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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青に囲まれて

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18/20

海中婚礼

 ツムギは息を呑んだ。

 幾本もの真っ白な柱に支えられた、ドーム状の空間が広がっている。

 潮の香りがするから、どこかが海と続いているのだろう。

 ギルターが一歩踏み出すと、光が床をさざ波のように走り、柱へ、壁へと広がっていく。


 空間の中央には、透き通った石でできた円形の広場があった。

 その真上の天井はガラス張りになっていて、満月の光がまっすぐに差し込む。

 

「ここが“始まりの海”……」


 ツムギは胸の鼓動を抑えるようにつぶやく。


(この場所でギルターの子を……竜人の卵を産むんだ……。お願い、どうかうまくできますように……!)


 何もできない自分でも、どうかこれだけは。

 ツムギは両手をぎゅっと組んだ。


「大丈夫だぞ。きっとうまくいく」


 片目をつぶってみせるギルターの声も、ほんのわずかに震えている。


(緊張しているのはあたしだけじゃないんだ……)


 そう思うと胸が少し軽くなった。


 月が天頂へ近づき、ギルターが円形の広場の中央へと歩む。

 すると、広場を覆う透明な石に光が走った。

 竜人が立つ場所を残して、氷が溶けるように石が吸い込まれて消えていく。

 石に覆われていた場所から海が現れた。


「ほわぁ……」


 ツムギはごくりと唾を飲み込む。


「……ここに入るの?」

「そうだ。儀式はこの海の中でするんだ」


 ついに、月がちょうど天頂に昇る。

 満月に照らされた透明な足場が、二人を乗せたままゆっくりと沈んでいった。

 

「……大丈夫だ。怖くないぞ」

「う、うん……」

「俺がいるし、祝珠が息を守ってくれるからな」


 二人の全身が海に沈んだ。

 祝珠が淡く脈動する。

 二度目なので慌てなかった。

 ツムギはゆっくりと呼吸をする。

 ギルターはツムギの腰から手を離し、代わりに両手に指を絡めた。


(……大丈夫か?)

(うん)


 まっすぐに自分を見つめてくる青い瞳を見返す。

 海の中でそれはさらに深く、静かに揺らめいていた。

 足場はいつの間にか溶けて消えたらしい。

 衣がふわりと広がる。

 外界の音がすべて消え、残ったのは互いの鼓動だけ。

 まるで二人だけ世界から切り離されたみたいだった。

 上から差し込む満月の光が、竜人と花嫁を照らす。


(始めるぞ、ツムギ)


 ギルターの心の声には、はっきりとした緊張が滲んでいる。

 ツムギの心臓もうるさいくらいに早鐘を打っていた。


(……キス、していいか?)


 ツムギは瞬いて、青い瞳を見つめ返す。


(……うん)


 ギルターの周りの海が嬉しそうに震えた。

 ゆっくりと端正な顔が近づいてくる。

 ツムギはそっと目を閉じた。

 冷たい水の中で唇が重なる。

 唇が触れ合った場所だけが、やけに熱い。

 祝珠がまぶしく光り、胸の奥に震えが走った。


(ツムギ……俺の花嫁……)


 ギルターの想いが祝珠を通して流れ込んでくる。

 やがて唇が離れ、ツムギはそっと目を開けた。

 ギルターの身体から青白い光が滲み出している。


(これ……神気……?)


 首を傾けた、その瞬間。

 ひどく熱い塊が、祝珠を通じて流れ込んできた。


(……っ!)


 思わず息を止め、ギルターの手を握る指に力が入る。

 心の中で叫んだ。


(な、何か入ってきてる……!)

