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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
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16/24

満月前夜

 ツムギは恥ずかしいような、戸惑うような思いで唇を尖らせた。


「前にも返事したよぉ」

「……もっかい、ちゃんと確認しときたくてな」


 竜人は目を伏せて微笑んだ。


「……ギルターこそ、ほんとにあたしでいいの?」


 ツムギは不安に逸る鼓動を隠して、首を傾げてみせる。


「あたしはお転婆だし、歩けないし、何もできないし……」

「そういうのは関係ないって、それこそ前にも言ったろ。全部、君のたまらなく可愛いところだ」


 青い目がツムギをひたと見つめてくる。


「俺は、君じゃなきゃダメなんだ」

「……そっかぁ。じゃあ……」


 ツムギは赤くなって、それでもなんとか目を逸らさずに口にした。


「……あたしを、あなたのお嫁さんにして」

「ツムギ……!」


 泣き笑いのギルターに抱き寄せられる。

 ツムギはギルターの裸の胸に身を寄せ、その背にしっかりと腕を回した。

 しばらくして、小さなつぶやきが降ってくる。


「君がいてくれるなら、どんなことがあっても乗り越えられる……」

「……どんなことでも、って?」


 ギルターは答えなかった。

 ただ、ツムギを抱く手にぎゅっと力を込めた。


     ✳︎✳︎✳︎


 真珠宮に帰ってきた頃には、もう薄暗くなっていた。

 モチウミのシャワーで潮と砂を流し、ギルターに再び体を乾かしてもらう。

 宮殿の入り口には、ご丁寧に羽織ものが用意されていた。


「人魚姫姿は俺の前でだけな!」


 ギルターはツムギに上着を着せ、ボタンを留めて前を閉じた。


「もう夕飯できてるかもな。『遅い!』ってキレられるかも」

「あはは。一緒に怒られようねぇ」


 ギルターに抱えられて食堂へと運ばれる。

 料理を煮込む良い香りが漂っていて、お腹がぐぅと鳴った。

 いつものように椅子に座らされていると、銀髪の竜人がすたすたとキッチンから出てくる。


「イチャイチャに夢中で、私の夕飯を食べたくないのかと思いましたよ」

「勘弁してくれよ、ゼータさま」


 ギルターがおどけて言って、ツムギも胸の前で手を組む。


「最高のお弁当、ごちそうさまでした! 夕飯もすっごい楽しみです!」


 ゼータが少し満足そうに口の端を上げたところで、ふわふわヤギがトコトコと食堂に入ってきた。

 ツムギを見つけて、ばねみたいにぴょんと跳ねる。


「あーん、ミルゥ!」


 ツムギは椅子を降りて、すぐさまそちらへしゃかしゃか這う。

 ゼータが「うわっ」と小さく声を上げた。


「会えなくて寂しかったよぅ!」

「くぅーん!」


 綿毛に顔を埋めてクンカクンカスーハーと、半日ぶりのふわふわを堪能する。


「ほわぁ〜ん……やっぱりミルゥが一番ですなぁ」

「ミルゥ、ツムギにくっつきすぎだぞ」


 弁当箱を運んできたギルターが声を上げる。

 ヤギは構わず、プスプス言いながらツムギの頰に頭を寄せた。


「あはは、くすぐったいよぅ」

「めっ! ミルゥ、めっ!」


 ギルターがずりずりと綿毛をツムギから引き剥がした。


「ありゃあ」

「プスー!」


 ツムギが唇を尖らせると、ヤギも不満げに息を漏らす。

 ギルターはビシッと綿毛を指差す。


「良い機会だから、ちゃんと言っておくぜ。いいかミルゥ。ツムギは俺の奥さんなの!」

「……えぇ?」


 ツムギは思わずヤギと目を見合わせる。


「もしかして……ミルゥにヤキモチぃ?」

「ヤギですよ」

「でもこいつ、オスだろ!」


 ふんすか言っているギルターを冷めた目で見ながらも、ゼータがぽつりとつぶやく。


「言われてみると、毎晩一緒に風呂に入ってるのも、同じベッドで寝てるのも、兄上じゃなくてミルゥなんですよね。どちらが旦那らしいかと言われると……」

「プスー!」


 ヤギがこれ以上ないほどのドヤ顔で胸を張った。

 ツムギはどうしていいのかわからず、きょろきょろとヤギとギルターを見比べる。

 ゼータはそんなツムギを見て、珍しくふっと笑った。


「お前が兄上を捨ててミルゥと駆け落ちしても、私は驚きませんよ」

