。
「一方、君は実技は置いといても、魔術の理論に関しては、投稿した論文が機関誌に掲載される程の才気を発揮している。このままだと、確実に目を付けられるだろう」
……私は魔術が好きだ。
たとえ、どのような形でも、それに関わる仕事に就きたいと常に考えてきた。
実父が私を認知もせずに捨てたのも、医学的に魔術の才能がないのが理由で、子としては遣る瀬ないが、名門魔術師の家なら仕方のない事だと諦めて今まで生きてきた。
それなのに、実際は、私が生まれて間もなく、身勝手な理由で、その可能性の芽を奪われていたと知り、私の中に怒りの炎が湧きあがる。
その上、体面の為に禁忌にまで手を出した実父ならば、愚かな嫡男の為に、これから私が為す魔術研究の成果を簒奪する事に躊躇するとは思えない。
「君には権利がある」
養父は何の、とは言わないが、それは自明だ。
裏切られた母の無念な思い、目も開かないうちに能力を奪われた私の憤り。さらに権力によって私の未来にまで汚い手を伸ばす可能性……。
復讐しない理由を探す方が困難だった。
「その権利を行使するかどうか、その決断は君の自由意志に委ねたい。だが、私が年長者として何か君に言うとしたら……」
養父は私の目を見て言った。
「その決断を怒りに基づいてしない事を願うだけだ。どれだけ君に正当性があっても、激情に囚われた行動は、周囲の全てを、何より君自身を不幸にしてしまうだろう」
この言葉は、私にとっての最後の良心……良い意味での枷となった。
養父が私怨で復讐を願ったとしても、私は嬉々としてそれを実行したと思う。
しかし、それでも、彼は私個人の行く末を優先して案じてくれた。
私が養父のような人格者の元で暮らす切っ掛けとなった、その点だけは実父に感謝をしている。
この話し合いの後、私は古書店に赴き、メイフェスと契約を交わす。
私は彼が所属する組織――エンシェント・シルヴィアに加入した。
ここから、私と秘密結社との関わりが始まったのだ。
◆
ある日、メイフェスが何故私に手を貸すのか、その理由を尋ねた。
「私はね、この大陸を混沌で掻き回したいんですよ。それが世界の破滅を招いたとしてもね。文明の不滅を思考停止して疑わない、メシア教の教えを信じ切った連中の傲慢さが、どうにも気に入らないんでね」
メイフェスは人格には問題があるが、実父とグランド男爵の両方と密かに取引しているだけはあって、知性は高く、秘密結社の情報網を通じて事情通でもあった。
そして何より、魔術の才能と知識量は宮廷魔術師や賢者達を凌駕しており、なぜこのような奇才が地方で燻っているのか不思議でならなかった。
「どれだけ魔術の才があっても、魔族の血を引く者は国家の中枢、表の世界には入り込めないんです」
普段は巫山戯た口調ながら、この時だけは自嘲気味で表情に暗い影が差した。
彼の思惑は置いておいても、私が彼から学ぶことは多く、その後の三年間は必要な学習に専念していた。
その間は何事も起こらなかった。




