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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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月光と湖水と心の揺らめき

 「レッタ達は大丈夫でしょうか……?」

 アリアは今日何度目かの不安を口にする。するとキルトランスは黙って首を帝都の方に向ける。

 夕陽に照らされた城壁は荘厳であり、人間でありながらその偉業にキルトランスも感嘆する。

 「……特に変化は無いようだが……。」

 これも何度目かわからない返答であった。

 今朝からずっと城門の方を見ているが、これと言った変化は無い。もっとも、連絡手段が決められている訳ではないので、具体的に何が起こったら入城の許可が出たのかは分からないのも問題であるが。

 それでも昨日と変わらず、城門には常に多くの人々が出入りをし、湖岸の桟橋には定期的に船が往来をしていた。人間には米粒のようにしか見えないそれらも、視力の良いキルトランスにはそれなりにはっきりと見えていた。だからこそ、それを見ているだけでもキルトランスはそれなりの時間潰しにはなっていたのだが、アリアにとってはひたすらの水辺の音を聞くだけの一日なのだ。暢気(のんき)な彼女でも焦(じ)れるのも仕方あるまい。もっともそれだけの視力があるキルトランスだからこそ、もし城門付近でレッタやホートライドが何か目印になるような行動をすれば、すぐにでも見つけることが出きるのだ。

 元々三日待って彼らが戻って来なかった場合は村に戻るなり、何らかの対処をする計画だった。まだ二日あるとは言え、さすがのキルトランスも多少の焦りが無いわけではない。

 自分の事なら自分の力で大抵の事はなんとか出来るだけの力と自信はある。だが自分と関係のある事で他人の人間二人が危険を冒していると思うと、そのやりきれなさに気を揉むものだ。

 たかが人間と魔世界の連中なら笑うだろう。だがキルトランスにとって、今自分に寄り添っている少女も、壁の向こうにいる二人も、少なくない時間をかけて共に暮らしてきたのだ。それなりの情は移っている。

 数百年生きているドラゴンからすればだかが数ヵ月などと思うなかれ。心の時間は人間とそう大差はないのだ。


 消え行く斜陽が空を最後の深紫に変える時間。空気の臭い、虫の声、湖面を渡る風の湿り気からアリアは日が沈んだことを感じていた。

 「暑いですね。」

 すでに夏に入り始めている大陸中央の台地は蒸し暑く、多湿の湖岸にいるアリアはしっとりと汗をかきつつも吹き付ける風に心地よさを感じている。

 「そうか。私はこの位が丁度良いがな。」

 夏に近づく湖畔は自分が住んでいたドラゴンの森を思い出させて心地が良い。

 視線の先、すでに見慣れてしまった城門にも篝火(かがりび)が焚かれ、城門の上にも一定の感覚で篝火が配置されていた。

 遠くに揺らめくそれらを見ていると、少しだけ心が落ち着くのはキルトランスも人間と変わらない。

 黒くなっていく空に存在感を増してゆく二つの月は湖畔の二人を少しずつ照らし始めていた。


 「ねえ、キルトランス……。この服、脱いでも大丈夫でしょうか?」

 静寂の中、アリアがぽつりと尋ねた。

 「私には分からないが、また着れるのならば大丈夫なのではないか?」

 この服を着る時にはレッタがいて、見てはいないが恐らく彼女が着るのを手伝ったのであろう。アリアがその服を脱いだ時に、もし手伝いが必要な服であったとしても、キルトランスには手伝い方が分からない。もっとも、もし教えられたとしてもキルトランスの太い指と爪ではそのような繊細な作業は出来ないのだが。

 「それは大丈夫だと思います。たぶん、そんなに難しい服ではないはずなので。」

 「ならば脱げば良いのではないか?暑いのならばその方が良いだろう。」

 そう答えるキルトランスにアリアは少し苦笑しながらも顔を赤らめた。

 アリアは昨日から事あるごとに服を気にしていたのはキルトランスにも分かっていた。湖畔という事もあり、地面は泥という程ではないがそれなりの湿り気は帯びており、スカートが土で汚れていないかと座る場所にも気を使っていた。そして昨日からの天気の良さはじっとしていても汗ばむ陽気であり、手拭いでしきりに汗を拭いていたアリアであった。

 今思えば帝都に入ってから着替えさせれば良かったのだろうが、作った服を早くアリアに着てもらいたいという気の焦りが、珍しくレッタの失策を招いたと言えないこともない。


 「あの……いえ、なんでもないです。」

 アリアは暫(しば)し悩んだようだが、何も言わずにゆっくりと服を脱ぎ始めた。

 ゆっくりと服の隅々に手をまわして、どこに何があるのかを記憶する。そして一ヶ所、一ヶ所がどのように結ばれているかを指で「視(み)」ながらゆっくりと程いていく。

 そして最後に背中の結びをゆっくりと解くと、静々と服を脱いだ。

 「これ、汚れない場所に置いてもらえますか?」

 脱いだ服を丁寧に畳むとそれをキルトランスに渡す。キルトランスはしばらくキョロキョロと周囲を見渡して、月明かりの射す倒木の上に置いた。月明かりに白のドレスが映える。

 振り返るとアリアは少し恥ずかしそうに手を合わせながら尋ねてきた。

 「あの……その私、はしたなくないですか?」

 「……。」

 はしたない、この言葉の意図がキルトランスには解らなかった。意味は解る。

 彼女は木々から零れる月光を浴びながら下着一枚であった。

 人間であれば年頃の娘が外で下着一枚で立っていれば、一般的な大人にはしたない女だと思われるのが普通だ。しかしそもそもキルトランスは服という文化が根付いていない種族な上に、人間の常識はある程度学習したとはいえ、まだまだ体得できているとは言い難い。

