雲の上の視点
「あれがドラゴンか……。」
時は少し遡り、キルトランスの入城の時。
城の最上階の物見部屋。陛下と御三家が望遠鏡を片手にキルトランス達の様子を窺っていた。四人の男が窓際に一列に並んで望遠鏡に食い入るように見ている様は中々に滑稽ではある。
城を中心に五方向に伸びる大通りは、この物見の塔に対して直線的に配置されており、この部屋の窓から門までを一望出来るようになっている。
「しかし、何というか……思っていたのとだいぶ違うようだな。」
皇帝イルラティオは少しだけ落胆したような声色で話す。
「人間の形のようなドラゴンと書かれていたのだから間違いはなかろう。しかし見てみろ。あのデカさと筋肉を。隣の人間と比べれば優に二メートルは越えているぞ。」
陸戦部総帥ネライスは年甲斐もなく興奮している様子であった。
「うん、確かに違うね。というか、背中の翼は本当に飛べるのかな?普通に歩いているけど。」
海戦部総帥バッツはキルトランスの分析に余念がない。
「いやいや、侮ってはいけませんぞ。ここからでははっきりとは判りませぬが、確実に強い魔力があるやもしれません。ん?何やら首に着けているのか?今首元が光ったような……?」
魔戦部総帥小シャミルは生まれて初めて見る魔世界の住人に知的好奇心を隠していない。
「でも、本当に安全なドラゴンだと思う?」
「ふむ……。確かに昨日報告にあったバラージ家の娘が誘導出来ている様だが……。」
バッツの問いにネライスが懐疑的に答える。
「本当にあのドラゴンが五百人の部隊を一人で全滅させられると思うか?五人も騎士を随行させたのだぞ?」
部下からの報告に未だに疑念が拭えないイルラティオ。
「恐らく魔術の類いでしょうな。巨体と炎だけがドラゴンの武器ではない。彼らは高い知能と強い魔力を持っていると聞いておる。」
その魔力に興味津々の小シャミル。だが彼もまたドラゴンニュート族を知らない。ドラゴン界において、少数部族ながら勢力を保っていられるほどの強大な魔力を持つ部族だと言うことを。
「ところでドラゴンの横に歩いている者達は誰だ?」
ネライスが尋ねると、バッツは望遠鏡の先を僅かに動かした。
「確か、タタカナル村から一緒に来ている代表三人とか聞いた気がする。」
「顔はよく見えぬが、若い男……か?てっきり老人が来るものだと思っていたが。」
「その隣の女も若いね。でも一緒に歩いている真っ黒いマント着てる奴は誰だろう?」
皆の視線の先がレッタと一緒に歩くアリアに注がれる。
「フードで顔が見えないけど、身長的には女かな?」
黒髪を隠すように深くフードを被ったアリアの顔は、高いところの彼らには見えない。
「恐らく魔女じゃろうて。討伐作戦の目的は魔女の殺害も含まれていたはずじゃ。」
小シャミルは淡々と答える。その言葉に特に感情は感じられない。一般人ならいざ知らず、彼は魔戦部総帥だ。魔女なる存在に臆するどころか、結局は自分と同じ魔術師の別名としか思っていない。
「という事は、魔女がドラゴンと手を組んで、その魔女とバラージ家の娘が取引に成功したって事?」
細かいところを気にするのがバッツである。
「さてね。それは直接見てみるしかあるまいて。こんな遠くからの盗み見程度では、真実なぞ霧の彼方としか言えますまい。」
小ネライスが鼻で笑う。その様子が多少鼻に付いた様子のバッツではあったが、そこは帝国中枢、御三家の一人である。彼の言う事が正しいのであれば、それを尊重するだけの度量はあった。
帝国中枢の者と言うと、多くの者が不遜で傲慢な人間像を思い浮かべるが、実際は違う。これだけの広大な帝国を維持し、さらに拡大させようとする人物が、そのような暗君ばかりで務まるはずがない。彼ら全員が、それに足るだけの人徳と実力、理想を持っているからこそ帝国軍が動かせるのだ。
