愛を巡る決闘
「貴殿に決闘を申し込む!!」
リオンの突然の奇行に私たちは言葉を失くした。
普段なら側に控えている筈の側近候補のハリーは見当たらず、彼の周囲にいる護衛の者達も止める様子を見せない。
……まさか、これは予定していたことなのだろうか?
私は、無意識にクリスティーン王女達を見る。
「今そんな事をしてる場合ではないでしょう……」「まったくだ……」
しかし、彼女とダンも唖然としている様子からも、事前に話を聞いてないようだ。
「理由は?」
「俺はアリス嬢に正式に交際を申し込みたい。しかし、その為には、まず彼女の隣に立つに相応しいと証明する必要がある。それには、現婚約者である貴殿との対決は避けては通れないだろう」
「ほう……」
バーナードは切れ長の目を細めて、リオンを値踏みするように見る。
「一体どんな姑息な策を仕掛けて来るか楽しみだったけど……まさか、正面から来るとはね。意外だよ」
「俺は王族の端くれとして、民を守る為なら何時でも泥を被る覚悟はある。しかし、無二の愛を手に入れる為に卑怯な手段は決して使わない。それは貴方も同じ筈だ!」
「くくく……面白い」
何乗り気になってるの、バーナード君……。
彼は不敵な笑みを浮かべて言った。
「いいだろう、望み通り相手になろう」
ええー、ちょっと、誰か止めてよー、大人の人ーっ!
私は一縷の望みを込めてアリスお姉さんに目線を向けるが、彼女は面白がってるのかワクテカなツヤツヤの顔で推移を見守っていた……!
「いやー、いいね、いいねぇー、まっこと青春だねぇ!よしっ!このあたしが、立会人になろう!!」
ええぇー、誰か止めてよぉー――!!
□
私の内心の叫びは誰にも届かず……二人は戦いの場へと移動した。
松明で照らされた地下洞窟のような広い空間で、リオンとバーナードは向かい合って対峙している。
彼らは剣先に小さな魔石を取り付けたレイピアを手に持ち、審判役を買って出たアリスお姉さんを挟んで、静かに睨み合っている。
「この決闘は国際標準ルールを採用。レイピアが相手の身体に触れて魔石が光った時点で1ポイント先取と判定する。なお、意図的な急所への攻撃は禁止。相手方への魔術及び飛び道具を用いた攻撃は禁止。先に三ポイント先取した方が勝ちだ。また、どちらかが武器を手放すか、地面に膝を着いた場合も1ポイントとする……これでいいか?」
二人は無言で頷き、背中合わせで剣を掲げる。
「では――構え!」
二人はそのまま真っ直ぐ歩いて定位置に進み、剣を構えた。
真剣な眼差しで互いを睨み、緊張高まる空気の中、最早周囲に決闘を止めようとする者はいなかった。
アリスお姉さんは両者の様子を見て、掲げた右手を振り下ろす。
「始め!」
号令の後、二人は腰を落とし攻撃の機会を窺うように静止したまま睨み合う。
二人から発する殺気を含んだ真剣勝負の圧で室内の空気は張り詰め、見守る者達は固唾を飲んで手を握りしめる。
その沈黙は重く、空気に飲まれた私達の時間感覚は引き伸ばされ、空白の長さは数分か、それとも数秒か、分からなくなる。
そして……先に動いたのは、リオンだった。
リオン渾身の突きを軽く回避したバーナードは軽やかに反転し、彼の背中にレイピアを突き、1ポイントを先取した。
やはり予想通り二人の実力差は大きいようだ。
「これでは対等な勝負とは程遠いな、ハンデはいるかい?」
「ふざけるな。まだ1ポイントだ」
「今回の戦いにおいて君の采配は実に見事だった。それに対する敬意と受け止めてくれ」
「はっ!俺だったら愛する人を失う可能性を自ら生み出すなど考えられん。やはり貴方には彼女を任せられない!」
「君が勝つ可能性は万に一つもない。何なら、僕から1ポイントでも取れたら君の勝ちでもいいよ」
バーナード君さぁ……強いってのは知ってるけど……ちょっと調子に乗りすぎだよ……。
リオン王子は明らかに気分を害したようだ。
「その慢心……度し難い……!」
彼はその鋭い目を更に細め、バーナードに向かって突進の構えを取る。
バーナードはこれを冷静に捌こうと、防御の構えを取った。
……だが、リオンの目は不意に輝き、魔術の光が宿る。
周囲は咄嗟に身構えた。
彼がルール違反を侵すのならば、試合を中断してでも、力ずくで止めなければならない。
「【スピード・ブースト】!」
彼は強化魔術を自身に掛け、加速のついた突進をする。
しかし、その行動は予測範囲内だったのか、バーナードの表情は余裕のままだ。
リオンは更に魔術を使った。
「【リミテッド・ボム】!!」
禁止されている攻撃魔法の使用に審判のアリスお姉さんを含めて全員驚いた。
しかし、その攻撃は相手方ではなく、術を放ったリオンの背後で小さな爆発が起こり、更に驚愕した。
バフに加えて自爆の爆風によって、予想外の勢いで彼の剣先は油断しきったバーナードに迫る。
この瞬間、アリスの目には、全ての挙動がスローモーションで写っていた。
私は舐めプしたバーナードが、ここでポイントを取られても自業自得だよ……と内心考えていたが……“アリス”はそう思わなかった。
――『やめてーーーー!!!』
自分の内側から力が迸るのを感じる。
多分……“アリス”はバーナードに負けて欲しくないのだろう……。
――『私の為に争わないでーーー!!!』
……えっ?
