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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青に焦がれて

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5/21

温泉とお夜食

 食事を終えると辺りはすっかり暗くなった。

 片付けをする竜人二人と別れて、ヤギに乗って寝室へ戻る。

 廊下にはなんと、光る大きな蛾が等間隔にとまって周囲を照らしていた。

 どうやら、壁に蜜かなにかを塗ってあるようだ。


(カメラが欲しいねぇ……)


 蛾やハヤシガニたちに手を振りながら寝室に戻り、貝殻のランプに火を灯す。

 しばらくヤギとじゃれて遊んでいると、ギルターがやってきた。


「お姫さまと、そのお友だちのヤギさん! そろそろお風呂をどーぞ」


 風呂場に着いて、ツムギは歓声を上げる。

 なんと、広々とした露天の温泉だった。

 トーチの炎に、湯気がゆらゆらと照らされている。

 ギルターがタオルや着替えを脱衣所に置いた。


「石けんとかは中にあるからな。……入るの、手伝おうか?」

「自分で入れるよぉ!」


 真っ赤になって叫ぶと、ギルターは楽しそうに笑った。


「何かあったら呼べよ。一瞬で飛んでくるから」

「う、うん」

「何もなくても、呼んでくれてもいいぜ!」


 竜人はウインクを残して出ていく。


「キザすぎぃ……」

「くぅーん」

「自分で入れるって言ったけど、一人じゃやっぱり無理だねぇ。裸で座ってごめんね」

「くぅん!」


 いそいそと服を脱ぎ、ヤギの上に横座りになる。

 湯場へ入ると、もくもくと蒸気が立ちのぼった。

 湯船の縁まで行き、綿毛から降りて腰かける。


「ミルゥも身体洗う? お湯、熱くないかな」


 桶で湯をすくい、温度を確かめる。

 大丈夫そうだ。

 そっと蹄にかけてやっても嫌がらない。


「フワフワにもかけていい?」

「くぅーん」


 綿毛にかけたお湯は見事に弾かれた。


「ありゃ。ま、いっかぁ」


 つぶやいた途端、ヤギはドボンと湯船に飛び込んだ。

 そのままお湯にぷかぷか浮かぶ。

 ツムギは笑い声を上げた。


「ヤギも温泉入るんだぁ。気持ちいい?」


 ミルゥは「プスー」と鼻を鳴らす。

 ツムギもお湯で体を流し、座ったまま湯船の石段をゆっくり下りる。

 腰まで沈んだところで思わず息がこぼれた。


「ほわぁ〜……極楽ぅ……」


 実家の風呂の湯船は一人で入れない造りだったから、ずっとシャワーのみで済ませていた。

 実に四年ぶりの湯だ。

 大きく息を吐く。

 ヤギはぷっかり浮かんだまま、広々とした湯船を器用に犬かきで泳いでいた。

 小さな尻尾がぴこぴこと揺れている。


「……ふふ」


 しばらくの間、ツムギはのんびりと、湯とヤギの尻尾を堪能した。

 気づけばのぼせそうになって、慌てて上がる。

 石けんで髪と体を洗い、桶で湯をすくって泡を流した。

 再び綿毛に乗せてもらい、脱衣所へ戻る。


「ミルゥがいると助かるねぇ。一家に一匹ほしいねぇ」


 そのミルゥは、ぷるぷるっと体を震わせて水滴を払っている。

 ツムギはふかふかのタオルで体を拭き、パジャマに袖を通した。


「ドライヤー……はさすがにないよねぇ」


 寒くないし、このままでも大丈夫だろう。

 肩にタオルをかけ椅子に座って、さっきまで着けていた下着を洗う。

 「洗濯は俺たちがするから」と言われていたけれど、さすがに下着は恥ずかしい。

 目立たない場所に干して、トイレも済ませる。

 それから水をもらおうと、食堂に向かった。


「あ、ギルター」

「おう、上がったか。大丈夫だったか?」


 テーブルで果物をかじっていた竜人が笑顔で立ち上がり、ヤギから椅子に降ろしてくれる。


「ありがとう……」

「おっと、せっかくの綺麗な髪が濡れたままだな」


 ギルターが手をかざすと、ふわりと髪が乾いた。


「ほぇ?……あ、“すんごいパワー”!」

「ご名答!」


 ギルターは笑ってキッチンに引っ込み、水を汲んできてくれた。


(……優しいなぁ)


 こんなに何から何までしてもらって良いのだろうか。


(……何もお手伝いできないなら、せめて、自分のことくらいは自分でして、迷惑かけないようにしないと……)


