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ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
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13/25

思い出のケーキ

「──ツムギ‼︎」


 はっとして目を開ける。

 二つの青が自分を覗き込んでいた。


「……ギルター」


 竜人がほっとしたように息を吐く。


「起こしちゃってごめんな。うなされてたから……」

「んー……夢見てたみたい」


 窓の外を見ると、雨は止んだらしい。

 もう夕暮れだった。

 ヤギが寝巻きの裾を引っ張っている。

 それを撫で回してやっていると、額にこつん、とギルターの額が当てられる。


「熱は……引いたな」

「ほわっ」

「……あれ、また熱くなったか?」

「うつっちゃうよぉ!」


 そこへ銀髪の竜人が顔を出す。

 騒ぐツムギを見てため息をついた。


「元気そうじゃないですか。──兄上が大声で叫ぶから、死んだかと思いました」

「残念。生きてるよぉ」


 笑った瞬間、お腹が鳴った。

 ゼータがわずかに目を細める。


「……食欲も戻ったようですね」

「だねぇ」

「ひとまず、これを。よく噛んでくださいよ」

 

 切り分けたフルーツの皿を差し出される。

 甘い蜜の滴る、桃のような果実だ。

 それをヤギと分けっこしていると、ギルターが身を乗り出した。


「なんか食べたいもんないか? 好きなもの作ってやるぜ。──ゼータがな!」


 弟任せのギルターに、ツムギはぷっと吹き出す。


(食べたいものかぁ……)


 少し考えて、ふと、ある味が浮かんだ。


「……レアチーズケーキ」

「レアチーズケーキ?」


 竜人二人は顔を見合わせる。

 子どもの頃、母がよく作ってくれたのだ。

 さっきの夢のせいか、それを思い出した。


「──お姉ちゃんは、私がいないとちゃんとできないんだから……」


 妹がツムギの口元についた食べかすを指で拭う。

 それを目を細めて見ている美しい母。

 ツムギが間違いなく幸福だった頃の思い出。


「──レアチーズケーキ……」


 ゼータが考え込むようにつぶやく。

 その反応にツムギは首を傾げる。


「もしかして、竜人さまの世界には無い?」

「いや大丈夫だ、作れるぞ!──な、ゼータ」

「……チーズを使ったケーキですよね。どういうものですか?」

「んっとぉ」


 慌てて記憶をたどる。


「白くて甘くて……ちょっと酸っぱくて。下にビスケット……? が敷いてあって」

「もっと具体的に。材料は?」

「えっ。チーズとレモン……かな……?」

「……わかるのはそれだけなんですか?」


 責めるような視線に、ツムギはしゅんとする。


「子どもの頃に見てただけなんだもん……」

「そうだ、ツムギは悪くないぞ!」

「関係ない人は黙っていてもらえますか?」


 ギルターは、ひゅっと首をすくめた。

 が、すぐに手を叩く。


「そうだ、あの本に載ってねえの? 料理の本」

「載っていません。載っているものはもう全部作れます」

「前の花嫁さんが持ってきた本かぁ」


 この島では手に入る材料が全然違うだろうに、それを全部作れるとは。

 

(ゼータは料理の天才なんだなぁ……)


