真ヒドラ戦
この戦場には、まだ五体満足な戦闘員が後方支援含めて一万人近くいる筈だが、ヒドラに対抗する戦力としては、明らかに力不足だった。
「兵は今すぐ撤退させた方がいい。あのヒドラの前では前菜でしかない」
以前のヒドラ攻略前に交わした作戦会議でもヒドラに対して、中途半端な攻撃は無意味だとの結論が出ている。
ヒドラを攻略する上で一番厄介な点はHPの自動回復スキルだ。
そのスキルの回復量を下回るようでは、こちらの消耗が激しい分、不利となる。
しかも、このヒドラは高濃度瘴気を纏って、以前よりパワーアップしている。
勇敢な戦士が果敢に攻撃を加えているが、黒い瘴気に阻まれ、本体に届いてすらいない状態だ。
リオンは、素早く撤退を指示し、戦場の兵達は速やかに避難した。
「アリス、最大出力の攻撃を一発だけ放って欲しい」
「了解!」
私はバーナードの言葉を受けて、コマンドを選択する。
「ガンマ・レイ☆バースト!!!」
私が先ほど放った回数制限のある超必殺技を遠慮なしで、ヒドラに向けて放った。
眩い輝きに周囲が真っ白に染まる。
光が収まると、謎ビームで胴体が大きく抉れたヒドラの姿が現れた。
「うん、流石に自動回復を上回る被ダメージのようだが……」
冷静に敵を観察するバーナードだが、その表情は暗い。
ヒドラが苦悶の咆哮を上げると、周囲を囲む瘴気が、その身に纏わり付く。
すると、自動回復の勢いがさっきよりも増して、大ダメージを受けたはずのボディは瞬く間に元どおりになった。
「これは参ったな。ただ闇雲に攻撃を仕掛けていたら、確実に手詰まりになる」
このバーナードの言葉に周囲の兵達の顔は絶望に染まる。
バーナードが真剣な顔で思考を練っているのを皆は祈るように眺めていると……
「みんなー!無事か――?」
場を離れていたマイクルがレイ・ソーマとジョージと共に駆けつけてきた。
「マイクル――!」
リオンを始めとしたメインキャラ達は彼らの元に駆けつけた。
「大丈夫でしたか?ところで、ケイトとキャシーは?」
クリスの問いに、マイクルは無念そうに首を振った。
「寸前まで追いすがったが、後少しという所で、あのヒドラが召喚されて、手が届かなかった。申し訳ない……」
「無理もありません。それにしても、ヒドラをどうにかしないと、二人を助けることは出来ないようですね」
クリスは硬い表情でヒドラの巨体を一瞥する。
「ダン、クリスティーン王女、ヒドラについてもっと多くの情報が欲しい。何か役立ちそうな……あの自動回復を抑える手立てはないか?」
バーナードの問いにクリスは少し考える。
「アレの弱点属性は聖属性と火属性です。もしも、高温の炎で傷口を焼く事ができれば、自動回復を一時的に抑えられそうですが……」
「問題はあの巨体を覆うほどの炎をどうやって用意するか、だ」
バーナードは顎に手を当てて、その頭脳をフル回転させている。
「アレを討伐するには、ここにいる全員の力を合わせる必要がある」
バーナードは皆の顔一人一人を見て言い、全員、決意を秘めた顔で力強く頷いた。
まず、バーナードの指示で、プルマに預けていた聖剣レインメーカーはマイクルの手に渡した。
「聖剣はヒドラにトドメを刺した君を“正統な持ち主”と認めているようだ。いざという時に力を発揮する為にも君が持っていた方がいい」
バーナードは周囲に言い聞かせるように、少し大きな声で言い、意味深な眼差しをマイクルに向ける。
彼は少し怪訝な表情をするが、周囲は当然のように受け入れた。
「それが妥当であろうな」
何より、現場責任者であるリオン王子が認めた以上、異論を唱える者はここにはいない。
「分かりました。為すべき事ならば、死力を尽くしましょう!」
彼は聖剣を受け取り、腰に装備した。
□
全員、戦闘配置についた。
「アイナイズド☆テール!」
私は全体バフをフルパワーで掛けた。
以前とは違い、貴重な魔術師のドルキャスと、前衛戦力だったケイトリンがいないのは痛手だが、こちらには凄腕エージェント七冥の二人に、バーナードと私がいる。
絶え間ない波状攻撃によって、三本ある首の内、一本を落とす。
しかし、二本目は守りを固めたヒドラに私達は決め手をあぐねて苦戦する。
焦りの色を浮かべる私達だが、ヒドラの切り落とした首の切り口は盛り上がり始める。
