表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/7

エルグランド防衛戦 Part⑤

 戦場の流れは、少しずつ変わり始めている。

 エルグランド王都の各所で繰り広げられていた戦いは、魔騎士隊の奮戦によって確実に押し返されつつあった。


 北門では、ヨルム率いるアイシクルナイト小隊が、氷の壁と感知陣によって魔族の進軍を封じ込めていた。

 門前に築かれた氷壁は幾度となく爪と魔術を受け、表面に無数の亀裂が刻み込まれていたが、それでも砕け落ちることはない。


「第三陣、右側へ回り込む個体を処理」

「了解!」


 ヨルムの指示に従い、隊士たちが乱れず滑らかに動く。

 凍りついた地面を足場として使い、敵の動きを封じ、確実に仕留める。魔族たちは門を突破するどころか、門前の数歩を進むことすら許されなかった。


「終わりだ」


 ヨルムの氷刀が飛び、最後の一体が凍りついたまま砕け散る。

 北門方面、制圧。


 西の森でも、戦いは終息へ向かっていく。

 ルキノ率いるワイルドナイト小隊は、森の奥へ潜んでいた魔族たちを一体ずつ狩り尽くしていた。

 根が絡み、蔦が縛り、枝と葉が敵の視界を遮る。魔族たちは森を抜け道として利用するつもりだったのだろう。しかしそれが裏目に出た。そこは最初からルキノたちの領域。魔族は自ら死地に足を踏み入れていたのだ。


