エルグランド防衛戦 Part⑤
戦場の流れは、少しずつ変わり始めている。
エルグランド王都の各所で繰り広げられていた戦いは、魔騎士隊の奮戦によって確実に押し返されつつあった。
北門では、ヨルム率いるアイシクルナイト小隊が、氷の壁と感知陣によって魔族の進軍を封じ込めていた。
門前に築かれた氷壁は幾度となく爪と魔術を受け、表面に無数の亀裂が刻み込まれていたが、それでも砕け落ちることはない。
「第三陣、右側へ回り込む個体を処理」
「了解!」
ヨルムの指示に従い、隊士たちが乱れず滑らかに動く。
凍りついた地面を足場として使い、敵の動きを封じ、確実に仕留める。魔族たちは門を突破するどころか、門前の数歩を進むことすら許されなかった。
「終わりだ」
ヨルムの氷刀が飛び、最後の一体が凍りついたまま砕け散る。
北門方面、制圧。
西の森でも、戦いは終息へ向かっていく。
ルキノ率いるワイルドナイト小隊は、森の奥へ潜んでいた魔族たちを一体ずつ狩り尽くしていた。
根が絡み、蔦が縛り、枝と葉が敵の視界を遮る。魔族たちは森を抜け道として利用するつもりだったのだろう。しかしそれが裏目に出た。そこは最初からルキノたちの領域。魔族は自ら死地に足を踏み入れていたのだ。
「だから言ったのに。森に入った時点で負けだって」
ルキノは大鎌を肩に担ぎ、木の幹に縫い止められた魔族を見上げる。
「貴様……人間のくせに……」
「うん、人間だよ。だから?」
口元だけで笑った次の瞬間、魔族の返答を待たずに大鎌が走った。
魔族の声が途切れた直後、森に静寂が戻る。
「負傷者は?」
「4名。うち1名が瘴気を受けていますが、法術士の処置で持ち治しています」
「そっか。じゃあ、前線に合流しよ」
ルキノは城の方角を見た。
「まだ楽しそうな音がするしね」
一方避難路では、シーマとヴァーソの部隊が、最後の民間人を東広場へ送り届けていた。
「こちらで最後です!」
「負傷者は?」
「転倒による軽傷者が数名。魔族による被害はありません!」
その報告に、シーマは静かに息を吐いた。
「よかった……」
ただし、表情を緩めたのは一瞬だけ。彼女はすぐに水路の先へ視線を向ける。
遠くから、炎や岩が爆ぜ、金属を弾く音が薄く聞こえている。
「ヴァーソ、避難支援は完了しました。私たちも前線へ向かいます」
「わかりました」
ヴァーソは落ち着いた声で小さく頷いた。
物怖じした様子は消えている。雷を帯びた足は、この戦いを終わらせる確固たる意志を光らせていた。
「……もう、怖くなんかない。エルグランドは、僕が守る」
「ええ。でも、無茶はしないでね。あなただけじゃない、私たちがいる」
シーマは微笑み、水の扇を広げた。
所は変わり、王都外縁の主戦場。
そこではレイズとブラディの部隊が、最後まで魔族の主力を押し留めていた。
炎が赤く猛り、岩が茶色く吠える。
ブレイズナイト小隊は、敵の前衛を焼き払い続けていた。隊士たちは負傷しながらも、火力を落とさない。
炎の壁を作り、魔族の進路を限定し、逃げ場をなくしたところへ集中攻撃を叩き込む。
「左、抜けるぞ!」
「行かせるか!」
レイズが跳び込み、炎鞭が蛇のように踊って敵を捕捉。焼夷の光が弾けて焦がした。
「まだ来るなら、いくらでも燃やしてやるよ!」
その隣では、ブラディが戦槌を振り回していた。
地属性の力で隆起した岩場を足場にし、巨大な魔族を正面から殴り飛ばす。
「おらおらぁぁっ!」
戦槌が敵の頭部を砕く。
続けて地面を叩くと、岩の波が前方へ走り、魔族の足をまとめてすくった。
「押し込め! ここで終わらせるぞ!」
火のレイズと地のブラディ。
二つの前衛部隊は、互いの戦い方をよく理解していた。
レイズが焼き払い、敵の陣形を乱す。ブラディが押し潰し、逃げ道を塞ぐ。
そこへ、北門を制圧したヨルムが合流してきた。
「レイズ、火力を右へ寄せろ。左側は俺が凍らせる」
