誘拐〜乙女の決意
夜のモニタールームは静まり返っている。
バーナードは、普段リーダーとして強く自己主張する事はなかったが、彼が不在の現状、空白の席は逆に存在感の大きさを感じさせていた。
テーブルを囲んで眉間に皺を寄せているのは、クリスティーン、ダン、マイクル、チャールズと、見慣れたメンツだが、一様に話す切っ掛けもなく、事態の大きさに困惑して黙りこくっている。
……何してるんだよ、バーナード君……。
君以外に誰が、このアクの強いメンバーを制御できるんだよ……。
「あの……提案なんですが……」
マイクルはおずおずと手を上げて発言する。
「ともかく、これからどうするか、話し合いませんか……?このまま黙っていて良い状況とは思えません」
「うむ、異論はない」
渡りに船と言わんばかりにダンは頷いた。
「そうですね……最低限、現状把握と情報交換だけでもした方が良いでしょう。では、議長役を引き受けていただけますか?マイクル・スミス」
クリスティーンは、自然な流れで言い出しっぺのマイクルに面倒な役を丸投げした。
「了解しました。それでは、会議を開始します……では、チャールズさん、現状の説明をお願いします」
兄チャールズはムスッとした表情で鼻を鳴らした。
「マルス騎士団は復興祭の表彰式を武力によって妨害。我が妹アリスによって無事敵勢力を制圧したが、その混乱の最中、バーナード皇子が何者かに誘拐された」
「相手は何者でしょうか?やはりマルス騎士団の思惑ですか?」
ダンの疑問にチャールズは首を横に振る。
「目撃者の証言だと、彼らとは別働隊のようだ。現在リーダー格のアーク・デクスターを尋問中との事だが、彼も上からの命令に従っただけで、誘拐の計画は聞かされておらず、全体像は把握していないようだ。マルス騎士団単独でこのような大事件を起こすとは考えられん」
バーナードの誘拐は白昼堂々と行われたのもあり、多数の目撃者がいて、学園長による箝口令にも関わらず、既に噂話が生徒間に広まっている。
「やはり、黒幕はローレンツ公爵ということでしょうか」
クリスの確信を秘めた言葉にチャールズはしっかり頷く。
「騎士団の大スポンサーである公爵家の意向を無視してこのような大事件を起こすとは思えん。ほぼ確実に奴らが噛んでいるのは間違いないだろう」
「何を考えているんだか……」
ローレンツ公爵家は国内の権力を一族に集中させて政治を自分達に都合よく操っている。
こんな大事件を自ら引き起こすとは信じられないが……。
「そうせざるを得ない裏事情があるのかもしれませんね……それと、これは内輪の情報ですが、愚弟が公爵家に潜入中の内偵を通じて、バーナード皇子の監禁場所を突き止めたそうです。現在有志を集めて救出作戦を練っている最中との事です」
「お、おう……」
この国の完全民主化を目指しているリオン王子からすれば、老害勢力であるローレンツ家打倒の機会は願っても無いチャンスだろう。
「救出作戦を行う際、彼らと連携した方が良いでしょう」
「いや、助け、必要か?」
兄チャールズから発せられた気の抜けた声で、一同は沈黙した。
「あのバーナードだぞ?絶対ワザと捕まったぞ、あいつ。どうせ学園長もグルなんだろう?全財産賭けてもいい。放っておけ」
……。
ですよねー!
