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エルグランド防衛戦 Part⑦終

 このままでは、持たない。

 エルグランド城作戦室にて、アーシェラは戦場各所から届く報告を聞いていた。


「闇性質の魔族、前線へ出現!」

「ダークナイト小隊が応戦中ですが、被害拡大!」

「光属性による浄化も限定的。敵、影渡りで戦線を攪乱しています!」

「各隊、疲労限界に近づいています!」


 軍師たちの顔には焦りが浮かんでいた。


「陛下、予備戦力を投入しますか?」

「ならぬ。あの闇魔族は厄介だ。犠牲者を増やすことは許されない」


 アーシェラは黙して地図を見つめる。そこには、魔族の出現位置が黒い駒で示されていた。

 数は少ないが、出現地点が不規則でいて不明確。影から影へ移動し、よっては瘴気を撒きながら戦線を崩している。


「……ならば」


 アーシェラは静かに目を閉じた。

 敵の性質と戦場の地形。

 残存魔力。城の防壁術式。

 魔族の配置から見える影の濃度。

 すべてを即座に頭の中で組み上げる。

 そして、目を開いた。


「全隊へ通達」


 軍師たちが固唾を飲んで女王を見る。


「魔騎士隊は直ちに前線から三十歩後退。ホーリーナイトは退路の浄化を維持。ブラディ隊は地面を固定。シーマ隊は水分を抑えて霧を払う。レイズ隊は火力を抑え、影を増やさないように」