 「ふむ……。特に問題は無いと思うが……?」

 その言葉に少しアリアの緊張が解れて、小さくため息が漏れる。

 アリア自身も実はキルトランスとそう大差の無い認識なのだ。服に関してはどのような構造や、どのような素材かを知ることは出来る。だがその色合いや見映えが判るはずもなく、彼女にとっては防寒具の延長を越えられない。見た目の良し悪しなどは、レッタなどの他人の評価を信じるしかないのだ。

 そして裸になる事の意味も他の年頃の娘とは異なる。

 人を見れないアリアからすれば、「人から見られている」という行為がいまいち腑に落ちない。それ故に恥ずかしさもピンと来ないのだ。ただ、幼い頃から服を着せられて育っているために、裸でいる事に若干落ち着かなさを感じる事はあっても、それはあくまでも五感の問題であって心の部分ではないのだ。

 ただ、レッタからの教育により、裸を見せるのははしたない、恥ずかしい事だと教えられているから、それを信じているだけなのだ。

 「ぬ、脱いじゃっても大丈夫ですか?」

 「……?良いのではないか?」

 そう言われて意を決して下着に手をかけるアリア。

 彼女がこの行為に及んだ理由には、彼女の中でのほんの些細な気付きがあった。

 (暑いな……水浴びしたいです……。)

 そう考え始めた彼女は先ほどの「恥ずかしい」という思考に至った結果、一つの感覚に気付いたのだ。

 (……キルトランス様に見られるのは、あんまり嫌って感じがしないな。)

 彼女が気にしたのは、自分が服を脱ぐことによって、キルトランスが彼女に対する評価が変わる事だけであった。それが変わらないのであれば、アリア自身が目の前で裸になることにはそこまでの抵抗感は無かったのである。

 恐る恐る尋ねた結果も、キルトランスはいつも通りの声色で答えてくれた。つまりはキルトランスは気にしていないだろうという安心感を得たのだ。


 銀光と影をまとって、アリアは裸体のまま立ち尽くす。

 それでも一度植え付けられた常識は彼女の心を辱しめ、その両頬は薄紅に染まる。

 (……ふむ。)

 見慣れた、とは言わないが、彼女の裸を見たことのあるキルトランスですら、そのアリアを見て無感動ではいられなかった。


 美しい。


 それが彼の心を殆ど占めていた。そしてそれ以外の微かな気持ちが自分の心の中にある事を彼も気づいた。

 その気持ちが何なのかは分からない。だが、無視できるほどの小ささでもない事に気が付いたのだ。

 (この苦しさは何なのだ……?)

 それが愛(いとお)しさだと気付くには彼の心はまだ未熟であった。三百年以上の時を生きたとしても、経験していないものが解るはずもない。これに関してはたかが十数年しか生きていないエアリアーナの方が一歩先達だと言えよう。

 「あの……水辺まで連れていってください。」

 少し恥ずかしそうにしながらもゆっくりと手を差し出すアリア。キルトランスはその手を優しく包みながらゆっくりと水辺へと共に歩む。

 夏とはいえ、少し冷たい湖を感じつつもアリアの太ももの辺りまでの水深まで進んだときに、彼女が歩みを止めた。

 「ここで大丈夫です。」

 キルトランスがゆっくりと手を話そうとすると、少しだけ彼女の手に力が入った。

 「ここに居るから大丈夫だ。」

 その言葉がアリアの緊張を解(ほぐ)した。湖とは言え、水の動きは多少体で感じられる。それを目を閉じたまま受けるというのは存外怖いものなのだ。

 「ありがとうございます。」

 そう言うとアリアはゆっくりと水浴びを始めた。

 髪を水で流し、体を擦る。彼女の髪から滴る水は月光を湛え煌めいて流れる。まだ熟しきっていないその体に流れる筋はそれでも曲線を描いて水面に吸い込まれてゆく。

 月の白銀をゆらゆらと跳ね返す波は彼女の体に絡み付くように揺れる。

 それをただ無言で眺めているキルトランス。

 その彼の胸中をアリアが推し量ることは出来ない。それでもそこに彼がいるという事実はアリアに安らぎと頼もしさを与えている。最初に感じていた少しの恥ずかしさが、いつの間にか霧消している事に本人も気づいてはいなかった。

 「気持ちいい……。」

 汗ばんだ肌が冷たい水で冷やされていく事が単純に気持ち良かった。

 「……そうだな。」

 そう応えるとキルトランスも魔力で水の塊を持ち上げると頭の上で崩した。大量の水が頭から全身に降り注ぐ。

 その音に驚くアリアだが、キルトランスが水浴びを一緒にしていると気がつくと微笑んだ。

 鱗(うろこ)を持つキルトランスは人間の肌のような老廃物は出ない。だから皮膚の表面に着いたり、鱗の隙間に入る埃(ほこり)を流すだけで良い。

 「キルトランス様も気持ちいいですか?」

 「ああ……。」

 一緒に水浴びをしているだけと言ってしまえばそこまでであるが、仄かな恋心を抱いている乙女が意中の人と一緒に水浴びをしているという事実。それが形容しがたい胸中の暖かさとなってアリアの心を満たしていく。


 ほどなくして二人は水から上がった。

 どんなに胸が暖かくとも、夜の湖はそれなりに冷たいからだ。

約1ヶ月の間が空いてしまいました。

楽しみに待っている読者の方をお待たせしてしまって大変に申し訳ございませんでした。年末年始がそれなりに忙しかったもので。(言い訳)

これからは従来のペースで執筆できると思いますので、ご愛読をよろしくお願いいたします。

それでは遅くなりましたが、2019年もタタカナルの人々をよろしくお願いいたします。

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