殺人鬼に家を貸したよ
北の森の入り口にある材木商のハンス・リンドルフは二日酔いで頭痛がした。朝っぱらから妻のモニカが息子と娘にグズグズしないのと怒鳴っているのが聞こえ、耳がキーンとする。眉をしかめて、着替える。外へ出ると霧がただよっていた。
「どうりで寒いわけだ……」
ハンス・リンドルフはブツブツ言いながら、郵便ポストから朝刊を取り出して、居間に入る。冷気で目が覚め、食卓につく。
――今日は大事な商談がある、とにかく朝食を詰め込んで、コーヒーをがぶ飲みして、頭をスッキリさせなくては……
ブロート(大型パン)をスライスして、バターをたっぷり塗り、ペースト状ソーセージを塗り、ガブリといく。三面記事に大きな活字が躍っていた。
いわく、〈インゴルシュミッツ旧市街に通り魔殺人!〉〈現代に甦る青髪鬼の恐怖!〉などなど……「何を大げさな……」と思ったが、斜め読みすると紙面にのめり込んでいった。
四日前、旧市街の古着屋通りで、炭団屋のフライシャー氏が何者かに刃物で殺害された。そして、三日目に夜回りの男二人が通り魔に襲撃され、一人が殺害され、一人が重体で入院中。犯人を見た夜回りの男によると、犯人の姿は黒いコートに黒い三角帽、そして髪が海碧色をしていたとのこと。
だが、青い髪の人種などこの世界にはいないはず。心理学者のE博士によれば、自分を民話の『青髪鬼』と思い込み、髪を青く染めたか、青髪のカツラを被り、犯行におよんだサイコパスの仕業ではないかと……
「……青い髪の人間……俺は少し前に出会ったぞっ!!」
ハンスは席を立ちあがって叫んだ。一週間ほど前に、発明家だった親父が所有していた風車小屋をしばらく借りたいという男女がこの家に来た。喪服とベールの小柄な女はカリガチュアといい、背の高い男はレザーチェといった。その男の髪の色が世にも珍しい青い髪色であったのだ……
ハンス・リンドルフは瞳孔が収縮し、ワナワナと震えだした。顔が蒼白になって、冷や汗が額から頬につたう。その様子を、子供達を学校に送り出した妻が見て、ギョッとして立ち止まる。
「どうしたの……あなた……」
「……モニカ……俺は大変な過ちをしたらしいぞ……」
「なによ……まさか、材木の思惑買いで大損したわけじゃないでしょうね……」
「いや、違う……この前、風車小屋を……人に貸しただろう?」
「ああ……いい男だったねえ……あたしゃ、あんな美男子を今まで見た事がなかったよ……髪の色が変わっていたけどさ……」
ハンスは黙って、朝刊をモニカに手渡した。訝しげな妻も、活字を追ううちに、夫と同じように青ざめていった。
「まさか……うちで人殺しを匿っていたとでもいうの……まずいわよ……それは……」
オロオロと妻の視線がさまよい、あちこち歩き回る。近所や世間になんと言われるか……材木商の評判と株が下がってしまう……などとマイナスの感情が渦巻く。
「ともかく、警察に知らせねば……俺たちには、まったく預かり知らぬこと……いいな、モニカ……」
「……ええ……もちろんよ……早く連絡を……」
ハンス・リンドルフが居間にある壁掛け電話に手を伸ばし、ダイヤルを警察の番号に回す……突然、玄関のチャイムが鳴った。
「なんだ、こんな朝早くに……」
「あたしが出るわ……」
モニカが玄関の扉を開けると、瓶底眼鏡をかけた、小柄な金髪の女が立っていた。以前と服装が違うが、見覚えがあった。
「ひっ……あんたは、貸家を借りにきた……」
「なんだとっ!」
モニカは血の気を失って玄関にへたり込む。その様子を見たハンス・リンドルフは受話器を投げ捨て、壁にかけた猟銃をつかんで玄関に走った。銃口を来訪者に向ける。
「……お久しぶりです、リンドルフさん御夫妻。こちらを見て……」
小柄な女が瓶底眼鏡を外すと、類い稀なる美貌がこちらを見ていた。まるで天使が光臨したかと見紛うばかりだ……唖然とするハンスとモニカの前で、天使少女の双眸が金色に輝きはじめた。
「催眠魔眼!」
リンドルフの家屋から樫の扉を開けて、クララ・カリガルチュアが出てきた。
「危ないところだったわ……警察に通報されたら、やっかいな事になるところだったわ……」
催眠術で記憶を改竄し、青髪の記憶を黒髪に変えたのだ。
「ふぅぅ~~~… 危なかったわねえ…… それにしても便利ねえ……催眠術って……」
「それより、風車小屋に急がないと……」
クララとみぞれは、外で待たせている辻馬車に再び乗り込んだ。




