クリスティーンの夢(2)愛の告白
「大変失礼しました」
正気に戻ったクリスティーンは平謝りに終始する。
「それ以上、こちらに近づかないように」
彼女の思わぬ奇行によって、バーナードによるガードは一気に堅くなった。
私とクリスティーン、ダン両名との距離は、バーナードを挟んで十フィートほど離れている。
「俺もうさぎちゃんと握手したかったのに……」
ダンは少し残念そうだが、これは仕方ない。
「それにしても……“うさぎちゃん”がバーナード殿下の婚約者アリス・イシュタールという訳ですか……」
あ、そうか。
まだ、自己紹介してなかったな、そういえば。
「それが、何か?」
「あ、いえ……まったく……ウチの愚弟は不憫にも程があるな、と……はぁー……」
彼女は大きな溜息を吐いた。
「で、取引って、何?」
バーナードは完全に機嫌を損ねた様子でクリスティーンに尋ねる。
「ああ、そうでした。わたくしときたら、生うさぎちゃんに会えて完全に浮かれてました」
彼女は咳払いを一つして、バーナードに向き合った。
「実はわたくし、学園を卒業後、王籍を抜けて独立する予定ですの。諸事情で公表は出来ませんが陛下には既に了承を得ております」
「ほう」
バーナードは軽い相槌程度に驚きを見せるが、特に意外な話ではないだろう。
彼女が王族の身分に未練が無い事は多くの人間が認識している。
「正直なところ、身一つで冒険者になり、諸国を渡り歩くのも悪くはないと思うのですが……現在、王国にタチの悪い貴族が権勢を振るっている現状、何らかの後ろ盾が欲しい所でして……」
「まぁ、そうだろうね。貴方に刺客が差し向けられても、おかしくはないな」
「貴族の数が多すぎるのですよ、この国は……」
王女は深い溜息を吐いた。
「貴方自身が王になるつもりはないのか?」
バーナードは問う。
「その事態は避けたいですわー。ただただ、面倒なので」
彼女は手を振って本気で嫌そうな顔で語る。
「そもそも、誰が王になっても、国の未来は変わらないですわ。私でも、愚弟でも、“彼”でも……結局この国は、立憲君主制として改革を進めていかなければ、これからの世界情勢を乗り切れないでしょう。マトモな頭があれば、誰でもそのように判断します」
そう、スタータイドを何度も周回した人ならば知っている情報だが、まだ知られていない王位継承者はもう一人いる。
“彼”はプレイヤーと共に行動する内に、王国の陰謀劇に巻き込まれた結果、真実が明らかになる……しかし、その事は、まだ誰も知らない。
立憲君主制を目指すのも妥当な話だ。
絶対君主制のままでは平民の不満は解消されず、時限爆弾を抱えたまま、勢力を拡大し続ける連邦と対峙する羽目となり、完全な民主制を実現しても、王族による政権を維持している帝国や周辺の小国との軋轢は増すだろう。
王族主導で部分的な議会制を導入しつつ、近代化に対応する能力がない貴族の力をゆっくりと削いでいくのが最も賢明な策だと思われる。
「ただ最大の問題は……この国を牛耳っている輩はそう思っていない事です」
「マトモじゃ無い、と」
「旧態依然とした壊れかけの骨董品ですわ……貴族が何故貴族でいられるのか、その根本理由を忘れ、昨日という過去を繰り返せば永遠にそれが続くと信じきっているおめでたい連中です。外界では嵐が吹き荒れていると言うのに……」
「困ったものだね……で、君はリーブラ機関の力で何を望む?」
「そうですね、一つは卒業後、身分を喪失する、わたくしの後ろ盾。それと出来れば、それまでに王国の膿を出し切る事に協力して欲しいですわ」
王女クリスティーンの顔は真剣そのもので、バーナードの表情は警戒を露わにしている。
「何故だ?」
「それが、わたくしの王族としての最後の責任です……」
「そこまで貴方がする義理があるとは思えないな。貴方は第一子であるにも関わらず、誕生からずっと宮廷で虐げられてきた。なのに、自ら汚れ仕事を引き受けた上に、毒殺しようとした女の息子である義理の弟に王座を譲るというのか?」
「それがおかしいと?」
「危険に値する理由が見えない。何が貴方をそう動かしている?」
「理由ですか。一つはそこまでしないと、わたくしの安全を確保出来ないということです。この学園に入学以降も何度か刺客が差し向けられています。彼らは余程わたくしの存在が気に入らないようです」
監視の目が届いていないところで、死闘が繰り広げられていたようだ。
「まぁ、わたくしの実力を侮っているのか、大事には至ってませんが、今後も続くようですと流石に鬱陶しいです。二つ目は、早いところ王族を辞めて自由になりたいのが本音ですね。わたくしは元来研究者であって、政治家には向いてないですから。そして三つ目は……」
私たちは固唾を飲んでクリスティーンを見つめる。
彼女は目をカッと見開いて言った。
「ハリ×リオです――!!」
部屋の空気が一気に凍りついた。
おかしい……今、ハリとリオの間にバッテンが入っているのを幻視したが、気のせいだろうか……?
