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最楽の悪夢  作者: 裏海
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二説。『空白』

二説。『空白』



【提言文書-負の連鎖反応。】


一人が二人になり、二人が四人になり、四人が八人になり、八人が………


積み重なる、積み重なって、山と川が出来る。


そうして増える。

無限に。永遠に。


果ても無くその身体を天に延ばして永遠になる。


当ても無くその魂を地に沈めて不老不死になる。


苦痛や怒りの焔が、いつか冷めると言っても、同じ時に総てがそうなるだなんて事は無いのだから。


いつか総てが醒めるなどと、そんな日が来る事が無いと悟るのに時間は掛からないだろう。


以上。




今の所、遺された資料はそれだけだった。



「それで……これがあなたの『不老不死』なの?」


「さあ。」


「……あなた、真面目に答える気が無い」


「そう言われても分からないよ、そんな事。それを提唱した人間はもう全てを捧げてそれを実行してしまった後なんだから、僕に訊かれても困るよ。」


「唯一残ってた文書がこれしか無いから、わたしはソレの話をする以外やる事が特にないよ。」


「そう言われましてもねぇ……」


「……じゃあ、どう思う?」


「素晴らしい。」


「……そう。」


「ちょっと、訊いておいてそれなの?」


だが実際に、イザイアは自身の力の総てを感じ切る事が出来ていなかった。


…博士の提唱した不老不死の理論は、この神秘に満ちた世界では卓上の空論などでは無い。


それを入れる器も完成している。


しかし、主となった魂が成熟していなかった。


イザイアの姿が少年である事がそれを物語っている。


イザイア自身もその事を理解はしていた。


「だが、まあ…ゆっくり地道に、進めて行くとしようか。」


「ん…。」


気怠げ……と言うより無関係な部外者みたいな佇まいをしているアリア。


「君のその感じ、なんだか緊張感無くなるんだよなぁ……」 


イザイアは呆れた様に少し息を吐いて小さく笑う。


アリアは元々こうなのだろうか、それともこうやって和ませようと考えていたりするのだろうか、それは分からない。


アリアは首をこてんと傾げながらも、特に表情は変わらない。


「…ダメなの?」


一見、特に考えがある様には見えないけれど、こうやって口を開いてくれるのだから、何も考えていない訳では無いのだろう。


「ダメじゃ無いけれども……まあ、いいや。」


イザイアはそう言うと、特に感慨も無さそうに、文書を焼いて消してしまった。


「もう読んだんだから、こんなの残していてもしょうがないでしょ。」



「……博士も同じ考えで…他のも燃やしちゃったのかもね。」


アリアは冗談なのかそうじゃないのか分からないイントネーションで言った。


しかしながらイザイアは、その通りなんじゃないかと感じる。


だって、大量にあったであろう文書や資料をわざわざ丁寧に処分しておくものだろうか?


「……あり得そう、と言うかその通りなんじゃないかな?」


イザイアの言葉を聞くと、アリアはまた、どんな感情か分からない声で言う。


「………やっぱり、あなたは博士じゃない」


「…どう言う意味かな。」


「…博士はいつも……意味を欲しがっていたから」


「なら博士が研究資料を処分したのにも意味があるって?」


アリアの言葉に訝しむイザイアは、博士の提唱した理論に対して「素晴らしい」とは言っても、博士の信念や感情自体を感じとる事が出来なかった様子だった。


アリアはそれに気が付いていたのだと思う。


いや、イザイアも気づいてたかもしれない。

だが目を背けているのだろう。

だって、あの時「その方が良い」と言ったのだから。


アリアは文書の燃え滓を眺めながら、また静かに口を開く。


「博士は……意味が欲しかったの。自分の行いに。」


「……と言うと?」


「資料を処分したのも、あの文書を遺したのも、意味があるってこと。」


「………これ以上深くを訊いても、君は答えてくれないのだろうね。」


「…すこし、わかってきたね。」


「ん、どうも。」


アリアはまるで、何もかも知っているかの様に見える。


実際にそうなのかどうか知る事は…まだ出来ないだろうけど、アリアはイザイアよりも、誰よりも、この世のどんな人よりも、この世の何もかもを遠くから眺めている様に見えた。


