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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
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7/20

花嫁の新生活

 こうして、竜の島での新しい日々が始まった。

 翌朝ツムギは、誰かが起こしに来る前に自然と目が覚めた。

 天井のガラス窓から柔らかな光が差し込んでいる。

 ツムギは大きく伸びをして、ベッドの上の綿菓子に元気よく声をかけた。


「おはよう、ミルゥ!」

「くぅーん……」


 まだ眠そうな綿毛をぽふぽふ叩く。

 一日の始まりが待ち切れないなんて、いつぶりだろう。


 クローゼットを開けると、昨日はスカートだったものもいつの間にか全てズボンに変えられていた。

 ヤギにまたがるツムギに合わせて、ギルターが神気で作り直してくれたのだろう。

 適当に引っ張り出したものに着替えて、寝ぼけヤギのナイトキャップを外してやり、洗面所へ向かう。

 桶に溜められた水で顔を洗い、口をゆすいだ。


(こういう鏡とかも、神気で作ってるのかなぁ……)


 調度品には詳しくないが、ツムギが暮らしていた村のものより精巧な造りに見える。

 縦横無尽に跳ねる寝ぐせを直していると、後ろからひょっこりと端正な顔が現れて、ツムギは椅子から飛び上がった。


「ほわっ、ギルター」

「ごめんごめん。部屋にいなかったから心配になってな。──寝れたか?」

「うん!」

「なら、よかった」


 ギルターが微笑む。

 その優しい笑みに、ツムギも自然と笑顔を返した。


「はい、今日のお花」

「あ、ありがとう……」


 髪に新しい花が飾られる。


「……今日も可愛いぜ、俺のお姫さま」


 鏡に、顔を赤くした自分と、それを優しく見つめるハンサムな王子様が映った。


「おっと、大事なこと忘れてたぜ」

「……ん?」

「『おはよう』。ツムギ」

「……おはよう、ギルター!」


     ✳︎✳︎✳︎


 その日の午前中、ツムギはヤギと一緒に宮殿や庭を探検して歩いた。


(イオリとも小さい頃、探検ごっこしたなぁ)


 ツムギは幼い頃を思い出す。

 その頃、動物に変身して戦うヒーロー番組が流行っていて、ツムギもそれに夢中だった。

 それに影響されて、まだ普通に歩けたのに、妹と一緒に四つん這いで家や庭を探検して回っていたのだ。


(あたしたちのゴールは、いつも海だったよねぇ……)


 そんなことを思い出していると、カガリが飛んできて低いところでくるくる回り始めた。

 昨日、ゼータが決めた「ご飯だよ、全員集合!」の合図だ。

 ツムギとヤギは目を輝かせて食堂に向かう。


 再び豪勢な昼食を堪能しながら、


「このでっかい魚は俺が獲ったんだ!」


 とギルターが自慢するのを聞いて、ハムスターのようにご飯を詰め込んで頰を膨らませていたツムギは、はたと恥ずかしくなった。


(あたしだけ、食べて遊んでばっかじゃん……!)


 竜人さまに食糧の調達と調理をさせて、自分は何も労働をしていなかった。

 これまでの引きこもり生活のせいで、労働や家事をする習慣がすっかり無くなっていたのだ。

 ミルゥも一緒に行動していたが、彼はツムギを乗せて歩くという立派な仕事をしている。

 迷惑を、わがままを受け入れてもらえた──からこそ、自分も花嫁としての仕事をきちんとこなさねばならない。

 食堂から寝室へ戻りながら、ツムギはぐっと拳を握り気合いを入れた。

 隣を歩く黒髪の竜人を見上げる。


「あのさぁ、満月まであたしは何したらいいの? 儀式の練習とかお手伝いとか、お仕事とか」

「そりゃ、ツムギの好きなことをしてたらいいさ」


 ギルターはツムギの視線を受けてにっこり笑う。


「……そんなんでいいの?」


 思わず力が抜けて、握った拳がほどけた。


「お姫さまは笑顔でいるのがお仕事だからな。──向こうではいつも何してたんだ?」

「んっとぉ、図鑑を見たり……」

「ズカンか。本だよな。……無いな」


 ギルターは腕を組んで「うーん」と考え込む。

 ツムギは慌てて胸の前で両手を振った。


「その、外に出られないから見てただけでぇ……」

「ごめんな。他の本でよければ持ってくるぜ」

「あ、本自体はあるの?」


 竜人さまも本を読むのか。

 言葉は通じるけれど、文字も同じなのだろうか。


「ちょっと待っててな」


 ギルターはわざわざツムギを部屋まで送り届けてからまた出ていく。

 しばらくして、本の山を抱えて戻ってきた。


「昔の花嫁が持ってきたり、カガリが盗……拾ってきたりしたやつ。ここのはもう全部読んじゃったからあげるよ」

「人間の本じゃん。結構あるねぇ」


 ツムギはがさごそと本を漁る。

 ギルターが示した中には少女漫画もあったので、ツムギは目を見開いた。


「ギルター、これも読んだのぉ?」

「なんかダメだったか?」


 首を傾げる竜人さまに向かって唇を尖らせる。


「女の子が読むやつだよぉ、これ」

「えっ、男は読んじゃダメだったか。ごめん、人間のルールを知らなくて……」

「ダメってことはないけどぉ……」


 つぶやきながら、ページをぱらぱらとめくる。

 漫画の中では、背景に花を背負った男が、女の子に甘い言葉を囁いている。


 ──お姫さま。

 ──かわいこちゃん。


 ことあるごとに髪を撫でたりウインクしたり、キザ極まりない。


(あ、あー……これは……)


