みぞれの提案
ともかく、宮葉みぞれは大学の女子寮に戻った頃には、すでに夕暮れである。クララはまだ正体がばれていないので、偽学生を続けるようだ。
体が冷えたので、二人は大浴場へ行って湯船につかった。湯気の中で、みぞれが両手を組んで頭上に伸ばす。武芸で鍛えた肉体はスラリとして、生命力あるふれる健康美があった。扶桑では異性にも、同性にも好かれる一本気で快活なサムライ・ガールなのである。
「ん~~~… 生き返るわぁぁ……」
「そうね……今回はいろいろあったわね……」
「ねえ……クララ……」
クララのミューズのごとき天与の美貌がこちらを向き、ドキリと心臓が高鳴った。翡翠玉の瞳、白磁の華奢な肌を見ると、みぞれは同性ながら頬が上気してしまう。
――はあぁぁぁ…… 尊い……
イカンイカンと首を振り、
「なに?」
「あなた、偽学生じゃなくて、本物の学生にならない?」
「なによ……急に……」
「あたしに話してくれたじゃない……亡くなったお母さんが心理学者で、あなたも同じ道を歩みたいって……」
「……そんなこと、言ったかしらね?」
湯船のなかで白い裸身が、湯気に揺れる。
「言ってたわよぉぉ……今はお父さんの復讐の事しか、考えられないと思うけど……それが叶った後は……」
「復讐が叶った、あと……そうね、何も考えていなかったわ……」
「ねえ……一緒に、アンネリーゼやマルゴットたちと、インゴルシュミッツで楽しいキャンパスライフを送ろうよぉぉ……」
みぞれがクララに近寄り、背後から抱きつく。が、小柄な天使はスイッと逃げていった。
「気安く抱きつかないでっ!」
「ごめぇぇぇん……」
浴室を出て、髪をセットし、食堂へ行き、一緒に夕食をとった。みぞれは白身魚のマリネとアイントプフ(スープ料理)とコールスロー(サラダの一種)、クララはグヤーシュ(シチュー料理)とヴルスト(ソーセージ)とザワークラフト(キャベツの漬物)を選んだ。
どこのテーブルからも記念祭についての相談やミーティングの単語が聞こえた。アンネリーゼとマルゴットが席を探していたので、誘った。「以前とは逆ね」と、鈴を転がすように笑いあった。
「来月、何かの記念祭があるようね……」
「ああ……みぞれとクララは知らないか……来月インゴルシュミッツ大学町の創立200周年記念祭があるのよ」
「えっ!! 大学の創立祭が!!! しかも、創立200周年記念年祭って、凄くない?」
「中域でも長い歴史を持つのよねえ……インゴルシュミッツは……」
そういえば、インゴルド湖の向こうの山にあるシュテファン城の話をしたとき、ルートヴィヒ9世という人物が城塞都市に大学を創建したことを聞いた覚えがある。5月8日の土曜日から9日の日曜日まで大学校の構内で行われる、同校の学生が主体で開催され、学部ごとに研究展示、日曜日には催しやバザーを行うようだ。医学部では二年生が実行委員となって準備中である。
「ねえねえ……二人とも知っている? 解剖学教授のフランケンフェルドの館が火事になったって……」
アンネリーゼ・ローエが青い顔をしてみぞれとクララに話した。知っているどころか、火事になった現場にいたのだ。しかし、それは言えない秘密事項だである。
「それで、フランケンフェルド教授はどうなったの?」
「それがねえ……無事だったみたいだけど、怪我をしたみたい。当分、新市街の病院に入院するみたい……」
「可愛そうよねえ……素敵なオジサマなのに……」
アンネリーゼとマルゴットは心から同情をしている。だが、みぞれは優しいロマンスグレーのフランケンフェルド教授の裏の顔、それが実は、怖ろしいマッドサイエンティストだったことを目撃してしまった。そして、怪物のように怖ろしい容姿のイミルが実はそれほど悪い奴ではなく、死体蘇生実験で生まれた犠牲者であることを垣間見た。扶桑国女子の胸中に複雑な思いが交錯する。
「ふうん……大学病院でなく、新市街の病院にね……」
クララが考え深げに頤に細指をそえる。さっそく、接触して情報を得るべく、明日の外出を考えた。無論、宮葉みぞれも同行するつもりであった。
翌日、二人はヴィクトール・フランケンフェルド教授の入院先を突き止め、該当する病院へ赴く。だが、結果をいえば、教授はいなかった。看護師センターで催眠術をつかって調べたが、入院すらしていていなかった。すぐそこまで近づいた秘密結社イルミナティへの手がかりが……父の仇である魔道士スヴェンガルドの消息が……プッツリと消えてしまったのである。
「おそらく、教授は生きているはず……魔道士スヴェンガルドも……」
「一体……どこにいったのかしら?」
「イルミナティの本部……そこしかないわ……そこを突き止めなくては……でも、手がかりが何もない……」
研究施設があった館は火災にあい、人造人間イミルは逃亡した。教授は本部の研究所で巨人兵士2号の製造、量産化を目論んでいるはずだろう……クララは歯噛みして、悔しがった。みぞれはクララをそっと、抱きしめた。