(大丈夫だ……俺の神気が、君に流れ込んでる。ゆっくり息、して……)


 そう言うギルターも眉は何かを耐えるようにきつく寄せられ、呼吸が早い。

 ギルターの神気はとても熱かった。

 けれど痛みはなくて、ツムギの中にじんわりと広がり、少しずつ馴染んでいくのがわかる。

 祝珠が急速に熱を帯び、光が脈打ち始めた。

 ツムギの身体も熱くなり、呼吸が早まる。

 ギルターが眉を寄せたまま顔を覗き込んでくる。


(痛くねぇか? 苦しくねぇか?)

(……だ、大丈夫……あったかい……)

(……なら、よかった)


 ギルターが片手をツムギの手から離して、腰を強く抱く。

 もう片方の手もぎゅっと握りしめられて、肩に頭を預けられる。


(……っ!)


 ギルターの身体が、かすかに震えた。

 そして──

 一際熱い奔流が、祝珠からツムギの中へ流れ込んだ。

 ギルターが陶然と息を吐き、まとっていた光が、ふっと消えた。

 神気が流れ終わったのだろうか。

 けれど、ツムギの身体はいよいよ熱くなる。


(なんか、変……ギルター……っ)


 体の奥がざわざわする。

 もどかしい熱にツムギは身をよじる。


(ツムギ……っ)


 ギルターが荒い息のまま肩から顔を上げ、心配そうにツムギを見つめる。

 その青い瞳と目が合った瞬間──

 祝珠がひときわ強く鼓動を打った。


(あっ……‼︎)


 祝珠から、光が三粒こぼれ落ちた。

 青と白が溶け合った、ほんの小さな光の粒。

 三つの光は海に触れた瞬間、集まって殻をまとい始めた。

 やがて一つの透明な──卵になる。


(生まれた……!)


 ギルターの震えるような感動が、祝珠を通して伝わってくる。

 ツムギは、ぼんやりする視界でその美しい塊を見た。


(これが、卵……)

(ああ。俺たちの卵だ……!)


 卵は水中で頼りなく浮かんでいる。

 ギルターがツムギの手を離し、腰を支えた。


(手に取ってやってくれ……!)

(あ、あたしが触っていいのぉ……?)


 震える手を伸ばし、卵を包むようにそっと掴んだ。

 ──温かい。

 とくんとくんと、拍動が聞こえる気がする。

 確かに命が生きている。


(ありがとう……ありがとう、ツムギ)


 ギルターがツムギを強く抱き寄せる。

 卵は二人の間で静かに光を放っていた。


(綺麗だねぇ……)


 ギルターが体を離して微笑む。


(さぁ、上に戻ろう、お姫さま)

(うん……)


