流離――マイクルの視点
「せっかくの新年休暇なのだから、もっとゆっくりしても……」
大恩ある後見のアポロ侯爵夫妻は名残惜しそうに、そう言ったが、
「申し訳ありません。どうしても学業に専念したいので……」
この言葉の半分は言い訳だ。
乗合馬車を乗り継ぎ、最短ルートで学園に戻って、俺は真っ先にカフェテリアに駆け込んだ。
――静まり返っているカフェテリア。
始業日はまだ先だからか、そこに誰もいなかった。
溜息を一つ吐いた、その時……
「マイクル――!」
振り返ると、赤毛の美しい少女が……休暇中ずっと会いたかった彼女、
辺境伯令嬢ケイトリン・フォスターが立っていた。
ケイトの笑顔を見た瞬間、彼女も自分と同じ思いを抱き、ここに駆けつけて来たと互いに理解して、心が共鳴の喜びに打ち震えた。
◇
――俺は孤児だった。
引き取った司祭の話では母は冒険者で、未踏地域に旅立った父を探しに行くと言い残して去って行ったらしい。
孤児院での生活は貧しいながらも暖かく、みんなとは兄弟のように助け合って暮らしていた。
俺は自然と、みんなのまとめ役となって、遊びに、学習に、労働に、忙しい日々を過ごす。
転機となったのは、新しく領主様となったアポロ侯爵夫妻が、孤児院に視察に訪れた時だった。
領主様は初めて会った時から、何かと俺の事を気遣い、さらにご子息と一緒に家庭教師の授業を受けさせて貰えた。
俺は将来、両親と同じように冒険者になろうと考えていたが、領主様は将来の選択肢は多い方が良いと、特待生としてセレスティアル学園への入学を勧めてくださった。
常識的に考えると領主様は俺が、ご子息の補佐となる事を望んでいるのだろう。
俺としても、高度な教育の機会を与えてくれた恩はちゃんと返したいところだ。
ただ、夫妻が俺を見る目が時折、背後を透かすような……誰かの面影を自分に重ねているように見えるのは気のせいなのだろうか……。
◇
「あら……まさか、先客がいらっしゃるとは……」
俺とケイトが永遠のような刹那の間、見詰め合っていたら、彼女の肩越しに声を掛けられた。
声の主はこの国の第一王女で在られるクリスティーン殿下だった。
彼女の傍に平民と思われる地味だが眼光の鋭い男子生徒が荷物を持って立っている。
「あっ……クリスティーン殿下!明けましておめでとうございます!」
赤面したケイトは臣下の礼を取ろうとし、俺も慌ててそれに習おうとする。
「ああ、そういうのは、いいです。いいです。どうせ、誰も見てませんし……それより、わたくし、ここで一度やってみたいことがありまして……貴方達も、ご一緒にいかがかしら?」
彼女は王族でありながら冒険者コースを選択するという変わり者だが、数々の騒動を起こしながらも、何故か憎めない学園の人気者だ。
そんな彼女は上流貴族専用の庭園に面したテラス席を一瞥して、ニヤリと笑った。
□
「こんな事をして……大丈夫ですか……?」
ケイトはモウモウと立ち込める煙の中、心配そうに殿下に問いかけた。
「バレなきゃ、いいのです。それに本来、ここテラス席は、生徒全員に使用権があるのです。ただ、その管理が面倒だという理由で平時はセレブ専用としているだけ。見事なお役所仕事です」
殿下はダンと名乗った男子生徒と協力して、庭園に謎の野営道具を展開し、その道具の中に炭を並べて火を付けて、大量の肉と野菜を焼き始めた。
「季節が冬なのが残念ですが、貸切で野外バーベキューは最高ですね」
「ええ、まったくです……あ、こっちの肉は丁度いい焼き加減だ、姫様どうぞ」
「ふふ……ダン様も、どんどん召し上がってください。もっと栄養を摂らないと……少し、痩せすぎですから……」
「はっ!イエス、マム!」
どうやら、みんなが知らない間に二人は親交を深めていたらしい。
彼らの様子をケイトは目を細めて暖かく見守っている……。
その羨むようで少し寂しげな表情に見とれていると、彼女は俺の視線に気がつき、顔を赤らめた。
「マイクル……新年、あけましておめでとう……」
「今年も、よろしく……ケイト」
学園を一時的に離れ、彼女に会えなくなった途端、世界は色褪せて見えた。
二週間ぶりに見る彼女は以前より輝いているのは気のせいだろうか……。
俺たちは、ただ見つめあっていた……。
「差し入れでーす!」
明るい声に、ハッとすると、購買部スタッフのアリィとバーンが、デザートを運んできた。
クリスティーン殿下はこちらを向いて呼びかける。
「おや?二人の世界は、もう終了ですか?良かったら、ご一緒に甘い物を頂きません?バーン特製のアップルパイは中々の絶品ですよ」
殿下はこちらに手招きしている。
……。
どうやら、思っていたより時間は早く過ぎていたようだ。
俺たちは顔を合わせて、少し苦笑し、ご相伴に預かった。
■
――その後、学園が再開し、始業前にテラス席についたリオン王子は「なんか焦げ臭いな……」と首を捻った。
それをカウンター席で見かけた俺とケイトは目を見合わせ、クスッと笑った。
■
