三つの秘宝
学園の冬休みが終わって数日後……新年のノンビリした雰囲気が消え、再びせわしない学業と社交の日々が戻ってきた。
私も購買部のアリィとしての日常に没入しようと考えていたのだが……
「何、これ……」
購買部に大量入荷した謎のグッズ群に私は呆然とした。
「ああ、これねー。帝都の劇団が各地で巡業している『マジカル・ビーナス』って演劇が今すっごい評判なの!それの関連商品よー」
責任者のジュディーさんは満面の笑みで、マジカル・ワンドを振っている。
他にも、マジカル・ポシェットやマジカル・コンパクト、それに十二分の一フィギュアにぬいぐるみまである。
この学園にまで魔の手が迫るなんて……高笑いするアーサー皇子の姿が脳裏によぎる……。
「それに、噂なんだけど……何でも王太子のリオン様が、お気に召したようで冬休みの間、王都での公演にお忍びで何度も訪れたんですって!」
「ええっ……!」
変装して女児向け演劇に通う俺様王子……全然想像出来ない……!
というか、普通に不審者な件……。
もしかして、ハリーとジョージも一緒だったのだろうか……どうしよう、気になって夜も寝れない。
「別にどうでもいいでしょ……結局噂になってるから全然忍んでないし」
バーナードは少し呆れ気味に突っ込んだ。
「でも、売れるのかなー?……?コレって小さい女の子向け……だよね?」
私はグッズの一つ、マジカル・サインを手に持って軽く振った。
マジカル・サインは小型の携帯扇風機のような魔道具で、握って魔力を込めるとプロペラがキラキラ光りながら回るという謎アイテムだ。
帝都の劇場では、劇の途中でマジカル・ビーナスがピンチに陥ると、舞台の裾から司会者が現れ、『大変!ビーナスがピンチだ!さぁ、みんな!マジカル・サインを回して、ビーナスにパワーを送って応援するんだ!』と、呼びかけると、会場の観客は一斉にこのアイテムを掲げて作動させる……完全に子供向けコンテンツだよねー。
「だーいじょーぶ!少なくとも、リオン様は買ってくださるわ!」
ジュディさんは自信満々で答えた。
本当だろうか?
□
「入荷したグッズは俺が全て買い占める!――ぐほへっ!」
グッズ入荷を告知した後、間髪置かずにリオン王子は必死の形相でジュディさんに詰め寄り、その直後、リオンは姉クリスティーンの鉄拳制裁を食らって吹っ飛んだ。
「いい加減にしなさい、愚弟。みっともない」
やばい。今回に関してはクリスが圧倒的に正しい……。
「こういう時、弟は姉に大人しく譲るべきなのです――二割り増しで全て買い取りましょう!」
「はぁーー??ふざけるなっ!この不良暴力女が!!」
「主君が道を誤った場合、臣下は身を呈してでも諌めなければなりませんので、これはやむを得ない処置です」
「絶対嘘だ!」
前言撤回……ダメだ、このポンコツ姉弟。早く何とかしないと……。
「すみませーん、こちら大人気商品となっておりまして、現在、一人当たりの販売個数を限定の上、混雑回避の為に希望者による抽選となっておりますー。どうぞご理解のほど、お願い申し上げます」
ジュディさんの大人の対応に姉弟は大いに落ち込んだ。
それにしても、本当にそんなに大人気なのか?と訝しんだが、実際、販売数時間で、入荷分全て完売した。
どうなってるの……?
