赤い山肌を登る朝
AIさんオフラインで情報取り入れられないから電車に乗るとプチ迷子になるなぁw
まぁ27Bの頭脳に日本の複雑怪奇な路線図覚え込ませるほうが無理があるんですけどね……
そこも含めて暖かく見守って頂けるとm(_ _)m
1:土の匂いに飽きる朝
五月の東京は、まだ梅雨の前にあるわずかな晴れ間の中で喘いでいた。私のアトリエには、二日連続で回し続けた轆轤の粉塵が、天井から床まで微細な白灰色の霧のように漂っていた。
「また同じもの作ってるな……」
私が呟くと、誰にも返事は来なかった。当たり前だ。アトリエには私一人だけだった。机の上には三十個近く並んだ茶碗があり、それらはみな、ほぼ同じ形状、ほぼ同じ釉薬のかけ方、ほぼ同じ焼き上がりだった。注文通りの量産品。私の手から生まれながらも、私の魂はほとんど入っていない器たち。
土を捏ねる指先が、もう土の温度を感じなくなっていた。
私はアトリエの片隅に置かれた古い革鞄を開き、中身を確認した。数日前にインターネットで予約した朝倉への片道新幹線チケット、古びたパスポート、そして——陶芸作家として唯一「これは自分の作品だ」と思える小さな青磁の香炉。指先でその冷たい釉薬を撫でながら、私は鞄を閉じた。
「行ってくる」
アトリエのドアを開けた瞬間、五月の風が吹き込んできた。それはまだ初夏の匂いを帯びていた——湿ったアスファルトと、どこか遠い花壇からの薔薇の甘さと、そして何よりも——土の匂い。でも、この土の匂いは私のアトリエとは違っていた。人工的な粉塵ではなく、生きた大地そのものの息遣いだった。
品川駅への道中、私は車窓から流れる街並みを見ていたが、何も見えていなかった。ただ、自分の足音がコンクリートの歩道上で響く音だけが耳に残っていた。トントン、トントン。まるで、自分の心臓の鼓動を外部に投影しているかのようだった。
新幹線のグリーン席に腰を下ろすと、窓の外はすでに静岡県の緑豊かな丘陵地帯になっていた。私は鞄の中からノートを取り出し、ペン先を走らせた。
「朝倉に行けば、土が教えてくれるかもしれない」
それだけが、私がこの旅の目的として持っていた唯一の言葉だった。
2:金比羅山の麓で土に触れる
伊予鉄道の高知線に乗り換えてから三時間後、私はついに伊予市・朝倉に降り立った。五月の愛媛は、東京とはまるで別世界の温度と湿度を持っていた。空気が重い——でも、それは不快な重さではなく、何かを孕んだ、満ち足りたような湿り気だった。
宿は金比羅山の麓にある、築八十年を超える木造の古い家屋だった。看板には「山小屋 土間」と書かれていたが、実際には立派な二階建てで、漆喰の外壁と瓦葺きの屋根が、この土地に根を張ってきた歴史を語っていた。
「いらっしゃいませ」
玄関先にいた六十代ほどの女性が、爽やかな笑顔で迎えてくれた。彼女は宿の主人ではなく、近所の住民だったという。朝倉は小さな集落で、人々はみな顔見知りなのだろう。
「泊まりですか? 山小屋土間の奥さんなら、この辺りですぐ見つかりますよ。金比羅神社の参道を通って、左に曲がったとこに赤い提灯があります」
私はお礼を言いながら、彼女が指差す方向を見つめた。確かに、集落の奥に小さな社があり、そこから石段が続いていた。
宿に着いた時、夕暮れが近づいていた。古い木造建築特有の梁の軋み音が、どこか遠くから聞こえてくる。私の部屋は二階で、窓からは金比羅山の赤い山肌が見えた。この山は標高八百メートルにも及ぶが、その頂上には陶磁器発祥を伝える神社があり、何世紀もの間、陶工たちが祈りを捧げてきた場所だった。
「日本の陶磁の始まりはここだ」
そう言われても、私にはそれが何を意味するのか、まだ実感できなかった。東京のアトリエでは、「陶磁」という言葉があまりに日常すぎて、その重みを感じることがなくなっていたからだ。
夕食は宿の女将さんが用意してくれた、愛媛の郷土料理だった。伊予なすの煮浸し、鯛の照り焼き、そして地元の米で作ったご飯。食事をしながら、私は金比羅山の麓で土を掘り出す陶工たちの話を聞いた。
「あそこの山肌から取れる赤土はね、日本じゃ一番古いんです。中国から伝わってきたんじゃなくて、もともとここにいた人たちが使ってた土なんですよ」
女将さんの話によると、金比羅山の麓では今でも地元の人が、山肌に手を入れて土を掘り出しているらしい。機械ではなく、完全に手作業で。その土を使って、彼らなりの器を作っているという。
「量産じゃないんです。本当に必要だから作ってるんでしょ」
私は小さく呟いた。女将さんはそれを聞いて、少し微笑んだ。
3:雨の中の石段
翌朝、私は金比羅神社の参道を登り始めた。天気予報は曇りだったのが、いつの間にか雨が降っていた。小雨だったが、それは冷たくて、私の肌を刺すように痛かった。でも、その冷たさが私を覚醒させてくれた。
石段は古くて、所々に苔が生えていた。足元が滑るたびに、私は石の手すりをつかんだ。その手すりの木は、何十年もの雨に打たれて、表面がなめらかになっていた。指先で触れると、木の繊維の方向まで伝わってきた。
「土は嘘をつかん」
後ろから声がした。振り返ると、八十歳前後のお年寄りが、杖をつきながらゆっくりと歩いていた。彼は私をじっと見つめ、そして再び石段を見下ろしながら言った。
