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エルグランド防衛戦 Part⑥

「——浄化せよ!」


 柔らかくも凛とした声が戦場に響く。

 それに応え、眩い光の槍が天から降った。突撃してきた魔族の体を貫き、その場で跡形もなく消し飛ばす。


「なっ……」


 レイズが目をぎょっとして振り返る。

 白き燐光の中から、白金の騎士たちが現れた。

 ホーリーナイト小隊。その先頭に立つのは、光の魔騎士隊長マイア。聖なる光を纏った槍と盾を携え、純白と淡い桜色の外套を靡かせている。

 彼女の表情は穏やかだった。だが、その目には確かな怒りと覚悟が宿っていた。


「遅れてしまい、申し訳ありません」


 マイアは落ち着きのある声で静かに言う。


「ですが、ここからは私たちも戦います」

「マイア! 来てくれたのね」


 シーマが安堵の声で眉を下げた。


「喬介は……」


 ヨルムが問う前に、マイアは口元だけを緩めて小さく頷く。


「大丈夫。心配いりませんわ」


 その言葉に、隊長たちの表情が一瞬だけ変わった。


「へっ……そうかよ。なら、気兼ねなく暴れられるぜ」


 レイズが鋭い目で口角を上げる。

 表情を正したマイアは、前方へ槍を向けた。


「ホーリーナイト小隊、浄化の光陣を展開」


 白金の騎士たちが剣を正眼の位置で立てて、一斉に盾を構える。

 地面に金色に煌めく光の紋様が広がり、戦場全体へ淡い輝きが満ちていく。

 瘴気が薄れ、侵された隊士たちの表情が和らぐ。それと同時に魔族が光に触れた瞬間、苦しげに身をよじった。


「聖純槍、斉射」


 マイアの号令。

 無数の光の槍が再び空へ生まれ、一斉に魔族軍へ降り注いだ。

 今度は照射量が尋常ではない。黒い影が、次々と消えていく。瘴気が浄化され、地面に染みついた歪な魔力すら薄れていった。

 攻撃が収まったと同時に、マイア自身も盾を前に構えて前線へ飛び出す。

 槍を振るうたび、光の帯が敵陣を薙ぐ。盾を掲げれば、味方へ向かう魔力弾が浄化されて消える。

 ただ攻撃するだけではない。傷ついた味方を守り、押し込まれた前線を立て直し、戦場そのものを清めていく。


「すごい……これが、光の隊長……」


 ヴァーソが呆然と立ったまま呟いた。

 ルキノは目を細め、少しだけ笑う。


「やっぱりマイアは眩しいねぇ。そして可愛い」


 魔族軍は混乱していた。それまで瘴気と数で押していた敵が、光の浄化によって一気に勢いを失ったのだ。

 