■
「最近、学園内に妙な噂が流れている」
モニタールームにて、ダンはそう言った。
「噂?」
バーナードは相槌を打つ。
ダンは、うさぎちゃんルートの最短クリアを目指していたので、学園に入学後は、ずっとダンジョン入り浸り、攻略以外の学業全般を無視していた。
しかし、王女クリスティーンとの関わりが出来てからは、彼女に相応しい存在になろうと、勉学や社交に時間を掛けるようになった。
あの鬱陶しい前髪を切り、お洒落に気を使い、清潔感を身につけたダンは、主人公らしく異彩を放つ存在として学園内の注目を集めている。
それに学力テストでは上位に名前を連ね、クラス内でも友人が増え、三ヶ月遅れで高校生らしい忙しいスクールライフを満喫している。
「ダンジョンで、聞き覚えのない大魔獣の鳴き声を聞いたという者が複数出てきた。それに付随して生徒たちの間で、“三つの秘宝”の伝説に注目されている」
「三つの秘宝?」
三つの秘宝といえば、帝都で“太陽の鏡”に纏わる事件があったばかりだ。
「この学園、秘宝と関係あるの?」
私はバーナードに尋ねた。
「言い伝えによると、秘宝の一つ“聖剣レインメイカー”は、ダンジョンの奥地に潜む大魔獣ヒドラが体内に隠し持っているとの伝説はあるが……はっきり言って眉唾ものだ。聖剣の在処に関しては諸説あって、そもそも、まともな学者は聖剣の実在すら疑っている」
秘宝に関しては、ゲームではなかった要素だ。
少なくとも、私は知らない。
もっとも、私は無印しかプレイしていないので、その後の続編ではどうだったのかは不明だ。
「そういえば、無印のリメイク版で、そんな追加要素が、ありましたっけ」
クリスティーンはあっさり思い出した。
「リメイク版……?」
「ええ、三つの秘宝に関するクエストが追加され、その中でヒドラが隠しボスとして登場します」
この事は『予言の書』を全て読んだバーナードも知らなかったようで、どうやらリメイク版とやらは、第六作の後に販売されたと思われる。
「一応、ヒドラと遭遇する為の手順は憶えてますが……試しに、ちょっと様子見に行ってみますか?」
クリスティーンは、近所のコンビニ行ってくる、くらいの気軽さで物騒な事を言ってのけるが、バーナードは青い顔で彼女を制した。
「上層部と相談するので待て。その件については、まだ誰にも喋るな何もするな先走るな暴走するなするなするな、というか絶対に動くな!」
バーナードは早口で一気に言い放ち、真顔でクリスティーンを威圧する。
クリスティーンは怪訝な表情で首を傾げた。
■
年明けから、王女クリスティーンは将来の為と称して、購買部の業務をボランティアで手伝ってくれるようになった。
その日は、ゴミが詰まった大きい箱を裏口に運ぶのを手伝ってくれた。
購買部に戻る途中で、私たちは女子同士の激しい口論を耳にする。
「ご自分の立場をちゃんと理解なさっているのですか?」
「どういう意味でしょう?」
「貴方の王家への忠誠を疑う声すら出ているのですよ!卑しい平民に現を抜かすふしだらな方とね!」
「そんな……そんなの事実無根です!私は恥じるような事は何一つしてません!」
「まぁー、抜け抜けと、白々しい!!貴方のような品性に欠ける野蛮な方が、王族と縁組していいと思っているのですか?!」
コッソリ壁越しに覗いてみると、リオン王子の婚約者候補である、イザベラとケイトリンの二人が火花を散らしながら言い争いをしている。
ケイトリンはイザベラの心無い中傷を必死に耐え忍んでいる。
私はクリスの方を見ると、彼女は溜息を吐く。
「しょうがないですわね……」
彼女は嫌そうな顔を真顔に戻し、歩みを進める。
「声が大きいですわよ」
王女の呼びかけで、言い争っていた二人は驚きで振り返る。
「イザベラ様、貴方の立場で王家の意見を代弁する権限は無い筈ですが……?わたくしの思い違いでしょうか?」
クリスの嫌味にイザベラは露骨に顔を歪める。
「貴方に必要なのは、他人を貶める事では無く、ご自身の魅力や能力を高める事ではないでしょうか?」
「――っ!流石に失礼ではありませんか、クリスティーン様。私に能力が足りないとでも??」
イザベラは顔を赤くして、必死に怒りを堪えている。
「ご不快に思われたら、申し訳ありません。わたくし時々、子供の頃に飲まされた毒が口から出てきてしまいますの」
クリスティーンはニッコリ微笑んだ。
王女の毒殺事件の首謀者は明らかになってないが、ローレンツ公爵が後見している側室のパメラが関係していると、誰もが思っている事だ。
イザベラとて無関係ではない筈だ。
「ま、ま、まったくもって不愉快ですわ!貴方達揃って!私を誰だと思っているの!この件はタダでは済ませませんよ!!」
