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エルグランド防衛戦 Part②

 各魔騎士隊長は、小隊を率いてそれぞれの作戦へと行動を開始していく。


「ブレイズナイト小隊、集合しろ!」


 隊長レイズの掛け声に、騎士が集まる。

 練色の石壁に囲まれた訓練場に、赤い鎧を身に纏った火の隊士たちが、次々と武器を手に整列した。


「魔族が来る。相手はそこらのモンスターとは違う。油断した奴から死ぬ」


 レイズは普段の軽さを消し、鋭い視線で隊士たちを見据えた。


「けど日和ってんじゃねぇぞ。俺たちは第一防衛線だ。奴らを燃やし、止めて押し返す。城下へ一匹でも通せば、どうなるかわかっているよな」

「はっ!」

「炎は暴れる力だ。だが、今日は好き勝手に燃やすな。敵だけを焼け。国を守る火になれ!」


 隊士たちが一糸乱れぬ動きで、一斉に槍や剣を掲げる。


「ブレイズナイト、出るぞ!」


 火の部隊が、城門へ向かって走り出した。


 ヨルムは、北門外周へ出ていた。

 アイシクルナイト小隊の隊士たちは、冷気を帯びた鎧を鳴らしながら、街道や丘陵の魔力痕を調べている。


「足跡は少ない。だが、歪な魔力の残滓が濃い」


 副隊長が神妙な面持ちで報告する。


「偽装だな」


 ヨルムは膝をつき、地面に触れてなぞった。

 藍色の瞳を走らせながら、そこに残る冷たい魔力の揺らぎを読んでいる。


「敵は数をあえて少なく見せている。先遣隊に紛れ、後続の本隊を隠すつもりかもしれん」

「では、北門に主力が?」

「まだ断定はしない」


 ヨルムは静かに立ち上がった。


「氷結感知陣を設置する。地面の振動、魔力の歪み、どちらも拾え」

「はっ」


 氷の紋様が街道に刻まれていく。蒼白色をした雪の結晶の陣が展開させると、しばらくしてそれが微かな燐光を残して消えた。

 これは敵が踏めば、冷気が反応して足元から凍結させる仕組みだ。


「敵が来たら、まず止める。止めれば、焼く者も砕く者もいる」

「レイズ隊とブラディ隊ですね」

「ああ」


 ヨルムは遠くの空を見た。


「我々は、敵を進ませない」


 一方、ルキノは城外の西。小鳥が微かに鳴くだけの鬱蒼とする森の中にいた。

 ワイルドナイト小隊の隊士たちは、木々の間に散開している。

 ルキノは大鎌を肩に担ぎ、誰に見せるでもない不気味な含み笑いをしながら、鼻歌を口ずさんでいた。


「隊長、地下水路に続く古い排水口を発見しました」

「ふぅん。やっぱりあったね」


 ルキノはしゃがみ込み、地面に手を置く。

 足元の草がわずかに揺れ、細い根が土の中へ伸びていった。


「……3つ。いや、4つかな。古い抜け道がある」

「魔族がそこから?」

「来るかも。来ないかも。でも、来たら面白いね」


 ルキノの口角が薄らとあがり、隊士の顔がわずかに引きつる。


「隊長……」

「大丈夫。入ってきたら、出られないようにしてあげる」


 影が落とされたルキノの顔が、にこりと動く。


「森も、根も、蔦も、ぜーんぶワタシたちの味方。知らずに入ってきた子は、可哀想だけど……」


 大鎌の刃が、木漏れ日を受けて鈍く光った。


「逃がさないよ」


 所は変わり、シーマは城下町の水路区画にいた。

 エルグランド城下町には、魔術によって整備された水路がいくつも走っている。生活用水だけでなく、非常時には避難路や防火設備としても使われる、重要な設備だった。


「第三水門を開けて。南区画から避難する民の通路を確保するわ」

「はい!」

「ただし、水の流量は半分以下に。多すぎれば子供や老人が足を取られる」

「了解しました」


 フラッドナイト小隊の隊士たちが、水流制御の術式を操作していく。

 シーマは街路の中央に立ち、避難する民へ声をかけた。