……えー??
それ、今、言うのー????
……。
……私、この娘の考えてる事、良く分からないよ……。
流石、宇宙の神秘、不思議ちゃん……異世界の宇宙人ヒロインの天然思考回路に私は只管戸惑う。
そんな私の困惑を置いてけぼりにして、“アリス”の願いは光となって、その場に満ち溢れた。
レイピア先端の魔石はバーナードに触れる前に砕け散り、リオンとバーナードは光で吹き飛ばされる。
――決闘は一時中断となった。
その後、私は力を暴発させて神聖なる決闘に介入した罪で、アリスお姉さんのお叱りを受け、罰として軽いデコピンを食らった。痛い。
「試合を続行するかい?」
アリスお姉さんは項垂れている決闘者二人に尋ねた。
二人はそれぞれ首を振った。
「……僕の負けだ」
バーナードはいい気になって油断していた事を認め、素直に反省している。
「さっきの発言なら、審判であるアタシが承認していない以上、正式に採用されてない状態だ。試合の継続には問題ないぞ……?」
彼は俯いたまま首を横に振った。
「男として一度放った言葉を安易に撤回するような姑息な真似は出来ない。負けは負けだ」
「でもなぁ……」
「いや、俺も続行する気はない……決闘の意味は無くなった……」
だが、格上の相手に一矢報いた筈のリオンも、相手と同じくらい落ち込んでいた。
「アリス嬢の心が、こちらにない……と、はっきり分かってしまった……仮に試合に勝ったとしても……どうしようもない……」
理由はどうあれ、“アリス”はリオンの勝利を認めなかった。
その明確な拒絶の意思表示は、如何に傲慢で強気な俺様王子とはいえ、心を打ち砕くには十分だろう……。
「やれやれ、結局、どっちも負けってか。決闘で、こんな決着があるなんてねぇ」
アリスお姉さんは呆れたように溜息を吐いた。
□
その後、怪我の応急処置を終えた二人は正式に謝罪を交わし、握手をもって和解した。
「完全に君を侮っていた。無礼を重ねて申し訳ない」
「いや……貴方の力量は本物だ。全力では足りず捨て身でなければ為す術がなかった。しかし奇襲技は二度も通用しない……続けたとしても結果は手詰まりだった」
「それでも勝ちは勝ちだ……だが、アリスの心は彼女自身の物。もし、無理強いをするのであれば、到底許し難いが……」
「ああ、分かっている。そんな権利は、俺にも、貴方にも、無い……!」
リオンは悲痛な表情で真摯に頭を下げる。
「どうか、最後に、ほんの少しの時間でいい。アリス嬢と話をさせて欲しい。彼女への思いを清算させる為にも……この長年の願いが叶わぬのなら、せめて綺麗に終わらせたい……頼む!」
バーナードは落ち着いた顔で、黙って頷いた。
□
――そして、今私の目の前には、リオン王子が立っている。
勿論、二人っきりではない。
少し離れた場所で、みんな心配そうにこちらを見ている。
「アリス嬢」
リオンは緊張気味に口を開いた。
「まず……あの子供会での自分の振る舞いを謝罪したい。あの当時の自分は未熟者で、横暴と自負の区別もつかない愚者であった。誠に済まなかった……」
彼は深々と頭を下げる。
私は俺様王子らしからぬ行動に戸惑った。
「本来ならば、もっと早い段階で謝罪をしたかったが……情けないことにローレンツ家の支配下では、それすら儘ならなかった為に遅れた事も重ねて謝罪する。それと……誓って言うが、あの時、俺は君を害する意図はなく、ただ……友達になりたかっただけなんだ。君は俺が見た、初めての“輝き”だった。それを信じろとは言えないが……」
