表彰式は大混乱
魔法競技エンチャンプスとは、この世界独自のスポーツ競技だ。
選手は三人以上八人未満の人員でチームを組んで、オーブが取り付けられた柱が立ち並ぶフィールドで縦横無尽に駆け巡る。
選手がオーブに触れて魔力を注入すると、オーブがチームカラーに輝き、その周辺は自陣の領域となる。
一度、オーブに色をつけられると、相手チームは、上書きするように魔力をオーブに注ぐ必要がある。
しかし、魔力は攻撃や防御にも用いるので、安易にオーブの色付けにのみに使う訳にもいかず、個人とチーム全体の魔力管理がゲームの肝といってもいいだろう。
制限時間内に陣地をより広く獲得した方が勝ちという一見シンプルなゲームだが、実際は鍛え抜かれた身体能力に多くの魔力と魔術、そしてリアルタイムで変化するフィールドに臨機応変に対応する戦略力を要求される高難易度のチームスポーツだ。
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エンチャンプスは人気競技だからか、観客席は満員で、立ち見の人員も大勢いた。
生徒達は各々贔屓の選手に声援を送っている。
「すごい人気だねー」
中でも、マイクルがリーダーとして率いるチーム・バンデットは主に平民たちで構成してるにも関わらず優勝候補として注目され、多くの期待を集めている。
「マイクルー!頑張れよー!!」
「ぶっとばせー!バンデット!!」
「ここまで来たら優勝しろよー!!」
例年なら魔力不足で一回戦で敗退する平民チームが、今年に限って決勝まで勝ち進む事が出来たのも理由があって、マイクルはチーム全体の魔力不足を解決するのに、魔術コースの生徒に応援を頼んだのだ。
勿論、彼らは普段知性と蘊蓄と論説で殴り合っているような頭脳派連中なので、従来の選手に比べて身体性能に関しては大きく劣っているが、彼らを練度の高い先鋭で護衛する事で、強豪チームと互角に渡り合っている。
もっとも、スポーツマンと魔術師という水と油レベルで異なるクラスターを結びつける奇跡的な分業プレーを成立させているのは、民主化という時代の追い風に合わせて、マイクルの高い知性に基づく柔軟な戦略と、天性のカリスマからなる強いリーダーシップのおかげだろう。
誰にでも真似できることではない。
その上、裏では非公式ながらリオン王太子の援助までついている。
未来の知的エリートを育成するこの学園において、長年抑圧されてきた平民チームが、貴族有利の競技で好成績を上げれば、民主化運動の歴史の一ページに、記念すべき偉業の一つとして語り継がれるのは確実だろう。
完全な民主化を密かに望んでいるリオン王太子の思惑もそこにあると思われる。
フィールドではいよいよ歴史的決戦の時が迫っていた、が――
「……そろそろ、行くよ」
バーンは私の肩を叩いて立ち上がった。
「えー、これからいいところなのにー!」
私が名残惜しそうにいうと、彼は苦笑する。
「急がないと、表彰式に間に合わないよ。それに……どうせ勝敗は決まってるさ」
「そーなの?」
バーンはしっかりと頷く。
彼はマイクル率いるチーム・バンデットの勝利を確信しているようだ。
私は歴史的決戦のクライマックスをリアルタイムで観戦する機会に未練を残しつつも、立ち上がって彼の後をついていった。
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私たちは、モニタールームにて、元の姿であるバーナードとアリスに戻っていた。
例年だと国民に人気があり伝統競技でもあるエンチャンプストーナメントの表彰式にはケイトリンの父で辺境伯であるフォスター卿がトロフィーの授与の為に訪れていた。
しかし、今年は最近隣国で起きたクーデター未遂に端を発する政情不安を理由に欠席するとの連絡が先月になって通達されていた。
突然の要人の欠席に学園長は困り果て、身近にいる知り合いで帝国皇族であるバーナードに代理を要請したのだった。
「君たちだったら、多少警備が手薄でも大丈夫だろう」
「……」
学園長さぁ……。
信頼してくれてはいるんだろうけど……ちょっと扱いが雑すぎない?