「それはさ、その時ではないから言わないの?それとも言いたくないのかな。」


「……口にしない方が良いことって、沢山あるよ。」


「……なるほどね。」


イザイアは深掘りをしない。まるでどうでもいいみたいに。


でも、決してどうでも良いと思っている訳ではない。


ただ、ゆっくりと、自分と世界の事を一つずつ知ろうとしているから。


だからイザイアは急がない。




研究所の廊下。白い廊下が、蜘蛛の巣の様に入り組んで果てしなく広がっている。マトモな感性では頭が狂いそうなその空間で、二人は散歩でもするみたいに平穏に歩いていた。


「それじゃあ、君……アリアは何がしたい?」


「……特に何も」


アリアの言葉は……素っ気なく聞こえるけれど、本人にそんなつもりはないんだろうね。


「じゃあ、外に出ようって考えた事は?」


「…無いよ。あっちも、そっちも、あまり変わらないよ。」


「ふーん…どうして?」


「……森の外にも……怪物はいるってこと。」


「うーん……だからこそじゃない?だから僕は外に出ようって思うんだ、居てくれなきゃ逆に困る。」


「…………そうなんだ。」


「え、なに今の反応、なんか意外だった?」


「──あなたは……。」


そこまで言って、止めた。

アリアはイザイアの顔を見つめて、何かを確認しながら言葉を選んでいる様だった。


「僕がなんなのさ。」


「……なんでもない、それよりも、こっち。」


アリアはイザイアの手を握って、正しい道筋へ誘導する。


イザイアも、その手を握って繋いだ。


「ん、そっちが正規ルート?」


「…………まあ、そう。こっちは居住区画。」


「見せたいものでもあるの?」


……アリアは無言で連れていく。




───そこは、子供の部屋だった。


小さすぎず、大きすぎない、そんな子供の部屋だった。


木製の素朴なベッドにランタンの照明。

部屋の真ん中にはごわごわした緑の絨毯と小さな四角いテーブル。その上にコップが二つ。

端にある本棚には絵本や教科書が置かれている。

 

小さな温もりと、それがもう、とっくに過ぎ去ってしまったと言う孤独感が同居した部屋。


ここに子供と、誰かが居た。それが一目で分かる空間だった。


そして、その子供が自分である事を、深くて寂しい懐かしさが、伝えている。


「………誰も……居ない……」


空白があった。


必要なもの、求めているものが無くて


それがもう何処にもない事が、何故か理解出来て、心臓をとても強く締め付ける。



「………どう感じる…?」


後ろのアリアがそう言った。その声が、とても、とても遠く感じた。それでも、鮮明に聞こえた。


イザイアは小さく頷く。


「────僕は、誰?」


その答えは帰って来ない。



「なら、ならあの場所はなんだったの?」


「僕はあの場所で生まれたのに。」


そう思って、そう口から溢れた。



目を覚ました最初。

少年が生まれた時。

あなたの誕生日。


あの時最初にあんな空っぽな部屋を見せておいて


そんな場所で生まれさせたのに。


こんな光景を残しただなんて。



イザイアは釘付けにされながらも、それを理解することが、出来なかった。

彼が何をしたかったのか分からない。

僕が何をしたいのか、何をしたらいいのか、分からなくなった。


この感覚にはどんな名前があるのだろう。

焦燥感?

喪失感?

孤立感、孤独感?


それとも、懐かしさ?


多分、全部だ。身も心も共に震えているから。


「………は、はは、こんなに、震えるものなんだね」


だけど、震えは長く続かなかった。


だってこの世界じゃ、過去はどうやっても未来にはならないからね。


「───なら、いい。」


「僕は、僕は子供じゃない、博士でもない、誰でもない……。」


「だから……僕は『イザイア』だ。」  


これは、誰でもない、『僕』がそう決めた事だ。


きっとその筈だと、思わなきゃいけない。


これは自分が考えている事だと。


それすらも不安で恐ろしくて、苦痛に感じてどうしようもない。


それでも、そうするしかない。


「だって、僕はこの部屋に居なかったんだから。」


それが結果で、これからの未来。


だから、イザイアは何があっても、研究所から出て行く事になるんだろうね。



「………わたしも、そう思うよ。」


「…………ありがとう、アリア。」


「……感謝は受けておく。」


「……。」


そして二人は部屋を後にした。


そして部屋から目を逸らしたイザイアの視線は、前を歩くアリアに向いていた。



アリアの存在は僕にとって、とても強い助けになっていると感じた。


今の自分はその事に、どうしようもなく縋っているってことも、自覚はしている。


だが、まあ、まだこんな関係が続くんだろうな。


そう思っている。


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