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ローレンツ家の断罪(1)――イザベラの視点

 私の目の前に、一人の貴婦人が力なく床に座り込んでいる。


 この国の王の側室として、王太子を産み、宮廷での権勢を欲しいままにした歴とした悪女。


 ――パメラ・アトラクタ。


 上昇志向の強い女であるが、その実態と立場は私と大差無い。

 本家であるローレンツ家に逆らえない、着飾った操り人形。


 凡庸な彼女がその運命から逃れる術がなかった点は同情すべきだが、それでも息子を王位に付けるために形振り構わず、血生臭い謀略に加担したのは確かな事実です。


「貴方達は罪を犯しすぎました」


 今、彼女の人生の選択肢は二つだけ。


 北の塔に幽閉され速やかに毒杯を賜るか、王室から退き罪人として絶海の修道院で生涯を過ごすか……。


「ローレンツ家及びアトラクタ家を筆頭に一族郎党、今宵、全てお取り潰しとなります」


 彼女は終わりの時を迎えたと完全に悟り、青い顔で溜息を吐いた。


「あの方を裏切った罰かしら……」


 確かに、ことの始まりは、前王太子ユリシーズ様が御隠れになった事件が発端といえましょう。

 しかし……この帰結への道筋は、そんな単純な話では無いのです。


「父上と貴方は、この世界で最も敵に回してはいけない御方たちの逆鱗に触れたのです」


 その一人は、聖教皇ヨハネス十二世。

 老年であらせられますが、今尚、この大陸の最高権力者として君臨しておられる尊い御方です。

 見た目は穏やかで温和な印象ですが……秘術により初代から続く歴代聖教皇の記憶を継承している、人の身に宿った一種の人外ともいえる存在を敵に回すのは愚の骨頂と言えましょう。


 二人目は帝国皇帝フランクリン・D・R・パイオニア。

 大陸全体が新興勢力の台頭で二分されようとしている時に、既得権益を守るためだけに時計の針を逆に回そうとする愚かな行いの数々は、王を統べる立場である皇帝に愛想をつかされても当然でしょう。

 なにより、帝国が所有する宝の略奪を目的とした襲撃は、未遂とはいえ敵対行為と見なされて然りです。

 今回のことは表向きはリオン王太子による正義の暴走という形で落着し、皇帝が黙認する以上、関係者にお咎めが降ることはないでしょう。


 そして、三人目は、正妃クラリス様。

 一般的な貴族女性であるパメラ様としては、才女の彼女を離宮に幽閉して安心したかったのだとは思いますが、彼女の役割を考えると、むしろ失脚を早めた結果でした。

 元々彼女は表向きは第二王子の妃でしたが、実際は独立機関である内偵調査室を統括し、この国を影から支える役割を担っていました。

 決して公私を混合しない彼女でも、愛する夫を引き離し、実の娘であるクリスティーン王女を害そうとしたローレンツ家並びにパメラ様は排除するべき明確な敵として認識されたことでしょう。

 事前情報では、クリスティーン王女毒殺未遂事件はパメラ様主導で行ったと聞いております。

 あの事件がなければ……パメラ様が少しでもクラリス様に歩み寄りの姿勢を示していれば……彼女の末路も少しは違ったかもしれません。

 クラリス様は閉ざされた離宮という宮廷内の聖域から、神出鬼没の内偵を使って国内外の実力者に呼び掛け、今日のローレンツ家没落の筋書きを書いたのです。


 結局、ローレンツ家一派はあまりにも見境なく欲望のままに暴れた結果、無駄に敵を作りすぎたのです。


「バカよねぇ、本当に……貴方もそう思ってるのでしょう?でもね、実際この立場になってみると、コレを失いたくないが為に必死になって周りが見えなくなってしまうの……それ程までに甘いのよ、権力って……ふふっ、重責で何年も食べ物の味なんて分からないのにね」