「不味いな……自動回復がそろそろ発動する……!」
バーナードはそう言うが、私への超必殺技を出す指示はない。
ヒドラは私達を嘲るように愉悦の表情を浮かべる……。
「ちっくしょぉぉぉ!――テメェ!いい気になるなよぉぉぉ!!!」
突然の叫びに驚いて声の主に目を向けると、それはヒューバートだった。
「お、お、俺は、な、何が何でもキャシーを守らなきゃならないんだ!こんな所で足止め食ってられっか!!」
彼は激昂して手に持っていたスリングで、ヒドラの顔を目掛けて渾身の一撃を放つ。
「邪魔すんじゃねぇ!くたばれ!!」
……本来、ただの石飛礫でしかないスリングショットで、強化された大魔獣ヒドラにダメージを与えるのは、どう考えても不可能だ……。
しかし、その攻撃は奇跡を生んだ。
彼の放った一撃は幸運な運命の悪戯でヒドラの無防備な目にクリティカルヒットを与えた。
ヒドラは思わぬ苦痛で苦悶の叫びを上げて防御を崩し、この隙をバーナードは見逃さなかった。
「よし!!全員攻撃!!」
最も非力だと思われていたヒューバートの一撃によって得られたチャンスを、皆は最大限に生かした。
程なくして二つ目の首も落とされた……。
「みんなー!気をつけてー!!」
前回の轍を踏むまいと、私は事前に警告を発した。
そして、それは前回の参加者も十分認識していたようで、前衛に出ていた戦士達は、素早く後方に退いた。
――アギャァァァァァ――!!
ヒドラの渾身の咆哮は、事前の心の準備と、私のバフによって、その効果を大幅に減衰させた。
何とか、一人の気絶者を出す事がなく、全員参加状態で最終フェーズを迎える事が出来た。
一方、ヒドラの怒りは相当らしく、周囲に無差別に範囲攻撃を連発し始める。
これでは近づくことすら出来ない。
どうすれば、いいの……?
「アリス、最大攻撃を奴に放つんだ!」
バーナードの指示が出て、私は慌ててコマンドを選択する。
「ガンマ・レイ☆バースト!!!」
この攻撃は強力すぎるので、一日に五発までしか撃てない。
私のビーム攻撃は発狂状態のヒドラに向かうも、対象は直前で回避行動を取り、直撃を避けた。
しかし、ヒドラの上半身は大きく抉れ、敵に致命傷に近いダメージを与えたのは確かだ。
ヒドラは苦痛に満ちた咆哮を上げ、その身を震わせて傷を癒そうと試みている。
「今だ――!ダン――!!!」
バーナードは、この場にいないダンに呼びかけると、背後から轟音が轟いた。
私が思わず振り返ると……
そこには、この世界にある筈のない……
VTOL――垂直離着陸機……白い戦闘機が宙に浮いていた。
……えっ???
唐突に現れた異世界の近代兵器に、私を含めた全員が度肝を抜かれる。
「イーーーーハーーーーー!!」
『ミュウゥーーーゥ!!!』
声とカラーリングから察するに、あの戦闘機はプルマらしい……。
「ターゲット・ロックオン!!ファイヤーーーー!!!」
『ミュウゥゥゥゥーーー!!!』
ダンの掛け声で戦闘機から発射されたソレは、ミサイルでもナパーム弾でもなく、光り輝く白い炎だ。
流石の大魔獣も、対象を追尾する攻撃を回避できず、その巨体は聖なる炎に包まれる。
――オンキャァアァァァアーーー!!!
高温の炎で自動回復を封じられたヒドラは地面に転がり、のたうち回るが、その肉体は黒い瘴気と共に炎上する。
周囲に肉の焼ける悪臭と苦悶の叫びを撒き散らし、やがて、炎が消える。
後に残ったのは、骨だけとなったヒドラだった。
そして、その中心部には、脈動する心臓が、いまだ衰えぬ生命力でしっかりと息づいていた。
「アリス、奴を拘束して」
バーナードの指示を受けて、私はコマンドを選択する。
「ステラ☆ストリーム!」
ワンドから流れる光の帯は、ヒドラの足に絡みつく。
バーナードは間髪置かずにマイクルに呼びかける。
「マイクル、トドメを――!」
マイクルは、スラリと聖剣をしっかり両手で握り、構えを取ると、剣は光り輝き、周囲を明るく照らした。
その場にいた全員が、この伝説に出てくる英雄の如き姿に、呆然と見惚れた。
マイクルは迷いなく砦から降りて、ヒドラに向かう。
「これで終わりだぁぁぁ――!!」
聖なる輝きで聖剣レインメイカーの刀身は伸びる。
彼は大きく剣を振りかざし、邪悪の根源たる心臓めがけて斬りつけた。
――ア、ア、ア、ア、アギャァアァァァッァッーー!!
