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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
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9/25

花嫁の恋愛相談

 果樹園で作業を続ける竜人たちと別れ、ツムギはヤギと島を散歩をすることにした。

 浮き足立って、そのまま寝室に戻る気にはなれなかったのだ。

 るらるらと歌いながら、ふわふわヤギの角を握ってその背に揺られる。 

 なんだか物語の主人公にでもなった気分だ。

 咲いている花たちに、飛んでいる虫たちに、


「やぁこんにちは、あたしは恋をしてるんです!」


 と触れ回りたくて仕方なかった。


 二時間ほど散歩しただろうか。

 日が傾きかけて体もほどよく疲れ、ようやく浮かれた頭も冷えてきた。


「ん?」


 宮殿に戻り寝室に入った途端、違和感に気づく。

 部屋の出入口に、ベッドの脇、クローゼットなど。

 いたるところに木製の手すりが付けられていた。


 ベッド横のそれを指先で撫でていると、黒髪の竜人が顔を覗かせた。


「ツムギ、おかえり!」

「あ、ただいまぁ!」


 ギルター!

 二時間ぶりの愛しい人に、ツムギは顔を輝かせる。

 ギルターも、ツムギが握っている手すりを見て微笑んだ。


「余計なことじゃなきゃいいんだけど。少しでも、立ったり座ったりが楽になるといいなと思って……」

「ギルターが作ってくれたの?」


 胸の奥が、きゅっとなった。

 好きな人が自分のことを考えてくれている。

 嬉しい……。

 けれど少し申し訳なくもあるような、ちょっと複雑な気持ち。


「……ありがとうねぇ」

「俺は料理できない分、こういうとこでポイント稼がないとな」


 ギルターは冗談めかして言って、子どもみたいにニカっと笑う。


「そうそう、ハーネスも作ってみたぜ」


 ギルターはヤギに装身具を着せ付けた。

 座った時のふかふか感触はそのままに、姿勢を安定させるものらしい。


「長いお散歩の時はつけたほうが楽だぞ。ミルゥから落っこちたら大変だしな」

「うーん……嫌じゃないかな?」

「プスー」


 ヤギはむしろ胸を張って、「どうだ」と言わんばかりにドヤ顔をしている。   

 ツムギは、ほっとして手を叩いた。


「カッコいいよ、ミルゥ。……ありがとう、ギルター」

「他にも欲しいものがあれば、何でも言ってくれよな!」

「あ、うん……」


 手を振りながら部屋を出ていく背中を見送る。


(もう行っちゃうのかぁ……)


 好き。

 大好き。

 もっと一緒にいたい。

 ……でも。


(さっきは浮かれてたけれど……あんなに綺麗でカッコよくて可愛くて優しい竜人さまとあたしじゃ、どうやっても釣り合わないよねぇ……)


 ふわふわヤギを撫でながら、ぽつりとつぶやく。


「そもそも、会ってまだ数日なのにおかしいかなぁ。あたし、こういうの初めてでさぁ……」


 ヤギは「よくわからない」と言うみたいに小首を傾げた。

 ツムギはへらりと眉を下げる。


「可愛いねぇ。そうだよねぇ、わかんないよねぇ」


 首元をワシャワシャと撫でながら呟く。


「……となると、相談できそうな相手は──」


     ✳︎✳︎✳︎


 そろりと食堂を覗くと、銀髪の竜人は黙々とテーブルを拭いていた。


「兄ならいませんよ」

「あ、うん……」


 ツムギがいつも座る椅子の横にも手すりが付けられていて、目の奥がじんと熱くなった。


(あたし、泣き虫になっちゃったのかなぁ……)


 手すりを掴み、ヤギから椅子へと腰を下ろす。

 ゼータが素知らぬ顔をしながらも、目の端でそれを見ているのがわかった。

 ほんの少しだけ表情が柔らいでいる。

 そういう優しい顔をすると、本当にギルターそっくりだ。


(……ああ、ギルター!)


 すぐさま浮かれ出した頭を振って、ツムギは大きく息を吸う。

 ──さてと。


「相談があるんだけどぉ……」

「そういうことは兄に言ってください」


 即答だった。

 たじろぎそうになるが、何とか負けじと身を乗り出す。

 何せ、頼れるのはこの人しかいないのだ。


「ギルターには言えない話なの……! じ、人生の一大事で……」

「……何です?」


 銀髪の竜人が片眉を上げて正面に腰かける。

 聞いてもらえるらしい。

 ほっとして、ツムギは声をひそめた。


「あのね、びっくりしないでね」

「余計な前置きはいいので、さっさとお願いします」


 相変わらず口調はキツい。

 顔立ちが整いすぎているだけに、無表情の圧力もキツい。

 それでも息を吸って、思い切って告げる。


「……あ、あたしね、ギルターのこと、す、好きみたいなの!」

「は?」


 銀髪の竜人は、珍しく口を開けたまま固まる。

 ややあって眉をひそめた。


「……知ってますが」

「知ってたのぉ⁉︎」


 ツムギは叫んだ。


「私と浜で顔を合わせた時には、既に好きだったでしょうが。……知らなかったのはお前だけですよ」

「やだぁ!」


 両手で顔を覆う。

 辺りを見回すと、足元で丸くなるヤギと目が合った。


「プスー」


 鼻で息を吐かれた。

 ……ミルゥも知っていたらしい。

 

(さっきの「よくわからない」小首傾げは何だったんだぁ!)