 ツムギはそっとギルターを見上げた。

 竜人さまは照れたように頭をかいている。


「人間の恋のこと、頑張って勉強したんだぜ」


 ギルターのキザの出どころが分かった気がした。


     ✳︎✳︎✳︎


「やべっ、ゼータにお使いを頼まれてたんだった」


 「また後でな、お姫さま」と、ギルターは片手を上げて出ていく。

 急に部屋が静かになって、ツムギは本を手に取った。

 ジャンルは様々で、子ども向けの絵本もあった。

 竜人との子のために、いつかの花嫁が持ち込んだのかもしれない。


(……あたしも、何か持ってくればよかったねぇ)


 それこそ図鑑とか。

 赤ちゃんと一緒に眺めたら楽しいし、人間の世界の勉強にもなったはずだ。

 ぼーっと流されるまま来て、そこまで考えられなかった自分が少し恥ずかしくなる。


(あ、でも、子どもが生まれたら村に帰されるんだっけ……)


 それなら別に関係ないか。

 ツムギは一人頷き、ふかふかのベッドにごろんと寝転がって少女漫画を読み始めた。

 そもそも、花嫁ではなく食べられるのだと思っていたのだ。


(まさかこんな風に、優しく迎えてもらえるなんてねぇ……)


 優しいどころか、竜人さま二人とヤギの献身のおかげで、歩けない身でも何一つ不自由なく暮らせている。

 本当に奇跡的なことだ。


 漫画のストーリーは進み、気弱そうな女の子がキザ男に陥落して、初めての恋に心を躍らせている。

 実家では漫画は禁止されていたからほとんど読んだことはなく、なんだか新鮮だった。

 ページをめくりながらぼんやり思いを巡らせる。

 

(ギルターがいないと静かだな……)


 お使いだと言っていた。

 また海で魚を獲っているのだろうか。

 それか、畑で野菜の収穫かもしれない。

 島の生き物たちが手伝っているとは言え、この広い宮殿と島をたった二人で管理しているのだ。

 やることは山ほどあるだろう。


(あたしにも、何かやらせてくれたらいいのに……)


 でも実際のところ、何もできない自分が悪いのだ。

 わかってはいても、悔しかった。


「一人で部屋にいると、余計なこと考えちゃうなぁ……」


 思わずぼやくと、足先がつん、と触れられた。

 ツムギは瞬く間に渋面から笑顔になる。


「ごめんごめん。あなたがいるもんね、一人じゃないよねぇ」

「くぅん!」


 漫画を閉じて、退屈そうなふわふわヤギをわしゃわしゃと撫でる。

 気づけば、読み始めてから結構な時間が経っていたらしい。

 お昼をたくさん食べたのに小腹がすいている。

 ツムギは笑顔でヤギの顔を覗き込んだ。


「食堂、行ってみる?」

「くぅーん!」


 ふわふわヤギはベッドの上で元気よく跳ねた。


     ✳︎✳︎✳︎


「ゼータ、いるかなぁ……」


 宮殿の廊下には、またも香ばしい匂いが漂っていた。

 パンとは違う、どこか甘い匂いだ。

 ツムギとヤギは鼻をひくひくさせながら食堂に入り込み、キッチンを覗く。

 作業している銀髪の竜人の後ろ姿が見えて、ツムギは目を輝かせる。

 ──と、声をかける前に振り返ったゼータが、ツムギの姿に舌打ちした。


「ほわっ!」


 ツムギも思わず声を上げた。

 ゼータの体に、何かが巻き付いていたのだ。

 目をこらすとそれは──

 ヘビだった。

 うっすら透明で、太くて長いヘビ。

 ツムギは頰に両手を当てた。


「急に来るのが悪いんですよ。いま退けます」


 ゼータが忌々しそうに言って、ヘビを下ろしてツムギから隠そうとする。

 ツムギは慌てて声を張り上げた。


「えっ、なんでなんで。見せてよぉ」

「は? 見たいんですか?」


 怪訝そうなゼータの反応にツムギは小首を傾げる。


「その子、噛むのぉ? 危ない?」

「危害を加えたら噛みますよ」

「そりゃそうだぁ。危ないことされたら、あたしだって噛むもんねぇ」


 ツムギは歯をカチカチさせてみせる。

 銀髪の竜人は何とも言えない顔になった。

 それでも、ため息をつきながらそっとヘビを差し出してくれる。


「“ウスラギ”と言います。冷気を吐くので、氷を作ってもらったりしています」


 うっすら透明だったヘビが真っ白な体を現して、ツムギは小さく歓声を上げた。

 血のように赤い澄んだ目が見返してきて、真っ青な細長い舌がちろりと覗く。

 ひんやりとした冷気が頬を撫でて、ツムギはへらりと笑った。


「ウスラギさん、お手伝いご苦労さまぁ。──ここの生き物は人間を怖がらないねぇ……」

「お前が妙に動物じみてるからじゃないですか」

 

 ゼータの視線は何故かウスラギの息のように冷ややかだった。


「いくら見目がよくても、それでは嫁の貰い手がいなかったでしょう」

「ほわ、失礼なぁ」


 ツムギは唇を尖らせて反論を試みる。


「あたしだって、婚約者さんぐらいいましたぁ」

「……婚約者⁉︎」


 大きく叫んだのはゼータではなかった。

 ツムギは声の主を振り返る。


「あ、ギルター」


 いつの間にか、背後に旦那さんが立っていた。

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