合流――マイクルの視点
そこに立っていたのは、伯爵令嬢のサラ・エンジェルだった。
ダンジョンのこの付近は人の出入りが少ない区域なのだが……。
抜きん出た美貌で瞬く間に学園の人気者となった彼女が何故一人でダンジョンにいるのか……。
俺たちが呆然としていると、彼女はこちらに軽やかに駆け寄り、信じられない事を言い出した。
「ねぇ、私も仲間に入れて貰えないかしら?」
「はぁー???」
俺は予想外の発言で呆気に取られた。
「な……何故……貴方が??そもそも、どうして……ここにいるの??」
いち早く復帰したケイトは疑念を隠そうともせずに問いかけた。
「ふふふ、実はね、私、貴方たちの後を付けて来たの」
しかし、サラは俺たちの困惑を無視して楽しそうに微笑んだ。
世間の評判では、彼女は昼間は部活と学業を両立させつつ奨学金を得る程度には優秀な生徒だが、夜になるとパーティで派手に遊んでいる軽薄な遊び人だった筈だ。
こんなダンジョン攻略などと言う荒事とは無縁の存在だと思っていた。
「部活と夜遊びにも少し飽きてきたから、ちょっと違う刺激が欲しいかなーって」
彼女の口調はどこまでも軽やかだ。
「ふざけるな!ダンジョンは令嬢が遊び半分で来る様な、甘い場所じゃない!!」
レイは激昂してサラに詰め寄ると、彼女はその鼻先にカードを突きつけた。
「……ギルドカード?」
「これでも、一応、冒険者登録はしてあるのよ?他国でダンジョン攻略の経験もあるけど……ダメかしら?」
彼女はウィンクし、カードで口元を隠し、身をくねらした。
「それにぃー、私って、口が軽いからぁー。ちゃんと見張ってないと、みんなに言いふらしちゃうかもぉー?」
「それは脅しか?」
レイの彼女を射抜くような目は鋭く冷たい。
「うふふふ、仲間に入れてくれたら、秘密も守るし、ちゃんとリーダーの指示には従うわよぉ」
サラの不敵な笑みは蠱惑的ですらあったが、俺は一瞬、底知れない恐怖を感じた。
……どうやら、断る事は出来ない様だ。
それでも、疑問は残る。
「何故、俺たちなんだ?貴方の様な人気者なら、他にいくらでも助力は得られるだろう?」
彼女は俺の疑問に対して鼻で笑った。
「ダンジョン攻略は、量より質。ましてやヒドラなんて伝説の大魔獣が相手なら、数が多くても犠牲が増えるだけ。今からメンバーを募集してパーティ編成するより、貴方たちの様な優秀なチームと組んだ方が手っ取り早いでしょ」
言っている事は理にかなっている。
彼女が噂よりも思慮深い人物なのも理解したが……それと信用できるかは別問題だ。
サラに対する目は、ケイトは戸惑いを、レイは不信を、それぞれ写していた。
■
当初、俺たちは予期せぬ得体の知れない新メンバーをどう扱ったものか、持て余していた。
しかし、サラは見た目とは裏腹に冒険者の経験が豊富らしく、補助系の魔法をいくつか習得していて自らサポート役に徹した。
彼女が繰り出すバフとデバフは威力もタイミングも完璧で、普段なら苦戦する格上の敵も楽に倒せる様になり、攻略はスムーズに進行した。
最初はサラの事を足手まといだと決めつけていたレイも次第に態度を軟化させて行き、打ち解けるまでは行かなくとも、作戦会議での会話が淀みなく進む様になった頃……また新たな難題が飛び込んできた。
■
「どうして、相談してくれなかったんですか!!」
ここは、ダンジョンの中階層。
サラに詰め寄っているのは、王太子リオンの側近候補ハリー・スパークスだ。
彼の背後では、リオン王子と、その護衛であるジョージが申し訳なさそうな表情でこちらを見ている。
彼ハリーがサラに想いを寄せて必死に口説いているのを目撃している生徒は学園中に多数存在するし、俺もカフェテリアで頻繁に目にしている。
だからといって、ダンジョンにまで来るとは……。
彼らの様な最上流の貴族は護衛部隊も伴わずに、こんな深い階層には滅多に訪れない。
「貴方の為なら、地獄の業火にでも飛び込みましょう!」
「スパークス様……少し落ち着きましょうね?」
ハリーの熱の入った言葉を平静で受け流した。
「この様な危険な探索に王国の未来を担う方を巻き込む訳にはいきませんわ……」
サラは余所行きの口調と笑顔でハリーを諭す様に宥めすかした。
「しかし……!」
「ふむ……では、こうしようか」
黙って後方で成り行きを見守っていたリオン王太子は前に歩み出た。
「実は俺たちも大魔獣ヒドラの討伐を視野に入れて行動している。なので君たちと合流させて貰えないだろうか?」
この言葉に俺たちは血の気が引くのを感じた。
「そ、そんな恐れ多い事を!」
「ふん。ダンジョンに入ったら身分など関係ない。ここに足を踏み入れた以上、生きるか死ぬか、ただそれだけの世界だ。それに先ほど、サラ嬢は言ったな『王国の未来を担う方を巻き込む訳にはいかない』と……それは俺も同感だ」
リオン王太子は俺たち一人一人を見渡した。
「ここにいるのは未来の国政を担うであろう逸材だ。俺より遥かに優秀な国民を、王族が盾となって守らずしてどうする」
王子の意志は強く、その身から発する覇気で、俺たちは反論出来なかった。
「俺はヒドラと戦えるなら何でもいいぞ!」
護衛のジョージは空気を読まない男らしく、能天気にそう宣った。
■
結局、誰も断りきれず、彼ら三人もチームに加わった。
流石に俺はリオン王子にリーダーの座を譲ろうとしたが……
「君がこのままリーダーを続ければいい。俺はダンジョンの事は詳しくない」
と言い、他の誰からも異論が出なかった。
俺は急に降って湧いた責任の重さに胃が痛くなる……。
「元気をだして……マイクル。私たちも協力するから……」
「私が巻き込んだばかりに……本当に申し訳ない……」
「何を考えてるのかしらねぇ?ま、王族だろうが、いざとなったら『ダンジョンでは、何か起きても自己責任です』って押し切れば良いのよ。大丈夫、ちゃんと口裏は合わせるわ!」
ケイト、レイ、サラは三者三様の慰めの言葉を掛けてくれるが……サラだけ当事者意識薄くないか?