 可愛かったけれども。

 なんだか顔がどんどん熱くなってきた。

 精一杯、なんてことないふうを装って聞いてみる。


「じ、じゃあさ……ギルターって好きな人とか、いるかなぁ?」


 ちょっと声がひっくり返ってしまった。

 ゼータはまたも呆れ顔だ。


「兄はどこからどう見ても、お前のことが好きです。一応言っておきますが、それもお前以外は全員知っています」

「…………ほぇっ」


 あんぐりと口を開ける。


(ギルターが……あたしのことを?)


 自分はイオリみたいにお淑やかでも、美人でもない。

 おばぁみたいに強くも、カッコよくも、速くもないし……。


 他の人に言われたのだったら、絶対信じられなかっただろう。

 ……けれど。

 ちらりと、未だ呆れ顔の銀髪の竜人さまを見やる。


(この人は、あたしに気を遣って嘘を吐いたりしない)


 まだ数日の付き合いだけどわかる。

 ツムギはしばらく口を開けたままぼんやりしていたが、ふいに実感がこみ上げてきた。


「ほわぁぁあ!」

「うわ、何ですか急に」


 ゼータがのけぞる。


「あたし、ギルターと両想いってこと? ど、どうしよう……!」

「……両想い以前にもう夫婦でしょうが」


 ゼータは心底うんざりした目を向けてきた。


「え、あ、そ、そうだけどさ」

「深刻そうな顔をして、ただの惚気じゃないですか。くだらないラブコメディに巻き込まないでください。私は料理の準備で忙しいので」


 穴があったら入りたかった。

 ツムギは椅子の上で小さくなる。


「ご、ごめん。あの、いつもほんとにありがとう……」

「別に。私が好きでやっていることですから。お前のためじゃありません」


 にべもなく言われて、ツムギは、ぱっと笑った。


「そっか、あたしのためじゃないのかぁ!」

「……なぜそこで喜ぶんですか」


 銀髪の竜人は「もう完全に理解不能だ」というように頭を振って立ち上がる。

 ツムギはまだ熱の残る頬をそっと押さえた。


(ギルターと両想い……。いいのかな、そんなこと……)


 嬉しい。

 本当だろうか。

 ……ギルターに会いたい。

 さっき会ったばかりなのに、もう会いたい。

 ゼータがちらりとこちらを見る。


「……そろそろ夕飯です。暇なら兄を呼んできてください。カレーだと言えばすっ飛んで来ます」

「えっ、可愛い! ギルター、カレーが好きなんだ⁉︎」

「特に、ひき肉と海蜜カボチャをたっぷり使って、仕上げに三日月果を少し溶かし入れたのがお気に入りで……」


 少しドヤ顔で語るゼータに笑って、ツムギはヤギの背にまたがる。


「よーし、呼んでくる。行こうミルゥ!」

「くぅーん!」


     ✳︎✳︎✳︎


(ギルター、どこかなぁ)


 部屋をノックしても返事がないので宮殿の外へ出る。

 裏手の庭で薪を積み上げている姿を見つけた。

 肩までシャツをまくっていて、たくましい腕がよく見える。


「ギルター!」


 ヤギの上から手を振ると、キザな竜人はすぐに顔を上げて目を細めた。


「会いたかったぜ、お姫さま。どうした?」

「ご飯だよぉ。カレーだって!」

「おっ、やったぜ!」


 ニカっと笑うその顔に、ツムギはくらりと目眩を覚える。

 まぶしい……。

 絶対、世界一カッコいい。

 どんな生き物よりも綺麗で素敵な──


(あたしの旦那さん……!)


「ほわぁ……」

「どうした、顔赤いぞ。熱あるか?」


 ギルターのおでこがツムギの額にこつんと触れた。


「ほわぁ──!」

「おわっ」


 至近距離でツムギの叫びを受けて、ギルターがのけぞる。


「ご、ごめんな、びっくりさせちゃったか?」

「う、ううん、あたしが悪いの! 『叫ぶな』ってよく怒られるんだよねぇ。その、今度から気をつけるね……!」


 ごにょごにょとした弁明に、ギルターは微笑んだ。


「ツムギは感情表現が豊かなんだな。──俺は、君の可愛い叫び声も大好きだ」

「えぇ……?」


 ……この竜人さまはツムギに甘すぎる。

 嬉しくて、くすぐったくて、どうしていいかわからない。

 ──けれど。


(こういうのが、“幸せ”なのかなぁ……)


 海を見たり生き物に触れたりするのとは、また違う幸せ。


「うまっ。ゼータさまのカレー、最高!」


 ギルターが山盛りのカレーを頬張って、子どものように笑う。

 それを見て、ゼータもほんの少し笑っている気がした。

 口にご飯粒をつけたヤギが、おかわりをねだって服を引っ張っている。

 ツムギはふんわりと微笑んだ。


(幸せだなぁ……)


     ✳︎✳︎✳︎


 島に来てから一週間ほどが経った。

 その日、ツムギは夜中にふと目を覚ました。

 まだ眠ってからそんなに時間が経っていない。

 寝返りを打って再び目を閉じようとした時、ヤギの寝息に混じって歌声のようなものが聞こえるのに気づいた。


「なんだろう、ミルゥ」


 ランタンを持ってヤギの体を揺さぶる。

 歌はテラス──海のほうから聞こえている。

 ヤギは鼻提灯を作りながらも、ツムギを乗せて歩いてくれた。


 テラスに出ると、浜辺に人影があるのがわかった。

 よく見えないが、背格好からしてギルターのようだ。

 海がぼんやり光を放っている。


(ギルターが歌ってるの……?)


 ツムギは息をひそめて耳を澄ませる。

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