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エルグランド防衛戦 Part④

 シーマとヴァーソが確保した民の避難経路。

 本来ならば安全圏であるはずの水路沿いへ、数体の魔族が侵入してきたのだ。


「きゃああっ!」

「魔族だ! こっちへ来た!」


 悲鳴が飛び交う。子供を抱えた母親が転び、老人たちが足を止める。


「慌てないで!」


 シーマが駆けて前へ出る。

 両手に携えた水弧扇フロンクスエッジをひらりと動かし、水路の水を呼び上げた。


「流れ出よ、守りの水!」


 水流が昇り龍のようにうねり、先頭の魔族へ叩きつけられる。

 そのまま足元をさらい、二体をまとめて横転させると、さらに彼女が扇を閉じる。


「拘束」


 水が輪となって魔族の腕と足へ絡みつき、動きを封じた。


「今です! ヴァーソ!」

「え、ぼ、僕が?」


 見上げて叫ぶシーマ。その視線の先は、民家の屋根に立つヴァーソだ。

 彼は突然の声掛けに一瞬の戸惑いを見せるが。


「う、うおぉぉぉっ!」


 ヴァーソは叫びながら跳躍し、落雷のような速度で降下。

 拘束された魔族を雷光が貫いて消滅させる。


「な、なんとか倒せた……」


 眉を垂らし、不安げな表情で着地した地面から立ち上がる。

 だが次の瞬間。


「隊長っ! 後ろっ!」

「ひっ!?」


 別個体がヴァーソの背後へ迫っていた。

 先ほど魔族を討伐した安堵が油断を生み、振り返るのが一瞬遅れてしまう。

 そこへ、シーマの碧の扇が舞う。

 生み出された水の刃が閃となりて、魔族の腕を切り落とした。


「ヴァーソ、下がって!」

「す、すみません!」


 ヴァーソは慌てて後退しながらも、すぐに周囲を見た。

 逃げ遅れた子供がひとり、立ち尽くしている。そのすぐ横には、腕を振り上げた魔族の姿が。


(ま、まずい。子供がっ!)