お腹の底から湧いた激しく同意の言葉が辛うじて喉で引っかかった。
その場にいた一同は下を向き、深い溜息を吐いた。
長年の付き合いで、彼の思惑は何となく理解出来る。
しかも隙の無い彼の事だから、今回の襲撃事件も事前に情報を掴んでいた節がある。
なんなら、誘拐のターゲットはアリスだったのかもしれない。
表彰式の場で公に私の力を示す事で、敵の狙いをアリスからバーナードに切り替えさせて、大人しく敵に連行されることで本拠地に潜り込み、問題勢力を一気に壊滅させる……彼の性格と能力なら十分ありえる話だ。
全員同じ考えなのか複雑な表情で押し黙っている。
しかし……。
「そうもいかないでしょ」
いくら、みんなと“私”が大丈夫と思っても、“アリス”はそうは思わない。
私の中で“アリス”は、さっきから、ずっと荒ぶっている。
――『いやぁあああ!バーナード様がぁあああ!!』
……。
――『早く!早く助けにいかないと!!バーナード様が酷い目に!!』
…………。
――『どうして?どうして、みんな落ち着いているのぉ!?早く助けにいかなきゃああぁぁぁーーー!!!』
……もう、ずーーーーっとこんな感じ。
これ以上、“アリス”のヒロインムーブを私の精神力では抑えきれない……。
それに、相手は国内一の権力者で現王朝より歴史ある名門ローレンツ家。
相手がどんな手段を隠し持っているのか不明である為、如何に完璧超人で魔王候補のバーナードといえども絶対大丈夫という保証は全く無い。
「どれほどバーニィが強くても、彼は機関の幹部であり、帝国皇族には違いないから……最低限安否の確認は必要だよ」
「そうなんだがなぁ」
兄チャールズは難色を示した。
「それに、誰かが止めにいかないと……彼の事だから正当防衛の名目で大暴れするよ……全力で」
私が真顔でそう言うと、兄は最悪の可能性に気づいたのか、一気に顔色を青くした。
その場にいた全員の脳裏に、炎の海の中で高笑いする魔王バーナードの姿が思い浮かんだ。
「あぁぁー……」
兄は頭を抱え、髪を掻き乱す。
「なぁ、本当にアイツが婚約者でいいのか?この機会に考え直した方がいいぞ?」
それは言わない約束だよ……お兄様。
そもそも、誰が相手でも、そう言うんでしょ……。
「お兄様はこの学園の警備を引き続き、お願いします。ここの守りは疎かには出来ないから……じゃあ、作戦の具体的な分担を決めよう」
それから、私達はバーナード救出作戦を細部までギリギリまで時間をかけて詰めた。
□
――そして、指定された日時がやってきた……。
「バーナード様からお預かりしておりました」
「有事の際の“コレ”の扱いに関しては、アリス様にお任せですって!」
聖剣はモニタールームで保管されていたようだ。
私は、学園の裏口でサテライト姉妹から聖剣レインメーカーを受け取った。
「本部での緊急会議で、バーナード様の身柄を優先する事が決定されました」
「分かった。最悪、聖剣は手放しても良いってことだね?」
「はい。現状、聖剣単体では我々が危惧する状況には、ならないだろうという判断です」
サチは淡々と上層部の決定を簡潔に通達した。
伝説では三つの秘宝が揃った時に何らかの天変地異が起きると言われているが、その秘宝の一つ『太陽の鏡』が帝国の宝物庫にある以上、ほぼ安全ともいえる。
しかも、この聖剣は未知の希少金属で作られた古代遺物。
これを人の手で破壊するのは、ほぼ不可能だろう。
「ま、位置情報はしっかり監視中で記録もしてあるから。いざとなったら、特殊部隊を動員して、こっそり取り返せばいいしねー」
レダは能天気に微笑んでいる。
『ミュー……』
私はふよふよと漂いながら近づいてきたプルマを手のひらに乗せた。
「プルマ……私に力を貸してくれる?」
『ミュー!!』
プルマは勢いよく垂直に飛び上がり、光に包まれて……変形する。
不定形な光の流れが地面に着地すると、そこには一台のスクーターが鎮座していた。
前世で愛用していた物に近いポップで可愛いデザインで、特にフロントカウルの真ん中に付けられた大きめのヘッドライトがお気に入りだ。
スクーターの収納ボックスに聖剣を納めてシートに腰掛けると、私の頭部は光で覆われた後、ヘルメットが装着された。
つくづく、この世界は変な所で謎目線のコンプラ遵守の精神が行き届いている……。
私はブレーキを握りしめ、スイッチを押してエンジンを始動する。
「じゃあ、行ってきまーす!」
私はありったけの勇気を振り絞ってスクーターを走らせ、指定された人質引き渡しの場、ブルーツリーフィールドへと向かう。
サテライト姉妹は手を振って見送った。
「いってらっしゃーい!」
「お気をつけて!」
□
人気のない夜道を直走っていると、手元のナビシステムにアラートが点滅する。
どうやら、背後から追っ手が迫っているらしい。
表示のアイコンから察するに明らかに敵対的でスルー出来なさそうだ。
さらに、前方にある吊り橋が何者かに切り落とされたらしく、さらに警告音が鳴っている。
敵は何が何でもアリスをそのまま受け渡し場所に到達させないつもりなのだろう。
私は度重なる敵味方双方の身勝手さに、いい加減うんざりしてきた。
もう、これ以上誰かの思惑に振り回されたくない!
