豪華な昼食とその見返り その2
「ホントごめんだけど、お願いだよ!」
机に頭を付ける勢いで平身低頭するイルシュ中尉。
「なにそれ……。完全に我田引水じゃない。」
話の途中から完全に呆れていたレッタ。
「……なるほど……な。」
何やら考え込むホートライド。
「そ、それも仕方ないのではないでしょうか?」
あまりの予想外の提案にオロオロしつつもキルトランスの反応を窺うアリア。
「もちろん勝手な言い分な事は重々承知しているつもりだ。だが、決して悪い取引ではないはずだ。飲んではもらえないかね?」
娘の立つ瀬無い姿に苦笑しつつもバラージ家当主としての責務を全うしようとするカタン大佐。
「……。」
そしてどう答えれば良いものか苦悩するキルトランス。
『皇帝陛下との謁見の条件として、キルトランスをイルシュの管理下として行動して欲しい。』
カタン大佐からの話を要約すると以上である。
これが昨日、カタンとイルシュ、執事を含めて秘密会議を行った結論であった。そして有り体に言ってしまえば、帝国軍部でも中堅軍人家系であるバラージ家が、皇帝陛下に覚えを良くしてもらうための作戦であある。
当初カタン大佐はキルトランス達が帝都に入りたがっており、皇帝陛下への直訴を考えているとホートライドから聞いた時にはあまりの無謀さに失笑すら覚えた。
だが書斎に戻ってイルシュと話している内に、ある作戦を閃いたのだ。
帝国上層部にも既にドラゴンによって軍が全滅したとの報は浸透している現状においては、間違いなくキルトランスは凶暴なモンスターとして認識されていであろう。諜報部にはキルトランスに関する報告書がイルシュから届けられていたが、その情報が正確にどれほど浸透しているのかは怪しいものである。もし噂のドラゴンが帝都に向かっていると知れば帝都は大混乱に陥るであろう。
だが「もしドラゴンを安全に抑えられる者がいる」としたら?
それは素晴らしい功績として認められるであろう。何せ、ドラゴンを御する事が出来た人間など伝説の中くらいにしかいないからだ。
幸いにも、当事者である娘の口からキルトランスの様子は聞けば、普通に話が出来るモンスターだとは聞いている。諜報部のお偉方はまだしも、陸戦部や海戦部の連中がその辺の情報を正確に掴んでいるとは考えにくい。
だとすれば、「バラージ家のイルシュだけが、穏便にドラゴンとの接触に成功しており、彼女の言葉なら効く」という事にしてしまえば、今回のキルトランスの帝都訪問の手柄はバラージ家総取りになるのではないか?とカタンは画策したのであった。
だが決して無謀や無意味ではない。事実、その旨を上層部に報告したところ、異例の素早さで対応がとられた。さらに命令違反により引責降格も有りえた軍曹のイルシュが、城の中枢に入るために最低限必要な階級である「中尉」まで引き上げられたのだから、それだけでもバラージ家にとっては大成功なのだ。
本来ならば二階級昇格ともなれば、戦場で誰もが知る程の輝かしい功績を打ち立てて初めて検討されるほどの褒賞なのだ。まして地味な裏方仕事の多い諜報部では過去に例がないほどの褒賞とも言える。ちなみにあわよくば大佐も少将への昇格も期待していたようであるが、流石にそこまでは認められなかったようである。
もっとも上層部もカタン大佐の進言を鵜呑みにするほどの楽観主義者の集まりという訳ではなく、半信半疑ながらも万全の態勢をもって提案を受け入れた。それが公式訪問の態勢に擬態した帝国騎士団を多数配置しての誘導へと結びついたのだった。
信用されていないと言ってしまえばそこまでであるが、普段歯牙にもかけられることのないバラージ家の娘一人に、皇帝の代理人と呼ばれる騎士達が護衛をするという稀代の絶景を見れただけで、カタンは痛快であった。
こうして話している今も、御三家の精鋭部隊がバラージ家周辺を警護しているのだ。実際は外からの襲来ではなく、内部の暴走を警戒しての配置なのだが、事情の知らぬ近隣他家から見れば、精鋭部隊が守らねばならない程の貴賓客がバラージ家に滞在しているとしか見えぬだろう。それだけでも当家の株が上がるというものだ。
こうしてバラージ家当主、カタン・バラージの一世一代の大博打は娘を巻き込んで始まったのであった。
軍部に説明した計画通りにイルシュ中尉が城門の外で合図を出せば、ドラゴンが飛来した。
(実際はホートライド達が呼びに行っただけである。)
そして中尉の取り成しにより、ドラゴンは暴れることなく護送ができた。
(実際はレッタ達の察しによって気を使ってくれただけである。)
これによって軍部はカタン大佐の提言した作戦がある程度信憑性があると判断せざるを得なくなった。少なくとも「タタカナル村で接触を試みた諜報部の者が穏便にドラゴンとの平和的な関係を築けた」という内容は嘘ではないのだから。
この計画の最初の段階が無事成功をしたことによって、次の本題へと向かう事がようやく可能になった。