「気のせいではありません。おや?貴方もまさか……もしや同志でしょうか?」
「ち、違います!!!」
「はぁ??」
事情を察した私とダンは気まずそうに冷や汗を流すが、バーナードは訳も分からず困惑している。
原作の俺様王子キャラであるリオンは大変人気があって、人気投票の男子の部では正統派ヒーローのマイクルと一位を争っていた。
リオンファンの半分はキャラ単体が好きな夢女子勢だったが、もう半分は……腐女子だった。
そして、その腐需要の最大勢力カップリングがハリ×リオだった……。
私はリオンというキャラの良さはイマイチ理解出来なかったが、ネット等で知り合った繋がりで、オフ会やイベントにてファンが熱弁していたのは、よく見かけた。
「ああ……“推し”って奴か……」
別に無理に理解しようとしなくていいんだよ……バーナード君。
向こうも望んでないと思うし。
「ただの“推し”ではありません。あくまでも、ハリーとリオンの関係の推移と進捗を見守りたい!その一念です。その為にも、この王国の安寧は必須条件であります。せっかく天から授かった転生チートを推しカプの為に活かさずして何としましょう!」
お、おう……この腐姉さん、気合がヤベェ……。
「要するにリオンとハリーの仲を取り持ちたいってこと?」
バーニィーーー!その発言は地雷なんだよぉおぉぉぉーー!!
クリスティーンの額からブチっと何かが切れる音が聞こえた。
「ハリ×リオです!!!あくまで、あくまでも!ハリーが攻め、です!!王子が攻めだと、それは只のセクハラです。重大なコンプライアンス違反です!!リオンは横暴ですが決して悪人ではないんです!権力を笠に着て関係を強要するようなことは絶対にしないんです!!そして、彼の根はヘタレ!!そこが“萌え”です!!普段は強気な王子が困難に直面して落ち込んだ時に、常に寄り添って近くで支えてきたハリーが優しいリードで王子を愛の世界へと導く!このシチュが尊い!尊すぎる!!リオンが攻めなんて何も分かってない!!鬼畜の所業です!!」
バーナードは理解を超えた主張に対して完全に頭を抱えている。
だから、無理に理解しようとしなくていいんだよ……バーナード君(2回目)
「……まぁ、何でもいいけど……二人の仲を取り持ちたいだけなの?」
「いや、まぁ、それはちょっと……流石にわたくしとて現実とゲームの区別はついておりますので……ちゃんとゲームのリオンと愚弟は別人だと認識しております」
「ああ、そこ分かってたんだ……良かった……」
ダン君はホッと胸をなで下ろしているが、私も同感だ。
「実際問題、義理とはいえ血の繋がった愚弟の恋愛感情までどうにかしよう等と思い上がった事は申しませんが、アレも良き国王となるべく真面目に努力はしてますので……婚約者問題や国家運営の構想等で軌道修正は必要でしょうけど、王族の責任を放り投げて離脱する姉としても、最低限の後始末くらいはして、推しカプの成長を暖かく見守りたい、と思う所存です」
バーナードは疲労の色が濃い表情で深い溜息を吐いた。
……なんか、疲れたね……この話し合いが終わったら、ゆっくり休もうね……。
私は彼の背中を労うようにさする。
「僕の一存で処遇は決められないが、貴方の能力が自己申告通りならば、組織内での立場は好きに選べるだろう……話を大げさに盛ってなければ、だが」
「それは結構ですね。わたくしは研究員でも工作員でも出来る事は何でも致しますわ。この世界の未来を担う能力者として、決して後悔はさせません」
彼女は先ほどとは打って変わったキリッとした顔で、胸を拳で叩く。
「カッコいい……」
隣に座っているダンはキラキラして目でクリスティーンを見つめた。
自分に注がれている熱い目線に気が付いたクリスティーンは頬を赤らめる。
「そ、そう、ダン・スターマン様!」
「は、はいっ!」
名指しで呼ばれたダンは立ち上がって背筋を伸ばし直立した。
「先ほども述べた通り、わたくしは、学園卒業後、冒険者として身を立てる予定です……なのでどうか、わたくしが市井の暮らしに慣れるまで、先輩として協力して頂けないでしょうか?」
「せ、先輩……!?そんな、恐れ多い……いえ、喜んでお引き受けします!クリスティーン姫の為ならば、たとえ行き先が地獄の果てでも、自分の命を掛けて御供いたしましょう!!」
ダン君……それはプロポーズなのか?
真面目な青年かと思ったら、結構衝動で生きてるんだね……。
しかし、告白されたクリスティーンは……大きく見開いた目の輝きが、ハートマークに変わり――
「貴方様こそ、わたくしの運命の半身ですわぁ!!」
……。
あっ、そういえば、この娘、チョロインだったー!
