負け犬の慟哭
「今こそ指輪を天にかざして『マジカル・チェンジ』と唱えるんだ」
「はぁ……?」
「そうすれば、君もマジカルビーナスに変身できるよ。見た所、相手も大したことない烏合の衆だし、アリスの晴れ舞台をこの機会に一度見ておきたいな」
バーナード君……
……そういうところだぞ。
完璧超人としてのオーバースペック分を残念方向でバランス調整しないで欲しい。
「ええぇ……」
前振りなしにそんなこと言われても、戦闘狂ではない自分としては難色を示さざるを得ない。
「いや、別にいいんだよ。嫌なら嫌で。無理にとは言わないさ」
私はその言葉に一瞬ホッとするが……。
「ただ、僕が対処するなら、爆破魔法一発で済ませるけど……さっさと片付けて帰りたいし」
彼は物凄く黒い笑みを浮かべて言った。
流石魔王候補。
だけど、それはダメだって。
「まだ会場には逃げ遅れた丸腰の一般生徒もいるんだよ!」
如何に異世界の特権階級といえどもコラテラルダメージの限度があるってば。
私は深い溜息を吐いた。
「あー、もう分かったよ……行けばいいんでしょ、もう……勝手なんだから……」
彼はチェシャ猫みたいな笑顔で力強くサムズアップした。
□
「マジカル・チェーンジ!!」
もうヤケだった。
私が天に指輪を高くかざして叫ぶと、周囲から光のパーティクルが集まって、私の体をリボンのように包み込む。
どこからともなく軽妙な星の旋律が流れて、私の衣装はリズムに合わせて、礼服から動きやすいポップな感じの戦闘服へと変化していった。
コスチュームの装着の仕上げに私の頭部にヘッドセットが現れ、目元は黒いバイザーで覆われる。
輝きと共にステージ上に突如現れたスーパーヒロインに、その場にいた全員の視線が集中する。
「ち、地上に悪の影が広がる時、星の輝きは世界を照らす!」
体に矢のように刺さる一般人の目線に込められた期待と熱気が醸し出す圧にやられた私は、沈黙に耐えきれずに、ポーズと共に叫び出した。
「魔法少女マジカル・ビーナス!星に代わって、悪を討つ!!」
私が前口上を言い切ると、見守っていた観衆から、拍手と声援が沸き起こった。
どうしてこうなった。
「ビーナス!ビーナス!!ビーナス!!!」
彼ら彼女らのビーナスコールは会場を熱狂の渦に包む。
どうやら先頭で音頭を取っているのは、リオン王子のようだ……王族が何やっているんだよ……盛り上がってないで早く逃げてよ!
護衛と警備の人まで一緒になって拳を上げないで!
特にお兄様!
「ふっざけんなああぁ!!またお前かぁ!!!このインチキ小娘がぁああああ!!」
黒騎士は文字通り地団駄を踏んでキレまくっていた。
『また』ということは、帝都で暴れてたのは君なのか?
「しかーし!残念だったな!貴様が出てくることは想定内で対策済みだ!我々の装備もパワーアップをしている!前回のようになす術なくやられはしないぞ!!」
私の脳裏にはバーナードの言葉が反芻する。
――『万が一、非常事態に対処出来るように、アリーの指輪にはアリスの潜在能力の八割を発揮できるモードも設定していたんだ』
例のヒドラの件の後、私は両親の許諾を受けた上で、秘密の講習を受け、謎に満ちた星の力の使い方は一通り学んだ……未だその原理は神秘のベールに包まれていて理解に至ってないが。
あの事件の時点でのアリーと現在の私の間にどれほどの実力差があるかは不明だが……とりあえず、相手が死なないことを祈ろう……。
「コマンド!!」
今、私の目の前には透明なステータス画面が現れて、ことごとく物騒な効果のコマンド群が選択されるのを待っている。
「ミラクル☆トライアッド!!」
私はそこから現状に即した適切なコマンドを選択した。
「ターゲット☆ロックオン!」
私がコマンドを音声入力すると、視界に入った黒騎士達に次々に自動でマーキングされていく。
「ファイヤー!!」
私の願いは天上の遥か高みの衛星軌道上にいる謎の巨大知性体に届きコマンドは実行され、そこからマーキングを施した黒騎士達の頭上にレーザー攻撃のシャワーが降り注ぐ。
私目掛けて襲いかかろうとした黒騎士集団は、次々に謎の攻撃を食らって無力化していった。
「「「ぐわぁぁあああーー!!」」」
彼らは一様に星の形のパーティクルに包まれて、ダメージを負い、その場から弾き飛ばされて気絶していった。
お揃いの黒い鎧を着た仲間が次々と倒れていく中、黒騎士アーク・デクスターは激昂する。
「くそっ!また、インチキ攻撃を!小娘風情が!!そんな事をしていいと思っているのか!!我々栄光のマルス騎士団に!!こ、この無礼者がぁっ!!」
君こそ、何様なんだよ。なんでそんなにいちいち偉ぶるんだ……。
彼は衛星軌道からのピンポイント攻撃を何度も食らう内に、その黒いアーマーはボロボロになっていく。