 その時、ヴァーソの中から恐怖が掻き消えた。

 体に電気が走り、感電に身を震わせて目を閉じる。

 そして開眼の瞬間、彼の姿が消えた。紫電を帯びた一閃が突き進み、同時に子供の姿も消える。

 直後、雷撃が爆ぜ、魔族の体を焼いて崩した。


「町の人たちを傷つけるのは、僕が許さない」


 抱きかかえた子供を降ろしたヴァーソは、低い声で呟いた。

 その両手には、紫色の電撃がほとばしる手甲鉤。雷閃爪キャブライトファングが閃いていた。


「おおっ、ヴァーソ隊長がやっと!」

「戦闘モードになってくれたわね」


 シーマがわずかに口元を緩めた。だがすぐさま表情を正して手を仰ぐ。


「避難を止めないで! 東広場まであと少しよ!」

「サンダーナイト、左右の路地を確認! 隠れてる人がいないか見て!」


 声色は変わらない。けど先ほどの及び腰とは打って変わって、ヴァーソは迷いのない落ち着いた声で叫んだ。

 民を守りながら戦うということは、単純な殲滅戦よりよほど難しい。その状況でも、水と雷の部隊は確かに避難路を守っていた。


 西の森では、さらに異質な戦いが繰り広げられていた。

 ルキノ率いるワイルドナイト小隊。深緑色の装備に身を包んだ彼らは、力押しの正面衝突ではなく、潜む敵を各個に狩る戦い方を得意としている。

 木々の間を縫うように、ひっそりと魔族が動いていた。森を抜け、王都裏手の抜け道や地下水路から侵入するつもりなのだろう。


「こっちにいるよ」


 ルキノが、歌うように呟く。

 彼女の足元から蔦が伸び、地中へ潜る。その先の魔力反応を、根が伝えていた。


「三体。うち一体は大きい子。左から回ろうとしてる」

「隊長、先に仕掛けますか?」

「うん。逃がすと面倒だしね」


 ルキノは餓鎌樹メルファサイスを軽く回した。


「ワイルドナイト、散って。いつも通り、森と一緒になるの」


 隊士たちが無言で頷き、木陰へ消える。

 一時の静寂が通り過ぎた後、森の一角から悲鳴が上がった。それも正確には魔族の絶叫にあたる。

 地面から無数の根が突き出し、魔族の脚へ絡みつく。木の幹からは枝がしなり、まるで生き物のように敵を殴りつけた。


「なんだ、これは——!」


 魔族がたじろいで叫ぶ。

 その背後で、ルキノが静かに立っていた。


「いらっしゃい」


 にこりと笑う。その笑顔は愛らしい少女のもの。

 だが次の瞬間、大鎌が閃いて横薙ぎに走り、魔族の胴を深く裂いた。

 別の二体が反撃しようとする。ひとつは爪を、もうひとつは瘴気の塊を放った。

 ルキノは爪を回避しながら半歩だけ下がる。

 その足元から巨木の根が盛り上がり、瘴気を受け止めた。


「瘴気は嫌い。木が病気になる」


 鋭く睨んだ冷たい声だった。

 ルキノの手が向けられ、魔族の背後の木々から蔦が一斉に伸びる。二体の首と腕をにじり動くように絡め取り、木の幹へ縫い止めた。


「う、動けな……!」

「森に入った時点で負けだよ」


 ルキノは微かに口角を上げながら首を傾げる。


「ワタシたちの庭なんだから」


 大鎌が掲げられ、処刑の刃が振り下ろされる。

 体液が飛ぶよりも早く、森の根がそれを吸うように広がった。

 だが、こちらも順風満帆ではない。


「隊長! 南側で二名負傷! 潜伏個体が想定より多いです!」

「へぇ……増援か」


 ルキノは細く笑った。


「面白いじゃない」


 森の奥で、ワイルドナイトの隊士が一人、魔族の爪で脇腹を裂かれていた。

 もうひとりは瘴気を浴び、膝をついている。


「法術士、瘴気除去。前衛は負傷者を引け」

「了解!」


 副隊長の指示によって、迅速に対処されていく。

 ルキノはその報告を聞いても焦ることはない。むしろ、楽しむように森の奥を見つめた。


「隠れるのが得意だと思ってるなら、比べてみようよ」


 彼女は大鎌を担ぎ直し、さらに深い木陰へと歩いていった。


 こうして、エルグランドの各所で戦いは同時に進んでいた。

 炎が前線を焼き払い、地が王都の盾となり、氷が北門を閉ざし、水が避難民を守り、雷が駆け抜け、木が森の侵入者を狩る。

 無論、被害がないわけではない。

 ブレイズナイト隊は、炎をかいくぐった魔族の爪により複数名が負傷した。

 フェルスナイト隊でも、空からの飛行攻撃や潜行型の奇襲で傷を負った者が出ている。

 アイシクルナイト隊は北門を守っているが、敵の圧は強く、長期戦になれば消耗は避けられない。

 避難路では一歩間違えれば民間人に被害が出ていたであろう。ワイルドナイト隊も森の中で確実に血を流していた。

 それでも——魔騎士隊は、戦っていた。

 属性が全て揃っていない、欠けた隊で。完全ではない陣容で。だが誰ひとり退かず、自らの持ち場を守っていた。

 城壁上からその戦いを見ていたアーシェラは、静かに息を吐く。


「よく持ちこたえているわね……」


 軍師が横で頷く。


「各隊とも見事です。しかし、敵の勢いはまだ衰えておりません」

「そうね。これは序盤戦に過ぎない」


 アーシェラの視線は、さらに遠くを見ていた。

 魔族軍の侵攻はまだ終わらない。むしろ、ここからが本番とも言える。

 だが少なくとも今この時点で、エルグランドはまだ崩れていない。それは間違いなく、魔騎士隊の尽力によるものだった。

 炎の吼える声が響く。地を砕く轟音が重なる。氷が軋み、水が奔り、雷が閃き、森がざわめく。

 六つの力が、エルグランドを守っていた。

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