彼は俯き加減に消え入りそうな声で呟いた。
「君には、本当に……感謝しているんだ……」
「えっ?感謝?」
「ああ……君との件がなければ、俺は傲慢な暴君……あのケイン・ローレンツと同レベルのクズのままだった」
……それは言い過ぎじゃないかな。
ケイン・ローレンツに関しては、都市伝説めいた噂しか知らないが……俺様キャラとはいえ、流石に攻略対象がそこまでのクズ男にはならない……と、思うが、これ迄のゲームと現実との差異を考えるとちょっと自信がない。
「君と出会って……俺は変わる事が出来た。より良い人間になるという目標を持ち……ローレンツ家を打倒した今日の日を迎えられたのは君のおかげだ。本当に……心から、感謝する……!」
彼の目元は赤くなり、その手は微かに震えていた。
リオンは大きく息を吸い、決意を秘めた目でこちらを見た。
「一つ、聞いてもいいだろうか……?」
私は怪訝に感じたが、頷いた。
「君は今……幸せだろうか?バーナード殿下の側にいて、辛いことはないか?」
彼の手は握り締められて小刻みに震えている。
恐らく、これはありったけの勇気を振り絞った質問なのだろう。
その質問に私はしっかり答えを返した。
「はい。とても幸せです!」
“アリス”の気持ちに迷いはなく、私は心からの微笑みを浮かべた。
「そうか……」
リオンは俯き、私の答えを反芻しながら暫し沈黙する。
「それでは、仕方がないな……」
彼は懐から何かを取り出した。
「あっ……」
それは、あの日、宮殿の庭で無くした筈の髪飾りだった。
「今まで……君と和解する日を夢見て、生きてきた」
私はその髪飾りを手ずからに受け取る。
「出来る事は全てやりきった……これでやっと、過去の束縛から自由になって……未来に向いて歩いていける……!」
彼は自分に言い聞かせるように呟き、私の目を見て微笑んだ。
「本当に有難う、アリス嬢……貴方に幸あれ!」
その輝く微笑みは、流石攻略対象だけあって、アリスの心が少し動揺する程の破壊力だった。
ここに立っていたのがクリス王女だったら鼻血ブーだったろうなー、と私は必死に現実逃避して何とか平静を保った。
□
色々あったが、バーナードは無事で、ローレンツ家はお取り潰しとなり、リオン王太子とも円満に和解できた。
これで殆どの問題は解決した……はず。
「じゃあ、帰ろうか。バーニィ」
ここで私が出来る事はもうないだろう……そう思った。
誰かが勢いよく扉を開いた。
「クリス様――!!」
部屋に転がり込んできたのはヒューバートだ。
彼は息も絶え絶えに倒れこみ、激しく呼吸している。
「どうしましたか?愚民バート」
クリスとダンは駆け寄って彼の小柄な体を支える。
ヒューバートは咳き込み、必死に息を整える。
「あいつらが……自由の翼が、暴動を始めた!!」
遂に恐れていた事態が起こってしまった。
「今、マイクルとマック先生が先導して何とか押さえ込んでいる!」
「分かった。すぐに加勢を送る」
リオンは周囲の部下に指示を出し、辺りは一気に慌ただしくなった。
ヒューバートはクリスに縋り付く。
「それと……アイツが……あの野郎……!!」
彼は憎しみに満ちた目で激白する。
「ケイトリンを……キャシーを――!!」
黒幕であるローレンツ家を倒せば全てが解決すると思っていた。
しかし、私の胸の内の不安は高まる一方だった……。
第四部終了しました。
完結……できませんでした……。
なので、第五部決着編へと続きます。
一応、大団円を目指してますよ!