「慌てないで。水路沿いに進めば、東広場へ出られる。荷物は最小限に。子供と老人を優先するように」


 その声は穏やかだが、不思議と人々を落ち着かせる力があった。


「騎士様、魔族が来るというのは本当ですか?」

「その可能性はあるわ」


 シーマは嘘をつかなかった。


「でも私たち魔騎士隊がいる。必ず道を開けるから、心配しないで前へ進んで」


 母親に抱かれた子供が、泣きながら彼女を見上げる。シーマは微笑み、小さく手を振った。


「怖くても大丈夫。怖い時は、誰かの手を握るのよ」


 水路の流れが穏やかに、そして静かに変わる。避難の道が、民の安全の導きのように作られていった。

 シーマがふと見上げると、視界の遠くで城下の屋根の上を走るヴァーソの姿があった。


「ひっ……高い……!」


 本人は半泣きだった。だが、その速度は凄まじい。

 雷の力を脚に宿し、屋根から屋根へ跳び移る。サンダーナイト小隊の隊士たちへ伝令を飛ばし、避難が遅れている区画へ指示を送る。


「西区画、まだ住民が残っているよ! 第三班はそっちへ!」

「隊長、東門前が混雑しています!」

「シーマ隊へ連絡! 水路側へ誘導してもらって!」


 叫びながら、ヴァーソは次の屋根へ跳ぶ。


「こ、怖い……でも、怖いのは僕だけじゃない……!」


 下を見れば、逃げ惑う民がいる。

 泣く子供や、荷物を抱えた老人。家族を探す若者。彼らの恐怖に比べれば、自分の高所恐怖などどうでもいい。


「逃げるためじゃなく、逃がすために走る……!」


 アーシェラの言葉を胸に、ヴァーソは雷光となって駆けた。


 続いて城外。

 ブラディが率いるフェルスナイト小隊と宮廷魔術士隊が、巨大な魔法陣を城の周囲に描いている。


「地質変化の魔法陣、完成しました!」

「魔術詠唱、いつでもいけます!」

「よし、やるか!」


 ブラディは巨大な戦槌を両手で持ち上げる。


「城を囲う壁だ。半端なもん作ったら、魔族に笑われちまうぞ!」


 隊士たちが一斉に、隊長の戦槌へ地属性の魔力を流し込んだ。

 赤銅色の光が瞬いて弾ける。力が収束されたアストラルウェポン。ブラディはそれを大地へ叩きつけた。


「起きろ、岩ども!」


 轟音とともに地面が震え、城の周囲から巨大な岩壁がせり上がる。

 ただの岩壁ではない。地属性魔力で強化され、宮廷魔術士隊の防壁術が重ねられた、分厚い防衛壁。

 岩壁は城を包むように伸びていく。だが、アーシェラの指示通り、完全には閉じない。

 避難口、迎撃口、物資搬入口。必要な場所には開口部を残し、戦うための壁として構築されていく。


「もっと厚くしろ! 上部には足場も作れ! レイズたちが上から撃てるようにな!」

「了解!」

「魔術士隊、地属性魔術で固定を急げ! ただの岩なら壊される。術で縫いつけろ!」


 ブラディは額の汗を拭い、にやりと笑った。


「来るなら来いよ、魔族ども。まずはこの壁が相手だ」


 一方、隊長らと同時に軍議室を出ていたティーダとココアは、城内の廊下の窓から外を眺めていた。

 周囲では兵や家臣たちが慌ただしく往来している。


「ねぇ兄貴。アーシェラ様からは、アタシたちには特に指示が無かったんだけど、どういうことなん?」

「なにもしないでゆっくり休んでってことサ」

「はぁ? それマジで言ってんの?」

「いやいや、冗談だヨ。俺ちゃんには彩術、君には華術がある。つまり——」

「アタシたちには、アタシたちしかできないことをやれ。ってことか」


 いつもの軽口は叩いても、ティーダの目にはわずかに真剣さが込められていた。

 ココアも、あまりギャル風を吹かせていない。襟元のフリルと紫のリボンをいじりながらも、その表情は神妙だった。


(ソアラ。アナタの分まで、アタシが戦う。エルグランドは、必ず守るよ)


