新年の集い
私がアリーとバーンに再会出来たのは、年を明けてからの事だった。
二人は少し見ないうちに、すっかり都会の空気を吸って洗練された垢抜けた若者に変貌していた。
アリーは、髪型を帝都で流行しているミディアムのワンレングスに変えて、メガネを新素材を用いた透き通った赤のオーバルフレームに新調していた。
もう誰も彼女を野暮ったい田舎娘とは言わないだろう。
友人の成長を嬉しいと思う反面、私の内部で罪悪感が沸き起こった。
アリーの名前と姿を使っていながら、何一つ女子力を上げようとしなかった自分に自己嫌悪して落ち込んだ……。
「ごめん……アリー……」
「いやいや、一応隠密任務なんだよね?だったら、それで別にいいんじゃない。むしろ目立った方が問題でしょ?」
「そ、そうだよねっ!」
友人の思いやり溢れるフォローに胸がジーンとする……。
「ふふふ、この帝都帰りのアリーが冬休みの間、アリスちゃんの為に、おしゃれ講座を開催するから!任せて!」
「えっ?」
「そういうことなら、このメイもご協力しますよ!」
アリーに加えて、メイドのメイまで鼻息荒く迫ってきた。
藪蛇だったかな……?
□
あの、UFOこと謎のクリオネは、あれ以来、ずっと私にくっついてる。
『ミュー……』
私の腕に抱きついて頭部をスリスリしている。普通に可愛い。
「確か、プラズマ生命体だっけ?……じゃあ名前は“プルマ”でいいかなー」
『ミューー!!』
「何、ちゃっかり名前付けてるの……まぁ、別に良いけど」
バーナードは若干呆れ気味だ。
……あ、でも良かったの?
というか、私、懐かれてるみたいだけど、良いの?このまま飼ってっても?
「ビーコンを内臓してるから現在地の座標は本部で特定出来るし、幹部特権でいつでも召喚出来るから、平時はどこにいても良い筈。それにアリスなら悪用しないし、大丈夫でしょ」
……思ってたよりリーブラ機関ってユルい組織なんだね。
私みたいな一般人がいいのかな?
「プライドの高い“コレ”が、普通の一般人に、ここまで懐かないよ……」
『ミュー』
「飼育上の注意点とかないのかな?夜にエサをあげちゃダメとか……」
「特に無いよ。基本的に餌とか与える必要ないし」
何それ?この子、光合成でもしてるのかな?
「えー?お菓子とかあげると喜んで食べてるけど……大丈夫だったかなー」
私がクッキーのカケラを近づけると、プルマは嬉しそうに飛びついて、器用に両腕で持ち、食べ始める。
「うん、まぁ、意味のある行為ではないね。完全に嗜好品だよ」
プルマはクッキーの美味しさを全身で表現しようと、ぴょんぴょん跳ねている。
可愛いけど、存在自体が謎すぎる。
ともかく、水に付けちゃダメとか、太陽の光を浴びせちゃダメとか、そういうタブーは無いようで良かった。
バーナードは首を傾げている。
「時々、発言の意味が不明なんだよなぁ……未知の文脈を感じる」
「気にしないで!」
■
私が実家で“アリーのおしゃれ講座”という名のイベント――お互いが着せ替え人形となって、コーディネートを楽しむという女の子らしい遊びで休暇を消費していると、来客が訪れた。
「お久しぶりです、同志の皆様」
王女クリスティーンとダンが、通常より早めに学園に戻る途上で、うちの領地に顔を見せた。
「中々、有意義な休暇でした」
二人はオルドリン伯爵の領地にて、ダンの生家である孤児院で新年を迎え、彼の後見人である伯爵の家族とも交流を深めたようで、相変わらずの自由人ぶりだ。
「穏やかで良い領地でした。大きな街道沿いですし、将来の拠点とするにはちょうど良い所でした」
「クリス様に気に入ってもらえて良かった……」
二人の仲は着実に進展しているようだ。
しかし、その二人をじーっと見つめる視線が……
「あああああ……姫様が、馬の骨と……馬の骨と……!!」
侯爵令嬢のナンシーが何故か、背後の物陰から身を半分隠すように佇んでいる。
「あの……マグネター侯爵令嬢様……?」
両親はホストとして丁重に招こうと家令に声を掛けさせるが……
「あ、お構いなく……私はここで、家臣として姫様の成長を陰ながら見届けさせてもらいます……うっ……うううう……」
彼女はそう言いつつ、手に持ったハンカチを噛み締めながら目に涙を浮かべ、何をどうしても、頑としてテーブルに着こうとはしてくれない。
「アレは放っておいてください……一種の病気なので……」
王女クリスティーンの反応は冷ややかだ。
「いや、そうもいかないでしょ……」
バーナードの促しでクリスティーンは渋々ナンシーを手招きで呼び寄せると、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。
気のせいか、その背後に見えない尻尾がブンブン振られているのを幻視した。
侯爵令嬢ナンシーはゲームでは、クリスティーンの友人として登場するNPCだ。
クリスティーンを溺愛しており、ミニゲームでクリスが登場した際、妨害行動を辞めさせようとプレイヤーが攻撃すると、大盾を持ったナンシーが出現して、彼女を鉄壁ガードする……ただでさえ、うざい妨害キャラの上に護衛まで付いてるって何なの……と、プレイ中は遣る瀬ない気持ちになったモノだ。。
しかし、ナンシーは不人気ヒロインと違ってプレイヤーの人気は高かった。
何故ならば――彼女は、とっても胸が大きかったから!