「陛下、それは……」

「私が出る」


 作戦室が静まり返り、張り詰めた緊張感が走った。


「女王陛下自ら、前線へ?」

「そうよ」


 アーシェラは魔術書デボネアを手に取った。


「魔騎士隊と、術士たちはよく頑張ってくれた。だが長引けばこちらが崩れる。ここは戦場そのものを塗り替えるしかない」


 軍師の一人が、恐ろしいものを見るような表情で息を呑む。


「まさか……最上位術を?」

「連続詠唱して一気に畳みかける」

「危険です! あれほどの規模を連続で唱えれば、陛下のお体にも——」

「この国が破られるよりは」


 アーシェラの声は揺れなかった。


「それに、私を誰だと思っているのかしら。魔術大国の女王が、魔術で負けるはずがないでしょう?」


 その言葉に、誰も返すことはなかった。

 アーシェラは作戦室を出ると、すぐさま廊下を進み、城壁へ立つ。

 そこから前線を見下ろした。

 戦場は闇に侵食されつつあった。

 だが、彼女の瞳にはすでに勝ち筋が見えていた。


「全隊、後退!」


 戦場では伝令がすでに届いており、各隊が動いていた。


「ブラディ、地面を固定!」

「おう!」


 シーマの号令によりブラディが戦槌を叩きつけ、前線一帯の地盤を固める。

 影の魔族が地面へ潜ろうとするが、地属性の固定術により一瞬だけ動きが鈍った。


「水流収束! 干渉の霧よ退きなさい」


 シーマが戦場に漂う瘴気混じりの湿気を水流で集め、外側へ押し流す。


「レイズ、炎を絞って!」

「わかってる!」


 レイズは歯を食いしばりながらも、戦場に余計な影を作らぬよう火力を抑えた。


「ホーリーナイト、浄化陣維持!」


 マイアの光が退路を照らす。

 隊士たちは負傷者を抱え、指定位置まで下がっていった。

 闇の魔族たちは、そこへ追撃しようとする。

 だが、次の瞬間。

 空が凍った。


―目覚めし冷徹な極氷の女王

 我は汝との契約の結びにて命ずる

 其に放て白き世界の絶零なる凍刃―

絶対零度アブソリュートゼロ!」



 アーシェラの声が戦場へ降る。

 大気中の水分が一瞬で凍結し、戦場全体に巨大な氷の結界が張られた。

 影の魔族たちの動きが鈍る。

 地面、空気、瘴気。すべてが凍りつき、影の流動性が奪われる。


「アーシェラ様……!」


 ヨルムが目を見開く。

 だが、それは始まりにすぎなかった。


ー燃やせ焦がせ爆ぜろ

 汝は全てを焼き尽くす豪欲なる炎神

 この大地に轟かせよ爆炎の賛歌ー

灼熱焦爆ライズエクスプロージョン!」


 氷の結界の内側で、無数の炎が咲いた。

 レイズの炎とは違う火力。暴れる炎ではない。アーシェラの制御下にある、精密で冷酷な炎。

 凍りついた影を、内側から焼く。闇の魔族たちが絶叫した。


ー大海に覇せし蛇の王へ乞う

 此度に蔓延る邪の存在は不要なり

 浄掃せよ汝の清らかなる力をもってー

巨大海嘯タイダルウェイブ!」


 続いて、地面から巨大な水流が湧き上がる。

 それは闇を流すための水ではない。炎で焼かれ、氷で縛られた敵を、魔力ごと押し潰す水圧だった。

 シーマが顔を強張らせながら思わず息を呑む。


「なんて水の制御なの……」


—地脈を司りし大地を守護する精霊よ

 巨石を抱き天地の歪みを呼び起こせ

 我放つは地を揺らす激震の波動—

天地崩壊アースシェイキング!」


 ブラディが築いた地盤固定の上から、さらに巨大な岩の檻が現れる。

 闇の魔族たちを閉じ込め、影へ逃げる余地を奪った。


「あの術は本来、局地的な大地震を引き起こすもの。それを制御して俺の地盤を、そのまま術式の土台に使ったのか……!」


 ブラディが驚きの声を漏らす。


―眩き閃光散りばめく覇者の天空

 其は霹靂纏いし栄賢の雷帝

 汝の力は大地へ降り注ぐ裁きの雷―

爆雷絶衝レイズゲムサンダー!」


 突如空に暗雲が立ち込め、稲妻がほとばしっては、それが一斉に落ちた。

 ヴァーソの雷が鋭い一閃なら、アーシェラの雷は天そのものの裁きに近かった。

 岩の檻の隙間を縫い、闇の魔族の核を正確に撃ち抜いていく。


「ひっ……す、すご……」


 ヴァーソは半ば怯えたように呟いた。


―死の樹海に蠢めし飢餓の精霊よ

 今場に存ずる者を蹂躙せよ

 ここに饗膳の生贄を授けん―

妖徨狂森デッドリーフォレスト!」


 次に、戦場の亀裂から巨大な樹根が伸びる。

 ワイルドナイトの蔦よりもさらに巨大で、古代樹の根のようなそれが、魔族たちの体を縛り上げた。

 ルキノは目を細め、楽しそうに笑う。


「魔力を調整して、術の効果を作り変えている……。女王様、ワタシより怖いねぇ」


 アーシェラの猛攻が止まることはない。


―天空になびく清流よりも清きもの

 其を侵す邪なる闇は皆無なり

 奏臨せよ全てを浄化せし聖光なる調べ―

聖錬核波オーロラブライティスベル!」


 ホーリーナイトの光とは違う。慈悲深い浄化ではなく、術式として完成された殲滅の光。

 無数の光輪が闇の魔族を取り囲み、その影を削り取っていく。

 マイアは静かに槍を下ろした。


「……これが、アーシェラ様の光」


 最後にアーシェラは魔術書の頁に手を添えると、眩い閃光が解き放たれる。

 戦場に渦巻く7つの属性。そして、その中心に残る闇。

 アーシェラは鋭い眼光を魔族の群れへ突き付けた。


「闇を闇で斬れないのなら、すべての属性で逃げ場を奪えばいい」


 黒い魔族たちが、最後の抵抗として影へ潜ろうとする。

 だが、潜る影はない。氷が影を固定し、炎が焼き、水が押し潰し、地が封じ、雷が核を断ち、木が縛り、光が浄化する。

 逃げ場など、どこにもなかった。


「七極連環・魔滅陣!」


 正規の魔術詠唱ではない。これは、アーシェラ自らで魔力を調整した力業だった。

 魔術は、この世界に住まう異界の精霊や魔獣から力を借りて放つもの。言うなれば、アーシェラの魔力を食わせて現象を維持し、無理やり結合させたということだ。

