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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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雲の上の会話

 「それで、今朝の報告にあったドラゴンの件は続報は無いのか?」

 贅を尽くした威厳のある机。そしてそれに相応(ふさわ)しき厳めしくも繊細な細工の施された椅子。そこに男は座っていた。

 部屋の広さはそれほどでもないが、格式高い調度品が程よく配置され、壁には大きな棚があり、様々な報告書や資料が入れられている。

 窓から見える景色は高く、北の大平原が一望出来た。その平原は夕陽に染まり点在する村々が今日も平和であることが確認できる。この部屋はとても高い場所にあるのだ。そしてその男もその場所に相応しき者であった。

 ラクメヴィア帝国皇帝『イルラティオ・ダナン・クーリアス四世』その人であった。

 齢四十半ば、少し険はあるが精悍な顔つき、茶色の髪を結い上げているが解けばそれがかなりの長さになることは想像に固くない。体つきはさすがに中年のそれを匂わせるものはあるが、それでも日々の中での鍛練を怠ってはいないであろう肉体であった。

 彼は北キルメトア大陸最大の帝国の頂点に君臨する男であり、この城の主である。彼がこの部屋の窓から見える全ての景色は彼のものであり、さらにその地平線の遥か彼方までもが彼の息のかかる領土である。

 ここは彼の執務室である。皇帝と言うと玉座に座っている絵を想像する者も多いが、それはあくまでも謁見などの国事の時だけであり、普段からそこに座っている訳ではない。そして皇帝といえどもそこまで暇な訳ではなく、国に関する様々な仕事があるのだ。一年を通して見れば、圧倒的にこの執務室にいる時間の方が多いだろう。


 「現在被害状況の精査と討伐隊の再編成を急がせている。そしてミナレバへの兵の補充はドーンの兵の半分を急ぎ移動中だ。」

 執務室の中央、八人掛けの円卓に座る一人の男。彼は帝国軍御三家、陸戦部総帥の『ネライス・ウィード・ナナス五世』である。

 齢は六十過ぎと言ったところだろうか。白髪混じりではあるが凛々しく揃えた髪に、年齢を感じさせない筋肉。それを包む服は質実剛健な彼の性格をよく表しているものであったが、彼を彩る小物はやはり彼が帝国高位の存在であることを物語るだけの豪華なものであった。やはり帝国陸戦部総帥ともなれば豪奢な軍服を着ていそうな印象はあるが、それも公的な時のみである。現在はもちろん公務中ではあるが、人前に出る仕事ではないために完全に私服だ。

 そして彼の言葉遣いに違和感を覚える者も少なからず居よう。だが御三家とは帝国設立、いや帝国の前身であるクーリアス王国だった時代から共に戦場を掻い潜り、苦楽を共にした結盟関係の上に成り立っており表向きは上下関係のある臣下の(てい)をしているが、実質は家族ぐるみの親戚関係ほどの親密さを持っている。彼は産まれた時の皇子からその顔を見て、善き友として、善き先輩として数十年の時を過ごしてきたのだ。公的な場所でこそ臣下の礼を欠かす事は無いが、外部の者がいない場ではお互いに敬語を使わず普通に会話する。それに気性が合うために公私共に関係を持ち、先代皇帝亡き今まるで父親がわりのようでもあった。

 ちなみにドーンとはタタカナル村の東にある巨大交易都市の事だ。村を東に行くとぶつかるハパナルド河を超え、五日ほど歩いたところにある沿岸の都市である。


 「今、ドーン周辺は政治・治安・陸海共に安定しているから、正式な再配備はそこまで急がなくてもいいね。アラパタナとの関係は今は落ち着いてるけど、新興のマリウス王国の動きはまだ楽観できないから北西部からの移動は控えた方がいいだろう。中央と北東部の兵を選抜したら海路でミナレバまで移動させるよ。マリウス王国とガヴィーターが上手い事、牽制(けんせい)しあってくれてるとも言えるけど、どちらにしろ国境を手薄にする時間は短い方がいい。」

 そう助言する男は御三家海戦部総帥『バッツ・スウェル・アルガノドラス』であった。

 鮮やかな金髪以外は中肉中背のごく一般的な男性の印象のようだが、その瞳には明らかな知性が宿っている。その知略に関しては帝国軍でも抜きんでている。アルガノドラス家は代々知性を最優先した子孫計画を立てており、その家系は天才的な軍略家や政治家を輩出していた。古くは北キルメトア大陸北部平野の小国だったクーリアス王国が大帝国にまで上り詰めた背景にはアルガノドラス家の力が大きい。元々海軍を持たず、長距離の大量輸送に難点を抱えていた海戦部が最小の兵力で最大限の戦果を発揮したのは類稀(たぐいまれ)なる知略の賜物なのだ。このバッツという男もそうである。潮目と風を読む能力に長け、軍艦を常に最大効率・最速船速を保ったまま運用する戦略は「海の風神」との呼び声も高い。

 御三家の中では一番若いが、その才覚・戦績をもって一目置かれている。


 「ですが、国民、特に商人の耳と言うのは時として軍の諜報網を凌ぐ速度を持つものです。恐らく明日にも都の中に噂が流れ始めるでしょう。噂を止める事は不可能なので、それよりも速い一手が必要かと……。」

