大魔獣ヒドラへの道
――時は少し遡って……
「で、ヒドラの出現条件、とは?」
モニタールームにて、バーナードはクリスティーンを問い詰める。
本日の予定を前倒しで片付け、万全の体制を臨んだ上で、この食えない性格の王女が持っている情報をすべて吐き出させる所存なのだろう。
「洗いざらい吐いてもらおう」
そのスタイルは完全に被疑者への尋問だ。
「まぁまぁ、落ち着いてください、バーニィ?」
「貴方は今、機関の幹部との会議中だ。気安く愛称で呼ばない様に」
「会議の概念が乱れてますよ。まったく現地人は堅苦しいですね。さて……そんな大した話ではないです」
「……それを判断するのは我々だ」
彼女はヒドラの出現条件について語り始めた。
「まず、ヒドラの出現条件ですが……プレイヤーの複数の攻略対象からの好感度が水準以上の数値である事、それと特定の誰かと交際中であるのが条件です。そうすると、学園にダンジョンでのヒドラ目撃情報が噂として流れ出します」
最近、プレイヤーであるダンはクリスとともにヒューバートやドルキャスと親交を深めている。
所謂フラグが立った状態なのだろう。
「しかし、ボス部屋に入るには条件があって『四つの大いなる血族の力を合わせる』必要があります」
「血族……?」
「ボス部屋へと通じる扉がある部屋の床にマークが四つ描かれていて、その上に異なる血族がそれぞれ立つ必要があります……まぁ、この辺は裏技で、どうとでもなるのですが……最低限彼らの協力は必須です」
「心当たりはあるのか?」
「ゲームでは、単独クリアも済ませてます。なるべくならやりたくないですが」
クリスは前世を思い出したのか、表情が陰った。
「現状確保出来そうなのは、バーナード殿下か私の“王族の血”、ドルキャスの“古代人の血”、それと留学生ワジャの“獣人の血”、これに加えてプレイヤーの“異世界の魂”が合わされば、扉は開くでしょう……多分」
多分なんかい。
ダンだけ“血”じゃなくって“魂”なのが解せないけど……仕様なら仕方がない。
「それに関しては手配できそうだな……」
「で、ボスのヒドラですが……特徴としては戦闘に参加する人数によって首の数が変わるというユニークな敵性キャラです。四人なら四つ、八人なら八つです」
「では、少ない人数で挑んだ方がいいのか?」
「いいえ、逆です。ヒドラは首が増える毎に弱体化します。ゲームではマルチモードだと最大十六人まで戦闘に参加可能でした」
「ほう、頭数が多い方が楽だということか……」
「それでも、強力な範囲攻撃を連発する強敵には違いないので、烏合の衆の人海戦術では意味がありません。中ランク冒険者相当の経験と戦闘力は必要でしょう」
それにしても……この世界でも同じ仕様だとすると、情報を知らない人物にはボス部屋まで辿り着けない気もする。
急ぐ必要はないと思うが……。
「しかし、ここ最近ダンジョン内で部外者と思われる怪しい集団を見かけた目撃談が相次いでいる。恐らくマルス騎士団だろう……彼らの情報源が不明な以上、油断は出来ない」
■
クリスティーンは早速、ドルキャスの工房に立ち寄り、ヒドラ討伐の協力を願い出ると、彼女は不安そうな顔を見せつつも、承諾した。
「少し怖いけど……クリス様のお役に立てるなら……お伴します!」
ドルキャスは精一杯の勇気を振り絞って決意したようだ。
そんな彼女の背後で、ヒューバートが青い顔で慌てだす。
「キャシー、何言ってるんだよ……あー!もう、仕方ないな、俺も付いていくよっ!」
「えっ……?」
二人は驚いて彼の方を見る。
「どちらかというと、貴方の方が不安材料なのですが……」
クリスはその申し出に対して露骨に難色を示した。
「俺だってレベリングくらいしてる!足手まといにはならねーよ!!」
「うーん……まぁ、自己責任でなら……いいですよ?」
「大丈夫?バート……危ないよ?」
「なんで、俺がやられる事前提なんだよ!」
クリスの渋々な塩対応にヒューバートは憤懣やるかたない様子だ。
この会話を、たまたま工房に訪れていたニコラスとワジャは試食品のお菓子を食べながら微笑ましく見ている。
「殿下がヒドラ討伐を指揮するのでしたら、私も参加させて頂けないでしょうか?こんな事件でもなければ、ダンジョンの深層を訪れる機会にはありつけないですし……」
「おー!ニコっち、ついに男を上げるカ。だったら、オレも付き合ってやるゼ!」
クリスが自己責任という言葉を出したのを聞いた、ニコラスとワジャも参加を表明した。
「二人の参加は、むしろ有難いのですが……リーダーの指示に従っていただけるのなら歓迎します」
「はい、参加する以上、全力を尽くします」
「うむ!カシラの指示に従うのは当然ダ!!」
ニコラスとワジャの参加はスムーズに承諾された。
「……なんか、俺だけ扱い酷くない?」
ヒューバートは不満そうな表情で辺りを見渡すも、一同揃って苦笑いした。
■
ヒドラ討伐のために集められたメンバーは、クリスティーン、ダン、ドルキャス、ヒューバート、ニコラス、ワジャ、そして、バーンと私だ。
兄チャールズは最後までゴネたが、彼は生徒じゃないし、万が一の時に学園や機関に連絡する人員がいないと困るとして、バーナードは待機を命じた。
