エルグランド防衛戦 Part③
エルグランドの空に、警鐘が鳴り響いている。
重く、鋭く、何度も何度も打ち鳴らされるその音は、王都に住まうすべての者へ現実を突きつけていた。
魔族襲来。
それはもはや予兆でも噂でもない。王都の外縁、北門、西の森、南西の丘陵地帯。三方向から、確かに魔族の軍勢が迫っていた。
城を囲う巨大な岩壁はすでに完成し、王都の各区画では民の避難が進んでいる。
だが、敵の進軍速度は予想以上だった。
「北東反応、正面接敵までまもなく!」
「西の森、敵影確認!」
「南西部隊、飛行する魔族の部隊を視認!」
伝令の声が飛び交う。
アーシェラは城壁上から戦況を見下ろしていた。その瞳に迷いはない。
「全隊、迎撃開始」
女王の声は落ち着いている。だが、その一言で戦場が動いた。
エルグランド防衛戦。その最初の激突が、ついに始まった。
最前線となる王都北東の平地では、レイズ率いるブレイズナイト小隊が、すでに戦闘態勢に入っていた。
赤い鎧をまとった火の騎士たちが剣と槍を構え、寸分乱れずに並列する。その正面から、黒い群れが押し寄せてきた。
黒ずんだ肌を持つ人型。大きな翼を持ち、異様に長い腕を持つ個体。牙を剥いて咆哮しながら地を蹴ってくる。
「来やがったな」
レイズは炎鞭ヴェルファイアビュートを携え、狡猾的とも言えるような挑んだ表情を見せる。
「ブレイズナイト! 気張れよ! あいつらをここで止める!」
「はっ!」
隊士たちの返答が重なる。
次の瞬間、レイズは炎鞭を前へ振り払う。赤い蛇の軌跡を追いかけ、業火が巻き起こった。
「炎槍波、撃てぇっ!!」
隊長の令と同時に、隊士たちが一斉に槍を前に投げ放った。
それがレイズの作り出した火壁を潜った瞬間、炎を纏いて一直線に突き進む。打ち上げ花火のような爆裂音をあげ、最前列の魔族たちへ直撃すると一瞬で炎に呑まれる。
黒い悲鳴が上がり、肉が焼ける匂いが戦場を満たした。
「そのまま押し返せ! 俺の鞭の範囲には入るんじゃねぇぞ!」
レイズ自身も前へ出た。炎を纏った鞭がしなって踊る。
「燃えちまえッ!」
主の腕の動きに合わせて赤い一閃が走り、三体の魔族をまとめて吹き飛ばした。
さらに鞭を頭上で回して遠心力を加える。そのまま垂直に地面へ叩きつけると、火柱が連続して噴き上がり、後続の群れを分断した。
その勢いは圧倒的だった。火力だけで言えば、ブレイズナイト小隊は防衛線の中核。隊士たちもレイズに負けじと剣や槍に炎を宿し、押し寄せる魔族を次々と討ち払っていく。
だが、相手もただのモンスターではない。魔族だ。
「隊長! 右側面より跳躍する個体!」
叫び声と同時に、一体の魔族が炎の隙間を飛び越えてきた。四足獣のような体躯に、鋭い鉤爪を持つ個体だ。
「ちっ!」
隊士のひとりが槍を構える。だが反応が一瞬遅く、魔族の爪がその肩を深く裂いた。
「ぐあっ!」
「下がれ!」
レイズが飛び込み、炎熱の流閃が魔族の胴を叩いてちぎる。
炎が傷口から噴き出し、魔族は苦鳴とともに崩れ落ちた。
「法術士! 負傷者を後ろへ!」
「は、はい!」
もう一人、別の隊士が火球を放とうとした瞬間、後方から飛んできた黒い棘に太腿を貫かれた。
「うああっ!」
無詠唱魔術の一撃が先制で穿たれる。
「くそ、面倒な真似を……!」
レイズは音が鳴るほどに歯を噛みしめた。
前衛の突破だけではない。魔族は炎の強引な迎撃を見て、すでに散開し始めていた。
「隊列を崩すな! 前へ出すぎた奴は死ぬぞ!」
「了解!」
熱血一辺倒では終わらない。
レイズは即座に隊の幅を調整し、火力を一点集中から扇状へ切り替える。
炎が再び広がり、前進しようとする魔族たちを焼き留めた。
「いいぞ……そのまま、止まれや」
レイズの目は鋭く燃えていた。
そのさらに外側。南西の防衛線では、ブラディ率いるフェルスナイト小隊が激突していた。
こちらは火が織りなす熱き部隊とは違う。重く、ひたすらに重く、そして堅牢。
地の騎士たちは重厚な鎧に身を包み、盾と戦槌あるいは大斧を構え、正面から魔族の群れを迎え撃っていた。
「来いよ、化け物ども!」
ブラディが豪快に吼える。巨大な戦槌コムネッドタイタンを振り上げ、そのまま地面へ叩きつけた。
「砕けろ、大地!」
轟音とともに地面が躍動して隆起する。岩の槍が幾本も突き上がり、突進してきた魔族の足元を貫いた。
体勢を崩した敵へ、フェルスナイトの前衛が一斉に踏み込む。
「押し返せ!」
「おおおおっ!」