 その頃、アーシェラは城内の作戦室にいた。

 軍師たちとともに、エルグランド城周辺の地図を囲んでいる。宮廷魔術士からは、次々と索敵結果が運び込まれていた。


「北東部の魔力反応、増大しています」

「西の森にも小規模反応。数は少ないですが、移動速度が速い」

「南街道に民間馬車が残っています。避難誘導が必要です」


 情報が一気に集まってくる。

 通常なら、ティアナが解析の中心に立っていただろう。魔力波形、進軍速度、地形との対応。彼女ならば、膨大な情報から敵の意図を理詰めで読み解いたはずだ。

 今、その席にティアナはいない。でもそれも杞憂。いかなる状況であろうと、アーシェラがすべてを見抜いていた。


「北東部の反応は囮の可能性があるわ。魔力が大きすぎる。敵が隠す気のない反応は、こちらを誘導するためのものと見ていい」

「では本命は?」

「西の森だろう」


 軍師のひとりが目を見開く。


「しかし、反応は小規模です」

「だからこそだ。ルキノの配置は正解だった。そこへ追加で二個小隊を送る。ただし、目立たぬように」

「承知しました」


 アーシェラは別の駒を動かす。


「南街道の馬車はヴァーソへ伝達。シーマ隊の避難経路に合流させなさい。ブラディの岩壁は1時間以内に最低限の形が整うはず。それまでレイズベルク隊を前面に」

「陛下、北門の反応が増加! ヨルム隊の感知陣に接触あり!」


 その報告に一斉が振り向き、作戦室の空気が張り詰める。

 アーシェラは静かに息を吐いた。


「来たか」


 魔族の進軍。それは、もはや予測ではなく現実となった。


「全隊へ通達。第一防衛態勢へ移行。民の避難を最優先。城下へ敵を入れてはならぬ」

「はっ!」


 伝令が直ちに走っていった。

 アーシェラは落ち着きのある足取りで窓際に立つ。城を囲む岩壁が、少しずつ形を成していた。

 魔騎士隊長たちが頑張っている。だがそれも完全ではない。

 闇が欠け、風と光は隊長が不在。三属性が不十分な状態。でも、エルグランドは動いている。


「見事ね」


 アーシェラは小さく呟いた。

 隊長たちは、それぞれの役目を理解し、最短で防衛の形を作り上げていた。

 完全でなくとも、十分に戦える。

 その時、宮廷魔術士が駆け込んできた。


「女王陛下! 北東、南西、西の森、三方向より魔族軍接近! 規模、想定以上です!」

「数は?」

「確認できるだけで数百。さらに後続あり!」


 作戦室に、狼狽する声が飛び交ってざわつく。

 アーシェラは、ただ一度だけ目を伏せた。次に目を開いた時、その瞳には迷いがなかった。


「各隊へ告げなさい」


 声はわずかに静かでも、その場に強く響いた。


「エルグランドは、ここで魔族を迎え撃つ」


 軍師たちが一斉に姿勢を正す。


「この国を守るのは、私たちだ」


 アーシェラは地図の中央、エルグランド城の位置へ指を置いた。


「各持ち場の魔騎士隊を中心に、防衛布陣を完成させなさい。最短、最速、最大効率で敵を止める」


 城外では、岩壁が最後の轟音を上げて立ち上がった。城下では、民が誘導され、避難路が確保されていく。森では蔦が静かに根を張り、北門では氷の感知陣が輝き、前線では火の騎士たちが武器を構えた。

 エルグランド防衛戦。

 その幕が、静かに上がろうとしていた。

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