歓迎の宴(1)
ーー翌日の夜。
ティアは、鏡の前でじっと息を止めていた。
「……少し、派手ではない?」
鏡の中の自分を見ながら呟く。
身に纏っているのは、イオスフィアへ持参した中でも最上級の夜会服だった。
淡い青銀色のドレス。
胸元から裾へ流れるように施された銀糸の刺繍には、スタンティノ王国を象徴する小花が散らされている。
髪も普段より高く結い上げられ、そこへ小粒の真珠が編み込まれていた。
「今夜はティア様の歓迎の宴でございますので。むしろ、これでも控えめかと」
後ろで髪を整えていたリディアが、冷静に答える。
「これで?」
「ええ」
ティアは鏡越しにエマを見る。
助けを求めるつもりだったのだが、エマも真顔で頷いた。
「お嬢様。今日は諦めましょう」
「……」
逃げ場がない。
ティアは小さく息を吐いた。
「それにしても」
耳飾りをつけながら、エマが言う。
「昨日こちらへ着いたばかりなのに、もう歓迎の宴だなんて……」
「今夜は単なる歓迎の席ではございません」
答えたのはリディアだった。
「……?」
ティアが振り返る。
リディアは一瞬だけ言葉を選ぶようにしてから続けた。
「今夜は、ティア様が帝国の貴族方へ正式にお披露目される場でございます」
「お披露目……」
その言葉だけで、少し胃が痛くなった。
「つまり……値踏みをされる、ということね」
リディアは否定しなかった。
その沈黙が答えだった。
第七皇子にして皇太子ーーカリス・シュレースヴィヒの婚約者。
その肩書きを背負って、人前へ出る。
「……なんだか、また緊張してきたわ」
「昨日は、とてもそのようには見えませんでした」
「それ、殿下にも言われたのよね……」
ティアが苦笑すると。
リディアの口元が、ほんの僅かに緩んだ。
「ティア様なら大丈夫かと」
「……ありがとう」
そう答えると。
リディアは静かに微笑み、頭を下げた。
***
宮の外へ出ると、カリスが待っていた。
今夜は、昨日よりもさらに正式な礼装だった。
濃紺に近い黒の上着、胸元には皇太子の証である金細工。
髪もきっちりと整えられている。
「ティア」
カリスがティアを見て、一瞬だけ言葉を失った。
「……?」
ティアが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「……いえ」
カリスはすぐに視線を戻した。
「その……」
「はい?」
「とてもよく似合っています」
あまりにも真面目な顔で言われ。
ティアは少しだけ驚いた。
「ありがとうございます」
「……はい」
そこで会話が終わった。
どうやらーー女性を褒めることには、まだ慣れていないらしい。
ティアは少しだけ可笑しくなった。
「殿下も、とても素敵ですよ」
「……!」
カリスの耳が、わずかに赤くなる。
「……ありがとうございます」
小さな声だった。
後方では、アーヴィンとレオンが完全な無表情を保っている。
「行きましょう」
カリスが、昨日と同じように、右手を差し出す。
ティアはその手を取り、二人は並んで皇宮へ向かった。
***
ーー大広間の扉が開いた瞬間。
ティアは、一瞬だけ息を止めた。
昨夜までいた皇宮とはまるで別の場所のようだった。
天井から吊るされた巨大な水晶灯、幾百もの蝋燭、磨き上げられた大理石の床に、光が幾重にも反射している。
広間の左右には、色鮮やかな衣装を纏った貴族たちがいる。
カリスとティアが姿を現した瞬間ーーあれほど騒がしかった広間の空気が、わずかに変わった。
杯越しに無数の視線が向けられる。
(……すごい)
明らかに観察されているのがわかる。
カリスが握っている手に力を込める。
「ティア。困ったら、僕を見てください」
「殿下を?」
「はい」
「殿下が助けてくださるのですか?」
聞くと、カリスは少し考えてから「できる範囲で……」と答えた。
ティアは吹き出しそうになった。
「『必ず』ではないのですね」
「できないことを約束してはいけないと、先生から教わりましたから……」
「立派ですね」
「ティア、また子ども扱いしましたね?」
「していませんよ?」
ティアは笑いを堪えて、優しく微笑んだ。
ーーその時、扉の向こうから声が響いた。
「皇太子殿下、ならびにティア・グレンヴィル公爵令嬢、ご入場――!」