 ツムギは卵を抱えたまま、ギルターに導かれてゆっくりと水の中を上がっていった。


「ふぅ……」


 海面から顔を出す。

 怠くてあまり体に力が入らない。

 卵を落とさないように震える手でしっかり抱え直し、ギルターを見上げる。


「卵、どうしたらいいの?」

「海の上に浮かべてやってくれ」

「う、浮かべるの?」

「そうだ。手を離して……そっと、海面に」


 握っていた手を恐る恐る離す。

 卵は、ぷかりと水面に浮かんだ。

 すぐに海面が揺れ、波が生まれ、まるで台座のように卵を支える。


「……ほわぁ」


 ギルターがツムギを海から出して縁石に座らせる。

 透明な縁石が、きらりと光を放った。

 ギルターもすぐ隣に腰かける。

 ツムギは卵をまじまじと見つめた。

 月の光に照らされ、海の真ん中できらきらと輝いている。

 自然と目に涙が浮かんできた。


「チビちゃん……」


 そっと卵に語りかける。


「中にいるの? 聞こえてる?」

「きっと、聞こえてる」


 ギルターが優しくツムギの肩を抱いた。


「三つ、光があるよねぇ」

「あぁ。三匹生まれるぞ」

「仲良く一つの卵に入ってるんだねぇ。これなら、生まれるまで寂しくないね」


 見上げると、ギルターの目にも涙が滲んでいた。

 ツムギはギルターの肩に頭を乗せる。

 それからしばらく、二人はただ静かに卵を見つめていた。

 やがて、ふと疑問に思って尋ねる。


「これからどうすればいいの? 孵るまであっためる……んじゃないよね?」


 ギルターは微笑んだ。


「このまま浮かべておけばいいんだ。中のチビどもが大きくなるにつれて、海水を取り込んで卵も大きくなる」

「へえ、すごい……!」


 ツムギは目を輝かせる。

 ギルターがふと真顔になって、ツムギの額に自分のそれを当てた。


「……少し熱があるな。俺の神気が入ったせいだ。ごめんな、早く部屋に戻ろう」

「大丈夫だよぉ。ちょっと興奮してるだけ」


 名残惜しくて卵へ目をやる。

 その気持ちを感じ取ったのか、ギルターが安心させるように濡れた髪を撫でてきた。


「卵なら大丈夫だぜ。ここは結界で守られてる。ナギウモが子守もしてくれるしな」


 ちょうどそのとき、「ぽぉぉ……」と、柔らかな声が響き、桃色の頭が海面から覗いた。


「ナギウモちゃん! よろしくねぇ」


 手を振ると、桃色の海獣は卵の下をゆっくりと回り始める。

 ツムギはもう一度だけ輝く卵を見つめた。


「またね……。チビちゃんたち」


 ギルターに抱きかかえられ、“始まりの海”を後にする。

 通路の途中の小部屋にはモチウミたちが待っていた。

 髪を解いて海水を洗い流し、ギルターに乾かしてもらう。


 扉を出ると、

 がちゃり。

 と背後で鍵が閉まる音がする。

 廊下には銀髪の竜人とヤギが並んでいた。


「くぅーん!」

「ミルゥ!」


 見慣れた綿毛の姿に、ツムギは安心して息を吐く。


「寝ないで待っててくれたの? ありがとねぇ……」


 ヤギの上に降ろされ、その首に抱きつく。


「無事に済んだようで何よりです」

「おう」


 ギルターは照れくさそうに軽く手を上げた。

 ゼータが抱えていたブランケットをツムギの肩にかけてくる。


「ご苦労でした」

「あ……ありがとう」


 ツムギは再び大きく息を吐いた。


(……よかった、ちゃんとできた……!)


 無事に卵を産むことができた。

 ようやく実感が胸に落ちてくる。

 ……実は少しだけ、「花嫁が命を落とすような危険が何かあるのかもしれない」と疑っていた。

 けれど全然大丈夫だった。

 もちろん、ギルターが上手にリードしてくれたおかげもあるのだろう。


(……でも……)


 ツムギは俯いた。

 卵が生まれた、ということは──

 無事に孵ったら、村に戻らなくてはならない。

 その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥がずしりと重くなる。

 ギルターが不安げに頭を撫でてくる。


「大丈夫か?」

「うん……」


 ゼータと別れてヤギに揺られながら、ツムギの中では喜びと寂しさが絡まり合っていた。


 寝室に着き、ベッドへと降ろされる。

 そのまま倒れ込もうとして思い止まる。


「おっと、これを脱がないとねぇ」


 化粧も落とさなければならない。

 しかし婚礼衣装に手をかけても、ギルターは部屋を出ていこうとしなかった。


「ギルター? 自分でできるよぉ?」

「うん……。あのさ、今夜は君が眠るまで隣にいてもいいか?」

「えっ……? いいけど……」


 ツムギはぱちりと瞬く。


「プスー」


 ベッドに乗ろうとしていたおねむなヤギが、「やれやれ」と言いたげに頭を振って部屋を出ていった。


「ミルゥ、気を使わせてごめんねぇ……」


 ツムギは少し頰を赤らめる。

 ギルターが隣にゆっくり腰を下ろし、大きな手がそっとツムギの髪を撫でる。

 ツムギがその手に頭を預けると、ギルターが口を開いた。


「……ツムギに、お願いがある」

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