初夜騒動
あらためて、甲斐甲斐しく寝室を整える竜人さまを見つめる。
自分は食べられるためではなく、花嫁としてここに連れてこられた。
ということは遅かれ早かれ、この人の子どもを産むことになる。
(ほ、わぁ……)
急に現実味を帯びた想像に鼓動が早まる。
ちょうどそのとき、ギルターがこちらを振り返った。
「これでよし。足りないもんはないか? 寒くねぇか?」
その声は気遣いに満ちていて、向けられた笑顔はどこまでも優しい。
ツムギはまたもなぜだか泣きたくなった。
そんな心を知らず、ギルターはベッドの端をぽんと叩く。
「さぁ、早くおいで」
「え、も、もう……⁉︎」
心臓が口から飛び出しそうになる。
(まだミルゥがいるのに……!)
「くぅーん?」
ふわふわのヤギが、つぶらな瞳で見つめてくる。
「──ツムギ?」
「は、はいっ」
ギルターが怪訝そうな顔で近づいてくる。
(ど、どうしよう。とりあえず、ミルゥにはお外に出てもらって……)
頭の中では色んな言葉がぐるぐる回るのに、声が出ない。
たくましい腕が伸びてきて、椅子の上からそっと抱き上げられた。
そのまま優しくベッドへ寝かされる。
ツムギはぎゅっと目をつぶった。
心臓が飛び出しそうだ。
「……ツムギ」
「はいぃ……」
本当に泣き出しそうになったところに、声が優しく降ってくる。
「──寝るのが惜しいのは分かるけどな。寝不足は身体に悪いぜ」
「……はい?」
思わず目を開けて瞬く。
ギルターはそのまま、ツムギの上に毛布をかけた。
「寝つけなそうなら、あったかいヤギミルクでも持ってこようか?」
「……」
完全に保護者ムーブだった。
不安と期待が、勢いよく別の方向へ転がり落ちていく。
頭の中がぐるぐるして、ついに言葉がこぼれた。
「……あの、ギルター」
「ん、なんだ?」
「……一緒に寝ないのぉ?」
「……え?」
毛布を整えていたギルターの動きが、ぴたりと止まる。
ツムギはどんどん声が小さくなった。
「その、初夜…………みたいなぁ」
「は?……あ、ああ、し、初夜!」
ギルターはみるみる顔を赤くし、毛布を握ったまま完全に固まった。
しばらくして、もごもごと口を開く。
「えっと……言ってなかったな。竜人は、特別な満月の夜に子どもを作るんだ」
「え、あ、そ、そうなんだぁ?」
ツムギの声が裏返る。
ギルターは真っ赤のまま頷いた。
「“始まりの海”っていう聖域で、婚礼の儀式をするとな、卵が生まれて……」
「え?」
とんでもないワードが聞こえてドキドキが吹き飛び、ツムギは目を剥いた。
「……た、卵?」
「うん」
「……あたしが産むの?」
「……嫌か?」
ギルターの眉がへにょりと下がったので、ツムギは慌てて手を振った。
「え、嫌っていうか……その、産めるかな? あたし、人間……えと、哺乳類で……」
「それは大丈夫だ。儀式をすれば、人間の花嫁さんでも産めるんだ」
ツムギは目をぱちくりさせる。
「だから、その……人間みたいな子どもの作り方はしないんだ。“そういうこと”をしないわけじゃない。でもそれはあくまで、愛を深めるためであってだな。俺は全然嫌じゃないってか、大歓迎だけど……って何言ってんだ俺、まださすがに早いっていうか……な?」
「そ、そうだよねぇ……!」
普段あんなにキザなくせに、竜人さまは耳まで赤くしている。
「くぁ〜ん」
会話が途切れたところで、ヤギが大きくあくびをした。
竜人と花嫁は揃ってびくっと飛び上がる。
それからギルターは気を取り直すように、こほんと咳をした。
「……だからさ、俺じゃなくてこいつと一緒に寝てくれな。おやすみ角カバーを作ったんだ」
ギルターは先端にポンポンが付いているキャップをヤギの両角にかぶせた。
ふわふわヤギはあざとく小首を傾げてみせる。
「ほわぁ、可愛いぃ……」
「よっしゃ、じゃあ俺は出るわ。……早目に寝るんだぞ」
「あ、う、うん」
「何かあったらその鈴で呼んでくれ。遠くても、俺たちにはちゃんと聞こえるから」
指先をたどると、枕元に小さなベルが置かれていた。
「じゃ……。おやすみ、ツムギ」
ギルターはそっと貝殻のランプを吹き消す。
「お、おやすみぃ……」
部屋を出て扉を閉めるその瞬間。
ギルターはほんの少しだけ振り返り、照れた笑みを残していった。
ツムギはヤギと二人きりになり、急に部屋の中が静かになる。
(ほわぁ……)
胸に手を当てて、大きく息を吐き出した。
心臓がうるさいくらいに鳴っていた。
なんだか今日は、一日中ずっとドキドキしている。
ぼふっと枕に後頭部を沈め、天井のガラス窓を見上げる。
星が夜空を埋め尽くしていた。
ツムギが暮らしていた村も星はよく見えたが、これは比べものにならない。
星と星をなぞるように視線でつなぐ。
(星座は……同じだねぇ)
それでも、ここは確かに異世界なのだ。
ニライカナイ──神々の世界。
(あたしが……卵を産む……)
なんだかとんでもない展開になってきた。
卵から、赤ちゃんがオギャーと生まれるのだろうか。
満月の儀式とは、一体どんなことをするのだろう。
そして、自分はきちんとそれをこなせるのだろうか。
……分からないことだらけだ。
(でも……)
美しい自然と宮殿、素敵な生き物たち。
ゼータの美味しい料理。
……ギルターの優しい笑顔。
長く忘れていた温かさと初めて知るときめきが、不安よりも強く心を満たしていた。
「くぅーん」
ヤギがナイトキャップをつけた頭をごしごしと押し付けてくる。
「そうだね。寝ようかぁ」
ツムギは微笑んで、ランタンに覆いをして毛布をかぶる。
ヤギは当然のようにベッドの上でツムギにくっ付いて丸くなった。
その温もりを感じながら、ツムギもいつの間にか深い眠りに落ちていった。




