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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青に囲まれて

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19/20

花嫁の憂鬱


「なぁに、珍しい」

「一生のお願いだ」

「何それぇ」


 あまりに真剣な様子に、逆にくすっと笑ってしまう。

 ギルターは笑わなかった。

 真剣そのものの表情で息を吸い、口を開く。

 そして、その言葉がゆっくりと放たれた。


「──卵が孵ったあとも、俺とずっと一緒に暮らしてくれないか」

「……えっ?」


 ツムギは固まった。


「残りの生涯全部を、君と一緒に過ごしたいんだ」


 青い瞳がまっすぐ自分を見つめている。

 ツムギは口を開けたまま、言葉が出てこない。

 しばらくして、震える声でかろうじてつぶやく。


「……いいの?」

「……ああ」

「あたし、ここにいても……」

「もちろんだ。君にいてほしいんだ」


 ギルターは迷いなく頷いた。

 ツムギの目に涙が盛り上がり、叫ぶように答える。


「あたしも、あなたとずっと一緒にいたい……!」


 ギルターもくしゃっと泣き笑いのような顔になった。


「ありがとう、ツムギ……!」


 腕が伸びてきて、思い切り抱きしめられる。


「俺、いま……世界で一番幸せだ。愛してる、ツムギ。大好きだ」

「……知ってるよぉ」


 ツムギは、へにゃりと笑う。

 ギルターの唇が、ツムギの唇に降りてくる。


(あたしも、世界で一番幸せ……)


 ツムギは目を閉じながら、心の中でそうつぶやいた。

 刹那、村に残してきた妹の顔が頭をよぎる。


(……ばいばい、イオリ)


 胸の奥でそっと別れを告げる。


(あたし、何にもできないお姉ちゃんのままだけど。ようやく居場所ができたよ……)


 ツムギはギルターの胸に顔を埋めた。


     ✳︎✳︎✳︎


「──え? 卵を見に行っちゃダメなの……?」


 翌朝、ツムギは愕然とつぶやいた。

 ギルターは申し訳なさそうに頭をかいている。


「『人間の花嫁は卵を見てはいけない』って掟があるんだ」

「そんなぁ……。どうして?」


 ギルターは少し言い淀んだ。


「ツムギみたいな美人が見に行ったら、チビどもが恋しちまうから……じゃないかな」

「んもぅ、またそんなテキトー言って……」


 唇を尖らせるツムギに、ギルターは苦笑する。


「ほんとにそうなったら困る。……でも、掟なのも本当だ」

「そっかぁ……。それなら仕方ないねぇ」

「ごめんな。卵は絶対に安全だし、俺が毎日ちゃんと様子を見に行く」


 ツムギは頷いた。

 オスだけが卵を守り育てる生き物は数多くいる。

 竜人もきっとそうなのだ。

 ゼータも、あそこは聖域だと言っていた。

 あまり人間が立ち入らない方がいいのだろう。

 ツムギはわざと明るい笑顔を作ってギルターを見上げた。


「卵の様子、毎日聞かせてよねぇ」

「もちろん!」


 ギルターは、ほっとしたように笑う。

 ツムギは静かに肩を落とした。

 あの綺麗な卵……そして、その中で少しずつ成長していくチビちゃんたち。


(見守りたかったなぁ……)


