地上に舞い降りた正義の星〜魔法少女マジカル・ビーナス登場!
この世界での冬至は十二の月の最初に訪れ、その後のクリスマスに相当するミトラ祭と新年は家族が集まって過ごす伝統的なイベントとなっている。
なので、学園はミトラ祭の手前から冬休みに突入する。
この期間は余程のことがない限り生徒のほとんどが実家に帰省するので、学園はもぬけの殻となる。
孤児であるマイクルやドルキャスでさえ、ホームである故郷に帰り、知人や友人と慎ましく和やかな年末年始を楽しむのだろう。
ダンも後見人であるオルドリン伯爵の領地に戻り、王女クリスティーンも親交を深めるべく、同伴するようだ。
私達もこの休暇は実家であるイシュタール家に帰省して、今年色々あった疲れを癒すつもりだった。
帝都に留学したアリーとバーンも、多忙につきミトラ祭には間に合わないが、新年には帰省する予定と聞いて、久しぶりな親友との再会を楽しみにしていた。
だが、しかし……。
「……」
「……何、これ……」
私は目の前で繰り広げられる“何か”に呆然とするしかなかった。
・・――◆◇◆――・・
――ここは眠らない大都市、帝都ソーエイブル……。
色とりどりの魔灯火が星の如く瞬き輝く不夜城の片隅に、不穏な気配が忍び寄る……!
「いやぁああぁぁぁ――!!」
人気がない薄暗い路地裏に追い込まれ倒れた、可憐なる少女記者ホーラの叫びが辺りに響く。
石畳の上を歩く靴音と共に、暗闇から現れたのは全身黒ずくめで、顔を仮面で隠した不気味な男だ。
「逃げても無駄ですよ、薄汚い子ネズミ風情が」
「いや……こないで……」
彼女は帝都を騒がす美術品盗難事件を追って、地道な聞き取り調査をする過程で、悪の秘密結社と帝国転覆を狙う貴族の会合を探り当てたのだ。
しかし、それは敵が仕掛けた卑劣な罠であった!
「誇り高き高貴なる者に刃向かう愚かな小娘め。その首、我らが神に捧げてくれようぞ!」
「きゃあぁぁ!!誰か助けてーー!!」
「はっはっはっはー!叫んでも無駄だ!助けなぞ、誰も来ぬわ!!」
少女の表情が絶望に染まりかけた、その時、
天から一筋の光が差し、辺りにフルートが奏でるメロディが流れた。
「誰だ!!」
悪漢が光の源を見ると、そこに輝く人影が立っていた。
「天は全てを見ています――!」
その澄んだ声は瘴気を浄化するように明るく響く。
「地に悪の影が広がる時、星の輝きは世界を照らす!!」
そこにいたのは――ペパーミントグリーンの髪をツインテールにした、先進的なデザインのコスチュームに身を包んだ十代の少女がポーズをとって大見得を切る。
黒いマスクで目元を隠しているが、赤い瞳の美少女だ。
「魔法少女マジカル・ビーナス!星に代わって、悪を討つ!!」
彼女の背後で無数の星が弾け飛び、暗い雰囲気を一掃した。
悪漢は一瞬たじろぐも、直ぐ様、激昂して頭を振った。
「……はっ!小娘一人で何ができる!!者共!」
男が掲げた指を鳴らすと、周囲から無数の戦闘員が音もなく集まった。
「小娘を捕らえろ!!」
戦闘員は一斉に少女に襲い掛かる――!
「スター☆バースト――!!」
彼女が手に持っていたマジカル・ワンドを一振りすると、光る星の波動が広がり、戦闘員をなぎ倒した。
「「「ぐわーーー!!」」」
吹き飛ぶザコ戦闘員に対して、少女は新たな技をワンドから繰り出した。
「ステラ☆ストリーム――!!」
ワンドの先端から光の帯が伸びて、ザコ共をぐるぐる巻きにして、仕上げに大きな蝶結びで可愛くデコレーションして締めた。
「おのれ!小癪な小娘!!これでもくらえ!!」
悪漢は魔剣から邪悪な波動を繰り出した。
マジカル・ビーナスはワンドを前方に構え、回転させる。
「グレート☆ウォール――!!」
ワンドから放たれる星の粒子はシールド型に展開して敵の攻撃をあっさり防いだ。
彼女は高くジャンプして、月光を背に必殺技を叫ぶ。
「ビッグバン☆インフレーション――!!」
光の奔流は悪漢を巻き込んで、次々に連鎖爆発する――!!
「ぐわぁ――――!!!」
光の洪水が収まった後に残されたのは……地面に落ちる一欠片の黒いクリスタルだけだった。
街灯の上に立つ彼女に、少女記者ホーラが駆け寄った。
ホーラは潤んだ瞳で魔法少女を見上げる。
「ありがとう!マジカル・ビーナス!!」
マジカル・ビーナスは満足げに頷いた。
「悪は滅びる定め!!帝都の平和は、このマジカル・ビーナスが必ず守ります!!!」
長いマフラーを風に靡かせた彼女は夜空の彼方へと消えていった…………
・・――◆◇◆――・・
ここはイシュタール家の領地内に唯一ある劇場のボックス席……。
私は万雷の拍手が鳴り響く中、ベルベットに覆われたシートに凭れ掛かりながら、ただただ唖然としていた。
『えー、演劇?』
『ああ。兄上が援助している帝国の劇団一座が、この王国でも各地で公演する予定なんだ。一緒に行かない?』
『行く!楽しみー!!』
わーい、デートだ、デートだー!