「ちくしょうぅぅ!!また、インチキで負けるのかよぉぉ……!こんなふざけた攻撃で……くそっ!くそっ!くっそぉぉぉおおぉぉ……!!」
彼の頭を覆っていた兜は、度重なる上空からの多段攻撃によって地面に落ち、その素顔が露わになる。
「なんでなんだよぉぉぉぉ!!!」
嫌われ者の黒騎士アーク・デクスターは泣いていた。
「俺は……俺だって……俺だって、ただ名門貴族として尊敬されたかった“だけ”なのに!なんで、なんで、なんで、誰も彼も俺を嫌うんだ!!」
彼は完全に戦意を失くした様で、その場に座り込み号泣しだした。
「なんで、みんな……家族すら俺を無視するんだよぉ!……どうして俺には、才能も力も……“何も”、ないんだよぉ……!!平民風情ですら“持ってる”ってのに……不公平だろうがよぉぉ!」
……公平という概念の解釈について。
今の彼に努力の積み重ねがどうのこうのと言った所で、その頑なな無理解の壁は超えられないだろう……。
……と、中身凡人で事なかれ主義の私は思ったのだが……。
「それは違います。愚民アーク・デクスター」
稀代の天才で迷惑級お節介王女クリスティーンはそう思わなかったらしい。
「愚民が嫌われているのは、義務を果たさないで、権利だけを要求するからです。日頃から貴族としての責任をもって社会に対して前向きに行動していれば、たとえ愚民自身が無能だとしても、その姿勢自体を評価して支持する人達は少数でも必ず存在したことでしょう」
彼女の巡らす視線の先には……
怪我をした一般生徒を救出するケイトリン、レイ、サラが、
逃げ遅れて腰が抜けた生徒を立ち上がらせて安全圏に誘導するリオン、マイクル、ダンが、
警備員と共に倒れている黒騎士達を拘束するジョージ、ハリー、ワジャが、
それぞれが、危険を顧みず、汗と土埃に塗れ、無心に活動していた。
さらに、体育会系でないニコラス、ヒューバート、ドルキャスも、遠方で怪我人達の応急処置をしている。
懸命な彼らの姿を、周囲の生徒達は皆尊敬の念に満ちた熱い眼差しで見守っている。
「愚民の敗因は明るい未来を信じる勇気と、混迷の時代を生きる平民の期待を背負う覚悟がなかった事です。この結果は完全にそちらの自業自得。今までの己の愚かしさを、消せない罪の痕として、その身にしっかりと刻みなさい」
彼女が畳んだ鉄扇を突きつけると、アーク・デクスターは憑き物が落ちた無の表情のまま、肩を落とし、そのまま固まった。
□
マルス騎士団の面々は拘束状態のまま、警備隊から警吏隊に引き渡された。
彼らは全員青い顔のまま、この後に訪れる破滅の宣告を予感して震えていた。
そんな中、リーダーと目されていたアーク・デクスターだけは、顔色こそ白かったが、執着が燃え尽きたような、全てを受容する姿勢で大人しく馬車に乗り込んだ。
「あそこまで厳しい事を言う必要は無かったのではないか?打ちひしがれた敗者に言葉の槍で追い打ちすることに意味はあるのか?」
去っていく彼らを見ながら、リオン王太子は姉クリスティーンに問う。
「誰かが言わなくては、いけないことです。何故ならば、口に出して言わなければ、正しい道理も真摯な思いも伝わらないからです」
彼女は信念に満ちた眼差しではっきりと答えた。
「甘さだけでは人を導くことはできません。例え、それが原因でトラブルを招こうとも、誰かが無理にでも前を向かせる必要があります。それが、おと……いえ、上に立つ者の務めです」
言ってる途中で彼が年上の上級生であることを思い出したようだ。
「しかし……」
「これが、わたくしのやり方です」
彼女は背を向けて、後処理をするダン達の方を向く。
「どれほど手厳しい言葉でも、誰かが言わなければならないなら、わたくしが言いましょう……しかし、わたくしの言動に不服があるなら、愚弟は愚弟のやり方を極めなさい。わたくしに阿る必要はありません」
リオンは立ち去る姉の姿を見つめながら佇み、そんな二人の会話を少し離れた場所で聞いていたマイクルは複雑な表情を浮かべる。
原作であるゲームを知る者としては、傲慢な俺様王子であるリオンが、完全な負け犬となったアーク・デクスターに同情的な事は意外であった。
それは、この世界での彼なりの成長の結果なのだろうか……。
□
結局、表彰式も復興祭も一時中止となり、その後、生徒達は寮へと帰っていった。
しかし、ここにきて、とんでもない大事件が発生する。
あの、表彰式の混乱の最中、バーナードが行方不明となり、警備員の懸命な捜索にも関わらず発見できなかった。
そんな中、学園長に一通の書簡が届けられる。
そこには……
――『第五皇子バーナードの身柄を預かった。人質の命が惜しければ、聖剣レインメイカーをこちらに引き渡せ。○月▽日◇時にブルーツリーフィールドにて待つ。なお、引受人は単独で来るように。』――
と、書かれていた。
……。
バーナード君……。
何、どさくさに紛れて事件に巻き込まれているんだ……。