長くない冬休みが終わり、いつもの平凡な学園生活が始まる……その予想は早々に外れた。
今、俺は二つの問題に悩まされていた。
一つは、あの新年以来、交友することになった、ダンとバーンから民権運動組織への加入を勧められたこと。
入学以来、組織に勧誘されることは多々あったが、特待生という立場から断っていた。
しかし、二人の話を聞く内に、自分なりにこの国の未来について考える事が多くなった。
何より、寄り親であるアポロ侯爵が議会制の導入に密かに賛成していることもあって、俺は参加を前向きに検討するようになった。
もう一つは、ケイトの表情に陰りが見えてきたことだ。
俺が悩みでもあるのか?と尋ねても言葉を濁すだけだが、噂によると陰で、同じ王太子妃候補のイザベラ公爵令嬢に嫌がらせをされているらしい。
恐らく、俺を初めとした平民との関わりを揶揄されているのだろうが、上流貴族が絡む問題は自分にはどうにも出来ない。
それでも、彼女が俺を友人として扱ってくれているのは嬉しいが……二人を隔てている身分差によって、この関係がそれ以上に発展しないことにも、彼女の苦境を助けられない自分の不甲斐なさにも、より強い自己嫌悪を感じる……。
俺は彼女の為だったら、命だって掛けられるのに……彼女を助ける事が出来る手段が何一つないのだ。
そんな時、また新たな問題が、俺たちの前に立ちはだかったのだ。
■
東方のハヤブサ公国からの留学生レイ・ソーマから秘密の相談があると、持ちかけられて、俺たち三人はダンジョンの隠し部屋に足を運んだ。
学園に語り継がれる都市伝説の一つに、校内にいる生徒は魔術的な存在によって常に監視されているというのがある。
その為、内密な話は大人の目が届かないダンジョンの密室で行われるのが通例となっていた。
レイはそこで、驚くべき話を打ち明ける。
「実は……私は祖国での主人から密命を持って、この学園に派遣された隠密である」
この告白に俺とケイトは驚いた。
「貴方……本当にニンジャだったの……?」
ケイトは普段から彼女をニンジャ・ガールと呼んで揶揄っていたのに、心底驚いている。
「違う。私は忍者の修行はしていない」
レイは首を横に振った。
「そうよね……ニンジャは他人に正体を知られてはいけないのよね……分かったわ!」
何故か、ケイトは尊敬の眼差しでレイを見つめている。そこまでニンジャが好きなのだろうか。
「いや、だからなぁ……あああ、もういい……」
彼女は困った様に顔を顰めて、話を元に戻した。
「実は一年前、祖国ハヤブサ公国にて王家の所有物で、三つの秘宝の一つである“守護獣の鉤爪”が何者かに盗まれるという事件が起きた。私の使命はその行方の調査にある」
「ちょっと……!それ、私たちに話して大丈夫なの?」
ケイトは驚いているが、俺も同感だ。
真実ならば、俺のような立場の人間が聞いていい話とは思えない。
「私とて出来る事なら、友は巻き込みたくはなかった……しかし、現状、どうしても手助けが必要なのだ。それに、高潔で知られる辺境伯殿のご息女のケイト殿と、優秀な成績を収め将来国政に深く関わるであろうマイクル殿の二人ならば信用できる」
正直、それは少し買いかぶり過ぎのようにも思えるが……。
「秘宝とこの学園に何か関係があるのか?」
レイは頷いた。
「祖国の巫女が神託を授かったのだ。この学園のダンジョンに秘宝の一つ、聖剣レインメイカーが隠されており、それを探求する途中で秘宝を奪った賊と相見えるだろうと……本来ならば、卒業までの期間、時間を掛けて攻略する予定であった。しかし、帝国において秘宝“太陽の鏡”が奪われそうになったという事件が未遂とはいえ起こってしまった……奴らが次の標的を聖剣レインメイカーとする可能性は高い。一刻も早く聖剣を確保しなければ、最悪世界規模の危機となってしまう」
話を聞けば聞くほど、一介の学生程度が関わっていい問題ではない。
しかし……この国の政治状況を考えれば、安易に大人の力を借りる事が最善とは思えないだろう。
「そうなのだ。賊は各国の上層部と癒着している可能性が非常に高い。学園の教師でも誰が奴らと通じているのか分かったものではない。ましてや学生でも複数の組織の間者が多数入り乱れている。私単独ではダンジョンを攻略する事が出来ない以上、人格、能力に優れ、信用できる其方らを頼りにするしかないのだ……」
彼女は深々と俺たちに頭を下げた。
「頼む!どうか力を貸して欲しい!!」
ケイトはすかさずレイの肩に手を置いた。
「何を言っているの、レイ。私たちは友達でしょ?助け合うのは当然の事よ!」
俺もケイトに同調して頷いた。
「世界の危機とあっては、無視できる問題ではないな。ましてや、友人の苦境は放っては置けない。微力ながら協力しよう」
「ああ……ありがとう……ありがとう……私は良い友を持った……」
俺たちが、そう言うと彼女は嬉しそうに何度も礼を言った。
「あらぁ、面白そうな話してるじゃない?」
隠し部屋の入り口から明るい声が響いて、俺たちは硬直した。