一般国民が触れ合える程度の上位「とされる」の存在は、せいせい組織の中間ほどの人間だ。だが、その中間が最も問題が起きやすいのは彼らも頭を悩ませている部分ではある。現場に影響が出やすい前線近くにいながら、帝国の威光を傘に着る事が出来る立場だからだ。だからこそ、ここにいる皇帝の面々は普段からその部分への監視を忘れないようにしている。
『この帝国が崩壊するとすれば、それは足元でも皇帝でもない。内部の腐敗からであろう』
とは現在の帝国の礎を形作った二代目皇帝「イルラティオ・パルナス・フィムトキアス二世」の言葉である。
皇帝の代理人と言われる帝国騎士団の大切な役目の一つに帝国機構の密偵もある。
帝国随所に暗躍する騎士達は、現場への対応をしつつも、報告書に現地の帝国機関の調査報告もする。その騎士の診た現場の様子と正規報告書との相違点から腐敗の様子を洗い出せるからだ。
「あれ、謁見できると思う?」
望遠鏡から目を離してバッツがイルラティオに尋ねる。彼も大きく息を吐きながら顔を上げた。
「ふむ……。どうやら全く手が付けられない魔物という訳ではなさそうだ。」
「だが、暴れた時にお前を守りきれるかどうかは分からぬぞ。」
現実的な意見をネライスが言うが、それに小シャミルが鼻で笑う。
「なに。我が魔戦部の総力を結集すれば不可能ではあるまいて。それよりもイルラティオ陛下。お前さん、目の前で見てみたいと思っとるじゃろ?」
皇帝陛下の好奇心を小シャミルは見逃していなかった。最初に見た時に多少の落胆を覚えたという事は、それだけ期待していた裏返しだからだ。
そして落胆したという事は相手を予想よりも下に見た。つまり脅威の度合いが減ったと判断したからだ。
「ま、僕も安全に見れるって言うなら目の前で見てみたいけどね。」
バッツも前向きな答えを出す。慎重な彼らしい言い方でもある。
「なんじゃ、全員一致ではないか。」
そう言って小シャミルが笑う。
「おい、勝手に決めるんじゃないぞ。」
「お前さんも会ってみたいじゃろ?」
「……うむ。」
「ほれみい。」
陛下の身の安全を最優先とは思っているネライスではあるが、やはり一個人としては伝説最強の魔物ドラゴンが目の前に来て興奮してしまうのは武人の性と言えよう。
もちろん小シャミルとしても、魔力の研究対象としてのドラゴンは興味が尽きない。もし平和的に交渉が出来るのであれば、是非とも魔力研究を手伝って欲しいほどなのだ。
「ならば後はワシの仕事じゃな。魔戦部精鋭を集めておくとするよ。準備ができ次第謁見が出来る様にの。」
「大臣達へは僕から言っておくよ。イルラティオが言うと何かと大事になっちゃうからね。」
「ふむ。帝都の警護体制については私が引き続き担当しよう。」
「では私は帝国騎士団達に通達しておくか。あいつらが勝手に動かぬようにな。」
反目しあわず、功を競わず、一つの目的の下に集まって協力し合う。この連携がある限り、帝国は安泰であろう。その皇帝権力構造を作り上げた初代「イルラティオ・ファラ・マルコキアス」の意向は五十年以上経った今でもしっかりと引き継がれていた。
「それにしても、あの小娘のおっぱいでかいのう……。」
望遠鏡を覗き込んだ小シャミルが言った。
「え?今それ言う?」
一同が呆れ顔で隣の小シャミルを見る。
「確かにすごいが。」
「……。」
彼らの反応に不服だったのか、小シャミルもようやく望遠鏡から目を離して振り返った。
「何を気取っとるか!あのおっぱいを見て善いと思ったもんは正直に手を挙げい!」
そう言って自ら堂々と手を挙げる小シャミル。
偉そうな態度に反抗するようにネライスが手をあげた。
小シャミルの思い通りになるのが不服そうにもバッツも手を挙げた。
そして恥ずかしそうにイルラティオも小さく手の平を見せた。
「ほれ見た事か!変に欲望を隠すとろくな事にならんぞ。」
謎の優越感に満ちつつ再び望遠鏡を覗き込む小シャミル。
どんなに雲の上からであろうが、見るところは変わらない。
それが男なのだ。
揺れるおっぱいに勝つ道理はこの世には無い。