「だから言ったのに。森に入った時点で負けだって」


 ルキノは大鎌を肩に担ぎ、木の幹に縫い止められた魔族を見上げる。


「貴様……人間のくせに……」

「うん、人間だよ。だから?」


 口元だけで笑った次の瞬間、魔族の返答を待たずに大鎌が走った。

 魔族の声が途切れた直後、森に静寂が戻る。


「負傷者は?」

「4名。うち1名が瘴気を受けていますが、法術士の処置で持ち治しています」

「そっか。じゃあ、前線に合流しよ」


 ルキノは城の方角を見た。


「まだ楽しそうな音がするしね」


 一方避難路では、シーマとヴァーソの部隊が、最後の民間人を東広場へ送り届けていた。


「こちらで最後です!」

「負傷者は?」

「転倒による軽傷者が数名。魔族による被害はありません!」


 その報告に、シーマは静かに息を吐いた。


「よかった……」


 ただし、表情を緩めたのは一瞬だけ。彼女はすぐに水路の先へ視線を向ける。

 遠くから、炎や岩が爆ぜ、金属を弾く音が薄く聞こえている。


「ヴァーソ、避難支援は完了しました。私たちも前線へ向かいます」

「わかりました」


 ヴァーソは落ち着いた声で小さく頷いた。

 物怖じした様子は消えている。雷を帯びた足は、この戦いを終わらせる確固たる意志を光らせていた。


「……もう、怖くなんかない。エルグランドは、僕が守る」

「ええ。でも、無茶はしないでね。あなただけじゃない、私たちがいる」


 シーマは微笑み、水の扇を広げた。


 所は変わり、王都外縁の主戦場。

 そこではレイズとブラディの部隊が、最後まで魔族の主力を押し留めていた。

 炎が赤く猛り、岩が茶色く吠える。

 ブレイズナイト小隊は、敵の前衛を焼き払い続けていた。隊士たちは負傷しながらも、火力を落とさない。

 炎の壁を作り、魔族の進路を限定し、逃げ場をなくしたところへ集中攻撃を叩き込む。


「左、抜けるぞ!」

「行かせるか!」


 レイズが跳び込み、炎鞭が蛇のように踊って敵を捕捉。焼夷の光が弾けて焦がした。


「まだ来るなら、いくらでも燃やしてやるよ!」


 その隣では、ブラディが戦槌を振り回していた。

 地属性の力で隆起した岩場を足場にし、巨大な魔族を正面から殴り飛ばす。


「おらおらぁぁっ!」


 戦槌が敵の頭部を砕く。

 続けて地面を叩くと、岩の波が前方へ走り、魔族の足をまとめてすくった。


「押し込め! ここで終わらせるぞ!」


 火のレイズと地のブラディ。

 二つの前衛部隊は、互いの戦い方をよく理解していた。

 レイズが焼き払い、敵の陣形を乱す。ブラディが押し潰し、逃げ道を塞ぐ。

 そこへ、北門を制圧したヨルムが合流してきた。


「レイズ、火力を右へ寄せろ。左側は俺が凍らせる」

「命令すんな、熱が冷める!」

「ならば提案だ」

「同じだろうが!」


 口では反発しながらも、レイズは即座に炎の方向を変える。

 ヨルムの氷が左翼を封じ、レイズの炎が右翼を焼き、ブラディの岩壁が敵を正面へ押し戻した。

 さらにシーマとヴァーソが合流する。


「水よ、踊りなさい!」


 シーマが地中から水を生み出して巨大な水柱を作り出すと、それがたちまちに魔族を呑み込んでいく。

 水流に溺れる魔族。そこへすかさずヴァーソが走った。


「迂闊なっ!」


 紫電の軌跡がジグザグに描かれると、その場にいる魔族が水の導電によって一斉に痙攣して崩れ落ちた。


「おおっ、ヴァーソの奴、しっかり戦闘モードに入ってるじゃねぇか」


 ブラディが戦槌を肩に担ぎながら歯を見せている。

 最後に、森を制圧したルキノも姿を現した。


「ワタシも混ぜて」


 彼女の足元から蔦が伸び、前線へ紛れ込もうとしていた小型魔族を絡め取る。

 深緑の葉が舞い散ると同時に大鎌が一閃し、その首を落とした。

 六属性の隊長たちが、ついに前線へ集結した。

 ただし、光はいまだ不在。

 それでも、この場にそろった隊長たちは、すでに一個軍に匹敵する力を持っていた。


「押し返すぞ!」


 レイズの声が響く。

 魔騎士隊は一斉に前へ出た。

 火柱が上がって氷壁が走る。水龍が敵陣を裂いて雷光が駆ける。

 岩槌が地を砕いて蔦が絡み、敵を絞殺する。

 残っていた魔族たちは、次々と撃破されていった。

 このまま終わる——誰もが、そう思いかけた。

 しかし、戦場の空気が変わった。

 遠くの地平に、黒い影が増える。それもひとつや二つではない——大軍。


「……おいおい、冗談だろ」


 ブラディが額から汗を垂らしながら低く呟く。

 レイズは束ねた炎鞭を強く握った。


「増援かよ」

「それも、かなりの数だ」


 ヨルムの声は冷静だったが、その目は鋭い。

 新たに現れた魔族軍は、先ほどまでの残存兵とは明らかに違っていた。

 統率が取れている。隊列を組み、前衛と後衛に分かれ、一部は飛行しながら迫りくる。


「第二波、というわけね」


 シーマが扇を再び開き、水滴が舞う。


「こっちはすでに消耗してるってのに、質悪いなあいつらも」


 レイズが吐き捨てる。

 隊士たちはひどく疲弊していた。それは隊長も例外ではない。

 負傷者も確実に増えている。民の避難は完了しているとはいえ、この前線を抜かれれば王都中心部へ迫られる。


「やるしかねぇだろ」


 ブラディが口だけで笑った。


「もう一回、ぶっ飛ばすだけだ」


 魔族軍第二波が、動き出した。

 先頭の個体が咆哮し、周囲の魔族が一斉に突撃する。


「迎え撃て!」


 レイズの号令とともに、魔騎士隊は再び攻撃を開始した。