王女で、残念ヒロインで、未来人で、転生者で、天才科学者で、腐女子で、さらにチョロイン!!
色々盛りすぎだろうよ。
「ダン様……」
「クリス姫……」
二人は見つめ合ったまま、動かなくなった。
「今日は、もう疲れたから寝ようか……」
「そうだね……」
私も、バーナードも疲れてぐったりしている。
その日はお開きにして、研究所で一泊した。
■
朝、目が覚めて簡易ベッドから起き上がり、カーテンを開くと、庭でバーナードが剣の素振りをしているのが見えた。
私は、身支度を整えて、庭に向かった。
「おはよう、バーニィ」
彼は動きを止めて、私に笑顔を見せる。
「おはよう、アリス」
私たちは庭に設置してあるベンチに腰掛けた。
ここは山岳地帯のようで、周囲の景観は絶景だった。
「以前の事だけど……」
彼はおもむろに口を開く。
「『予言の書』の中にお気に入りの人物はいないのか、って言ってたね」
私は頷いた。
「物心ついた頃から、僕はリーブラ機関の幹部になるべく厳しい教育を受けていた。『予言の書』に直接触れられる時を心待ちにしながらね……だからこそ、僕はショックだった。『予言の書』に自分の名前が記されていない事を知って……。それ以来、自分が何の価値もない人間のように感じてしまったんだ」
彼は遠くに連なる雲を抱いた山の頂を見つめながら、独白を続ける。
「僕は必死に探した。自分の影を、痕跡を……そして、ある一人の人物の存在が気になって仕方なかった」
バーナードは悲壮な目で私を見つめる。
「その人は外伝の一つに登場する。今から三十年後に世界が荒れ果てて、魔王と呼ばれる人物が率いる軍勢に民衆は苦しめられる」
私は話の先行きに不安を感じた。
「僕はこの魔王が自分なのだと思っていた」
「何か、確証はあるの?……考えすぎじゃない?」
彼は無言で首を振った。
「その人物は黒い甲冑で全身を覆った騎士で、素顔も本名も誰も知らない。勇者とその仲間に悪として倒されるだけの存在だ。だが、どうしても、彼が他人とは思えないんだ」
バーナードは暗い顔で俯いた。
「この話はしたくなかった……でも、知って欲しかったんだ。君と出会って、君がイシュタールの娘と知って……どれほど僕が救われたのかを」
彼は私の手を握りしめた。
「そして、君とみんなと共に暮らすようになって……世界の歴史は『予言の書』に記されているだけでなく、普通の人間の何気ない日常によって支えられているんだと理解して、自分が如何に大きな物語に取り憑かれていたか、その異常性に気がつく事が出来たんだ」
バーナードの言葉は私の心に染み渡った。
「今でも、その魔王が自分だと思っているの?」
彼は頷いた。
「あの外伝に登場する魔王は、君に出会わなかったか、君を失ってしまった僕だと、今でも思っている。だから、絶対に君を手放したくない……」
彼は私の前に跪いて、手を取った。
「君が好きだ、アリス。僕は義務感だけで君を縛り付けたくない……でも、君にだけは自分のありのままの気持ちを全て知って欲しかった」
アリスの胸の内は喜びに打ち震えていた。
私は、彼の思いに応えなければならない……。
彼の手を握り返す。
「私も大好きだよ、バーニィ。初めて会った時から……ずっと……」
冷たく見えるけど、実際は深い思慮があって、困っている人には救いを差し伸べてる所、
普段は真面目そうに取り澄ましているけど、実はバーンに匹敵するくらい悪戯好きな所も、
平気な顔して結構寂しがり屋な所も……
アリスは、彼の全てを愛おしく感じている。
二人の距離が吸い込まれるように次第に近づいて……
近くにある草の茂みからの雑音が無視できない騒がしさになった。
「アリスー!!それ以上近づいちゃダメだーーーー!!!」
「あー、もう、邪魔しちゃいけませんよ、愚民チャールズ」
「くっ……!何て怪力だ!!二人がかりでも抑えきれない……!!」
隠れて覗き見していたクリスとダンが、兄チャールズを押さえつけていたようだが、もう限界のようだ。
「……まったく、前途は多難だね……」
バーナードは呆れたように言っている。
私は、その前途とは、二人の仲なのか、この国の未来なのか、聞こうかと口を開きかけたが……
「聞くまででもないか……」
癖の強い味方とメインキャラクター達に、残酷な謀略をなりふり構わず実行する敵勢力……どれも厄介な面倒ごとには変わりないのだった。
◇
こうして、ゲームのシナリオは一年を経たずに終わってしまった。
しかし、歴史の流れは止まらない……。
そして、私は、この世界について、まだまだ何も知らないも同然なのだった。
第二章、終わりました。
この後、第三章冒険編、第四章動乱編、と続く予定です。
大雑把なストーリーの構想はありますが、全然纏まってません。
完結は目指しますので、気長にお待ちください。