 パメラ様は一筋の涙を流し自嘲します。

 私は「そうでしょうね」と無難な相槌しました。


 パメラ様は決意を秘めた目で呟きます。

「私は……北の塔に行きます……」

 これは少し意外でした。

 彼女の事だから、修道院で虎視眈々と復帰の機会を待つと予想していました。

「どうしてもリオンを王位に就けたい……その為には……母である私が、命惜しさに側室の立場から逃れてはいけない……!罪人になる等……以ての外!」


 彼女は不意に顔を上げる。


「息子が王になるために必要なら、この母を存分に踏み台にすればいい!」


 その眼差しは、強い狂気と愛憎に満ち溢れ、私を射抜きました。

 どうやら私は、彼女の母親としての情念の強さを見誤っていたようです。



 僧兵達に連行されるパメラ様を見送った私は、屋敷内にある祭壇の間に足を踏み入れます。

 敬虔なメシア信徒であった母が亡くなって以降、訪れる者が少なくなった場所です。


 壁に掲げられているメシア様と十二使徒の聖画像、その足下に、父と兄が床に転がされていました。


 父はの目は見開かれたまま震えており、何が起こったのか理解してない様子です。


「役者は揃ったようだな」

 守護聖人筆頭であらせられるラルフ様は厳かに仰いました。

「パメラ妃は?」

「パメラ様は、全てを理解した上で、北の塔に行くと自ら申し出ました」

「ほう……たとえ悪女でも王族の母には違いないか……執念だな」

 私がゆっくりと頷くと、父は、このやりとりが信じられないとばかりに目を見開きます。


「さて、ヘンリー・ローレンツ、ケイン・ローレンツ」


 守護聖人の面々は整列して祭壇から罪人を見下ろします。

「聖教皇より全権委任された我ら『七冥』の名において罪人に沙汰を申付ける」

 ラルフ様は地獄の底から響くような低音で、彼らに無慈悲に宣言する。



「お前達をメシア聖教会より破門とする」



 ――室内は重い沈黙に包まれました。


「は……はぁーーー???」


 父は驚きよりも怒りよりも、困惑の表情を浮かべ、未だ、自らに起こった現実を受け止めてないようです。


「そ……それだけか……??」


 やはり、父は私の想定より、遥かに愚かだったようです。


「あー、まぁ……貴族の身分を剥奪されるのが、大した事ではないというなら、そうだろうな」


 この言葉に、二人はギョッとします。


「なんで、そうなるんだ!!」

「いや、だってそうだろ?貴族の大前提としてメシア信徒であることは絶対条件だ。権威を管理する者として、聖教会の祝福に値しない破門者に権力を与える訳がない」

「ふ、ふざけるな!!!我々は、王家よりも長い歴史を持つローレンツ家の尊い血筋なるぞ!」

 ラルフ様は父の激昂を鼻で笑います。

「ふんっ、どうせ、前マリナー王朝の再興なんて、分不相応な夢を見たんだろう」

「それの何が悪い!!我々こそが!正統なる支配者の血脈である!!」

 この言葉に、守護聖人の方々から失笑が漏れました。

「何が可笑しい!!」

 守護聖人の一人、黒魔術師のローリー様が嘲るように言い放ちます。

「マリナー王家と同じ末路を辿るなんてねぇ。なーんておバカさんなの!」

「……はぁ?」

 父は口を半開きにして呆けたような顔をしています。

 そして、ラルフ様は容赦無く真実を突きつけます。

「マリナー王朝は戦争に負けて滅んだのではない。増長して禁忌に手を出し聖教会から破門された結果、国民に見捨てられたんだ。ローレンツ家だけが生き残ったのは、当時の領地が辺境であったのと、家長が時流を正確に読み、早期降伏を決断できたからだ……賢明な判断であったが、結局無駄な足掻きになったな」

「う、嘘だ……」

「ふ、ふざけるな!迷信に何の力がある!信仰等なくても、統治は可能だ!!」

 兄は必死に苦し紛れの反論をしますが……愚かな……。

 自分達が今まで、ユリシーズ様を始めとして台頭しようとする改革派の芽を執拗に排除してきた事を都合よく忘れたのでしょうか。

 そもそも、自分が対峙している方が何者か、まだ理解していないようです。

 信仰世界の頂点の座にいる御方に従える獰猛な猟犬に対して、尊い教えを迷信呼ばわりするとは……。

 守護聖人の方々の殺気が目に見えるほど高まりました。

 兄は余程早く地獄に落ちたいようです。

「どうやら、ご子息はローレンツ家が既に終わってる事が分かってないようですな」

 聖騎士レックス様は呆れ気味に兄を見下してます。

「終わり……だと……?」

「聖教会が、お祈りしかしない組織だと?そんな訳はない。我々、聖教会が担う社会的役割は多岐に渡っている。戸籍管理、印章管理、冠婚葬祭、安全な魔石の供給、古代遺物の貸し出し……この枠組みから逸脱したが最後、社会に人と認められる事はなく、最底辺の賎民ですらない。こうなると普通の社会活動は事実上不可能だ。その上、人徳のない愚かな支配者に従う酔狂な民はいない」

 王族が支配する国において、聖教会は空気のような存在です。

 無くなって初めて命綱であると思い知る……猊下を敵に回した事は、文字通り致命的な失敗なのです。

「まぁ、万が一、領民が従うと言ってもなぁ……水源を管理してるのは聖教会だ。念のため言っておくが、破門者が仕切る土地に通す水は無いからな」

「「な、なんだと――!!!」」


 ローレンツ家の領地は豊かな穀倉地帯で知られていますが、その主な水源である川を辿ると、隣国にある湖が源流です。

 過去、この水源を巡って複数の国を跨いだ領地間で争いが絶えなかったのを聖教会の主導で大型の円筒分水を設置して調停したのです。

 この施設は各王家の許諾を取った上で聖教会が適切に管理運営しております。

 それでも、毎年恒例の水会議で分配を巡って激しい議論が巻き起こっている状況で、最も多くの水を供給されているローレンツ公爵家の自滅は、ライバル領地からすると天から降った恵みかもしれません。


「お前ら、そんな事も知らなかったのかよ……マジかー」

 ペプシ様は呆れられてますが……父は領地の運営は末端の分家に丸投げして、大半の時間を王都での謀略と政争に明け暮れていたような人物で、それ自体はこの国の貴族として珍しい話ではありません。

 それでも、自らの生命線ともいえる直轄の領地の事情に、ここまで疎いとは外部の人間には理解しがたいことでしょう。

 領民の大多数を占める農民にとって水は血よりも大事なもの。

 よって、農業に携わる者が破門の烙印を押されたローレンツ家を支持する事は絶対にあり得ないのです。

 ましてや、領地の基本事情に無頓着な腐敗貴族をどう思っているか等、言うまでもない話。

 父が蔑んでいる底辺の民衆が日々生き抜いている残酷なリアリズムの世界では、社会的特権を伴わない血筋なんて全く意味が無いのです。



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