噂
「別れよ」
その三文字を、何度も見返した。
意味は分かる。
分かるはずなのに、頭がそれを理解することを拒んでいた。
「……え?」
思わず声に出した。
すぐに返信を打つ。
「なんで?」
既読はついた。
でも、返事は来なかった。
もう一度送る。
「何かしたなら言ってよ」
「僕、別れたくない」
それでも玲から返事は来なかった。
電話をかける。
呼び出し音が鳴る。
一回。
二回。
三回。
出ない。
何度かけても、玲は電話に出なかった。
その日は結局、ほとんど眠れなかった。
次の日、学校を休んだ。
その次の日も。
何をしていても玲のことが頭から離れなかった。
一ヶ月前までは、毎日のように話していた。
毎日のように一緒に帰っていた。
電話だってしていた。
それなのに、たった一言で全部終わった。
理由すら分からないまま。
数日後、久しぶりに学校へ行った。
教室に入ると、何人かがこっちを見た。
「お、煌来たじゃん」
「体調大丈夫か?」
「……うん」
適当に返事をして席につく。
どこにも玲の姿はなかった。
また休みなのか。
そう思った。
昼休みになって、友達と話していると、一人の男子が近づいてきた。
「なあ、煌」
「ん?」
「お前、佐々木と別れたの?」
「……なんで知ってんの?」
「いや、噂になってるから」
噂。
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「どんな?」
「いや……それがさ」
そいつは少し言いにくそうに口を開いた。
「お前、知らないの?」
「何を?」
「佐々木の告白」
「……告白?」
「罰ゲームだったって話」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……は?」
「いや、俺も聞いた話だけどさ。玲がお前に告白したの、罰ゲームだったらしいぞ」
頭の中が真っ白になった。
「……嘘でしょ、誰から聞いたの?」
「それは知らない。女子の方から広まったんじゃね?」
あの日、柚音が言っていた。
玲は僕のことが好きだと。
ずっと一緒にいたいと言っていたと。
じゃあ、あれも嘘だったのか?
あの電話も。
「ずっと好きだったの」
あの言葉も。
「付き合ってください」
あれも全部。
「……罰ゲーム」
小さく呟いた。
そう考えれば、玲が急に僕を避けるようになったことも。
理由を言わずに別れたことも。
全部、説明がつく気がした。
でも。
僕には、どうしても信じられなかった。
だって玲は、小学生の頃からずっと一緒だった。
六年生の帰り道。
「私……のもう一つの目標は……煌と……」
あのときの言葉。
「いずれわかるよ」
そう言っていた。
あれも、全部嘘だったのか。
その日の放課後。
一人で帰る道が、いつもより長く感じた。
いつもなら隣に玲がいる。
くだらない話をして。
どうでもいいことで笑って。
それが当たり前だった。
でも今は、一人だった。
家に着いても、何もする気になれなかった。
スマホを開く。
玲とのトーク画面。
最後のメッセージは、
「別れよ」
その下には、僕が送ったメッセージだけが残っている。
何度見ても、玲から返事は来なかった。
僕はスマホを伏せた。
そして、ようやく思った。
もしかしたら。
僕が信じていたものは、最初から全部嘘だったのかもしれない。




