激動の導火線
冬休み明けて、学園に再び活気が戻る。
プレイヤー・ダンのゲーム攻略が終わったが、私たちの任務はまだ終わらない……。
「ともかく、民権運動組織への監視の目を緩める訳にはいかないのです」
ここ、学園のモニタールームで、クリスティーンとバーナードは、これからの方針について話し合いをしている。
「機関としても、学園ならびに王国の政情不安は望むところでは無い」
「ええ……それに、この問題は学園内の学生同士のイザコザの域を超え……既に国際問題に足を踏み入れているのです」
「ほう?」
民権運動の組織は一枚岩ではなく、思想や派閥の違いで複数乱立して互いに反目し合っているのが現状のようだ。
現状大きな影響力を持っているのは、王権主導の民主主義を目指す穏当派の“ロイアル・ハンド”と完全民主主義を目指し打倒王族を掲げる過激派の“自由の翼”だろう。
「現状、勢いがあるのは“自由の翼”の方ですが、現政府を打倒して単独で安定政権を維持する力はありません。それと連邦議会国からの援助を受けているとの情報もあるので、彼らに民権運動の主導権を握らせるのは大変不味いです」
クリスティーンは険しい表情で淡々と語った。
「何故、王族及びローレンツ公爵は現状を黙認している?」
バーナードは尋ねる。
「大方、民権運動組織同士で潰しあいをさせて、消耗した所を一気に弾圧する目論見なのでしょう。古狸の考えそうな事です。ただ、大きな問題があって……どうも愚弟が“自由の翼”に肩入れしているようなのです」
――『あの組織には関わるな』
先日のクリスティーンによるリオンへの警告はこの事だろう。
「リオン王子が……?」
バーナードは怪訝な表情で眉をひそめた。
「愚弟の気持ちは分からないでもありません……アレは生まれた時から傀儡となることを義務付けられた存在ですから」
私たちが生まれる前……陰謀の匂いが漂う国王交代劇により、少し強引な流れで王太子となったリオン王子。
甘やかされ気味とはいえ愚かでも無能でも無い彼にとって、自身を取り巻く環境は“欺瞞”としか言いようがないものだ。
「ただ、だからといって、このままではローレンツ公爵の餌食となるのが目に見えております」
「だろうね。で、貴方は機関の力をどう利用するつもりかな?」
「一つはマイクル・スミスを“ロイヤル・ハンド”に誘い込みたいのですよね……これはダン様にお願いしたいのですが、殿下……バーン様にも協力をお願いしたいのです」
成績優秀なマイクルは多数の民権組織から誘いを受けているが、観測範囲から推測するに慎重な彼は現在どこにも属していないフリーの筈だ。
「バーンの兄とは参加組織は違うが、確かロイヤル・ハンドの下部組織だった筈……それは何とかなる。他には?」
「もう一つは、連邦議会国からの留学生ワジャジャ・モジョーに、この件についての聞き取り調査を行って欲しいのです。わたくしの情報網では彼の国の内情にまで手が及んでませんので」
「彼女自身が関わっている可能性もあるのでは?」
ゲームに登場するワジャは天真爛漫な元気いっぱいの獣人キャラだ。
いくらゲームと現実は違うといっても……あまり違い過ぎないでいて欲しいものだ。
「それを知るためにも、一度は正面から接触する必要はあるでしょう。彼女の立ち位置を判断する情報が欲しいのです。警備員チャックなら任意による事情聴取を願い出ても不自然では無いでしょう」
