ドラゴン入城の儀 その1
「なんか凄い事になってない?」
「うん、なんかこう……思ってたのと違うんだけど、ホントに大丈夫かな……。」
「……。」
帝都の南門の眼下に広がる壮大な光景を見て絶句する四人。
城門には礼装をした軍楽隊が立ち列び、儀仗隊が一糸乱れぬ敬礼を崩さず並ぶ光景は壮麗であった。
そして城門から垂れ下がる二枚の幕には二つの家紋が掘られていた。一つはイルラティオ家の家紋、そして一段下がった幕の家紋はバラージ家の家紋であった。だがもちろんキルトランス達がそんなものを知る筈もない。
この歓待様式は国賓とまでは言わないが、重要な来客をもてなす準公式である。つまりはキルトランス達は帝国から正式に入城を許可されたのであった。
本来ホートライドはキルトランスにフードを被せて人目につかないよう、上手いこと帝都に入れるようにイルシュ、そしてカタンに頼んだつもりであった。だが蓋を開けてみればこの有り様である。人目に付かないどころか、むしろ晒し者ではないか。
「まあ、とりあえず……あのど真ん中に偉そうに突っ立っているお姫様に聞いてみるしかないわね。」
レッタが睨み付ける門の中央、軍の中央に堂々と立つ礼装の淑女。要はただのイルシュなのだが。このようになった経緯を彼女の口から問いたださなければなるまい。
「キルトランス様、大丈夫ですか?何か怖い感じがします……。」
彼の腕の中に抱き抱えられたアリアには、眼下の光景は見えない。それでも高らかに鳴らされる楽器の荘厳さから演奏者の人数は想像がつくし、それ以上の沢山の人の存在にも薄々感づいていた。
「……問題ないとは思うが……。」
そう答えるキルトランスの口調にも多少の焦りと、若干の飽きれが含まれている。だがこうなってしまった以上、こちらも覚悟を決めなければならないとは思っていた。
腕の中のアリアの華奢な体はレッタ渾身の服を着て、それの上から魔力のマントを着せている。よっぽどの事が起きない限りは、アリアに傷一つ付けることは敵わないだろう。彼女に寄り添うレッタ。それを見守るホートライド。この二人も自分の力で守り抜く事は容易い。ただし、それは敵の安否を気にしない場合のみだ。
華やかな城門前から視線を城壁の上に移すと、立ち並ぶ兵の殆どが魔導兵だと気付く。服装こそ普通の兵士と変わらないが、それぞれが魔力を高めている事はキルトランスには感じられた。
それが攻撃のためなのか防衛のためなのかは分からない。だが歓待するように見せかけて強襲や捕縛などは古典的な手法ではあるが有効な戦法なので可能性は捨てきれない。人間達の思惑が分からない以上、用心に越したことは無いが、相手も魔力を使う人間であるため、キルトランスが魔力を高めればそれに感づく可能性がある。
出来るだけ敵意の無い事を示すためにも、肩の力は抜いておこうと思いつつも首輪を指でなぞった。首輪に蓄積されている魔力を解放すれば、高めずとも高度な魔術が使用可能だ。だがこれは緊急手段であり、最終手段である。なぜなら咄嗟に解放すれば力の制御が難しく、この帝都を破壊してしまいかねないからだ。
四者四様に考えながらもゆっくりと門の前に降り立つ。
そして陸戦部諜報課イルシュ・バラージ『中尉』の抜刀を合図に、盛大なるファンファーレが鳴り響いた。
儀仗隊の最敬礼の音にアリアがビクリと体を震わせて、キルトランスに絡めた腕に力が入る。その背中を優しく撫でるレッタ。
「アリア、五月蝿くてごめんね。でも大丈夫だよ。そんなに危なくないとは思うから。」
その言葉に必死で頷き返すアリアではあったが、音だけでこの状況を判断するにただ事ではないのは明らかなのだ。それを大丈夫と言われても怖いものは怖い。
イルシュ中尉が何やら神妙な面持ちでキルトランス達に向かって一歩を踏み出した。
遡ること数時間前。朝日が出てすぐの時間にまで遡る。
バラージ家の別々の客間で寝ていたレッタとホートライドは、イルシュと執事によって起こされた。先日の安宿で疲れが完全に抜けていなかった二人の眠りは深く、起こすのに少々手間はかかったが、それでもそこが見慣れぬ他人の屋敷だと気づいて意識が瞬時に覚醒する。
「キルトランスの登城の許可が出そうなんだ。悪いけどキルトランス達を連れてきてくれ。」
端的なイルシュの物言いであったが、それが本来の帝都来訪の目的であれば文句を言う事もない。ホートライドとレッタは執事が用意した軽食を噛ると早々に屋敷を後にした。
去り際に執事が手渡してくれた紙は何らかの特別な内容であったらしく、外へ出る手続きは無審査かつ最優先で済んだ。それをもって二人はあの眼鏡で馬鹿で軍人の少女(の家系が)が実は凄いのだと実感するのであった。ついでに荷物を屋敷に置いておけたので身軽となった二人の足取りは軽い。
ラヤ湖の畔を来た時と同じように一時間ほどかけてキルトランス達の居る場所に戻った二人。たった二晩の別れでしかなかったのにも関わらず運命の再開のように喜び抱擁などをするアリアとレッタ。そんな予想通りの光景を苦笑しつつも状況をキルトランスに説明するホートライド。
イルシュ曰くどうやら安全に入都出来るようになったら門の辺りで緑の狼煙を上げるから、そうなったら門の正面から四人で飛んで来てくれ、との事であった。
明確な合図が決められていれば気は楽なものである。四人は離ればなれになっていた二日間の出来事をお互いに報告しあいながら時が過ぎるのを待った。特に帝都に入った二人の帝都での見聞はアリアもキルトランスもとても興味深そうに聞いていた。だがアリアもキルトランスも昨夜の事をあえて言わなかった。キルトランスはそもそも言及する程の内容ではないと思っていたし、アリアもレッタが怒るであろう内容をわざわざ言う気にはなれなかったからだ。だがレッタとホートライドも一日目の宿で同じベッドに寝ていた事は伏せていたのでお互い様とも言えないこともない。もっともあの時の二人は記憶が無いに等しい状況で、結果的に同じベッドだっただけであり、単なる偶発的な状況なのだから、下手に報告して勘ぐられるのも迷惑だと思ったからだ。
太陽が高くなり始めた頃、キルトランスが城門付近の異変に気付いた。彼の視力には何やら走り回る大量の兵士らしき人間が見え、しばらくして城門に二枚の垂れ幕が掲げられた。
「これは何かの準備をしていると思って良いのか……?」
垂れ幕が掲げられるとようやく人間の視力にも何らかの変化が確認できるようになり、ホートライドとレッタもイルシュが言った通りに何らかの入城手続きが進んでいるのであろうと楽観的であった。
そして太陽が天頂に届く頃、ついに城壁の上から緑の狼煙が上がった。
荷造りを済ませた半分の荷物をホートライドとレッタが背負うと、村からここへ来た時の様にキルトランスの魔力によって湖畔から宙へと浮かび上がる。
そして遠くの眼下に広がる光景を見て絶句したのであった。