平民間の噂では、リオン王子は気難しい性格で傲慢な人物だと言われていたが、実際に対面してみると、高貴な血筋に違わない礼節を持った落ち着いた人物で、俺の拙い指示にも不平を言わずに淡々と受け答えしている。
噂というのは当てにならないな……と俺は思った。
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「そんな事はない。人間の本質はそう簡単に変わるものではない」
ダンジョンで休息取った際に、二人だけで周辺の見回りをした時、リオンはそう言った。
「変わろうとしたキッカケはあった……しかし、それでも俺の核となる部分はあの時のまま……甘やかされた暴君は、いまだ自分の中にいる」
「それでも、殿下のお立場で、そのように自らを律する事が出来るだけでも立派だと思います。流石、未来の国王です」
本心からそういうと、彼は苦笑して俯いた。
「俺はそんな立派な人間じゃない……いや、なりたくないんだ……」
彼は真剣な眼差しで、こちらを見つめる。
「俺は嘘が嫌いだ。大抵の人間は常に嘘を吐き魂を汚しながら浅ましく生き長らえている……俺は物心ついた頃から、それが嫌で嫌で仕方なかった……」
リオンは大きな溜息を吐いた。
「何より嫌なのは……一番の嘘つきは自分自身である事だ……俺は王になんか……ましてや傀儡の王なんて真っ平御免だ……なのに、この身に流れる血が、俺を王室という名の檻に閉じ込めている……こんな思いを、世界に憎しみを抱いている人間が……慈悲を求める民の上に立っていい筈がない……!」
「殿下……」
俺は一瞬前まで考えもしてなかった王族の心情の吐露を前に言葉を失った。
意識してなかっただけで、自分にも上流階級を羨む気持ちが有ったのだろう、そこに大いに水を差された感じだ。
「俺はずっと考えていた……君の様な天性のリーダーこそが、この国の王になるべきだと!」
「はぁ……?」
俺はリオンの王族らしからぬ……平民が言ったら警吏に補導されてもおかしくない発言に絶句した。
「それは……無理です……俺は平民ですよ?」
「時代は変わる」
どうか冗談であって欲しいと祈ったが、リオン王子の表情は真剣そのものだった。
「時代が変われば、社会も変わる。今、到底信じきれなくとも、国としての有り様が変化すれば、自然と社会が君の様な人材の後押しをするようになるだろう。君はもっと自分の力を信じるべきだ」
彼は俺の両肩に手を置き、小声で囁いた。
「君はケイトリン・フォスターを簡単に諦められるのか?」
その言葉は稲妻となって俺の体を貫いた。
「君の彼女への愛はその程度の物なのか?」
王子のその言葉は俺の意識を奈落の底へ突き落とした。
■
「マイクル――!」
俺はケイトの声でハッとした。
「大丈夫……?」
「ああ……平気だ……」
探索の結果、俺たちはダンジョン最奥の領域に足を踏み入れていた。
離れた場所から悍ましい咆哮が聞こえ、時折周囲の壁が振動で揺れ動く……。
この階層に間違いなくヒドラがいる――!
マップに記された最後の未探索エリアに足を踏み入れると、そこには先客がいた。
「あら……?貴方達もヒドラが目当てですか?」
王女クリスティーン率いる冒険パーティが、大きな扉の前で勢ぞろいしていた。
メンバーは、クリスティーン、ダン、ドルキャス、ヒューバート、ニコラス、ワジャ……それと、購買部のバーン、アリィの八人だ。
「せっかくですし、共闘でもしますか?」
まるで、競技でも始めるかの如く、軽い口調で彼女は言った。