■
私の兄チャールズことチャックは警備員の立場を利用して、学園の治安維持に関する情報提供をワジャに願い出た結果、彼女は事情聴取に快く応じた。
各種の諜報対策が為された密室に招かれたワジャは、いつもの元気娘の様子とは違い少し緊張気味だ。
私たちはモニタールームから二人の対話が始まるのを見守っている。
『任意にも関わらず協力してくれた事に感謝する。今日は民権運動組織について、君の知ってる事を差支えがない範囲で教えて欲しい』
チャックがそう伝えると、彼女は落ち着いて答えた。
『いつかは聞かれると思っていタ。早めに尋ねてくれた事に、こちらも感謝すル』
チャックは深く頷き、質問を開始した。
『現在、国内で活動している民権運動組織の一部が連邦議会国の援助を受けているとの噂がある。これについて何か知らないか?』
ワジャは溜息を付いて答える。
『連邦議会国は複数の部族や組織が、英雄王ギルバートの栄光を中心に連帯して成り立っている多民族国家ダ。これまでは独立と発展をスローガンに団結してきたが、全てが友好的に纏まっている訳ではなイ』
連邦議会国は大陸の辺境に位置している為に、王国帝国からはその内情はあまり伝わって来ない。
『急速に発展する都市間で競争が激化し、それが原因で数年前に内乱が起きタ。その時、争いを裏で煽っていた秘密結社を中央政府は公の場で断罪して、彼らは連邦議会国から逃亡したのダ』
また、秘密結社か……。
どこにもあるんだね。
『追い出された彼らは、各国で民権運動を煽りながら、自らの影響力を強めていル。この国でも“自由の翼”という名で活動中ダ』
『その秘密結社の名前は?』
『“エンシェント・シルヴィア”と呼ばれていル。古代文明の復興を目指していると噂されているが、秘密主義な組織な為、詳細は分からなイ』
ここで、バーナードが手元の魔道具を通してチャックに指示を出した。
「彼女に留学の目的を聞いてくれませんか?」
チャックの耳元のピアスが瞬いた。
『情報提供に感謝する。所で、当学園に留学の目的を聞いてもいいだろうか?一応面接時の記録には目を通しているが、改めて君の口から直接聞きたい』
彼女は無表情のまま語り出す。
『連邦議会国は都市部を中心に工業化によって目覚ましい発展を遂げていル。しかし、その恩恵は平等には行き渡っていなイ。都市部以外の地方や辺境は時代の流れから取り残されて、貧困に喘いでいル』
急速に成長する第三世界では、よく耳にする問題だ。
『自分の故郷も、そんな辺境の地の一つダ……族長である父は決断を迫られタ。貧困に喘ぎながら自然と調和する伝統的生活を維持するカ……時代の流れを受け入れて伝統と決別して新しい技術、自然を害する工業化を受け入れるカ……父は苦悩しつつも後者を選択しタ』
彼女の表情に暗い影が過ぎるも、その眼差しは真っ直ぐにチャックを貫いた。
『この選択は止むを得ないと理解していル……しかし……自分は少しでも、失われつつある自然環境の破壊を食い止めたいのダ。その為にも科学と自然を調和させる為に、二つを繋ぎ合わせる“魔術”を研究したいのダ!』
この話は調査資料にある学園面接時の発言と同じものだ。
内容に矛盾する所はないが……一体バーナードは何を知りたいのか?