クリスティーンはパーティメンバーを集合した最初の日に挨拶を述べた後、
「現在便宜上、わたくしがパーティ代表を務めておりますが、ダンジョン潜入後の采配はこちらのダン様にお任せします。彼は冒険者として長年のキャリアの持ち主なので、どうか皆様その旨お願いします」
「クリス姫から委任されたダン・スターマンと申す。若輩者ではあるが、任された以上、目標であるヒドラ討伐のクエストを必ずや成功に導く所存である。厳しい事を言う場面もあるやも知れぬが、姫様の名誉の為にも、協力して欲しい」
一同は無名の青年から発する強い覇気に戸惑いつつも、拍手で応えた。
ダンはクリスティーンの期待に違わぬリーダーシップを発揮して、メンバーの力量をチェックして、ダンジョンの低層から育成計画を立て、トレーニングを施し、万全の準備を整えた。
それは決して楽な道ではなかったが、そこは攻略対象キャラのポテンシャルか、厳しい鍛錬の辛さを、成長の確かな手応えの楽しみが上回ったようだ。
「参加して正解だったナ!」
「ええ、流石、熟練者の指導です。ここまで効果的なレベリングが出来るとは……ソロでは到底無理でした」
「でも、いいのかな……有難いけど、こんなに沢山魔法のスクロールを使わせてもらっても……」
「いいって、いいって。スクロールは貴重品とはいえ、適正者がいなければ、売るしかないんだから!資金は他の余剰ドロップで十分賄えるし、チームの要、キャシーの強化の方が大事だよ!」
ダンジョンの深層を目指す下地が出来たと判断した、クリスとダンは、いよいよ本格的な攻略を宣言する。
「では、行きましょう!ヒドラ討伐へ」
□
購買部に戻ると、カフェテリアにて、リオン王子が、新聞記者サンドラの取材を受けていた。
どうやら、彼もヒドラ討伐を目標にダンジョンに潜入しているようで、今後の抱負を語っていた。
「学園のダンジョンは、この大陸随一の古代遺産で、学生にとって貴重な学びの場でもある。その環境を脅かす存在を取り除く使命への参加は王族にとって崇高な義務に他ならない!」
リオンは広報向けを意識しているのか、大衆受けの良い王子らしい王子の顔で取材に応じている。
取材を終え、サンドラがニコニコ顔でカフェテリアを去っていくと、リオンは突然、こちらを振り返り、足早にこちらに近づいてきた。
なんで?もしかして……バレた?
「君!えーと……アリーナ・ダール嬢!」
「は、はい?」
「君は……君はアリス・イシュタール嬢と親しいと聞いたが、確かか?」
「えぇ?……はぁ……はい、一応……」
私は引き気味で応対すると、彼は懐から紙切れを突き出した。
「彼女と文通くらいしているのだろう?そのついでに、これを帝都の彼女に送ってほしい!」
差し出された紙を良く見ると、それは学園新聞の切り抜きで、前回のリオン王子のインタビュー記事だった。
「送れば……いいのですか……?」
「頼む!!」
私は期待に満ちた眼差しの圧力に負け、首を縦に振って承諾の意を示すと、彼は礼を述べて、嬉しそうに去っていった。
「……どうしよ?コレ」
「送ってあげれば?帝都のアリスに」
困惑する私にバーンはアルカイックスマイルのままニコニコしながら言った。
ほんっとーに、いい性格してるよね。
■
探索は順調に進捗した。
攻略に必要な知識を持ったクリスティーンがいるとはいえ、難易度がそれなりに高いクエストで躓くことがなかったのは、集まったメンバーが優秀なおかげだろう。
ランダム要素が多い学園ダンジョンとはいえ、ニコラスの知力、ドルキャスの知識、ワジャのひらめきが、それぞれ合わさった結果、実にサクサク進行した。
中でも特筆すべきは、戦力外と見ていたヒューバートの意外な活躍だろう。
小柄な体格の為に、戦闘時には後方支援に徹していたが、大容量のマジックバッグで物資の供給とドロップアイテムの収集と管理で、パーティに大いに貢献した。
また、レベルアップと共に自分の特性を把握、支援系のスキルを多数習得し、気づくとパーティになくてはならない人材へと成長していった。
「もう役立たずとは言わせねーぞ!」
「……そこまで言ってないけど?」
「まぁまぁ、やりますね。努力する愚民は好きですよ?今後とも精進しなさい」
「……この姫様、とことん上から目線だな……」
「実際、格上ですよ」
メンバー間の協調もいい感じだし、この調子だと、ヒドラ討伐も問題なく達成できそうだ。
■
そして、私たちはついに、ヒドラがいる部屋の前までたどり着いた。
クリスの指示通りにギミックを解除しようと動き始めた、その時――
部屋に別の集団が訪れた。
「あら……?貴方達もヒドラが目当てですか?」
「クリスティーン殿下……?」
現れたのは、マイクル率いる討伐パーティだった。
メンバーは、ケイトリン、レイ、サラ、リオン、ハリー、ジョージの、七人だ。
リオン王子と側近二人がいるのは、まだ分からなくも無いが、伯爵令嬢のサラが、ここにいるのが謎すぎる。
彼女そんなキャラだっけ?
「せっかくですし、共闘でもしますか?」
クリスティーンは、空き地で草野球に誘う気軽さで、相手に呼びかけた。