 ギルターに気づかれないように、小さく息を吐いた。


     ✳︎✳︎✳︎


 少しの寂しさを抱えたまま、それでも幸福な日々は過ぎていく。

 ツムギが真珠宮に来てからニヶ月ほどが経った。

 夜になると夫婦は並んでベッドに寝転び、他愛もない話をたくさんした。

 一番の話題は、もちろん二人の卵のことだ。


「卵の中の光が子どもの形になってきたぜ。一匹、俺にそっくりなのがいるんだ」

「『一匹』って」


 ツムギは思わず笑う。

 ギルターは慌てたように訂正した。


「あ、人間は『一人、二人』って数えるんだったな。ゼータっぽいやつもいるぜ。性格まで似てたらどうしような」

「えぇー?」


 ギルターにつんつん突っかかるチビゼータを想像して、ツムギはくすくす笑った。

 可愛い。

 絶対、可愛い。


「もう一人はどんな子かなぁ。全員男の子なんだよね?」

「ああ。それは間違いない」

「見たいなぁ……。会いたい」


 ギルターはツムギの頭を優しく撫でた。

 ツムギはベッドの上でじたばたする。


「“写ルンだよ”を持ってくればよかったぁ。そしたら、ギルターに撮ってきてもらえたのに」

「ウツルンダヨ? なんだそれ」

「写真を撮る機械だよぉ。生き物の姿とかを記録しておけるの」

「へぇ……」


 ギルターは感心したように目を見張る。


「あ、でもどうせ現像できないから意味ないかぁ」

「ゲンゾウ……? 人間界には、俺の知らないものがたくさんあるんだな」

「そりゃそうだよぉ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 まだまだ話していないことがお互いにたくさんある。

 どれだけ一緒にいても足りないくらいだ。


(でもこれからは──ずっと一緒にいられるんだよねぇ)


 そう思うと、胸の奥がふわりと浮いた。

 ふと、ギルターの表情が真剣になる。


「……恋しいか? 人間の世界が」

「うーん……」


 ツムギは考えながら枕に顔を埋めた。


「いまは赤ちゃんのことで頭がいっぱいかなぁ」

「……そっか」

「会えたらいっぱいお喋りしたいなぁ。『卵の中でどんなこと考えてたの?』とかさぁ」


 ギルターは優しく微笑む。


「きっと、あいつらも君と同じこと考えてるぞ。『早く会いたい』って」

「えー、またテキトー言ってぇ」

「テキトーじゃないぜ。俺も卵の中にいたとき、そう思ってた。『母さんに早く会いたい』ってな」

「……そうなんだぁ」


 ツムギはへらりと微笑んだ。


「よっしゃ、そろそろ仕事しないとな」


 ギルターが名残惜しげに立ち上がる。

 魂を慰める使命のことだ。

 ツムギはガッツポーズを作る。


「がんばって」

「おう」


 ギルターの顔がゆっくり近づいてくる。

 ツムギは目を閉じた。

 唇に柔らかな感触。


「……おやすみ、奥さん」

「えへへ。おやすみ、旦那さん」


 ギルターが、はにかんで扉を開ける。

 入れ替わるようにヤギが勢いよく飛び込んできた。


「おう、ミルゥ。俺の奥さんのこと、よろしくな」

「えへへ。赤ちゃんが生まれたら、一緒に遊んであげてね」

「くぅーん!」


 ふわふわヤギは、「任せろ」と言うように鼻を鳴らした。

 そのままベッドに飛び乗って丸くなる。

 ツムギも毛布をかぶって横たわった。


     ✳︎✳︎✳︎


 その晩、ツムギは夢を見た。

 卵から生まれた三人のちびすけが、ふわふわヤギの背に乗っている。


「行けぇ、ミルゥ号!」

「くぅーん!」


 ツムギの号令に応えて、ヤギは浜辺をまっすぐに駆け出した。

 風を切る感触に、ちびたちが「きゃあきゃあ」と歓声を上げる。

 ギルターがそれに競うようにして、浜と並行に泳いで水飛沫をあげている。

 ツムギは流木に腰かけて、夢中で何度もカメラのシャッターを切っていた。


「昼食ですよ」


 ゼータがやってきて、海から上がったギルターに向かってモチウミの水を発射した。


「おい、こらっ!」


 反撃しようとしたギルターに、カガリやナギウモ、ウスラギやハヤシガニまで集まって来てゼータを援護する。


「おわっ、ずりぃぞ!」

「みんなー、こっち向いてー!」

 