重盾のぶつかる音に大気が揺れ、岩を砕くような鈍い衝撃が走る。ブラディ隊は、炎のような派手さこそないが、正面戦闘における頑強さで群を抜いていた。
一体の大型魔族が、雄叫びを上げながら盾兵へ突っ込む。丸太のような剛腕が唸って衝突した。
「うおっ……!」
重い当たりに前列の隊士が押し込まれる。
「どけ!」
すかさずブラディが割って入り、戦槌を横薙ぎに振り抜いた。
魔族の巨体から骨の砕く音が鳴って歪む。刹那の時間差の後、弧を描くように地面を滑って後方へ吹き飛んだ。
そのまま背後の魔族まで巻き込み、何体もまとめて地面へ転がる。
「重さ比べなら負けねぇんだよ!」
さらに地属性魔力を込める。足元から岩塊を引き剥がすように隆起させ、だるま落としの如く戦槌で打ち出した。
巨大な岩弾が魔族群へ突っ込み、爆散する。飛び散る石片が、突撃していた個体たちの顔面や関節を砕いた。
「前進はさせるな! 壁の前で食い止めろ!」
「はいっ!」
隊士たちは大盾を並べ、じりじりと押し返す。
だがこちらも無傷ではない。細身の魔族が地面を這うように潜り込み、盾の下から爪を突き出した。
「っ、下だ!」
「ぐっ!」
ひとりの隊士が膝を裂かれ、その場に崩れる。さらに飛行する魔族が頭上から降下し、後列の騎士へ襲いかかった。
「後ろ!」
別の隊士が庇い、肩に深い傷を負う。
「くそったれ……!」
ブラディは顔を歪ませて唸る。だが、すぐに怒声を飛ばした。
「負傷者は下げろ! 代わりを前へ! 大地は揺らいでも崩れねぇ! 踏ん張れ!」
その声に、フェルスナイトの隊士たちは再び盾を打ち鳴らした。
北門では、ヨルム率いるアイシクルナイト小隊が、別種の戦いをしていた。
こちらに迫る魔族は、比較的統率が取れている。散開し、感知陣を踏まぬよう進軍しようとする個体も多い。
「やはり、こちらが本命の一角か」
ヨルムは投げナイフの氷燕刃グランツァシーブスを抜き、静かに息を吐く。
門前には、彼が事前に設置した氷結感知陣が淡く光っていた。敵が一定範囲に入るたび、足元から冷気が立ち上がる。
「第一陣、凍結拘束」
機を見計らった隊士たちが、一斉に魔力を流し込んだ。
地面を這う雪の結晶陣が、一気に広がっていく。先頭を走っていた魔族たちの脚が凍りつき、その場で動きを止める。
「今だ。射て!」
後列の氷弓兵が、無数の氷矢を撃ち出した。
動けなくなった魔族たちの胸や喉を、鋭く凍てついた線が貫いていく。
「うまくはまったな」
「ですが、後続が止まりません!」
副隊長からのわずかに困惑する声。
後方の魔族たちは怯むことなく、凍結した仲間を踏み砕くようにして前進してくる。
「構わん。第二陣へ移行」
ヨルムは氷のナイフで地面をなぞった。
「冷たき檻よ、敵を閉ざせ」
すると彼の前方に巨大な氷壁が形成される。半透明の青白い壁が門前に立ち上がり、魔族の突撃を正面から遮った。
直後、鳴り響く激突音。空気が震えて冷える。壁はきしむが、砕けない。
「前衛、左右展開。壁沿いに回り込んだ個体を処理しろ」
「はっ!」
アイシクルナイトの前衛が滑るように動いた。
氷をまとった剣が閃き、壁際へ回った魔族の首を正確に落としていく。
ヨルムは高く跳躍し、氷壁の天端へ立つ。
右手の指に挟んだ凍えるナイフを三本、直下に見据える魔族へ投げ放つ。一体、二体、三体と、リズムよくそれが頭部へ刺さり、凍り付かせると同時に砕いた。
無駄のない判断と動き。怒号もなくただ冷静に、確実に敵を削っていく。
だが、敵にも搦め手があった。
「隊長! 上方!」
副隊長が叫ぶ。
壁の上を飛び越えようと、飛行する魔族が北門内部へ侵入しようとしていた。
「想定内だ」
ヨルムは首を上げながら、飛ぶ魔族を目で追う。そして即座に左手指に携えていたナイフを飛ばした。
「氷沙雨」
声と同時に、飛ばしたナイフが青く煌めいて弾ける。そこから無数の氷刃が飛散して降り注ぐと、魔族たちは翼を貫かれ、地面へ墜落した。
しかし、そのうちの一体がなおも生きており、ヨルムへ飛びかかる。
「遅い」
瞬時にヨルムの右手から氷の剣が生み出された。蒼き剣閃が空を薙ぐ。直後、魔族の首が凍り付いて砕かれた。
「負傷者は?」
「二名、軽傷です」
「治療班へ回せ。門は割らせるな」
声は変わらず冷静だった。
その静けさこそが、北門の騎士たちにとって最大の支えとなり、士気が継続されていく。
一方、城下町の避難路では、別の恐怖が迫っていた。