 執務室の棚に並ぶ資料を漁りながら呟く老人がいた。

 「それよりも余はこの情報が宗教屋の連中に入る方が厄介かと思いますぞ。」

 そう言って資料を閉じると肩で笑った。

 彼は御三家魔戦部総帥『小シャミル・メドゥラヴチプ・パルム』であった。御三家の中でも魔戦部は異質である。

 それは魔力という者が血筋だけで構成するものではないからだ。

 親が大魔道師だったからと言って、その子がその能力を引き継ぐとは限らない。当初はアルガノドラス家の様に血筋を重要視していたが、今はとにかく多産をし、その中から選りすぐりの一人に英才教育を施し総帥に仕立て上げる方法を採用している。

 子供の頃から親戚づきあいのように過ごしているクーリアス皇帝家とその他の二家達とは異なり、総帥になって初めて謁見する彼だけは少し立ち位置が異なる。それ故に少し他人行儀の臭いが拭えない。

 しかしこの彼は珍しく先代と直接の血縁関係があるために「小」の称号を得ていた。そうは言えども二十八人目の子供で、親子の愛情的なものには疎かった。

 「それにしても……報告書を読む限り、そのドラゴンは人間に対して比較的友好な態度だそうで……。興味がありますな。」

 愉快そうに笑うと長い白髪が大きく揺れる。一見するとかなりの老齢に見えるが、実は陸戦部総帥ネライスとそう大差は無い年齢だ。

 闇に籠って日々、魔術の研鑽(けんさん)に勤める彼は色が白く、肌も荒れているために余計に老けて見えるのだろう。


 「確かに本当にそのドラゴンが人間に友好的なのであれば、朕もぜひ一度見てみたいものだ。」

 イルラティオがそう言って少しだけ笑う。

 「おいおい、止めてくれよ。もし何かあったら冗談じゃ済まないんだからよ。」

 ネライスは苦笑する。だがイルラティオらしいとも思った。

 これは「持つもの」の共通の悩みなのだが、どうにも暇を持て余すのだ。子供の頃から帝国の至宝として育てられ、見るもの与えられるもの全てが超一流品。安全に配慮された育成環境は平民から見れば過保護の極みである。

 危険や冒険とは無縁の世界に生きる彼らからすれば、危険な臭いのする事に対する興味は尽きない。戦が起きても危険とは無縁の後方に陣を構え、報告される数字と結果だけを聞いて采配する。そんな戦場に何の興奮があろうか。領土拡大の最盛期であった三代前の皇帝は前線に立つ事もあったそうだが、領土が安定期に入り国境での小競り合い程度の事態しか起きない今日日において、もはや戦争すらどこか他人行儀な存在に成り果てていた。

 彼が即位してからも魔物の討伐は数回あった。しかし皇帝はおろか、御三家の誰一人現場に向かう事無く事態は解決していた。上がってくる報告書には数字だけの数千人の被害や倒された魔物の絵だけであった。

 「まあ、僕も興味が無いわけではないよ。ドラゴンと言えば本当に伝説の魔物だ。歴史文献を読み解けば、確かに人間に味方して英知を授けたという記録がないわけじゃない。もし彼が人間の味方をしてくれるのなら、帝国にとって得になりそうだしね。」

 あくまでも損得勘定を冷静にして答えるバッツ。

 「しかし現に五百の駐屯兵が被害にあっているから、友好という報告にも疑問があるぞ。」

 実際のタタカナル村のやりとりを知らない彼らからすれば、現状認識などその程度であった。

 「しかも帝国騎士団(パラディン)が五人もやられている。これだけでも十分に脅威の魔物だろう。」

 それを聞いて小シャミルが(わら)う。

 「おおかた見くびったのじゃろう。報告書では小型のドラゴンらしいからな。しかも見れば五人とも下位騎士だ。隙があればいくら騎士と言えども負けようものさ。」

 そう言って別の資料に手を伸ばす。

 「それよりも余が気になるのは『魔女』の存在さ。魔女がドラゴンを手懐けて意のままに操っているのだとすれば、むしろその魔女を研究してみたいものさね。」

 「魔女か……。ガヴィーター帝国の者か?」

 ラクメヴィア帝国では一般的に魔女とは敵対するガヴィーター帝国の女を指す。

 「この報告書では分からんが、少なくとも母方がガヴィーター出身だと書かれている。やはり黒髪の盲目の女だそうだ。」

 その手に握られている報告書はイルシュ・バラージのものであった。もちろん上層部に手により清書されており、本人の直筆ではない。それによって細かい表現が割愛され、事実だけが誇大・歪曲されている。それが現場と上層部との歪みを生む原因になるのだが、イルシュ直筆の報告書はそれはそれで私的な感情や主観的表現が多すぎて報告書に適さないのも事実である。

 「盲目か……。やはりガヴィーターの血筋には何らかの秘密が隠されておるのかのう……。」

 一人ごちる小シャミル。


 その時、控えめに厚い扉を叩く音がした。バッツが入室を促すと静かに一人の男が入室した。彼はネライス陸戦部総帥の執事であった。

 「ネライス閣下。至急お耳に入れておきたいお話が。」

 その声色で事情を察したネライスは一応問う。

 「席を外した方が良いものか?」

 その執事は一瞬困惑したようだが、三名に深く頭を下げて答えた。

 「お時間は取らせませんので、とりあえずは外でご報告を……。」

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