 だが、今度は押し返せない。

 炎は空を燃やし、氷は無を凍結させる。水は地を流れるだけ。岩塊は通り過ぎるのみ。雷はただほとばしり、蔦が捕捉しても霧散した。

 一切攻撃が当たらない。何かがおかしい。


「くっ……!」

「攻撃が当たらねぇってどういうことだよ」


 レイズは歯を食いしばり、ブラディが顔を引きつらせながら喚く。


「……幻術か。厄介だな」


 ヨルムが冷静に分析して呟いた。


「でも、私たちがさっきまで相手にしていたのは、そうじゃなかった」

「今までのは小手調べだったってのか?」

「かといって、ここで手をこまねいている場合じゃねぇ!」


 言いながらブラディは魔族と正面から殴り合っていた。

 戦槌を叩き込む。だが、相手の巨腕がそれを受け止めた。


「やるじゃねぇか……!」


 ブラディの足元がめり込む。

 ヨルムの氷壁にも亀裂が走る。

 シーマの水流は敵の数に追いつかず、ヴァーソは伝令と迎撃を繰り返して息を切らしていた。

 ルキノの蔦も、瘴気を帯びた魔族に腐らされ始めている。


「ちょっと、これは面白くないなぁ」


 ルキノが眉をひそめた。

 前線が、じわりと押し込まれる。

 その時だった。

 戦場の後方から、鮮やかな色彩が走った。


「さてと、そろそろ俺ちゃんたちの出番かナ」


 気の抜けた軽やかな声。

 次の瞬間、空中が巨大なキャンバスのように軌跡が描かれた。


静寂之青サイレンスブルー!」


 筆とパレットを携えた彩術使いの画家ティーダが、騎士たちの間を搔い潜って現れた。


「とりあえず、お客さんらには大人しくしていてもらおうカ」


 突如と、青く染められた魔族たちが一斉に動きを止める。


「遅えぞ、画家!」


 レイズが叫ぶ。


「主役は遅れて登場。これもショーを盛り上げる大事な演出サ」

「腹立つな、お前!」


 ティーダは笑いながら筆を振るった。


「ではでは、まずはお客さんの数を少し減らそうかネ」


 空中に描かれた色彩が、具現化する。


氷結之青グレイシャルブルー!」


 青く染められた前衛の魔族が一瞬にして凍結。レイズたちの目の前に氷像が立ち並んだ。


「これが色の力の術。見事な氷だ。これは、我々も遅れを取るわけにもいくまい」

「ですが隊長、幻術の前では……」


 ティーダの鮮やかな青と氷結の術に感化され、ヨルムも凍てつくナイフを構える。

 だが副長が危惧する言葉に動きが止まる。

 するとそこへ——


「幻術対策なら、このアタシに任せてって感じ」


 声が聞こえたと同時に、魔騎士隊たちの周囲に花びらが舞った。

 ゴスロリメイド服の裾を揺らしながら、華術使いのココアが両手を広げる。


―咲き誇れ華麗なる美しき花々

  ジル・フレ・パーム・サティ―

「フリージアガーデン!」


 足元から黄色いラッパの形状をしたフリージアの花が芽吹くと、そこから噴出される光の粒子が魔騎士たちの体を包み込む。

 甘酸っぱいフルーツのような香りが体内を巡った直後、魔騎士たちの呼吸が軽くなった。

 精神が研ぎ澄まされ、視界が晴れたような感覚をおぼえる。


「おおっ……!」

「な、なんだ。魔族たちの姿がくっきりと見える!」

「これならいけるぞ!」


 レイズは炎鞭を両手で引っ張り、にやりと笑った。


「よし、もう一回燃えてきたぜ!」

「あーでも気をつけてね。効果が切れるとちょっとしんどくなるから」

「そういう大事なことは先に言え!」


 それでも、流れは変わった。

 ティーダの彩術が敵陣をかき乱し、ココアの華術が魔騎士隊へ幻術を掻き消す力を与える。

 そこへ各隊長が再び攻勢へ出た。

 レイズの炎が敵の前衛を焼いて、ヨルムの氷が大型個体の足を止める。

 ブラディの戦槌がその膝を砕く。

 シーマの水龍が敵陣を裂き、ヴァーソの雷が後衛を撃ち抜く。

 ルキノの蔦が逃げようとする個体を絡め取る。

 戦場は再び、エルグランド側へ傾き始めた。


「いいぞ! 押せる!」


 ブラディが吼える。


「このまま第二波も潰す!」


 だが、勝利はまだ遠かった。

 魔族軍はしぶとい。倒しても倒しても、後続が押し寄せてくる。

 そして、長期戦の疲労は確実に魔騎士隊を蝕んでいた。

 ココアの華術は、身体的な能力を上昇させ、魔族をも圧倒する力を得られる。だが、それも万能ではない。時間が経つにつれ、その副作用が現れ始めた。


「ぐっ……腕が……」

「魔力の戻りが、重い……」

「息が、続かない……」


 隊士たちの動きが鈍る。


「そろそろ限界かナ」

「だね……これ以上華術をかけるのはまずいっしょ」


 ココアの顔にも疲労が滲んでいた。華術を唱えるのにも、相当な負荷がかかっている。

 ティーダも彩術を無限に使えるわけではない。術式を組み込んだ絵具に色を出すのにも、かなりの魔力を必要とする。

 前線では、再び押し返され始めていた。


「ちっ……ここまでかよ!」


 レイズが炎鞭を振り回す。だが、その火力は先ほどより落ちている。

 ヨルムの氷壁も薄くなり、ブラディの岩壁も亀裂を広げていた。

 シーマの水流は乱れ、ヴァーソの雷は断続的になる。

 ルキノの蔦も次々と引き千切られていく。

 そこへ魔族が一体、前線を突破した。


「まずい!」


 ブラディが止めようとするが、足がもつれる。

 間に合わない。

 魔族は咆哮し、城壁へ向かって突進する。

 その時——空が、白く輝いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