ヒドラの心臓は砕け散り、骨格はボロボロと崩れ去っていく……。
――周囲は静寂に包まれた。
「これで……終わったのか……?」
「やったぞっ!マイクルすげぇー!!」
リオンとジョージの言葉が引き金となり、兵達は歓声を上げる。
「た、助かったー!」
「悪は滅びた!!」
「ばんざーい、ばんざーい!!」
「リオン様ー、マイクル様ー!!」
「若き獅子王と新たな勇者の誕生だー!!」
「ま、マジカル・ビーナス様ーー!!」
「お、俺もファンクラブに入るぞー!!」
「うぉぉおぉぉー!!!」
喜びに沸く群衆に、リオンが、ぎこちない表情と仕草で応えようと手を挙げかけた。
だが、ヒドラの屍を乗り越えて奥に進もうとするマイクルの前に、爆音と共に土煙が上がる。
「今度は何だ――!!」
砦の天井を破壊しながら、浮上してきたのは、古代的なデザインの飛行船だった。
螺旋の形状に複雑な術式を描いた巨大な帆を持つ木造の船だ。
その甲板には、ニコラスが無表情に立っていて、さらにケイトリンとドルキャスがマストに縛られていた。
「ケイトーー!!」
マイクルは全力疾走で船に接近するが、浮上のスピードはそれより早い。
追いつけるようには見えないが……彼は懐からアイテムを取り出した。
それは、以前ジョージがヒドラ討伐で用いていた鉤爪が付いた得物だ。
彼がアイテムを船に向けると、鉤爪はワイヤーと共に勢いよく射出されて、船の後部に絡まった。
マイクルはアイテムをしっかり握ると、伸ばされたワイヤーは収束して、船に引っ張られ地面から足が離れる。
彼は空中で大きく反動をつけて弧を描くように底部の羽板に到達した。
バーナードは、ハッとして「プルマ!!」と、背後を振り返り呼びかけると……
プルマは、さっきの攻撃で力を使い果たしたのか、元の大きさでダンの手の上でぐったりしている。
……すぐには回復しなさそうだ。
飛行船は無情にも、空の彼方へと飛び去った……必死にしがみ付いているマイクルと共に……。
「急いで追跡しなければ……」
バーナードは焦りの色を見せる。
「至急、陛下に連絡して飛竜隊の出動要請しよう」
「それでは間に合わない」
リオンはハリーに指示を出すも、バーナードの表情は硬い。
まんまとニコラスに出し抜かれたショックで落ち込む一同だったが……
「殿下」
レイ・ソーマが真剣な表情で呼びかける。
「事前にマイクル殿から、これを託された」
彼女はバーナードとリオンにアイテムを差し出した。
それは手のひらサイズで、方角を指し示していると思われる八つの小さな魔石の一つが明滅を繰り返している。
「これは……?」
「彼自作の探知機で発信機の場所を探知していると聞いた。もしもの際は利用してくれと……」
「助かった!」
リオンはホッとした様子で言い、バーナードはアイテムを受け取った。
窮地で光明を見出した私達は一気に元気付けられた。
「これで、キャシーを助けられる!」
ヒューバートが意気込み、他の者達も疲れを物ともせずに前のめりの姿勢だ。
バーナードはリオンに話しかける。
「だが、急がないと、人質とマイクルの命が危険だ」
「ああ、すぐに捜索隊を編成しよう」
「頼む。我々が先発として追跡する。殿下は後から隊を率いて来て欲しい」
「分かった。貴方に負担を掛けて申し訳ないが……現状致し方ない」
リオンは、同行が無理そうだと悟り、少し悔しそうな表情をするが、王太子に危険に巻き込む訳にはいかない。
「じゃあ、プルマの回復を待って、出発しよう」
バーナードの言葉に全員が頷く。
暫しの休憩でホッとする……しかし、
私達の背後で禍々しい気配が、突如として膨張した。
マイクルが打ち倒したヒドラの残骸から、
高濃度の瘴気が塊となり、見るからに邪悪な気を漂わせて立ち上った。
昏い暗黒の気は、光を吸い込む漆黒の触手となって広がる。
「全員、退避!!」
リオンが素早く周囲に呼びかける。
闇の塊の表面に無数の目が宿り、意識を持っているかの如くただ一点を見つめる。
その視点の先にいるのは……私、アリス・イシュタールだった。
暗黒の瘴気は、形振り構わず、私に集中する。
「――!、アリス!!」
バーナードが咄嗟に手を伸ばすも、私の体は闇の力によって、暗黒が満ちる奈落の底に引きずり込まれた。




