表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青に焦がれて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/21

キザな兄とクールな弟


 しっとりとした海風が頬をなでる。

 潮の粒が陽を受けてきらきらと光り、結い上げた髪に落ちてきた。

 ツムギは歓声を上げる。


「──海、好きなのか?」

「うん!」


 弾んだ声で答えて、水平線を見つめる。

 歩けなくなってから、海は遠い場所になった。

 けれど、いつだってこの青に焦がれていた。


「なら、よかった」


 ギルターは端正な顔を綻ばせる。


(……綺麗だなぁ)


 胸の奥がまた跳ねて、うつむいて視線をそらす。

 ギルターは気づいているのかいないのか、さらりと続けた。


「敬語はいらないから、そうやって普通に喋ってくれよ」

「えっ? でも、竜人さまなのに……」

「そう、えらーい竜人さまだ」


 竜人さまは茶目っ気たっぷりに、片目をつむって笑う。


「で、君はその花嫁さまだからな」


 ──花嫁。

 ツムギはきょとんとする。

 

(それは建前、だよね……)


 不安になってきた。

 ここは、きちんと希望を述べておかねばならない。


「あの……あたし、焼き殺されるよりもね、どうせなら食べてほしくて……」

「え?」

「頭からガブリって……」


 両手を添えて大きく口を開ける仕草をすると、固まっていたギルターが慌てて叫ぶ。


「た、食べられたいのか? なんで⁉︎」

「生け贄なんでしょ?」

「生け贄⁉︎ なんだそれ!」


 ギルターは叫び、頭をかきながら眉を寄せる。


「すごい誤解があるな……」


 どうやら変なことを言ってしまったらしい。

 ツムギはなんとなく縮こまって、ギルターの言葉を待った。


「えっとな……俺たち竜人は、男しか生まれないんだ」

「えぇ?」


 ツムギは目を見張る。

 さすがは竜人さまと言うべきか、不思議な生態だ。


「だから、子どもを作るのに人間の女の子が必要なんだ。生け贄なんかじゃない」


 長い指が頬にそっと触れる。


「カガリに探してもらって、ようやく君を見つけたんだ。──俺の花嫁」

「……んっと、カガリって?」


 どきどきして、ツムギは視線を泳がせた。

 ギルターは上を指差す。

 いつの間にか、あの鳥が空を舞っていた。


「ヒカンドリかぁ」


 ギルターは咳払いすると、真剣そのものの声で続けた。


「そういうわけだ、食べたりなんてしない。君が笑って過ごせるように、願い事は何でも叶える。……子どもが生まれたら、必ず故郷に帰してやる。──だから」


 二つの青がまっすぐにこちらを捉える。


「ツムギ。俺の花嫁になってくれるか?」


 息を呑んでその瞳を見つめ返す。

 花嫁。

 何もできない自分が、それにふさわしいとはとても思えなかった。

 ……けれど。


(本当は、ずっとイオリが羨ましかった……)


 生き物たちが皆そうしているように、自分も誰かと結婚して、子どもを産みたかった。


 歩けなくなった日に泡と消えたその夢を、この美しくて優しい竜人ひとと叶えられるのか。

 一気に胸が熱くなる。

 戸惑う気持ちはまだあったけれど、ツムギは勇気を出して小さく頷いた。


「ありがとう、ツムギ……!」


 青い瞳の竜人は、まっすぐな嬉しさをにじませて笑う。

 それにつられてツムギも微笑んだ。


 村はいつの間にか遠くなっていた。

 潮騒は優しく、陽光は温かい。


(まるで、海が歓迎してくれてるみたい)


 ギルターがそっと手を重ねてくる。

 ツムギが少しだけその指を握り返すと、青い目がまた嬉しそうに細められる。

 ワタリガメは竜人とその花嫁を乗せて、光の海を進んでいく。


     ✳︎✳︎✳︎


 ツムギは水平線をじっと見つめていた。

 しかし島へ向かっているはずなのに、どこまでも美しい青ばかりで影一つ見えない。

 隣で手を握る竜人をそっと見上げる。


「あの、ギルターさん……あっ、ギルターさま?」

「ギルターでいいって。君の旦那さんだぜ?」


 竜人さまは気取って笑う。


「う、うん、ギルター。島って遠いの?」

「いや、もうすぐそこだ」


 ツムギは首を傾げる。

 

(もしかして、普通の人間には見えないのかなぁ)


 “黄泉の国”だし──。

 そう思った、その時だった。

 ふっと風が変わり、じっとりした湿り気が無くなった。

 何か透明な膜を抜けたような感覚がして、体が震える。

 次の瞬間、突然、目の前に島が現れた。


「な?」


 ギルターが片目をつむる。


 どうやら、結界のようなものが張られていたらしい。

 周囲を見渡すと、小さな島々が点在するように浮かんでいた。

 海の色も一層鮮やかになり、底まで見渡せるような透明度だ。

 景色に夢中で身を乗り出すツムギを、ギルターがそっと支えてくれる。


(……ありゃ?)