恐らく、登場キャラの中で一番大きい……。
出番が多くないNPCながら多くのプレイヤーから――主に男性から――『何故か攻略出来ない……』と、残念がられた人気キャラだ。
ナンシーの豊かなバストを横目で見ながら、クリスティーンはボソッと呟く。
「これが『胸囲の格差社会』って奴なのでしょうね……」
「だれうま」
クリスティーンの溜息混じりの言葉に思わず素で突っ込んでしまう。
「お、俺は程々が一番良いと思う!」
「ダン様……」
「クリス様……」
「あああああ……姫様が……おのれ、馬の骨……ううううう……」
何なの、この修羅場……。
「そういうの、他所でやってくれない?」
バーナードが冷ややかな声で突き放すように三人に言うと、慌てて居住まいを整える。
「申し訳ありません、お見苦しい所をお見せしました」
クリスティーンは代表して謝罪すると、両隣の二人も頭を下げた。
「で、結局何しに来たの?」
「ええ、まぁ、学園に戻る途中で面白いイベントが起きまして……」
「イベント?」
「謎の黒騎士集団の襲撃に遭いました」
また、黒騎士……ちょっと活発に行動しすぎじゃない?
年末年始期間で冬休み中だよ?ご家族は泣いてない?大丈夫??
話は一週間前に遡る。
ダンが早めに学園に戻る事を希望したのが始まりであった。
「今後クリス様の補佐をする以上、学業の遅れを取り戻さなければならない」
オルドリン伯爵を始めとした領地の人は、別れを惜しみつつも十分な護衛を付けて三人を見送った。
そして、その途上、謎の黒騎士集団の襲撃事件が起きる。
「まぁ、あっさり撃退しましたけど……どうも、わたくしを誘拐するつもりだったようです」
「姫様には指一本触れさせませんわー!」
「練度はそれなりであったが、隠密任務に慣れていないようだった。恐らく対象が若い王女だからと甘く見ていたのだろう」
それにしても、帝都に現れた謎の黒騎士と関係あるのだろうか……?
「実は、それほど謎でもないんですけど……」
「えっ……?」
「全身黒い鎧で肩当てに赤い狼の紋章……といったら、秘密結社マルス騎士団しかないでしょう」
「秘密結社」
「そんなに秘密でもありませんわー。新聞や街の張り紙で堂々と団員募集の広告出しておりますしー」
「……ゆるすぎない?」
秘密結社なんだから、もう少し忍んで欲しい……秘密主義で団員二名以上の推薦が必要とか、命を懸ける入団儀式があるとか、もっと厨二病的なロマンを大事にして欲しい。
話を聞くに、この国にある多数の結社の中では、ボイジャ王国の前身であるマリナー王朝時代から続く古株の組織で、貴族の子息に人気の結社らしい。
「偽装するって考えは無いのかな……無いんだろうな……」
バーナードも呆れ気味だ。
「団員全員、自己顕示欲の権化みたいな連中ですから、顔さえ隠せば何やっても良いと思ってるんでしょう、どうせ」
「だからと言って、いくら彼らでも帝都で問題起こすのはやりすぎだと思うけど」
「バカですわねー。いくら黒幕が強力でも、格上の外国じゃ通用しないですのにー」
バーナード、クリス、ナンシーの三人で淀みなく話が進んでいる所をみるに、高位貴族の間では常識な話のようだ。
「黒幕……?」
「ローレンツ公爵だよ。側室パメラ妃の伯父で後見人だ」
「老害野郎ですわー」
「黒幕と言っても、特に隠れてませんけどね」
「えぇ……」「はぁ……」
事情通三人の話に、私とダンは半ば呆れ気味だ。
いくら、王太子の母親の縁者だからって、好き放題しすぎではなかろうか。
「そういえば、ゲームのエンディングでは良く没落していたな……」
ゲーム内で、ローレンツ公爵は学園関係者ではないので直接登場はしないが、プレイヤーが王族と結ばれるルートでは、大体、不正が暴かれて失脚していた。
といっても、ここはゲームでは無い現実……放っておいただけで自滅してくれる保証はないのだろう。
「まぁ、このメンツなら、朝飯前、でしょう。期待してますよ、ナンシー、バーナード殿下」
クリスティーンが組んだ両手に顎を乗せながら言うと、二人は腹黒そうな微笑みを浮かべた。