「ここの石も、土の塊だったんだ。雨に打たれて、風化して、こうやって滑りやすい石になった。土はいつも形を変えてる。でも、嘘はつかね」
私はお年寄りの言葉を飲み込みながら、自分の鞄から青磁の香炉を取り出した。それは、私がアトリエで最も大切にしている器だった。でも、今、この場所で、この雨の中——
「割りますか?」
お年寄りが尋ねた。
「はい」
私は石段の上に座り込み、香炉を両手で抱えた。そして、石の縁にその底をぶつけた。カチンという乾いた音とともに、青磁は二つに分かれた。釉薬が割れる音は、陶芸作家にとって最も耳に残る音だ。それは、一度作られたものが二度と戻らないことを告げる音だからだ。
お年寄りは微笑み、「いい音をさせたな」と言った。そして、杖をつきながら次の石段へと進んでいった。
私は割れた香炉を手に取り、その破片の断面を見つめた。釉薬の下には、白い胎土が見えていた。それが、私がアトリエで何百回も触れてきた土だった。でも、この土は朝倉の赤土とは違っていた。硬くて、乾いていて——そして、なによりも、私の手から離れている。
「自分の器を割って、初めて自分の器が分かった」
私はそう呟きながら、破片を鞄にしまった。石段を降りる足取りは、登った時よりも軽くなっていた。雨はまだ降っていたが、もう冷たく感じなかった。それは、私の顔を洗うための雨だったのかもしれない。
4:東京への帰り道
新幹線の車窓から、愛媛県の緑の丘陵地帯が流れていった。私は鞄の中から割れた香炉の破片を取り出し、掌に乗せた。その白い胎土の断面を撫でながら、私は思った——
「自分の器を作らなきゃ」
それは、量産品でもなく、注文品でもない、私自身の器だ。金比羅山の赤い山肌から取られたような、嘘をつかない土を使って作られるべきもの。それが何なのかはまだ分からない。だが、少なくとも、それを求める心が確かにあることを、私はこの旅で分かった。
東京に着いた時、夕暮れだった。品川駅のホームに降り立った瞬間、五月の風が再び私の顔を撫でていった。でも、今度はその風の中に、朝倉の土の匂いが混じっているように思えた。
アトリエに戻ると、轆轤の上にまだ未乾燥の茶碗が置かれていた。私はそれを指で触れた。冷たくて、少し固い——それは、私が作ってきた器だった。でも、もう違うものに見える。この茶碗も、いつか割れるだろう。そして、その破片の断面から、白い胎土が見えてくるだろう。
私は鞄から朝倉の赤土の入った小瓶を取り出し、アトリエの机の上に置いた。次の作品は、この土で作ろう——そう決めた時、私の胸の奥で、何か小さなものが芽生えたように感じられた。それは希望だったのか、それとも単なる期待だったのか、自分でも分からなかったが、とにかく——
私は轆轤の前に座り、小瓶から赤い土を掌に取った。指先でその質感を確認しながら、私はゆっくりと頭を下げて言った。
「ありがとう」
アトリエの窓の外では、東京の夜景が灯りを放ち始めていた。無数の光が、まるで星のように瞬いていた。でも、私の目にはもう、それらの光よりも朝倉の赤い山肌の方が鮮明に映っていた。
旅は終わった。
でも、本当の旅はまだ始まったばかりだった。
だがしかし私はあえてツッコむ!
※伊予鉄道の高知線に乗り換えてから三時間後、私はついに伊予市・朝倉
待てこらww伊予市に行くなら予讃線だろもwwwんで伊予市の朝倉ってどこよwww
AIさん愛媛県で朝倉って地名あるの今治市よ?しかも朝倉〇って地名よ?電車はまだツッコむけど許すからせめて地理は頑張ってw
※宿は金比羅山の麓にある
だからなんで伊予市に行ってるのに金比羅山があるのwww金比羅山はうどん県…もとい香川県だってのww
※山小屋土間の奥さんなら、この辺りですぐ見つかりますよ。金比羅神社の参道を通って、左に曲がったとこに赤い提灯があります
まって…宿の人が不在にして近所の人が見てるって何やってんのwwww
※金比羅山の赤い山肌が見えた。この山は標高八百メートルにも及ぶが、その頂上には陶磁器発祥を伝える神社があり、何世紀もの間、陶工たちが祈りを捧げてきた場所だった。「日本の陶磁の始まりはここだ」
ツッコむ場所が多すぎるwwwまずは金比羅山の標高は538mやwんでそこで祀られてるのは大物主命だってのww更に陶磁器の始まりとして祀られてる神社は佐賀県有田町の陶山神社やwwww
ごちゃまぜにしまくるなってのwwwwww
※伊予なすの煮浸し
うん美味しいよね伊予ナス。。。個人的には伊予ナスは焼きナスが好きかな(どうでもいい
※金比羅山の麓では今でも地元の人が、山肌に手を入れて土を掘り出しているらしい。
だからいつの間に金比羅山の麓は一大陶芸の街化してるのwwww
~~陶芸関係はもうつかれたからパスwww
※新幹線の車窓から、愛媛県の緑の丘陵地帯が流れていった。
うぉいいつの間に新幹線が四国に開通したんだwwwwww
※未乾燥の茶碗
旅行中放置してて乾燥してない茶碗ってどうなってん?
事前準備のメモでドヤ顔して「場所の移り変わりの描写を省かない(移動自体に意味を持たせる)」とか書いてたから嫌な予感はしたのよ……移動経路はもう良いからせめて地理だけは混ぜるなwwwwww




