あの日、僕らは…
「姉ちゃんが話したいって」
そのメッセージを見て、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。
正直、怖かった。
もう終わったと思っていた。
二度と話すことなんてないと思っていた。
なのに、玲の弟から突然そんな連絡が来た。
「いいよ」
たった三文字を送るのに、何時間もかかった。
何を言われるんだろ。恐怖と期待が胸の中で渦巻いていた。
待ち合わせ場所は、昔よく遊んでいた近所の公園だった
夜八時。俺は少し早く着いて、ベンチに座っていた。
昔は何度も来た場所なのに、今日は妙に広く感じた。
しばらくして、遠くから人影が見えた。
玲だった。
「……あ、久しぶり」
「久しぶり……ここ座れば?」
「うん」
それだけの会話だった。
昔なら、会えば勝手に話が始まっていた。
でも今は、何を話せばいいのか分からない。
沈黙が続いた。
先に口を開いたのは玲だった。
「あの日、ごめんね」
「あの日?」
「……メッセージ無視してごめん」
その言葉を聞いて、あの日のことを思い出した。
俺が送ったメッセージ。
気持ちを切り替えるために自分の中でのケジメ的なもの。
『色々ごめん。何か嫌なことしたんだよねごめん。別れる時嫌だと返信しなくてごめん。僕はずっと好きだった。今までありがとう』
送ったことすら忘れていた。
「……俺も、ごめん」
「なんで煌が謝るの?」
「分かんない。でも、何かあったんだろうなって思ってたから」
玲は少し俯いた。
「私ね、煌に嫌われてると思ってた」
「え?」
「だって、私のこと色々言ってたでしょ?」
笑いながらも玲の目から涙がこぼれる。
「……何を?」
「愛想がないとか、暴力的とか」
頭が真っ白になった。
「違う。そんな意味で言ってない!」
「……え?」
俺はあの頃、友達に玲のことを話していた。
口下手なところ。あまり感情を表に出さないところ。
ゲームで負けると頭突きして悔しがるとこ。
全部、僕にとっては好きなところだった。
「俺は……そういうところが好きだって言ってた」
玲が顔を上げる。
「……嘘」
「嘘じゃないよ、好きだったんだよ。」
しばらく玲は黙っていた。
そして、小さく息を吐いた。
「そっか……はは。」
その顔を見て、ようやく分かった。
俺らはずっと、同じことをしていた。
好きだったのに。
傷つけたくなくて、傷つきたくなくて。
言葉にしなかった。聞かなかった。
そして離れた。
「私も聞いてほしいことあるの…」
「うん…ゆっくりでいいよ」
「私ね……告白したじゃん。罰ゲームじゃないよ」
「……そうだったんだね。」
「友達がね、私がずっと煌のこと好きなの知ってて。告白する勇気が出るようにって……」
玲は少し笑った。
「だから、罰ゲームみたいに言われたのかも」
僕は何も言えなかった。
あの日の告白は、嘘じゃなかった。
あの電話で聞いた、
「ずっと好きだったの」
その言葉も。
六年生の帰り道に言われた、
「いずれわかるよ」
という言葉も。
全部、本当だった。
「……なんで、あのとき言ってくれなかったの?」
「煌こそ」
「……」
「言ってくれなかったじゃん」
「……そうだね、怖かったのかも」
二人で少し笑った。
笑えるようになるまで、ずいぶん時間がかかった。
しばらくして、僕は空を見上げた。
「そういえばさ」
「ん?」
「ここで星見たことあったよね」
玲も空を見る。
「あったね」
「付き合ってすぐの七夕のあとだっけ」
「うん」
「初デートが星見るだけって、今考えるとすごいな」
「そうだったね、でも私は好きだったよ」
また少し笑った。
あの頃と同じ空だった。
でも、僕らはもうあの頃の僕らじゃない。
「ねえ、煌」
「ん?」
「もしさ……」
玲が少し迷ってから言った。
「もし、あの頃ちゃんと話せてたら、どうなってたかな」
僕は少し考えた。
「……分かんない」
「そっか」
「でも」
空を見上げたまま続ける。
「今と違う未来にはなってたのかも」
玲がこちらを見る。
「その未来がいいと思わないの??」
「もし、話せていたら誤解は解けてたかも、でもお互いに不信感は残って後味悪くなってたと思う」
「……そっか」
「だから、これでいいと思う」
玲はしばらく黙っていた。
そして、
「うん、そうだね。話せてよかった。」
と答えた。そして
「話す機会をくれてありがとう」
「いいよ。話を聞いてくれてありがとう」
「じゃあ私先帰るね」
「うん。またね」
玲の歩く背中を見ていた。もしかしたら横にいれた未来もあったかもだけど。
「ねえ、煌!」
玲が振り返る。
「今度は、ちゃんと誘ってよ!」
「何に?」
「……星見に行くの」
僕は少し笑った。
「分かった!」
「煌好きだったよ!」
「……俺も、好きだったよ」
今度は、ちゃんと話せる。
今度は、ちゃんと聞ける。
あの頃の僕らには、それができなかった。
だから僕は、もう一度だけ空を見上げた。
あの日と同じ星が、静かに輝いていた。
星を見ていれば、涙は溢れて来なかった。
あの日、僕らは分かり合えた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。