 女王が放ったそれにより、7つの属性が重なり、巨大な魔法陣が戦場全体を包み込んだ。

 光が瞬いて爆ぜる。炎が燃え盛って走る。氷が凍てついて砕ける。水が渦巻き、岩が隆起し、雷が裂き、樹根が締め上げる。

 まるで耳元で花火が弾けたような轟音。直後、戦場が白く染まった。

 その状況に誰も声を出すことができない。魔族たちの悲鳴すらも、術の奔流に呑み込まれて消えた。

 やがて光が収まると、そこに闇の魔族は、一体も残っていなかった。

 視界に映るのは、焼け野原、凍土、地割れ、流水。天変地異にでもあったかのような、ただ荒れ果てた大地だけが広がっていた。

 静寂が訪れるとともに、長い戦いの終わりを告げるように、風が城壁を撫でた。

 城壁上で、アーシェラはゆっくりと魔術書を閉じた。その顔には、わずかな疲労が見える。だが、姿勢は崩れない。


「陛下!」


 軍師たちが駆け寄る。


「問題ないわ」


 アーシェラは短く答え、前線へ視線を向けた。

 魔騎士隊の隊長たちは、ただ彼女を見上げていた。

 レイズが、口を開けたままぽつりと呟く。


「……反則だろ、あれ」

「不本意だが、今だけはお前と同感だ」


 ヨルムが珍しく即答する。

 ブラディは戦槌を肩に担ぎ、豪快に笑った。


「ははっ! さすが俺たちの女王様だな!」

「笑っている場合ではありません。全隊、負傷者確認を」


 シーマがすぐに指示を飛ばす。

 ヴァーソは腰が抜けかけたように膝に手をついていた。


「ぼ、僕、あんな雷……一生出せる気がしない……」

「出せたら怖いよ」


 ルキノが軽く言う。

 マイアは、ダークナイト小隊の副長のもとへ歩み寄った。


「よく戦いました」

「……我々は、なにもできませんでした」

「いいえ。あなたたちは前へ出た。それは、ベイオスさんの名に恥じない行いです」


 副長は唇を噛み、深く頭を下げた。


「隊長がいれば……」

「ええ。きっと、もっと上手く戦えたでしょう」


 マイアは静かに小さく微笑んだ。


「けれど、いない者を数えて立ち止まるわけにはいきません。あなたたちは、生きて次へ繋ぐのです」


 その言葉に、副長は肩を震わせた。

 空席は、まだ空席のままだ。ベイオスが戻ることはない。

 ティアナもシルフィも、今は別の戦場にいる。それでも、エルグランドは守られた。欠けた隊で、傷つきながらも。

 しばらくして、城壁上から勝利の鐘が鳴らされた。

 最初は一つ。次に、もう一つと、やがて王都中へ広がっていく。

 避難所にいた民たちが、俯いていた顔を上げる。城下に残った者たちが、恐る恐る外を見る。

 魔族の影は、もうない。


「終わった……のか?」

「勝ったんだ……」

「エルグランドが、守られた……!」


 やがて、歓声が生まれた。

 小さな声が、次第に大きくなっていく。

 泣き出す者と、膝をつく者。兵士たちに礼を言う者や、家族を抱きしめる者。

 決して無傷では終わらず、失ったものもある。だが国は残り、民は守られた。それだけは、確かな勝利だった。

 歓喜の声が巻き起こる中での、勝利の余韻も束の間。戦後処理はすぐに行われ、アーシェラは休む間もなく指示を出す。


「マイアとホーリーナイト全員は、瘴気の残る地区を浄化。シーマ隊は水路の点検。ブラディ隊は壁の崩落危険箇所を補強。レイズ隊とヨルム隊は外周警戒を継続。ルキノ隊は森に残存個体がないか確認。ヴァーソ隊は各避難所へ連絡を」


 疲弊しているはずの隊長たちは、誰ひとり異を唱えなかった。


「了解!」

「承知しました」

「任せろ」

「はい」

「こ、今度は走りすぎない程度に走ります」

「森行ってきまーす」


 彼らはそれぞれの役目へ散っていく。

 ティーダは戦場の端で、汚れた筆を拭いていた。


「いやぁ、すごい絵だった。できれば二度と描きたくないけどネ」

「それより兄貴手伝ってくんない? マジでキャパいからこれ」


 ココアは疲れ切った様子で、華術を唱えていた。

 彼女の足元からは、荒れた戦場跡の大地に再び草花が芽吹いて広がっていく。


「ま、君も本当に頑張ったよ、ココア」

「あー、そういうのいいからさ、今度ご飯奢ってよ」

「よし。師匠に頼んでみようカ」

「いやいやそこは自分で奢れし」


 そのやり取りに、近くの隊士が思わず笑った。戦場に、ほんの少し日常の空気が戻る。

 マイアは城壁の上から、遠くアルファードの方角を見ていた。


「喬介さん……あなたも、どうか無事で」


 その祈りは風に溶けていく。

 アーシェラもまた、同じ方角を見ていた。

 エルグランドは守った。だが、これで終わりではない。


(スカイラインに現れたあの男の姿はなかった。そして、陸徒の弟、魔族化した空也もここには現れていない。やはり——)


 わずかな時間で考えを巡らせたアーシェラは、すぐさま目に力を込めて側近の者へ指示を出す。


「伝心石を用意しなさい。それと、ティーダとココアを即刻アルファードへ向かわせるように」

「はっ」


 側近が走る。

 アーシェラは静かに息を吐いた。


「最終決戦は近い」


 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。だが、そこには確信があった。

 世界を巡る戦いはまだ終わっていない。

 欠けた隊で国を守り抜いた魔騎士隊。そして、それを束ねた女王アーシェラ。

 彼らは傷つきながらも、次の戦いへ向けて動き出す。

 再び、エルグランドの空に風が吹いた。その風は、つい先ほどまでの戦火の匂いを少しずつ運び去り、王都に静かな朝の気配をもたらしていく。

 平和は、完全には戻っていなくとも、エルグランドは守られた。

 一方アルファードでは、壮絶な激戦を繰り広げる陸徒たちの前に、絶対的な恐怖が立ちはだかろうとしていた。

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