 そんなことを思いながらグラスに口をつけていると、ほかほかのヤギはテーブルの下でイビキをかきはじめた。


「そこで寝てるとゼータに怒られるぞ」


 ギルターは笑いながらツムギの隣に座り直す。

 ツムギはギルターがかじっていたフルーツを見る。

 甘い香りがしていて美味しそうだ。

 どんな味なのだろうか。

 夕飯もたらふく食べたのに、なんだか小腹が減ってきた。

 視線に気づいたのか、ギルターが再び立ち上がろうとする。


「カットしてくるよ。ゼータほど上手くはできないけどな」

「え、あ、」


 「やったぁ」と言いかけて──慌てて首を横に振った。

 危ない、甘えてはいけない。

 

「……ううん、大丈夫!」

「……そっか」


 ギルターは笑ったけれど、ちょっと寂しそうな顔をした気がする。


(あれ、おかしいな……)


 ツムギは首を捻る。

 何か間違ってしまったようだ。

 そこへ銀髪の竜人がかごを抱えて入ってきて、二人と一匹の姿に片眉を上げた。


「何ですか、こんな時間に揃って。フルーツでも切りましょうか」

「あ、ううん、大丈夫」

「……もっとがっつり系ですか? 炊いた米が余ってますから、おむすびくらいなら」

「そうじゃなくて、平気!」


 ツムギは一生懸命、顔の前で手を振って主張した。

 ゼータはかごを置き、眉をひそめて近づいてくる。


(え?)


 冷たい青の瞳が至近距離でツムギを射抜いた。


「な、な、なに?」

「食べ物のことで私を誤魔化せるとでも? 欲しいなら欲しいと言いなさい。鬱陶しいんですよ」

「え、」


 ツムギが絶句して固まっていると、ゼータはさらに畳みかけてくる。


「フルーツだけ? おむすびも? 食べ過ぎると眠りが浅くなるから、ほどほどにしなさい」

「ふ、フルーツだけで……」


 なんとか答えると、ゼータはすぐさまフルーツを掴み、身を翻してキッチンに入っていく。

 ツムギが戸惑っていると、ギルターが優しく笑みを作って髪を撫でてきた。


「な、俺たちに甘えてくれよ。君の役に立たせてくれ。遠慮されると寂しいんだ」


 ツムギは目を瞬き、うつむいた。


「……でも、迷惑かけたくなくて……」

「人間の世話程度で我々竜人が手を焼くとでも?」


 早くも戻ってきたゼータが、綺麗に盛り付けられたフルーツの皿をことりと置いた。


「プスッ」


 破裂音がして下を見ると、ヤギが起き上がった。

 鼻提灯が割れた音らしい。

 ヤギはそそくさと椅子に上がると、フルーツを催促する。

 ツムギが口に一切れ入れてやると、すぐさま飲み込んで「足りない」とばかりに服の裾を食む。

 ゼータが、ふっと微笑んだ。

 

「それを手本にするように」

「は、はい……。ありがとう……」


 銀髪の竜人はかごを抱えると、再びキッチンに引っ込んで行った。

 隣に目を戻すと、ギルターが目を細めて優しく微笑んでいる。

 ……悲しいわけでもないのに、ツムギはなぜか泣きたくなった。

 誤魔化すように、ヤギにもう一切れフルーツをやると、自分の口にも入れた。


 綺麗に食べ終えて、皿を持ったギルターの後ろから、ヤギに乗ってキッチンを覗く。

 作業をする後ろ姿に向かってぺこりと頭を下げた。


「美味しかったです。ごちそうさま。……おやすみなさい」

「きちんと歯を磨くように」


 その後に小さく「おやすみなさい」と聞こえて、ツムギたちは、ぱぁっと顔を見合わせて食堂を後にした。

 洗面所で並んで歯磨きをして、ヤギの歯もこしょこしょ磨いてやる。

 

     ✳︎✳︎✳︎


 寝室に戻り、ギルターが貝殻のランプに再び火を灯す。


「枕元にランタン置いとくけど、まぶしかったら覆いをかけてな」


 ランタンの中に入っているのは、黄金の炎がきらきらと燃えるカガリの羽だ。

 抜け落ちた後も、しばらく炎をまとっているのだという。

 ギルターは窓辺に歩いて行き、カーテンを閉める。

 ツムギはヤギの上から椅子に降ろされて、その後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

 広い背中。

 長い手足。

 ちょっと癖のある髪の毛。


(後ろ姿だけでカッコいいって、反則だよねぇ……)


 部屋には貝殻のランプとランタンの光。

 遠くから海のざわめきが静かに響いている。

 そして、天蓋つきの大きなベッド。


(──あれ?)


 妙に雰囲気がよすぎて、胸が変な音を立てた。


(……もしかして、今夜は“初夜”というやつでは?)

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