「命令すんな、熱が冷める!」
「ならば提案だ」
「同じだろうが!」
口では反発しながらも、レイズは即座に炎の方向を変える。
ヨルムの氷が左翼を封じ、レイズの炎が右翼を焼き、ブラディの岩壁が敵を正面へ押し戻した。
さらにシーマとヴァーソが合流する。
「水よ、踊りなさい!」
シーマが地中から水を生み出して巨大な水柱を作り出すと、それがたちまちに魔族を呑み込んでいく。
水流に溺れる魔族。そこへすかさずヴァーソが走った。
「迂闊なっ!」
紫電の軌跡がジグザグに描かれると、その場にいる魔族が水の導電によって一斉に痙攣して崩れ落ちた。
「おおっ、ヴァーソの奴、しっかり戦闘モードに入ってるじゃねぇか」
ブラディが戦槌を肩に担ぎながら歯を見せている。
最後に、森を制圧したルキノも姿を現した。
「ワタシも混ぜて」
彼女の足元から蔦が伸び、前線へ紛れ込もうとしていた小型魔族を絡め取る。
深緑の葉が舞い散ると同時に大鎌が一閃し、その首を落とした。
六属性の隊長たちが、ついに前線へ集結した。
ただし、光はいまだ不在。
それでも、この場にそろった隊長たちは、すでに一個軍に匹敵する力を持っていた。
「押し返すぞ!」
レイズの声が響く。
魔騎士隊は一斉に前へ出た。
火柱が上がって氷壁が走る。水龍が敵陣を裂いて雷光が駆ける。
岩槌が地を砕いて蔦が絡み、敵を絞殺する。
残っていた魔族たちは、次々と撃破されていった。
このまま終わる——誰もが、そう思いかけた。
しかし、戦場の空気が変わった。
遠くの地平に、黒い影が増える。それもひとつや二つではない——大軍。
「……おいおい、冗談だろ」
ブラディが額から汗を垂らしながら低く呟く。
レイズは束ねた炎鞭を強く握った。
「増援かよ」
「それも、かなりの数だ」
ヨルムの声は冷静だったが、その目は鋭い。
新たに現れた魔族軍は、先ほどまでの残存兵とは明らかに違っていた。
統率が取れている。隊列を組み、前衛と後衛に分かれ、一部は飛行しながら迫りくる。
「第二波、というわけね」
シーマが扇を再び開き、水滴が舞う。
「こっちはすでに消耗してるってのに、質悪いなあいつらも」
レイズが吐き捨てる。
隊士たちはひどく疲弊していた。それは隊長も例外ではない。
負傷者も確実に増えている。民の避難は完了しているとはいえ、この前線を抜かれれば王都中心部へ迫られる。
「やるしかねぇだろ」
ブラディが口だけで笑った。
「もう一回、ぶっ飛ばすだけだ」
魔族軍第二波が、動き出した。
先頭の個体が咆哮し、周囲の魔族が一斉に突撃する。
「迎え撃て!」
レイズの号令とともに、魔騎士隊は再び攻撃を開始した。
だが、今度は押し返せない。
炎は空を燃やし、氷は無を凍結させる。水は地を流れるだけ。岩塊は通り過ぎるのみ。雷はただほとばしり、蔦が捕捉しても霧散した。
一切攻撃が当たらない。何かがおかしい。
「くっ……!」
「攻撃が当たらねぇってどういうことだよ」
レイズは歯を食いしばり、ブラディが顔を引きつらせながら喚く。
「……幻術か。厄介だな」
ヨルムが冷静に分析して呟いた。
「でも、私たちがさっきまで相手にしていたのは、そうじゃなかった」
「今までのは小手調べだったってのか?」
「かといって、ここで手をこまねいている場合じゃねぇ!」
言いながらブラディは魔族と正面から殴り合っていた。
戦槌を叩き込む。だが、相手の巨腕がそれを受け止めた。
「やるじゃねぇか……!」
ブラディの足元がめり込む。
ヨルムの氷壁にも亀裂が走る。
シーマの水流は敵の数に追いつかず、ヴァーソは伝令と迎撃を繰り返して息を切らしていた。
ルキノの蔦も、瘴気を帯びた魔族に腐らされ始めている。
「ちょっと、これは面白くないなぁ」
ルキノが眉をひそめた。
前線が、じわりと押し込まれる。
その時だった。
戦場の後方から、鮮やかな色彩が走った。
「さてと、そろそろ俺ちゃんたちの出番かナ」