イザベラが踵を返して立ち去ろうとする背後にクリスは追い討ちの言葉を投げかける。
「愚弟に上辺だけの嘘は通用しませんよ。アレの心を繋ぎ止めたいなら、その事を肝に命じておきなさい」
イザベラは足を止めて、その場に数秒立ち尽くす。
多分、その言葉は嫌味や当てこすりではなく、クリスティーンなりの素直な助言なのだろう。
「……心なんて……何の意味が……どうせ……変えられない……」
掠れるようなイザベラの声は、内面の心情から溢れた真意の断片のようだった。
イザベラは無言で立ち去った。
□
その後、ケイトリンと私たちは、カフェテリアに戻って一息付いた。
夕暮れのカフェテリアは人影も疎らで静まり返っている。
私が二人にコーヒーを差し入れると会話が始まった。
「ありがとうございます……殿下」
ケイトリンはクリスティーンに頭を下げる。
「クリスで結構です。ここは学園ですし。しかも、わたくしは王族のはみ出し者なので」
「そんな……貴方のような優秀な方が……」
ケイトリンは深い溜息を吐いた。
「どうして、こうなってしまったんでしょうか……今の王室は異常です……」
「今に始まった事では無いですし、わたくし個人は現状に不満はないですね。それより、貴方の方が心配です。あのようなマウント行為は以前から有ったのですか?」
「……」
この沈黙は肯定だろうな……。
辺境伯と、その娘のケイトリンは国民の人気が高く、王太子妃の地位に固執しているイザベラからすると、真っ先に落としたい対象だろう。
「こう言っては何ですが……愚弟の婚約者候補なんて辞めてしまった方が良いのでは……?貴方にメリットがあるとは思えませんが……」
「そうもいかないのです……」
彼女は首を横に振る。
「父は、将来の事は私の自由にして良い、とは言ってますが……ローレンツ公爵は私が候補者から離脱する事を望んで無いのです……」
「そうなのですか?」
「恐らく……私が王太子の側室となる事を望んでます……」
「なんですって……」
「公爵は日頃から意見が対立する父の事を敵視しているのは明らか……いつ、冤罪で断罪されても、おかしくはありません……私の個人的感情だけで決めていい問題では……無いのです……」
「あのクソジジィが……」
クリスティーンは王女らしからぬ暴言を小声で呟く。
リオン王太子の婚約者候補の中でイザベラは人気、能力、魅力……どれをとっても他の二人に負けている上に、リオンとの仲はよろしくない。
このまま、公爵の力で娘を王太子妃の地位にゴリ押したとしても、王室を私物化しているとの批判は避けられないだろう。
公爵の思惑としては、正室にイザベラを据え、政敵の娘であるケイトリンを事実上の人質とし、ナンシーと共に二人を側室としてリオンの政務の補佐をさせる構想なのかもしれない……理には適っているが、本人達の感情は完全に無視だ。
いくら貴族の政略結婚とはいえ、今現在の近代に差し掛かっている時代感覚とは剥離している。
「貴方は、“誰か”を実態以上に恐れすぎているように思えます。このままでは、身勝手な“誰か”さんに、ただ便利に利用され続ける事になりますよ。無意味な忍耐は美徳にあらず、逆に身を滅ぼすだけです」
クリスティーンは優しく諭すようにケイトリンに語りかけるが、彼女は私とクリスティーンに視線を向け、悲しげに俯いた。
「私は……貴方達が羨ましい……自分の思いを……身分違いの恋を貫けるなんて……」
「えっ?……私も……?」
完全に外野気分だった私はびっくりした。
すっかり忘れていたが、今の私はアリーナ・ダール。
学園購買部の売り子であるアリィは子爵令嬢で、平民の幼馴染であるバーンとの仲を何とか親に認められた、小さなロマンスのヒロインだ。
クリスティーンも平民の孤児であるダンとの交際は学園でも話題となり、二人の仲睦まじい有様は、不遇な王女に春が到来したと、概ね祝福されている。
ケイトリンが平民出身で特待生のマイクルと相思相愛なのは、学園の生徒には周知の事だ。
しかし、如何にケイトリンが王族と勇者の血を引く少女であっても、真面目な優等生である彼女が、謀略で人を殺す事を何とも思わない古狸に立ち向かうには、まだ若過ぎるのだろう。
「ごめんなさい……クリス様が私の身を案じてくれているのは理解しています……でも……私には出来ない……この思いを封じなければ、家族も、あの人も、不幸にしてしまう!」
彼女はそう言うと、立ち上がって一礼して、カフェテリアから去っていった。
その後ろ姿を見守りながら、クリスティーンはボソッと呟く。
「あー、ネタバレしたい……」
……激しく同意だけど、それは流石にダメだよ。
正統派カップルの苦難と葛藤は、もう少しだけ続く……。
実は見えないところで外堀はジワジワ埋まってたりする(進捗10%くらい)