「清浄なる戦乙女の戦旗。これはいい題材になるネ」


 ティーダが気乗りしたような顔で筆を走らせる。

 彩術の光がマイアの浄化光と重なり、戦場に巨大な白金の翼を描いた。


「この地より、退きなさい」


 光が爆ぜた。

 魔族たちは絶叫し、次々と消滅していく。

 第二波の勢いは、そこで完全に断ち切られた。

 戦場に、久方ぶりの静けさが訪れる。

 まだ完全な勝利ではない。

 敵の後続が残っている可能性もある。

 だが、最悪の窮地は脱した。

 レイズが大きく息を吐き、剣を肩に担いだ。


「ったく、いいところ持っていきやがって」

「皆さん、よく持ちこたえてくださいました」

「滑り込みセーフってやつだけどな」


 ブラディが呼吸を整えながら笑う。

 マイアは口元を少し緩めた後、表情を正して光の槍を握り直す。


「この戦いを、ここで終わらせましょう」


 六属性に、光が加わった。

 欠けていた一角が戻り、魔騎士隊の防衛線は再び力を取り戻す。

 エルグランド防衛戦は、終盤へ向かって動き出していた。

 マイア率いるホーリーナイト小隊の帰還により、戦場は大きく傾く。

 このままいけば終わらせられる。誰もが、そう思った。

 だが、その時、戦場の奥。

 黒い煙が、地面から湧き上がった。


「……なんだ?」


 レイズが足を止める。

 煙ではない。闇だ。

 黒い影が地面を這い、倒れた魔族の残骸を飲み込みながら広がっていく。その中から、新たな魔族たちが姿を現した。

 数は多くない。だが、それまでの魔族とは明らかに違っていた。

 肌は黒く、輪郭は揺らぎ、まるで影そのものが人型を取ったような姿。目だけが赤く光り、体からは重く淀んだ闇の魔力が漏れ出している。


「第三波……?」


 シーマが戦慄とも思える顔で息を呑む。


「いや、ただの増援じゃない……まるで性質が違う」


 ヨルムが氷のナイフを手に構えたまま、鋭い視線を送っている。

 影の魔族たちは、一斉に動いた。

 その動きはとても速かった。それも、走る速さではない。影から影へ、滑るように移動している。

 炎の光が落とす影であったり、岩壁の影であったり。または、倒れた魔族の影。

 魔騎士隊の足元に生まれる、わずかな暗がりですらも使い、そこを渡ってくる。


「影渡りか!」


 マイアが盾を掲げた。


「ホーリーナイト、光陣展開!」


 光の陣が地面に広がる。

 闇の魔族たちはその光に触れ、一瞬だけ動きを止めた。それでも完全には止まらない。


「……効きが浅い?」


 マイアが神妙に目を細める。

 闇の魔族の一体が、光陣の端をすり抜け、疲弊したブレイズナイトの隊士へ襲いかかった。


「うわっ!」

「させるか!」


 レイズが炎鞭を振るう。

 直撃させた、と思ったのも束の間。影の魔族は炎に包まれたまま、地面の影へ溶けるように消えた。

 次の瞬間、レイズの背後に現れる。


「なっ——」


 黒い爪が振り下ろされた。

 間一髪、マイアの光盾が割って入る。光の騎士だけあって、闇への感知能力が高い。

 爪は光に弾かれ、魔族は後方へ跳んだ。


「助かった!」

「油断しないでください。光でも完全には押さえられません」

「闇には闇、ってか……」


 レイズは歯を食いしばった。

 その言葉が、戦場の空気を重くした。

 闇には、闇。ならば、本来ここで動くべき者がいる。

 ダークナイト小隊。そして、その隊長ベイオス。

 だが、ベイオスはもういない。

 ヴァイパーブレイドを携え、闇の魔騎士隊を率いた男は、魔族が初めて出現した事件で命を落としている。

 その穴が、今この戦場で明確に浮かび上がった。


「……隊長」


 前線の後方で、黒い鎧をまとった騎士たちが立ち尽くしていた。

 ダークナイト小隊の隊士たちである。彼らはベイオスを失ってなお、部隊として残っていた。

 だが隊長不在のまま、本格的な闇属性戦へ投入されるのは初めてだった。

 副隊長が、震える手で剣を握る。


「ダークナイト小隊、前へ出る!」


 その声に、周囲の隊士たちが一瞬だけ顔を上げる。


「俺たちがやる」

「しかし、副隊長……」

「隊長がいないからなんだ。俺たちは、ベイオス隊長の部下だ」


 副隊長は黒い剣を抜いた。


「闇を相手にできるのは、俺たちだ。行くぞ!」


 ダークナイト小隊が前へ出る。彼らの剣に、黒紫の魔力が宿った。

 影の魔族が地面を渡る。

 ダークナイトたちは同じように影を読み、剣を振るう。

 1体を捉えた。黒い刃が魔族の腕を裂く。


「効いているぞ!」

「隊列を崩すな!」


 闇の力には、確かに闇が届いていた。

 だが、足りない。闇のアストラルウェポン、蛇剣ヴァイパーブレイドが無い今では、彼らの闇は弱い。個々の技量も、隊長の域には遠く及ばない。

 影の魔族たちは、ダークナイト小隊の闇をすり抜けるように動き、逆に彼らの足元へ潜り込んでいく。


「ぐあっ!」


 1人の隊士が影から伸びた爪に脚を貫かれる。


「隊列を——」


 副長が叫ぶ前に、別の隊士が背後から斬られた。


「くそっ!」


 副長は剣を振るい、闇の魔族を押し返す。

 だが次の瞬間、3体が同時に影から現れた。

 逃げ場がない。その時、光の槍が降った。

 マイアだった。


「下がって! 無理をしてはなりません!」

「マイア隊長……! しかし、我らがやらねば——」

「あなたたちの覚悟は伝わっています」


 マイアは盾を構え、闇の魔族の爪を受け止める。


「ですが、命を捨てることがベイオスさんの意志ではないはずです」

「……っ」


 副隊長の顔が歪む。

 その間にも、戦場は混乱していた。

 炎は影に逃げられる。

 氷は足元を凍らせても、影そのものを止めきれない。

 水は闇を流せず、雷は影の中へ逃げ込まれる。

 木の根は闇の瘴気に腐らされ、地の壁は影を生む足場にもなってしまう。


「相性が悪すぎるぜ……!」


 ブラディが片目を閉じて顔をしかめながら歯を食いしばる。


「ティアナがいれば、状況を分析し、魔力波形から本体の位置を割り出せたかもしれん」


 ヨルムが表情を曇らせて静かに言った。

 その声には、珍しく悔しさが滲んでいた。

 エルグランドでも重要な存在である、ティアナの不在。

 闇の隊長ベイオスに続き、その欠落もまた戦場に重くのしかかった。


「いない奴の名前ばっか出してんじゃねぇ!」

「そうね。ティアナはアーシェラ様の判断でここにいない。私たちに文句を言う資格などないわ


 レイズが叫び、炎を吹き上がらせる。

 シーマも同様に、両手の扇を翻して水流を巻き起こした

 だが、彼らもわかっていた。

 闇を捕捉する目が足りない。闇を断つ刃が足りない。

 敵は数こそ多くないが、戦場全体を乱すには十分すぎるほど厄介だった。

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