私たちは元の姿に戻り、サテライト姉妹の手伝いで礼服に身を包み姿見で確認した。
「どこも、ごたごたして慌ただしいんだね……ちょっと不安」
「そういう時代のこういう時期だからね、仕方ないさ」
その時、会場から割れるような大歓声が学園内にまで響き渡る。
バーナードの予想通りチーム・バンデットが勝利したのが、現場を見るまでもなく分かった。
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この大陸でのバーナードの評判は、帝国皇族の有能な庶子で、父である皇帝の信頼も篤い謎めいた麗人といった感じだ。
普段は宮廷の離宮に引きこもり、第三皇子アーサーと魔術と歴史の研究に没頭し、偶の公式行事では婚約者であるアリス・イシュタール嬢とともに大衆の前に姿を現す……そんな設定になっている。
一般人からすると彼は出現率の低いレアキャラだけど、その冷たい美貌には根強いファンが大勢おり、非公式のファンクラブのようなものが多数存在するらしく、この授賞式でもそれらしき集団がちらほら見える。
彼女達は麗しの貴公子バーナードの登場をワクテカした顔で待ち構えていた。
……まぁ、実際に帝国での公式行事を務めているのは、指輪の力で変身しているバーンとアリーで、本物は普段この学園のカフェテリアでハンバーガーを焼きまくってるんだけどさ。
おかげで無駄にハイスペックな私の婚約者の調理スキルは、速度、味ともに熟練の域に達している。
目にも留まらぬ早業でハンバーガーを量産している様を見る度に『才能の無駄使い』という言葉が頭をよぎる。
帝国式の白地に金の縁取りの礼服に身を包んだバーナードは、惚れ惚れするほどの美丈夫だが、久しぶりの皇族としての公式行事に面倒臭さを隠そうともしていない。
「あーあ、怠いな……さっさと片付けてしまおう。いいかい、誰がなんと言おうと、この後の食事とかパーティの誘いは全部断るから、いいね?」
「当然」
流れるような阿吽の呼吸で社交全スルーが瞬時に合意に至った。
こちとら、被ってる猫とか化けの皮とか付け焼き刃だから、メッキはすぐ剥がれる気しかしないもんね。
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司会者の呼びかけで会場に入ると、表彰台の上では、チームの代表が誇らしげな顔で、主賓が来るのを待っている。
バーナードと私の登場を観客は大歓声で迎えてくれた。
女生徒はバーナードに向かって黄色い声援を送り、男子生徒は人気演劇のマジカルビーナスのモデルとなった私に注目する。
私は、群衆から発せられる熱気の圧の強さに立ち竦みそうにになるが、バーナードはさりげなく私の背中に手を添え、流れるようにエスコートした。
今回の行事では私はただ彼の横に立ってればいいだけなんだが……本当に助かる。
バーナードは壇上にて、選手達にトロフィーを渡して、彼らと握手を交わす。
「歴史に残る一戦を良く健闘した。その栄誉をここに讃えよう、おめでとう」
彼はマイクルに優勝トロフィーを手渡してその肩に手を置き、穏やかに微笑んだ。
マイクルが、トロフィーを高く掲げると、観客は総立ちになって拍手を送った。
世界中の誰もが、この若き俊英の勝利を喜んでいるかに見えた。
――しかし……。
唐突に、観客席の背後で、爆発が起きた。
喜びに沸く式典は一転して阿鼻叫喚のるつぼと化す。
私達は思わず身構える。
隣に立っているバーナードは群衆の奥の方を一瞥して舌打ちする。
「――ちっ……奴ら……最近大人しいと思っていたら、こんなイベントまで妨害活動するとか、そこまで暇人なのか?」
彼は不機嫌な表情で悪態をつくが、無理もない。
遠くの方で暴れているのは、悪名高きマルス騎士団。
私達の敵だった。
「くっそぉおおお!!俺は認めん!認めんぞぉおおお!!!」
聞き覚えのある声が近づいてくる。
「平民風情がぁあああ!!栄光あるエンチャンプス・トーナメントの
優勝など、認めてなるかぁあああ!!!無能のカスどもがぁあああ!!」
黒い甲冑に身を包んだ仮面の集団の先頭にいる男が何やら絶叫している。
「あの声は……元規律委員で指名手配中のアーク・デクスターでしょうか?」
マイクルは怪訝な顔で呟く。
彼は平民の優等生として幾度も因縁を付けられた経験がある。
あの妙に神経に触るダミ声は忘れたくても忘れられないだろう。
「そのようだね」
バーナードも呆れ気味に応対する。
謎の黒騎士、速攻で正体がバレバレで……仮面の意味が何一つ無い件。
「まだ生きてたんだ。思ってたより元気そうだねー」
「ふむ、恐らく今までマルス騎士団に匿われていたのだろうな」
私とバーナードは呑気に会話する傍、マイクルは首を傾げる。
「こんなことを仕出かして、どうするつもりなんでしょうか……ただ単に前科が増えるだけなような気がするが……?」
マイクル君……間違ってはないけど、大抵の犯罪はそうだよ……。
「見た所、彼自身はそこまで考えてないんじゃないかな。黒幕に都合よく煽られて利用されているだけだろう」
「成る程……」
こう言ってはなんだけど、いくら裕福な貴族の子息とはいえ学園では劣等生かつカリスマ性皆無なのに態度だけ偉そうな嫌われ者の彼一人でマルス騎士団を動かせるとは考えられない。
何者かの策略が背後にあると考えるのが妥当だ。
「まぁ、向こうから動いてくれたのは逆に有難いかな」
バーナード君……今、観客席はパニック状態で、怪しい騎士団と警備員が白兵戦を繰り広げてる中、一般生徒が逃げ惑っているんだよ……。
何故に、この状況でニコニコしてるの……?
今までの付き合いでわかる。
この笑顔は何かしらのイタズラを思いついた時の表情だ。
嫌な予感しかしない……。
「ねぇ、アリス……」
あー、やめてやめて、それ以上聞きたくない!
「戦って、アリス」
彼はこちらに顔を向けて天上のスマイルを浮かべながら言い放った。