私は、アクセルを全開にして破壊された吊り橋へ向かって突っ込んだ。
「プルマ、お願い!!」
『ミューーー!!』
私の呼びかけに応えるように、スクーターのエンジンから大きな白い翼が生えて、車体は宙に浮かんだ。
私を乗せたスクーターは、あっという間に上空高く舞い上がった。
眼下では、馬に乗った武装集団が壊れた橋の前で右往左往している。
私達は動揺する彼らを置いて、絶壁を大きく越えて、そのまま目的地へと飛び去った。
□
敵の襲撃を未然に防いで、少し余裕が出来た私は鼻歌混じりに空の旅を続けた。
このまま進めば、小一時間で目的地に到達出来るだろう……と考えた矢先、
予想外の攻撃が車体に襲い掛かった。
慌てて周囲を見渡すと、遠くに魔物のシルエットが目に入る。
――飛竜、ワイバーンだ。
敵は容赦無く、口から火球を発して、さらなる追撃をプルマに加える。
『ミュゥゥゥゥウ!!!』
プルマは失速して地面に向かって墜落する。
私は何とか体勢を整え、着地の衝撃に備えた。
スクーターは接地した瞬間、変形が解けて元のプルマの姿に戻り、私は大きくバウンドするも、咄嗟に受け身の姿勢を取って、ノーダメージで着地した。
前転から素早く身を起こし、周囲の気配を探る。
『ミュゥゥゥゥ……』
私に飛びつくプルマは突然の被弾に怯えて震えているが、目立った外傷はないようだ。
近くの草むらから黒い刺客が複数姿を現す。
私は、臨戦体勢で身構えるが、相手の動きは早かった。
敵はかなりの手練れのようだ。
『手加減は無理そう……』
私は全力で迎え撃とうと、覚悟を決めた……しかし、
「大人しくしてもらおうか、小娘……うごっ!?」
ニヤニヤしながら迫ってきていた男の一人が、突然真横に吹っ飛んでいった。
「誰だ――!?」
私の前で、ポーズを決めて、誰かが立っていた。
見た所、私より背の低い少年のような風貌だ。
多分知らない人だと思う。
「何だ貴様は!!そこをどけ!!殺すぞ!!」
男達は威嚇するが……
「そっちこそなんじゃぁああ!――っスぞ!ゴラァァァー!あ゛あ゛あ゛ー!」
少年は小柄な見た目とは裏腹に、重低音でメンチを切った。
これだけで、相当数の修羅場を経験をしていると瞬時に分かった。
相手もそう判断したのか、リーダーらしき男が奥にいるフードつきマントに身を包んだ人物に合図を送る。
マントの人物が手に持った小笛を吹くと、高周波が周囲に響き、上空で滞空していたワイバーンが猛スピードで接近した。
――キシャアアァァァ!!
空飛ぶ魔獣は奇声を発しながら少年に襲い掛かった。
少年は無言でファイティングポーズを取る。
その両手には、いつの間にか黒い得物――トンファーが装着されていた。
彼は自分目掛けて襲いかかるワイバーンに向かってジャンプする。
「トンファーキーーーック!!!」
――ドゴォォォォ――!!
少年の飛び蹴りはワイバーンの眉間に突き刺さり、インパクトの瞬間、爆発が起き、魔獣の後頭部は吹っ飛んだ。
トンファーキック……初めてリアルで見たよ……。
本当にあったんだ……。
私も、刺客達も、墜落するワイバーンを口を開けたまま呆然として見ている。
……いやいや、唖然としている場合じゃない!
「ステラ☆ストリーム!!」
マジカル・ワンドから流れる光の帯は瞬く間に刺客たちを縛り上げ、身動き出来ないよう拘束した。
□
その後、私は謎の少年と協力し、気絶した彼らをロープで縛り上げて、近くの木にぶら下げておいた。
私は改めて、彼に向かい合う。
彼は歳の頃十二、三歳くらいで、口元をマスクで隠し、長いマフラーを靡かせた、黒装束の武闘家風の少年だった。
「えーと……助けてくれて、ありがとう?」
私が笑顔でそう言うと、彼は、さっきまでの威勢はどこにいったのか、俯き加減でもじもじしながら、小声で囁いた。
「へ……へーい……か、彼女……お、お茶、しなーい……?」
「えっ……ナンパ?!」
私が困惑して黙っている間、謎の少年は真っ赤な顔でひたすら照れまくっていた。
□トンファーキック
古から伝わる伝説の秘技。
ユニーク武器トンファーにエンチャントされている術式により、蹴り技全般に攻撃力五倍上昇に加え、爆発効果が追加される。
深く考えてはいけない。




