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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青に囲まれて

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17/20

満月の夜


 そして、ついに迎えた翌日の夜。


「いよいよだぁ……」


 ツムギは寝台に腰を下ろしたまま、何度目とも知れない深呼吸を繰り返していた。


「ドキドキするよぉ……」

「くぅーん」


 心を落ち着かせたくて綿毛を撫でる。

 胸元の祝珠が、とくんとくんといつもより強い拍動を刻んでいる。

 今日のツムギは、深い紅色の花嫁衣装を纏っていた。

 絹のような布でできた立襟の上衣は床に届きそうなほど長く、スリットが入っている。

 金糸が星屑のように散り、波の紋様が流れ、その下のゆったりとした長ズボンが、優雅なシルエットを生み出していた。

 ツムギはまじまじと自分の姿を見下ろした。


「大丈夫かなぁ。変じゃない?」

「くぅん!」


 ふわふわヤギの励ましに笑みを作りつつも、脳裏には村に残してきた妹の姿がよぎる。

 写真でしか見ることのできなかったその花嫁姿。

 世界で一番、美しかったに違いない。


(……比べてもしょうがないって、わかってるけどさぁ)


 そこへ扉がノックされ、びくりと肩を震わせる。

 ふわふわヤギも隣で大きく跳ねた。

 着地でベッドが「ぼよんぼよん」と揺れ、ツムギは体を踊らせながら返事をする。


「何を遊んでるんです?」


 銀髪の竜人の呆れ顔が覗き、ツムギとヤギは息を吐いた。


「なんだ、ゼータかぁ」

「準備はできたんですか」


 ゼータは遠慮なくじろじろとツムギを眺める。

 ツムギは、しゃきっと背筋を伸ばした。


「ど、どうかな。ギルター、気に入ると思う?」

「兄はお前がどんな姿でも気に入ります」

「……それはそれで複雑なんだけどぉ」

「髪をまとめます。椅子に座って」


 ゼータは持ってきた荷物を下ろして櫛を取り出した。

 器用な手がツムギの癖っ毛を梳き、編み込んでいく。

 ツムギは、小首を傾げてこちらを見つめるヤギに小さく手を振った。

 すぐさまお小言が飛んでくる。


「動かないでくださいよ。──目を閉じて」


 ゼータは正面に回り、合わさった貝殻を開いて並べている。

 中には絵の具のようなものが入っていた。

 お化粧道具らしい。

 ツムギは素直に目を閉じた。

 頰にふわりと粉がはたかれ、ゼータの指らしきものがまぶたの上をすべる。

 くすぐったくて照れくさくて、身をよじってしまいそうなのを耐えた。

 指は唇の上をゆっくりとなぞり、最後にぽんぽんと馴染ませるように叩いてから離れた。


「開けていいです。──ミルゥ、飛び付いてはダメですよ」


 目を開くと、ヤギがこちらを見てピスピスと鼻息荒く跳ねている。

 ゼータが指をぬぐって手鏡を差し出してくる。

 覗き込むとちょっとだけお姫さまみたいな女の子が見返してきて、ツムギは目をぱちくりさせた。


「海の中でも落ちない特別製です。──いつものお転婆は控えるように」

「あ、はぁい」

「這うのも禁止です」

「わかってるってばぁ」


 ゼータは話しながら、ミルゥに豪華な鞍を装着し、角には真珠の飾りを付けている。

 ツムギはドヤ顔のヤギを大いに褒めてやった。


「これでいいでしょう。──まもなく兄が迎えに来ます」

「えっ」


 ちょうどそのとき、部屋の外に足音が近づいてきて、ツムギは息を呑む。

 足音は扉の前で止まった。

 ……けれど、しばらく待ってもノックはない。

 ヤギと顔を見合わせる。

 ゼータがため息をつき、勢いよく扉を開いた。


「おわっ、まだ心の準備が──」


 焦ったような声が響く。

 ツムギは身を乗り出して扉の外を見た。

 月光の中に立つギルターは、いつもよりさらに美しかった。

 ツムギと同じ、絹のような婚礼衣装だ。

 濃紺の長い上衣が光を受けるたび、鱗のような鈍い艶を浮かべている。

 いつも無造作な黒髪は後ろに流され、紐でまとめられていた。

 海の瞳がこちらを見て見開かれる。

 ツムギは両手を大きく上げて叫んだ。


「ギルター、綺麗! カッコいい!」

「つ、ツムギこそ……」


 ギルターはふらふらと部屋に入ってきて、ベッドに座るツムギの前に片膝を付いた。


「今日はお姫さまを超えて、女神さまみたいだ……」


 手を取られ、囁くように言われて一気に顔が熱くなる。


「……大げさだよぉ」

「大げさじゃねぇって。すげえ綺麗すぎて、俺、どうしたらいいか……」


 ゼータが大きく咳払いした。


「時間です」

「あっ……お、おう」


 ギルターが、そっとツムギを抱き上げる。

 鞍を付けたふわふわヤギがキリッと前に立った。

 その背に乗せられる。


「……さぁ、行こう」

「……うん」


 手を繋いで部屋の外に出る。

 振り返ると、ゼータがドアの横でこちらに向かって軽く頷いた。

 ツムギは頷き返して、そっと前に向き直る。


(あ、カガリ……)


 欄干に、霊鳥が止まっている。

 黄金の炎を揺らめかせながらこちらを見つめていた。

 ウスラギやハヤシガニたちもずらりと並んでいて、ツムギは目を輝かせて首を伸ばす。


(みんな、ありがとう。頑張るよぉ)


 小さく手を振ると、ヤギの角を飾る真珠が光を散らしながら揺れる。


 白い廊下を手を繋いだまま厳かに進んでいくと、奥から淡く光る扉が見えてきた。

 その重厚な扉の前で、竜人とヤギが立ち止まる。

 ギルターが手をかざすと、扉に青白い光がほとばしった。

 がたりと低い音がして、ツムギは体を震わせる。

 鍵が解除されたらしい。

 ギルターがゆっくりと息を吐いて告げる。


「ミルゥもここまでだ。ありがとうな」

「……応援しててね」

「くぅーん」


 ギルターに抱き上げられ、心配そうなヤギに向かってぎこちなく手を振ってやる。

 次の瞬間、重い音を立てて扉が自動で開いた。

 ──ぴちょんと跳ねる水の音。

 潮の匂い。

 ひんやりとした気配が肌を撫でる。


 竜人と花嫁は、真珠宮の中心──

 “始まりの海”の間へと足を踏み入れた。

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