気の抜けた軽やかな声。
次の瞬間、空中が巨大なキャンバスのように軌跡が描かれた。
「静寂之青!」
筆とパレットを携えた彩術使いの画家ティーダが、騎士たちの間を搔い潜って現れた。
「とりあえず、お客さんらには大人しくしていてもらおうカ」
突如と、青く染められた魔族たちが一斉に動きを止める。
「遅えぞ、画家!」
レイズが叫ぶ。
「主役は遅れて登場。これもショーを盛り上げる大事な演出サ」
「腹立つな、お前!」
ティーダは笑いながら筆を振るった。
「ではでは、まずはお客さんの数を少し減らそうかネ」
空中に描かれた色彩が、具現化する。
「氷結之青!」
青く染められた前衛の魔族が一瞬にして凍結。レイズたちの目の前に氷像が立ち並んだ。
「これが色の力の術。見事な氷だ。これは、我々も遅れを取るわけにもいくまい」
「ですが隊長、幻術の前では……」
ティーダの鮮やかな青と氷結の術に感化され、ヨルムも凍てつくナイフを構える。
だが副長が危惧する言葉に動きが止まる。
するとそこへ——
「幻術対策なら、このアタシに任せてって感じ」
声が聞こえたと同時に、魔騎士隊たちの周囲に花びらが舞った。
ゴスロリメイド服の裾を揺らしながら、華術使いのココアが両手を広げる。
―咲き誇れ華麗なる美しき花々
ジル・フレ・パーム・サティ―
「フリージアガーデン!」
足元から黄色いラッパの形状をしたフリージアの花が芽吹くと、そこから噴出される光の粒子が魔騎士たちの体を包み込む。
甘酸っぱいフルーツのような香りが体内を巡った直後、魔騎士たちの呼吸が軽くなった。
精神が研ぎ澄まされ、視界が晴れたような感覚をおぼえる。
「おおっ……!」
「な、なんだ。魔族たちの姿がくっきりと見える!」
「これならいけるぞ!」
レイズは炎鞭を両手で引っ張り、にやりと笑った。
「よし、もう一回燃えてきたぜ!」
「あーでも気をつけてね。効果が切れるとちょっとしんどくなるから」
「そういう大事なことは先に言え!」
それでも、流れは変わった。
ティーダの彩術が敵陣をかき乱し、ココアの華術が魔騎士隊へ幻術を掻き消す力を与える。
そこへ各隊長が再び攻勢へ出た。
レイズの炎が敵の前衛を焼いて、ヨルムの氷が大型個体の足を止める。
ブラディの戦槌がその膝を砕く。
シーマの水龍が敵陣を裂き、ヴァーソの雷が後衛を撃ち抜く。
ルキノの蔦が逃げようとする個体を絡め取る。
戦場は再び、エルグランド側へ傾き始めた。
「いいぞ! 押せる!」
ブラディが吼える。
「このまま第二波も潰す!」
だが、勝利はまだ遠かった。
魔族軍はしぶとい。倒しても倒しても、後続が押し寄せてくる。
そして、長期戦の疲労は確実に魔騎士隊を蝕んでいた。
ココアの華術は、身体的な能力を上昇させ、魔族をも圧倒する力を得られる。だが、それも万能ではない。時間が経つにつれ、その副作用が現れ始めた。
「ぐっ……腕が……」
「魔力の戻りが、重い……」
「息が、続かない……」
隊士たちの動きが鈍る。
「そろそろ限界かナ」
「だね……これ以上華術をかけるのはまずいっしょ」
ココアの顔にも疲労が滲んでいた。華術を唱えるのにも、相当な負荷がかかっている。
ティーダも彩術を無限に使えるわけではない。術式を組み込んだ絵具に色を出すのにも、かなりの魔力を必要とする。
前線では、再び押し返され始めていた。
「ちっ……ここまでかよ!」
レイズが炎鞭を振り回す。だが、その火力は先ほどより落ちている。
ヨルムの氷壁も薄くなり、ブラディの岩壁も亀裂を広げていた。
シーマの水流は乱れ、ヴァーソの雷は断続的になる。
ルキノの蔦も次々と引き千切られていく。
そこへ魔族が一体、前線を突破した。
「まずい!」
ブラディが止めようとするが、足がもつれる。
間に合わない。
魔族は咆哮し、城壁へ向かって突進する。
その時——空が、白く輝いた。