 ふっと、頭の中のもやが取れるような気配があり、幼い頃の記憶が唐突に蘇る。


『一緒に行こう。俺たちの島へ』


 海で三匹のジュゴンとアシカに出逢い、なんとアシカが口を開いてそう言ったのだ。

 夢みたいな話だけれど、海のように真っ青な瞳が確かに自分を見つめていた。


(あたしはそれにどう答えたんだっけ……?)


 確か、「妹も一緒に行きたい」と言って……。


「──大丈夫か? 具合悪い?」


 気遣わしげな声がして、ツムギは、はっと意識を現在に戻した。


「ううん、大丈夫!」


 慌てて手を振って否定して見せると、竜人は安心したように息を吐く。

 記憶は、再びふっと波間に消えて行った。


 ワタリガメがゆっくりと速度を落とし、浅瀬へと近づく。

 真珠を砕いて撒いたみたいな白い砂が陽光を受けて、きらきらとまぶしく輝いていた。

 亀から降りたギルターの足が沈むと、砂粒がゆっくりと光を放つ。


「ほわぁ……」


 それに見とれていたツムギは、ふと顔を上げて息を止めた。

 まぶしいくらいに真っ白なドーム状の宮殿が、木々の隙間から姿を覗かせている。


 美しい自然に、宮殿。


「……ここが、黄泉の国?」

「人間にはそう呼ばれてるのか?」


 ギルターは苦笑して、イタズラっぽい表情で両手を広げる。


「──ニライカナイへようこそ」


 ニライカナイ。

 聞き覚えのある言葉に、ツムギは目を瞬かせた。

 海の彼方にあると言われる、神々の理想郷だ。


(じゃあここは、異世界なの……?)


 黄泉の国より現実的なのかもしれないが、さすがに戸惑ってしまう。


「さぁ、おいで」


 ギルターは浜から手を伸ばして、ツムギを抱き上げた。

 ツムギは再びどぎまぎしてギルターを見つめる。

 そこへ、冷たい声が割り込んできた。


「── それが花嫁ですか?」


 ツムギはびくりとして目をやる。

 すらりとした男がこちらに向かって歩いてきていた。

 短く整えられた淡い銀髪を輝かせ、異国風の真っ白な衣装に身を包んでいる。

 ギルターがすぐに安心させるように口を開いた。


「俺の弟だ。顔は似てるけど、性格は真逆なんだよな。悪いやつじゃないんだけど……」

「余計なことを言わないように」


 男は淡々と返す。

 弟ということは、この人も竜人さまなわけだ。

 確かに、よく見るとギルターと瓜二つだった。

 けれど、瞳も同じく青とはいえ氷の海みたいに冷たい青だし、受ける印象は正反対だった。

 ツムギが目を瞬いていると、男がじろりと視線を向けてきた。


「ゼータです」

「あ、ツムギです! はじめまして!」


 慌てて、抱っこされたまま頭を下げる。


「……はじめまして」


 弟の竜人は顔をしかめると、値踏みするようにツムギを見下ろした。

 

「……思っていたのと少し違いますね。歩けないんですか?」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいんだってば!」


 ギルターは笑ってそう言ってくれるけれど、この人が「歩けない花嫁はダメだ」と主張したらどうなるのだろうか。

 身を小さくしていると、ギルターが言葉を重ねた。


「ゼータ、この子は着いたばっかりで疲れてるんだ。いくら可愛いからってそんな怖い目でジロジロ見たら、可哀想だろ」

「は? いつも通りの目ですが」


 男は冷ややかな目を兄に向ける。


「……ったく。あげないぞ、俺の花嫁だからな」

「人の物を奪る趣味はありません。疲れているというなら、とっとと中に案内しなさい」


 ツムギは二人が喧嘩をしているのかと思って息を潜めていたが、どうやらただの兄弟のじゃれ合いのようだ。

 そして、「中に案内しろ」ということは、なんとか受け入れてはもらえたらしい。

 安堵の息を漏らしたのに気付いたのか、ギルターが笑って片目をつむる。


「さぁ、行こう。俺たちのお姫さま」


 ツムギは目をぱちくりさせて、鮮やかな自然とハンサムな竜人二人を見る。

 生け贄になって食べられるはずだったのに。

 あの閉じた部屋から出て、新たな人生が始まる予感がした。

 ツムギは高鳴る鼓動を感じながら、竜人の胸にそっと顔を寄せた。


     ✳︎✳︎✳︎


「──ここが今日から俺たち三人の家だ」


 ギルターが白い宮殿の入り口で立ち止まる。


「俺たちは“真珠宮”って呼んでる」


 真珠宮。

 これ以上なく、しっくりくる名前だった。

 弟の竜人は先に行ってしまったらしく、もう姿が見えない。

 ギルターはツムギを抱えたまま、宮殿の中へ足を踏み入れる。

 ツムギは今さらながら不安になった。


「……あのぅ、重くない?」

「全然ヘーキ」


 竜人さまは少年のように、にかっと笑った。


(……カッコいいのに可愛い)