バーナードが帝都で人気らしい劇のチケットをコネで貰ったので、のこのこ付いて来たら……この有様である。
魔法少女マジカル・ビーナスのモデルは、外観のデザインから明らかに、私アリス・イシュタールだろう。
ぎぎぎぎぎ……と音を立てながら首を九十度に回し、隣に座っているバーナードを見ると、彼は冷や汗を流しながら呆然としている。
「……どういうことなの?」
「あー……」
バーナードも劇の内容を知らなかったらしく、頭を抱えている。
帝都で一体何が起きたというの……??
□
「で、どういうことなんですか?アーサー兄様……?」
「あっれぇー??もしかして、怒ってるー?バーナード君?」
イシュタール家に帰宅した私とバーナードは離れに滞在中の第三皇子であるアーサーを直ぐ様に問い詰めた。
彼アーサー皇子は皇位継承争いから距離を置き、帝国では変わり者で有名な人物だ。
しかし、同時に文化や魔術への造詣が深く、各分野の発展、保全に大きく貢献している。
劇団への援助もその活動の一つだ。
そして、彼は一応リーブラ機関の構成員でもあるらしい。
「あれ、一応は実話に基づいた内容なんだよー」
「アレがーー??」
俄かには信じがたい……。
少なくとも、私もアリーも、あのような不思議な能力は持ってない。
「いやー、まさか指輪にあんな機能が隠されてたとはねー。バーナード君もやるねぇ!」
「えっ?!」
私は咄嗟にバーナードを見ると、彼は即座に顔を逸らした。
「バーニィ……?」
「……ごめん」
忘れていた……彼が意外とイタズラ好きであった事を……。
事の発端は、帝都に滞在中のバーンが鑑定スキルを習得して、指輪に秘められた隠し機能を見抜いた事だった。
「で、何なの?隠し機能って……??」
「万が一、非常事態に対処出来るように、アリーの指輪にはアリスの潜在能力の八割を発揮できるモードも設定していたんだ」
「初耳なんですけど……」
えっ?何?じゃあ、私もその気になれば、あの物騒なキラキラした何かを出せるっていうの??
「まぁ、その辺の事は、ご両親も交えて、おいおい説明する予定だったんだけど……」
「帝都の方でちょーとマズイ事件が起きてねー」
「事件?」
この世界で有名な伝説の一つに、“三つの秘宝”という物がある。
三つ全てを手に入れると、世界の在り様を変えることが出来ると言われている、文字通りのレジェンドアイテムだ。
その秘宝の一つ、真実を写すという“太陽の鏡”は、普段は帝都の宝物庫に厳重に保管されているが、先日、数年ぶりに期間限定で帝都の博物館にて一般公開した。
アリーとバーンはアーサー皇子に誘われ見学に行くが、そこで謎の黒騎士集団の襲撃に遭遇する。
警備隊は必死に抵抗するが、敵勢力は強く、敢え無く秘宝を奪われてしまう。
三人は突発的に作戦を練った結果、アリーが指輪の力でアリスに変身し、マスクで顔を隠して黒騎士団を撃破、見事秘宝を取り戻したのだった。
「まぁ、展示品はレプリカで、本物は宝物庫に置いたままだけどねー。あっはっはっはっ」
私はガックリして、アーサー皇子をジト目で見た。
「いや、僕も知らなかったんだって!本当だって!信じて!!」
「本当かなぁ……?」
バーナードも疑惑の目でアーサー皇子を見ている。
「えー、バーナードまで僕を疑うのー?お兄ちゃんを信じてよー。それに、ちゃんと二人には特別な褒賞を与えたよ!」
そういう問題ではないし、私の友達を危険な揉め事に巻き込まないでほしい。
「で、あの魔法少女ってのは、何なの?」
バーナードは険しい表情で皇子に詰問する。
「いやー、それが、あの事件でのアリー嬢の活躍が目撃者による口コミで広まって評判になってね。そこに来て、ちょうど僕が面倒見てる劇団が少女向けの演劇に良い題材は無いかって悩んでたからさー。渡りに船って感じだよ!」
……要するに悪ノリか。
本当に市民による口コミかどうか怪しいものだ。
実の所、皇室によるプロパガンダではないのか?
隣に座ってるバーナードの目もそう言っている。
結果として、魔法少女マジカル・ビーナスは、予想外の大ヒットで、連日満員御礼状態で関連グッズや絵本が飛ぶように売れているらしい……。
うへぇ……。
「勿論、これからボイジャ王国でも、各地巡演の後、バンバン商業展開していく予定だよ!!」
「やめてよぉぉぉぉ!!!」
自分に与り知らない所で、勝手に黒歴史が作られていくのは勘弁してほしい。
アリーとバーンに再会した暁には、キッチリ説明してもらわなきゃ。