「……“エンシェント・シルヴィア”との関わりを疑って欲しい」
バーナードは低い声でチャックに指示を出すと、チャックの表情筋は僅かに痙攣した。
『君の思想は理解した……これから尋ねる事は、職務上必要な任務である事を前置きしておく……君と“エンシェント・シルヴィア”の間に関わりはあるだろうか?』
チャックが、そう尋ねると、ワジャの瞳は見開き、その小さな身体から、怒りの波動が放たれた事を、モニター越しからでも感じた。
『アイツラと手を組むダト!?このオレガ?!』
彼女はテーブルに拳を叩きつける。
『奴らは“外道”ダ!!』
『外道……?』
チャックは激しい怒りの奔流に直接晒されつつも、追求を続けた。
『奴らハ、信仰も歴史も科学も、権力を得る為の道具としか見做してナイ!!信念ナク民同士を反目させ、不和を撒き散らす卑劣な魔族の末裔ダ!魂に誓って、奴らに加担などするものカ!!』
……魔族。
また、新しいキーワードが出てきた。
『それは、失礼した』
額に一筋の冷や汗を伝わらせたチャックは簡潔な謝罪を述べた。
彼女は荒い息を何とか整えて席に座りなおした。
『こちらこそ申し訳なイ……我が国も未だ発展途上……課題は山盛りなのダ』
彼女は背もたれに身を任せて空を見る。
『民を……伝統を……蔑ろにしているのは奴らだけじゃなイ……魔術や科学の発展によって降って湧いた繁栄に我を忘れ、天にも届く塔を築き、空中庭園に籠り、同胞から暴利を貪る輩は数多くいル……嘆かわしいことダ』
ワジャは首を振って重々しく呟く。
『人は……大地から離れては生きていけないのニ……』
□
事情聴取を終えて、モニタールームに戻ってきた兄はバーナードに文句を言う。
「わざと怒らせることを言わせたな?」
彼は不満を露わに問い詰めた。
「必要な事でした。助かりました、義兄上」
「義兄と呼ぶな!」
「おかげで彼女の立ち位置が可視化されました。大変、助かりましたよ、愚民チャールズ」
「……ふんっ!まったくもって、ろくでもない。王族なんて大っ嫌いだ!」
不貞腐れるチャールズを尻目にバーナードとクリスは今後の方針について話し合っている。
私は、げっそりしている兄にお茶と菓子を差し出して、苦労をねぎらった。
■
翌日、購買部に行くとヒューバートとニコラスは、カフェテリアのテーブル席で何やら話し合っていた。
「簡単安全に小さな火を付けられる魔道具です。魔力が底をついてても、小型魔石があれば利用できます」
彼が手に持っているのは百円ライターくらいの大きさで、スイッチ一つで小さな火を付けたり消したりできる魔道具だった。
「へぇー、中々面白いな。これなら子供でも使えるし、価格設定次第では平民の家庭用でも需要を見込めそうだな」
ヒューバートは商人の目となり、脳内で皮算用を開始しているようだ。
その場に居合わせたクリスティーンとダンも興味深げに魔道具を観察している。
「これを応用して、携帯用の小型コンロを作れないか?」
既に冒険者として中堅クラスのキャリアを持つダンはニコラスに尋ねた。
多分彼の脳裏には前世でのキャンプ道具のイメージがあるのだろう。
「コンロ……ですか?需要あるでしょうか?」
ダンとニコラスが話し合っていると、背後からデカイ声が覆いかぶさる。
「おいおい、マジで?野営で飯作るときに一々かまどを作らなくっていいなんて最高じゃないか!俺も一口載せろよ!」
リオンの側近候補のジョージが食い気味でニコラスに迫ってきた。
「え……えぇぇ……?」
急に周囲で盛り上がるなか、若干引き気味のニコラスだ。
「ふむふむ……なるほど……面白い仕組みです……魔力の過剰出力を逆位相にループして減衰させる事で抑え、最小威力で一定させていると……ほうほう」
クリスティーンは見ただけで魔道具の構造を把握したようだ。
流石チートキャラ。
「であれば……これを複数配置して連動すればコンロになる?……いや、どうせならば火が出ないタイプのコンロにするのもアリでしょうか?ダンジョンでの野営ではそっちの方が需要ありそうですね」
「火を使わないコンロなんて存在するのですか?」
ニコラスはクリスティーンの言葉に触発されたのか、身分差そっちのけで話しかけた。
まぁ、彼は実力主義な魔術コース所属だし、無礼講だね。
結果、そこに居合わせた者たちによって、和気藹々とブレストが始まり、あっという間に仮設計図まで完成して、次に試作品の製作についての話し合いが始まった。
その楽しそうな様子を見て、私は人間次第で科学や魔術は善にも悪にもなり得るのだな……と思った。