 ツムギは頰が赤くなるのを感じて、ごまかすように視線を巡らせた。

 真珠宮の内部は、外観から想像していたよりもずっと広かった。

 白い光が柔らかく天井を満たし、壁には結晶がきらめいている。

 

(建物なのに生き物の巣みたい……)


 不思議な美しさで、建築には興味がないツムギでも見とれてしまう。


「まずは君の部屋に案内するぜ」

「え、あたしの部屋があるの?」

「もちろん。──ここだ」


 ギルターが部屋の前に着き、扉を開く。

 室内を見て、思わず息が漏れた。

 部屋は柔らかな白で統一され、床のラグには海の波を思わせる青が差している。

 天蓋つきのベッドは何人も寝転べるくらい広々として、布は真珠色に淡く光っていた。

 その枕元には棚があり、鮮やかな南国の花が飾られている。

 窓際がやけにキラキラしているなと思ったら、ガラスのようなクリスタルがたくさん吊り下げられていた。

 その横にはテラスへの出入口があって──真っ青な海がよく見えた。


「お姫さまの部屋みたいだねぇ」

「お姫さまだからな。気に入ったか?」

「うん……!」


 今まで引きこもっていた六畳一間とは大違いだ。

 豪華すぎて正直ちょっと緊張するが、海が見えるのは最高だった。

 柔らかなベッドの上に下ろされ、ギルターはクローゼットから、いそいそと大量の服を抱えてきた。


「好きなやつを選んでくれ」

「こ、こんなに?」


 色とりどりの衣装が三十着くらいある。

 戸惑っていると、勘違いしたらしいギルターが顔を覗き込んでくる。


「着替えるの大変だよな。……手伝おうか?」

「じ、自分でできるよぉ!」


 慌てて言うと、ギルターは楽しそうに声を上げた。


「じゃあ残念だけど、外で待ってるぜ」


 ウインクを残して部屋を出ていく。

 キザな竜人に頰を染めながら、ツムギは服の山をかき分ける。

 ほとんどが、綿や麻のような柔らかな素材だ。


(お姫さまが着るようなやつばっかだなぁ……)


 その中から比較的大人しめで動きやすそうな、ひまわり色の上衣とキュロットを選んだ。

 襟元や裾に、波とも渦ともつかない刺繍が入っている。

 髪をほどき、花嫁衣装をのそのそと脱ぐ。

 新しい服を身につけて、腰がだいぶ緩かったので紐をきゅっと絞る。

 足元も、草履のような履き物に替えた。


(靴下がないと傷が見えちゃうねぇ)


 目立つわけではないけれど、なんとなく気になる。

 事故でできた足の傷跡を撫でていると、ノックの音がした。


「着替えられたか? 入って大丈夫か?」

「あ、どうぞ!」


 戻ってきたギルターも着物を脱いで、紺色のゆったりしたローブ状の上衣とズボンを身に付けていた。

 襟元にはツムギの服と同じような紋様が入っている。

 腰には明るい色の帯を巻き、首元や手首にはアクセサリーも付けていて、とてもお洒落だ。


(モデルさんみたい……)


 見惚れていると、ギルターもこちらを見てへらりと目尻を下げた。


「すっごい可愛いぜ、最高だ!──ちょっと腰の辺りがゆるかったか」


 ギルターが服に手をかざす。

 ツムギが首を傾げると服の糸がするすると動き、だぶついていた生地が身体に沿った。

 ツムギはあんぐりと口を開ける。


「“神気しんき”って言ってな。竜人の……えーと、すんごいパワーだ」

「すんごいパワー……」


 雑な説明に目を見張る。


「島の素材を神気で編んで作った服なんだ。そのシーツとかもな。──あと、これは君の素敵な髪色に合うと思って」


 ギルターは左手で後ろに隠し持っていたらしい花を、ツムギの髪にそっと挿した。


「これで完璧。南の島のお姫さまだ」

「……キザすぎぃ」


 照れ隠しに、思わず可愛くない言葉が出た。

 「感じが悪かったかな」と不安に見上げたが、ギルターは気にした様子はない。

 微笑んで髪を優しく撫でてくる。


「移動して疲れただろ。少し休んでてな」


 ギルターは残りの服をクローゼットに戻し、花嫁衣装を抱えて出ていく。


「ふぅ……」


 ツムギはいつの間にか止めていた息を吐いた。

 人間の男の子相手でも、こんなにドキドキしたことはない。


(“旦那さま”だから、無駄に意識しちゃってるのかなぁ……)


 手で仰いで顔の熱を冷ましていると、今度は急に瞼が重くなってきた。

 何しろ、普段はめったに動かないのだ。

 体が休息を求めている。


 花を潰さないように、そっと外して枕元に置いた。

 柔らかな花びらをひと撫ですると、ツムギは一気に微睡みに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