「えええっ!」


 ツムギは目を瞬き、改めてヤギを見つめる。

 つぶらな瞳、ふわふわの毛。

 可愛いな。

 生温かい鼻息をプスプス漏らすミルゥの周りに、突如として雄大な草原の光景が広がっ──


「ストップスト──ップ‼︎」


 黒髪の竜人が叫んで肩を揺さぶり、ツムギははっと我に返る。

 ギルターは蒼白になってわなわなと震え出した。


「つ、ツムギ、もっかい確認させてくれ。お、俺の花嫁になってくれるんだよな……?」

「さ、さっき言ったばかりだよぉ!」

「も、もっかい確認しときたくて……」


 泣き出しそうなギルターに、ゼータが天を仰いだ。


「……これが自分の兄だと思うと涙が出てきます」


 頭を振ってキッチンに引っ込みながら、冷酷に告げる。


「──茶番はそこまでにして、とっとと手を洗ってきなさい。ほんとに夕飯抜きにしますよ」

「お前が火をつけたんだろうが!」


 ギルターが半分泣き顔で吠えた。


     ✳︎✳︎✳︎


 なんとか夕飯に無事ありついて、ツムギはさらに寝室でデザートを頬張っていた。

 柑橘を使ったカスタードパイ。

 いつものレアチーズケーキの試作品だ。

 ヤギとツムギが夢中で口に運ぶのを、銀髪の竜人が長い足を優雅に組んで眺めている。


「あーん、夜にこんなん食べたら、ほんとに太っちゃう」

「お前はもう少し太ったほうがいいと思います」


 静かな口調に、首をぶんぶんと横に振る。


「だめぇ、最近幸せ太りがひどすぎぃ」

「……幸せなんですか?」

「幸せだよぉ」


 昼間、ギルターの前でも言った気がする。

 その弟が静かな瞳で自分を見つめているのに気づいて、ツムギは首を傾げた。


「ゼータは幸せ?」

「は?」


 ゼータは美しい眉をひそめる。


「……お前には関係ないと思いますが」

「あるよぉ。あたし、ゼータにも幸せでいてほしいもん」

「……」

「前にさ、使命が大変だって言ってたよねぇ。最近はあたしの世話もあるし、そのせいで辛かったらやだなぁって」

「お前ごときの世話は朝飯前だとも言いませんでしたか?」


 兄よりも薄い青い瞳がちらりとこちらを見て息を吐く。


「……いまの生活には、そこそこ満足していますよ」

「ほんとぉ?」

「使命の他に、やりたいこともできましたし」

「えっ、なぁに?」


 ツムギは、がばっと身を乗り出す。

 ゼータは「決まっている」とでも言いたげに答えた。


「お前に、完璧なレアチーズケーキを提供することです」

「……え?」

「──それを食べて驚くお前の顔を見たら、さぞかし気分が良いだろうと思うんですよ」

「あらぁ……」


 ツムギは微笑んだ。


「うん。それはあたしも楽しみ」


 ゼータが頷く。

 そこにノックの音がして、二人でドアを見る。


「はぁい」

「ツムギ、月が綺麗だぜ!……お、ゼータ?」


 勢いよく入ってきたギルターは一瞬怪訝な顔をしたけれど、サイドテーブルの皿を見て微笑んだ。


「デザートもらったのか。美味かったか?」

「最高ぉ!」


 ツムギはグーサインを作る。


「よっしゃ。俺の奥さんに美味いものを食べさせてくれたご褒美だ。使命の前にゼータも月を見に行こうぜ!」

「えっ、行きたい!」


 ツムギは目を輝かせる。

 ゼータはため息をついた。


「お前たちのイチャイチャに巻き込まれることの、何がご褒美なんですか?」

「んなこと言うなって。見せつけたいんだよ!」

「やだぁ」


 ツムギは頰を赤らめる。

 竜人の弟はぼやいてヤギに目をやる。


「最悪すぎる。ミルゥお前、よくいつも耐えられますね」

「くぅん……」

「ミルゥにも見せつけてやるからな! ほら、一緒に行こう!」

「結構です」


 ゼータはにべもなく言って立ち上がる。


「やだ! ゼータも一緒に行くんだ!」


 逃げようとしたゼータの腕を掴んでギルターが叫び、ツムギも慌てて反対側の腕にぶら下がった。


「お願い、ゼータ!」

「この似たもの頑固夫婦……」


 ゼータが恨めしげに唸る。


「……今回だけですよ」

「やったぁ!」


 夫婦の歓声が重なる。


     ✳︎✳︎✳︎


 夜は更けていく。

 浜辺には、三人と一匹の影。

 真円に近い月が夜空を照らしている。


 ──明日はいよいよ満月だ。

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