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旧市街の通り魔

 クララとレザーチェの必死の捜索にかかわらず、なかなかイルミナティの手がかりはつかめなかった……フランケンフェルド教授のみならず、クニッゲ男爵と助手のイゴールの行方も不明であった。廃教会地下のアジトは数千トンの土塊でクレーター状に埋まってしまい、証拠の品も見つけられない。


 それはフランケンフェルド教授の住んでいた館も同じであった。


 また、脱走した死人兵士ボルガンに殺された、イゴルシュミッツ大学の人文科の大学二年生の男子生徒ヨルダンと女子生徒メラニーが行方不明になり、騒ぎとなった。駆け落ちの家出ではないかと、噂されている。しかし、真相は悲しい結末であった……彼らの遺体は秘密結社本部で人造人間製作の材料にされてしまったのではないか……


 進展しない事態に焦り、曇りがちな表情なクララに対し、みぞれはふと思いついた疑問を彼女に話した。


「そういえば、レザーチェさんは魔力者で、予知夢や未来予知ができるとか……それを使ったらいいんじゃない?」


「結果からいうと、無理ね……と、いうのも、まず予知夢は命にかかわる危機が迫ったときに偶発的に見るものらしいわ……そして、レザーチェの独自魔法『霊夢の幻影燈博覧会トラオム・ファンタスマゴリア』は相手の眼球を媒体にして瞳を覗きこみ、近い未来から、一年前後までの印象的な未来の幻像を幾つか見ることができる能力よ。その名のごとく幻燈機ファンタスマゴリアが生み出す幻影のようにね……それを相手の心の中に送り込むことも可能……」


「凄い能力ね……それでクララの未来を占えばいいんじゃない?」


 宮葉みぞれが希望をもって、クララに訊ねる。


「それができないのよ……痛恨のミスね……未来予知ができるのは、一人に対し一度だけだったのよ……」


「……そんな…………」


「レザーチェの魔眼能力に気がついたのは半年ほど前……賞金首を追っていたときに偶然、発動して犯人の未来図を見た。さっそく、私も彼に未来の幻像を見せてもらった……城塞都市を訪れること……東域の果てから来た少女と出会うこと……」


 みぞれはドキリとした。駅前の辻馬車の停車場でクララと初めて出会ったこと……クララはすでに未来予知で知っていたのだ……だから、まったくの他人である自分に親しげに話しかけたのではないか、と。


「……風車小屋の風景……夜霧の中の旧市街……時計塔……そして、黄金仮面の魔道士と再会すること……この六枚の未来図のカードだけを見せて貰ったわ……」


「他のことは見えなかったの?」


「レザーチェは見えなかったと言っているけど……多分、嘘ね……私が失敗する未来図もあったに違いないわ……でも、彼は頑として口を開かない……」


「………………………」


「未来への道筋は複雑にいりくみ、不安定に変わるようだわ……未来を予知して、無理矢理、運命を変えたから、かも……」


「……なんだか難しいのね……」




 そして、5日が過ぎていった――


 みぞれは授業を受けながら、あいた時間にそれらしき噂や情報がないか、訊いて回った。だが、それらしきものは引っかからない。市街地から戻ったクララと合流して、マルゴットとアンネリーゼを誘い、食堂で夕食をともにする。


 マルゴット・フンボルトが大皿にホカホカの蒸したジャガイモを乗せ、はふはふ、パクパク、アチチ……とやっていた。時々、咽喉のどを詰まらせ、ミネラルウォーターをグビグビと飲んだ。 


 ベルデンリンク帝国は痩せた土地が多いため、ジャガイモがよく作られている。この国ではジャガイモを使った料理は必須のメニューの一つだ。主食ではないが、主要な野菜である。また、「ジャガイモでフルコース料理ができるようにならないと、お嫁に行けない」という言葉があるくらいだ。


「そうそう、訊いた? 旧市街でまたも殺人鬼が出たのよ!」


「ええっ!! 昨年、絞殺魔ボルガンが捕まったばかりなのに!?」


 旧市街の夜に出現した通り魔殺人――何者の仕業なのであろうか……もしかして、またもイルミナティから脱走した人造人間か、それとも、結社と関係の無い殺人者か……


 気弱なアンネリーゼが顔を青くして、両手で抱きしめ、身震いする。クララと宮葉みぞれは顔を見合わせた。


 ――もしかして、イルミナティ本部の所在地を知る手がかりになるかもしてない!


「ねえ、マルゴット……その殺人鬼はどんな奴だったの?」


「それがねえ……黒いコートと三角帽トリコーンで、背の高い若い男でね……信じられないことに殺人鬼は青い髪をしていたっていうのよ」


「えええええええええええっ!!!」


 宮葉みぞれが驚いてテーブルから立ち上がる。クララ・カリガルチュアも目が点になったようだ。この大陸で青い髪の人間などいない……いや、唯一の例外があった。眠り男レザーチェだ……


「その情報、くわしく訊かせてっ!」


 みぞれがマルゴットの双肩をつかみ、ガクガクと揺らす。


「あわわわわわわ……ちょっと、やめて……みぞれ……あたいの胃袋からイモが逆流しちゃう……」


「うはぁぁ……ゴメン、マルゴット……」


 動揺したみぞれは、ハッと気がつき、赤面して謝辞する。マルゴットは目を白黒していたが、知っている事を話した。


一昨日おとつい、旧市街の古着屋通りで、炭団たどん屋のフライシャーって人が集金帰りに襲われたそうよなのよぉ……」


 集金カバンから金銭は盗まれていなかったので、インゴルシュミッツ市警は怨恨の線で捜査していた。が、昨日の夜、同じ古着屋通りで夜回りをしていた青年団の男二人が、通りすがりの男に刃物で斬られた。


「一人は背中を斬られ、即死。もう一人は重傷だけど、生き残って入院中みたい……今回も金品や所持品は盗まれていなし、二人はフライシャー氏となんの関係も無い事から、通り魔の仕業なんじゃないかって……」


 ――まさか、レザーチェが通り魔殺人を!?


 クララとみぞれ、二人が知っている眠り男レザーチェならば、そんな無差別殺人など行わない。だが、疑念がどす黒いコールタールのように湧きだす。クララと出会う前のレザーチェは、魔道士スヴェンガルドに催眠魔眼で操られて、暗殺などをしていたという事を……


 もしかして、レザーチェは魔道士スヴェンガルドと出会い、『催眠魔眼ヒュプノス・アオゲ』で再び、悪党に操られたのではないか……食後、クララとみぞれは自室に戻り、魔法水晶式通信機でレザーチェに連絡をとった。が、通じない。


「そうだ……レザーチェの通信機は地下アジトの崩壊で壊してしまって、まだ代わりを買ってなかったわ……」


 クララとみぞれは朝早く、学園を飛び出して、辻馬車をひろって、北の森にある風車小屋へ向かった――


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