エルグランド防衛戦 Part①
プリメーラの瞬間移動によって、陸徒たちがアルファードへ向かった直後。エルグランド城の謁見の間には、まだ転移術の残滓が淡く漂っていた。
アーシェラは、彼らの姿が消えた空間をしばし見つめていたが、その沈黙は長く続かなかった。
「宮廷魔術士隊へ告げよ」
静かだが、よく通る声。
控えていた近衛兵のひとりが即座に膝をつく。
「はっ」
「ただちに広域索敵術式を展開。エルグランド全域、特に北西部と東方街道、それから王都周辺の魔力反応を重点的に調べよ。歪な魔力波形があれば、距離に関係なく即座に報告」
「承知いたしました!」
兵が大急ぎで走り去る。
アーシェラは玉座へ戻らず、謁見の間の中央に立ったまま目を細めた。
アルファードだけが狙われるとは限らない。魔族が復活した以上、この世界のどこに戦火が及んでもおかしくない。
加えてエルグランドは魔術大国。強大な魔術に特化した術士や騎士を有するこの国が、魔族にとって無視できる存在であるはずがない。
「魔騎士隊長を緊急招集。城内にいる者はただちに軍議室へ。城外任務中の者には伝心石を」
「全隊長でございますか?」
「……ただし、マイアは除外するように」
近衛兵は一瞬だけ言葉に詰まる。
「マイア隊長は、まだ喬介殿の捜索に?」
「そうよ」
アーシェラの声に、わずかな影が差した。
「喬介の闇の力を見つけられるのは、彼女だけ。呼び戻す必要はない」
「はっ!」
「ティーダとココア、貴方たちも魔騎士隊長と作戦会議に出なさい」
「了解ちゃ~ん」
「了解です」
うわぁ。眠くなるやつだ。
精悍な表情とは裏腹に、ココアは心の中でため息をついた。
2人が先に会議室へ向かった後、謁見の間に残ったアーシェラは、ゆっくりと窓の外へ視線を移した。
空はまだ穏やかだ。でもその静けさが長く続くとは思えない。
「……来るなら、来なさい。この国を、容易く踏ませはしない」
女王は鋭い目で小さく呟いた。
それから間もなくして、所はエルグランド城、軍議室。
中心に置かれた円卓を囲むように、魔騎士隊長たちが集まっていた。
炎、氷、水、地、雷、木。
だが、席はすべて埋まっていない。
闇の席には、誰もいない。かつてベイオスが座っていた場所だ。
風の席にも、誰もいない。ティアナは現在、アルファード側への助力に出ている。
光の席も空いていた。マイアは、スカイラインから落下した喬介の捜索へ向かっている。
その空席が、軍議室に重い意味を持って存在していた。
「……マイアはまだ戻らねぇのかよ」
最初に口を開いたのは、レイズだった。赤いメッシュの金髪を乱暴に掻き上げ、彼は腕を組んで椅子にもたれる。
「あのスカイラインから喬介が落ちたんだ。普通なら——」
「レイズ」
シーマが静かに名を呼んだ。その声は柔らかかったが、続きを言わせない強さがあった。
レイズは舌打ちし、視線を逸らす。
「……悪ぃ」
「マイアが探しているなら、まだ希望はある」
ヨルムが冷静な声で低く言った。感情を抑えた響きだが、そこには信頼が込められている。
「だな。あの真面目ちゃんなら、見つけるまで帰ってこねぇだろうさ」
ブラディが重い声で笑う。だがその表情は明るくなく、どこか神妙だった。
「心配しても仕方ないよ」
ルキノが、どこか浮いた声で言った。椅子の背に体を預け、薄く笑っている。
「死んでたらそれまで。生きてたら、そのうち戻ってくる。面白い子だったし、そう簡単には終わらないんじゃない?」
「お前は相変わらず言い方が悪いな」
レイズが細い視線を突き付ける。
「えー、そう?」
「そうだぞ」
「……でも、僕も、生きていてほしいとは思う。あの人、怖かったけど……悪い人じゃなかった」
ヴァーソが小さな声で答えた。雷の隊長である彼は、いつもよりさらに落ち着かない様子で、指先を何度も組み替えている。
その言葉に、隊長たちはわずかに沈黙した。
喬介——異世界からやってきた、闇の剣ヴァイパーブレイドを受け継いだ者。その存在は、魔騎士隊にとっても決して小さくなかった。
やがて扉が開き、アーシェラ女王が入室してくる。
即座に全員が立ち上がり、姿勢を正した。
「座りなさい。時間が惜しいわ」
アーシェラは円卓の上へ、エルグランド周辺の地図を広げさせた。
続いて、宮廷魔術士が数名、魔力反応の記録板を運び込む。
「先ほど、広域索敵術式を展開しました。まだ断定はできない状況ですが、魔族と思しき魔力反応が複数確認されています」