それがカタンの目論見でもあり、ホートライドやキルトランスの目的でもあった「皇帝陛下への謁見」だ。
また、カタン大佐は並行して軍部への情報収集を行い、現在タタカナル村での「事件」にまつわる動きにも調整を働かせていた。
少なくとも帝国側が「ドラゴンによる」派遣部隊全滅を把握しており、しかもそれに対して「村人の積極的な関与」があった事を理解していた。
軍部の中では当然ドラゴン退治と反逆罪制圧、両面での対応が動き始めていた。だが、それに対して「ドラゴンが帝都に向かっている」という情報を切り札として、対応を一時的に遅らせたのだ。
軍部も件のドラゴンが帝都に向かっていると分かれば、軍の派遣準備をしている場合ではない。皇帝陛下、帝都を守る事を優先せざるを得ない。
バラージ家の総力を持って政治的対応をした結果、カタン大佐の目論見はある程度順調に進み、またタタカナル制圧の進行を一時的とは言え、止めることが出来たのであった。
だが、キルトランス達の最終目標はあくまでも「タタカナルの平和の保証」であり、そこへたどり着くには皇帝陛下直々の許可が最良の方法であった。
帝国兵だけならば、軍部を止めるだけでもある程度の効果はあるだろう。しかしタタカナルの事件では皇帝陛下の代理人が五名も戦死している。
騎士団にどの程度の仲間意識や功名心があるかは不明だが、それでも弔い合戦をしようとする者や、功を狙っての再戦をしようとする者が出ないとも限らない。高機動、高火力の化身である騎士などは、本来であれば三名もいればタタカナル程度の村ならば一瞬で全滅させられるであろう。
そんな皇帝直轄の組織である帝国騎士団達に命令が出来るのは皇帝のみである。皇帝からのお墨付きを貰うまでは、タタカナル村の平和は不確定なものでしかないのだ。
これらの話を洗いざらい聞いた後の一同の反応が、先程のそれであった。
だがキルトランスをはじめ、村の面々は内心安心をした。確かに我田引水を目論む計画かもしれないが、下手に無償の協力と申し出られるよりもよっぽど信用できるからだ。そしてこちらの利害とも一致する以上、確かに悪い話ではない。むしろこちらの提案を実現してくれるのであれば、その程度の功績はバラージ家の正当な利益として得られるべきであろう。
キルトランス個人としては、体の良い出汁に使われている部分については複雑な気持ちではあったが、普段世話になっているアリアをはじめタタカナル村への恩義、村の代表としてここへ来ている以上、自分の気分だけで動くわけにもいかないという考えもあり、素直に受け入れておくしかないとは思ったが。
「なるほど。そちらの事情は理解した。」
しばしの沈黙の後、キルトランスは静かに息を吐きながら答えた。
「おお、協力してもらえるか。」
「マジで?!やったあ!」
現金なイルシュの反応に苦笑するアリア。彼女自身、イルシュに対して好ましく感じている部分もある。良くも悪くも素直で裏表がない性格は、付き合う上でとても気楽だからだ。視覚的な情報が無い彼女にとっては、発言よりも口調・抑揚などで相手の真意を計ることが多い。それは視覚以上に繊細な判断を要求されるものである。少なくともイルシュに関してはそういう部分の勘繰りをしなくて済むのだから。
「僕としてもカタン大佐の提案には賛成せざるを得ないね。帝国上層部への伝も無いし、そもそも帝都にすら明るくない僕らは、大佐とイルシュ……中尉の手助けを借りなければ、目的遂行は困難なのは事実だよ。」
苦笑しながらも肯定を伝えるホートライド。今になってみれば、自分達がいかに無謀な行為をしようとしていたかが身に染みるのだ。
「で、アンタはどうなのよ?」
レッタがキルトランスに話を振る。
「どう、とはどういう意味だ?」
「いや、アンタさっき『理解した』とは言ったけど、良いともダメだとも答えてないじゃん。この件はアンタが一番影響あるんだから、まずはアンタがしっかり答えないと話が進まないわよ?」
呆れた素振りで話すレッタ。
「確かにそうだな……。カタンとか言ったな。その話、受けよう。」
キルトランスからの正式な返答に喜ぶバラージ家の二人。その様子を横目にレッタはアリアに耳打ちをする。
「ねえ、アリア。それで大丈夫かな?」
急に話を振られたアリアは少し戸惑いながらも小声で微笑んだ。
「はい、それでみんなが上手くいくのなら、それで良いと思いますよ。」
「そっか、なら良かった。」
そう言って少しだけ手を握りしめたレッタ。
「それでは、今後は基本的にイルシュと一緒に行動してもらおう。」
そう言ったカタン大佐。
アリアは先程で異を唱えなかった事を少し後悔する事になる。
ちょっと説明回になっちゃいましたね。
色々解説しておかないといけない時に読みにくい文章になってしまう傾向がある事に反省。
もしかしたら、後日修正をいれるかもしれません。




