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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
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10/20

竜人の使命

 低くて優しくて、澄んだ歌声だった。

 言葉はなく、旋律だけが夜の海に溶けていく。

 悲しいような嬉しいような、不思議な気持ちになる歌だった。

 歌声の主は背を向けているが、その手元が淡く光っている気がした。


(なんだろう……)


 ツムギは息を呑み、その後ろ姿を見つめながら耳を澄ます。

 やがて、すう、と歌が途切れ、竜人が振り返った。


「……ツムギ?」

「あ、」

「どうした。何かあったか?」


 ギルターはすぐさま駆け寄ってきた。

 ツムギはなんとなく気まずくて、いつの間にか浮かんでいた涙を拭い、言葉を探す。


「ちょっと起きちゃって。……あの、お歌すごく上手だね。眠れなくて歌ってたの?」


 ギルターは優しくツムギの髪を撫でて微笑む。


「……竜人は元々、あんまり眠らないんだ。疲れたら、うとうとすることもあるけどな」

「……そうなの?」


 ぱちぱちと目を瞬かせる。

 ギルターは小さく頷いた。


「実はな……竜人には使命があるんだ」

「使命……?」


 ギルターは、ほのかに光る海を見やる。


「このニライカナイの海には、死んだ人間の魂が流れ着く」

「え……。魂?」

「光ってるとこがあるだろ?」


 ツムギは頷く。

 近づくと、海全体が光っているのではなく、ところどころに光が浮かんでいるのがわかる。

 ギルターは、その一つをそっと掬い上げた。

 手の中でゆらりと揺れる光が、目の前に差し出される。

 ツムギは息を呑んだ。


「……クラゲさん?」


 光は小さなクラゲの形をしていた。


「これが人間の魂だ」

「え……っ」


 思わずヤギの上で身を引く。

 ギルターはすぐに言葉を重ねた。


「大丈夫だ。何も害はない。こいつらはただ……ここにいるだけなんだ」


 ギルターは手の中のクラゲを、慈しむように見つめている。


「生きてるとさ、悲しいこととか辛いこととか……どうしようもないことが、たくさんあるだろ?」

「……うん」

「そうやって傷ついた魂を、俺たちの歌で慰める。安心して天に還れるように。それが竜人の使命」

「すごい……」


 ツムギがのんきに眠っている間、彼はずっと人間のために歌っていたのか。


「……ゼータも歌ってるの?」

「他の浜にも流れ着くからな、どっかで歌ってる」


 あのクールな竜人が歌っている姿は、少し想像しづらかった。


「聞いてみたいなぁ」

「あいつ、照れ屋だからな。聞かせてくれるかな」

「あはは……照れ屋って」


 ツムギはギルターの手の中で頼りなく揺れる光を見つめ、そっと顔を上げた。


「……あたしも、何か手伝える?」

「ツムギは優しいな」


 ギルターは目を細めた。


「歌に合わせて笛を吹く花嫁もいたけどさ。君は昼間、俺のそばで笑っててくれたらそれで充分すぎるぜ」

「……そっかぁ。もう少し聴いててもいい?」

「いくらでもどうぞ、お姫さま」


 やはり自分は、役に立てないらしい。

 歯痒かった。


 ギルターが再び歌い出し、光るクラゲが震える。

 やがてほどけるように形を失い、光の粒となって夜空へ吸い込まれていった。

 二人はその軌跡を見上げる。


「……綺麗だねぇ」

「そうだろ」

「こうやって優しい歌で消えていけるなら、死ぬのも怖くないねぇ」


 思わずつぶやいた言葉に、ギルターの表情が揺れる。

 泣き出しそうな、困ったような顔。


「……ツムギの魂を前にしたら、俺は歌える自信はないな」

「えー、なんでぇ。歌ってよぉ」


 ツムギはわざと明るく笑う。

 竜人はゆっくりと首を横に振った。


「……それは次世代のチビたちに任せる。ツムギは俺より長く生きてくれ」

「そっかぁ、次世代……」


 そのために、ツムギは竜人の子を産まなければならないのだ。

 この大切な使命を途切れさせないために。

 自分にもやれることがあるのだ。

 ツムギは頷いて、あくびをするヤギを撫でた。


「大切なお仕事を邪魔してごめんねぇ。そろそろ寝ます」

「うん。ツムギはよく寝て明日も元気に起きてくるのがお仕事だ。──お部屋までお送りします、お姫さま」


 ギルターがおどけて一礼してみせる。


「自分で戻れるよぉ。お仕事、続けてて」

「ちょっとだけサボる口実をくれよ」


 ギルターは海水を拭うとヤギの上のツムギの手を取り、そっとエスコートしてくれた。

 部屋に入るとベッドへ降ろされ、毛布をかけられる。

 ヤギはそそくさと上に乗って丸くなった。


「ありがとうねぇ」

「……ツムギ」

「うん?」


 珍しく真剣なギルターの声に首を傾げる。


「──君がいるから、俺は頑張れる」

「……えっ?」

「ありがとうな。ツムギ」


 何と返していいかわからず言葉を探していると、ギルターの顔がゆっくりと近づいてきた。

 額に温かい感触。

 優しい歌をつむいでいた唇が、そっと触れた。


「……おやすみ。俺の大切なお姫さま」


 固まったツムギを残して、ギルターははにかみながらテラスへ消えていった。

 しばらくすると、また歌が響き始める。


 ──なぜだかわからない。

 けれど、ツムギの目から涙が一粒こぼれた。


「くぅん?」


 ヤギが首をもたげて顔を覗き込んでくる。

 涙は理由もわからないまま、次から次へと溢れてくる。

 ツムギは綿毛に顔をうずめた。

 そのまま、あの優しい歌を邪魔しないように声を押し殺して泣く。

 しばらくのあいだ、涙は止まらなかった。


     ✳︎✳︎✳︎


 夜が明けた。

 朝食を終えると、ギルターは「今日も美味い飯の材料を獲るぞ!」と手を振り上げて出ていく。


(一晩中、使命をした後なのに……)


 ツムギは、手際よく食器を片付ける銀髪の竜人を見つめる。

 彼も毎晩歌っているのだ。

 疲れているはずなのに、その動きには一切淀みがない。


「言いたいことがあるなら言いなさい」


 視線に気づいたゼータが短く告げる。

 ツムギは迷って、結局口を開いた。


「あの……使命のこと、聞いたの」

「そうですか。それが?」

「ほんとにすごいと思う。人間のためにありがとう」


 椅子に座ったまま、ぺこりと頭を下げた。

 ゼータはちらりとこちらを見て言う。


「別に、人間のためにやっているわけではありませんよ。あのお人好しはそうかもしれませんが」

「……そうなの?」


 首を傾げる。

 ゼータは感情のない声で続けた。


「あれは使命というより、呪いですから」

「呪い……?」

「終わりのない牢獄です。罪を償うかのように、他者の魂を慰め続ける。──永遠に」

「……永遠に?」


 瞬いて言葉を繰り返すと、ゼータはわずかに首を傾げた。


「兄に聞きませんでしたか。──竜人は、不老不死です」

「……え?」

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