「やっぱり、こっちにも来るってわけか」
レイズが卓上に載せた両拳に力を入れる。
「数は?」
「現在確認されているだけで、小規模な群れが3つ。さらに城から離れた北東部に、より大きな反応があります」
アーシェラは地図上に駒を配置していく。
「本命が直行してくるとは限らない。城下町や避難路を襲い、こちらの戦力を分散させる可能性が高い」
「ティアナがいれば、魔力波形からもっと進路を絞れたんでしょうけれど」
シーマが唇に指を当てながら言った。
「そうだな。彼女なら、敵の魔力の流れと地形から、もう少し正確に読むだろう」
アーシェラは視線を低く淡々と応える。
「だが今ここにティアナはいない。もともと、彼女をアルファードへ行かせたのも私の判断だ。代役の分析は私が担う」
「アーシェラ様自ら、ですか」
ヨルムが静かに問う。
「不満?」
「いいえ。最善です」
アーシェラはわずかに口元を緩めた。
「では、各隊へ指示を出す」
精悍な顔を上げたアーシェラの言葉に、空気が一気に引き締まる。
「レイズベルク」
「はっ!」
「ブレイズナイト小隊は、対魔族迎撃部隊の招集と編成を担当。城内外の戦闘要員をまとめ、第一防衛線の即応部隊を作りなさい。火力で敵の先陣を焼き払う役目よ」
「任せてください。燃やし尽くしてやるぜ!」
「あまり熱くなりすぎて、民家や防壁を巻き込まないように」
「……え、ええ。そりゃもちろんわかってます」
レイズは眉を下げて少しだけ顔を逸らす。
その傍でヨルムが鼻を鳴らしていた。
「ヨルム、ルキノ」
「はい」
「はぁい」
「アイシクルナイト小隊とワイルドナイト小隊は、城周辺の索敵と調査。ヨルムは北門と外周街道。ルキノは森側と裏道、地下水路への接続部を重点的に見なさい」
「北門は敵の正面進軍に使われやすい。決して見逃しはしません」
「裏から来る子はワタシが見ておくね。逃がさないように、根っこで絡めてあげる」
ルキノが表情に影を落として不敵に笑う。
その笑みに、ヴァーソが小さく肩を震わせた。
「シーマ、ヴァーソ」
「はい」
「……は、はい」
「フラッドナイト小隊とサンダーナイト小隊は、城下町の民の避難支援を。シーマは水路沿いの避難経路を確保。ヴァーソは伝令と緊急誘導。あなたの雷の機動力なら、分断された区画にもすぐ向かえる」
「承知しました。水門を調整し、民が逃げやすい道を確保します」
「ぼ、僕が、伝令……ですか」
「怖い?」
「……怖いです」
ヴァーソは表情を落としながら、不安げな上目づかいをする。
レイズが目を細くして何か言いかけたが、アーシェラが先に口を開いた。
「それでいいわ。怖いと理解している者のほうが、民の恐怖にも気づける」
「……」
「あなたは逃げるためではなく、逃がすために走りなさい」
「……はい」
小さく返事をしたヴァーソの瞳に、わずかな光が宿った。
「ブラディ」
「うっす」
「フェルスナイト小隊と一部の宮廷魔術士隊で、城の周囲に岩壁を構築。地属性の力と防壁術を重ね、城門を中心に巨大な防衛線を作りなさい」
「城ごと岩で囲えってことっすか」
「ええ。ただし、完全に閉じてはならない。避難口と迎撃口を残す。敵を遮る壁であり、こちらが動くための通路でもあるように」
「難しい注文だこりゃ」
「できない?」
「誰に言ってんすか。最高に頑丈な壁、作ってやりやすぜ!」
ブラディは豪快に笑い、大きな拳を鳴らした。
アーシェラは厳粛な様で全員を見渡す。
「マイア不在により、光の浄化支援は残存のホーリーナイト小隊が担う。従って効果は限定的になるため、各隊は過信せず動きなさい。宮廷法術士は小隊ごとに分散配置する」
「アーシェラ様、闇の対処は?」
ヨルムが思慮深い口調で問う。
闇というその言葉に、一瞬だけ空気が沈む。ベイオスがいればと、誰もがそう思った。
だが、アーシェラは表情を変えない。
「闇属性については、私が対処する。ベイオスの穴を敵に利用させるつもりなどない」
その言葉に、隊長たちは一斉に表情を引き締めた。
「ま、俺ちゃんの彩術と、マイラブ……いや、ココアの華術があるさ」
「魔族なんて超余裕っしょ。みんなは自分たちの仕事に専念して」
「ふっ。画家とメイド服が言うじゃねぇか」
「クロードレイス兄妹か。その魔術を超える術の力、見せてもらおう」
レイズが口角を上げ、ヨルムが低く頷いた。
こうして、指示を受けた各隊長は散開し、すぐさま任へと動き出す。