 ツムギはずっと笑っていた。

 ちびたちも弾けるように笑っている。

 もちろんギルターも、ゼータでさえ穏やかな笑顔だった。

 ただそれだけの、騒がしくて温かくてどこまでも優しい夢。


「はい、チーズ!」


 ──ずっと、ここにいたい。

 そんな願いを抱いて、夢はゆっくりとほどけていった。


     ✳︎✳︎✳︎


 あくる日の夜。

 ツムギはヤギに乗ってそっと食堂を訪れた。

 灯りの燈るキッチンをひょいと覗く。


「兄ならいませんよ」


 振り返りもせず、静かな声が降ってくる。


「ううん。ゼータに相談があって……」


 薄青の瞳がちらりとこちらを見る。


「……少し待ってください。明日のケーキを仕込んでいます」

「ほわっ、“レアチーチャレンジ”! 明日はどんなのかなぁ」


 ゼータのレアチーズケーキ再現チャレンジは、さすがに毎日ではなくなったものの細々と続いていた。


「ネタが尽きてきました。レモンが欲しい……」

「レモンかぁ」

「カガリに盗ってこさせますかね」

「あっそうか、カガリは村に飛んでいけるのかぁ……」


 食べたこともない料理を全く違う食材で再現するのは、さすがのゼータさまでも無理難題のようだ。


「言っておきますけど、お前がどんなものかをちゃんと説明できないせいですからね」

「あっ、じゃあ、お母さんに手紙を書くよぉ。レシピ教えてもらってさぁ、レモンも送ってもらって……」

「人間とやり取りだなんて吐き気がします。だいたいどこの誰が、自分の娘を攫った相手に協力するんですか」

「さ、攫った……。まぁそうかぁ。『とても良くしてもらってます』って書けば大丈夫だよぉ」


 ゼータが一瞬こちらを見る。


「家が恋しいんですか」

「そういうわけじゃないけどぉ」

「──それが相談ですか?」

「あ、ううん。それは全然別」


 ツムギは調理台に立つゼータの背中を眺める。

 包丁の音が規則正しく響いていた。


「また、くだらない恋愛相談に見せかけた惚気じゃないでしょうね」

「そんなこともあったねぇ」


 苦笑しながら食堂の椅子に腰かける。

 ヤギはテラスへ歩いていき、柵を跳び越えて遊び始めた。

 それを眺めていると、ゼータが食堂に入って来た。

 かちゃり、とツムギの前にティーカップを置く。

 すっきりした香りのハーブティーのようだ。


「あ、ありがとう」

「それで?」


 椅子に腰を下ろし、促してくる。

 ツムギは一口お茶を含むと姿勢を正した。


「……あのさぁ。ゼータもあたしたちの卵、見たりしてる?」

「毎日見ますよ。聖域の手入れがありますから」

「あ、そっか。ありがとう!」

「別に礼はいりません。──何が言いたいんですか」


 氷の海の瞳に見つめられ、少しだけ言葉を探す。


「……卵の調子、どうかなぁって」

「なぜ私に聞くんです?」

「ギルターはね、優しいでしょ」


 ツムギは慎重に言葉を選んで重ねた。


「優しいから……あたしを心配させないように、たまに嘘をついてる気がするの」

「……」

「ゼータは本当のことしか言わないでしょ? うちの親みたいに、『お前のため』とかも言わないもん」


 「お前のためだ」「あなたのためを思っているのよ」という両親の言葉が、いつも嫌だった。

 いっそ、「自分たちの都合のために大人しくしていろ」と正直に言ってくれたらいいのに、とずっと思っていた。

 ゼータは舌打ちをする。


「……愚かな人間と比べられるのは不快です」

「ほらぁ、そういうのもちゃんと言ってくれるでしょ」

「……怖がられていると思ってましたが。お前は、兄のような甘ったるい男が好きなのでは?」

「ギルターは確かにあたしに甘いけど、だから好きってわけじゃないよぉ。ゼータのことは怖くないよ」


 ゼータは目を伏せてしばらく黙っていた。

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