 なぜだか自分が誇らしい気持ちになる。


「最近できたケーキだったのかなぁ。本が古くて載ってないのかもね」

「考えていても埒があきません。とりあえず試しに作ります」


 きっぱりと言われて、ツムギは目を瞬いた。


「え、あの、言ってみただけだから……」

「大丈夫だ、ゼータならできる!」


 ギルターがツムギの手を握ってぶんぶん振る。

 ゼータが部屋を出ながら言う。


「今夜はとりあえず、消化にいいものにします。リゾットでいいですか?」

「……はぁい。ありがとう」

「俺もここでおんなじの食べるからな!」


 ふわふわヤギが「自分も」というように鳴く。

 ギルターがもう一度ツムギの頭を撫でて、ぎゅっと手を握った。


「さぁ、夕飯までもう一眠りだ。元気になったら、二人きりでたっぷりデートしよう。ゼータさまに、とびきりのお弁当を作ってもらってさ……」

「ほわぁ……」


 悪夢たちは遠のき、胸の奥に温かな明かりが灯る。

 ツムギは笑みを浮かべ、今度は安らかな気持ちで目を閉じた。


     ✳︎✳︎✳︎


 ──そんなやり取りをした翌々日。

 お昼すぎのことだった。


 熱はすっかり引き、朝はいつもの豪華な料理を堪能した。

 とはいえ、まだ調子に乗るわけにはいかない。

 ツムギは部屋でヤギを撫でながらおとなしく本を読んでいた。

 ちょっと飽きてきて、伸びをしたときだった。

 扉がノックされて目を輝かせる。


「はぁい!」

「──失礼します」


 てっきりギルターだと思ったら、入ってきたのは銀髪の竜人だった。

 こちらを見下ろす冷たい美貌に、ツムギは目をパチクリさせる。


「珍しいね。どうしたのぉ?」

「おやつです」

「えっ、おやつ?」


 ツムギとヤギが、ばっと身を乗り出すと、サイドテーブルに皿が乗せられる。

 さわやかな甘さを思わせる香りのケーキだ。


「ほわぁ……」


 口の中に唾液があふれた。

 皿は二枚ある。

 ゼータも一緒に食べるのかと思ったら、一枚はミルゥ用だった。


「フゴッ」


 飛びついて食べ始めたヤギが勢い余ってむせて、ゼータが「ケーキは逃げませんよ」とぼやきながら背中を叩いてやっている。

 それを微笑ましく眺めながら、ツムギも菓子を切り分けて口に含む。


「……おいしー‼︎」


 思わず頬に手を当てて叫ぶ。

 さわやかな、オレンジのタルトのような菓子だった。

 甘すぎず、適度な酸味と苦味もあるのが最高だ。

 ツムギはニコニコと二口目を口に運ぶ。

 ふと顔を上げると、銀髪の竜人が何か言いたげな視線をこちらに向けていた。


「なぁに、食べカスついてる?」

「……これは違いますか?」

「何が?」


 きょとんとすると、ゼータは呆れ顔をした。


「レアチーズケーキですよ」

「え、あ、あー!」


 思わず大声が出た。

 それでわざわざ、これを作って持ってきてくれたのか。

 確かによく味わうと、チーズの風味がする。

 胸の奥が、きゅんとなるのを感じた。

 薄青の瞳が、おそらく期待を込めてこちらの反応をじっと見つめている。

 とても言いづらかったが、ツムギは首を横に振った。


「すっごく美味しいよぉ。……けど、レアチーズケーキではないねぇ」

「……そうですか」


 ゼータはため息をつく。

 ツムギはなんとなく小さくなる。


「──明日も持ってきます」

「明日も⁉︎」


 思わず叫ぶ。

 ゼータはじろりとツムギをにらんだ。


「もちろん改善したものを、です」

「あ、うん」


 そういうことを言ったわけじゃない。

 おずおずと上目遣いに見つめる。


「あの、あたしのためにそんな頑張らなくていいからぁ……」


 銀髪の竜人は眉を吊り上げた。


「お前のためではないです。私のプライドの問題です!」

「え、あ、そっかぁ」


 呆然としていると、ゼータは風のように扉を閉めて去っていく。


「静かなのに、嵐のような人だねぇ……」

「くぅーん」


 自分の分をぺろりと平らげたヤギが、「それもくれ」と言うように袖口を引っ張ってくる。


「これはあたしのだから、ミルゥでもダーメ」


 慌てて、残ったタルトを口に入れる。

 ちょっとだけ苦くて、優しい味のタルト。

 ツムギのために作られたお菓子。

 レアチーズケーキとは全然違うのに、胸の奥にじんわりとした温もりが広がった。

 ゼータはこれを、どんな思いで作ってくれたんだろうか。

 皿を置こうとして、ふと思い当たる。

 ──お礼を言いそびれてしまっていた。


(……また失敗して、怒られちゃうかもしれないけど)


 それでも、今すぐちゃんとお礼を伝えたい。

 慎重に皿を重ねると、ヤギに乗って食堂へ向かった。


     ✳︎✳︎✳︎


 銀髪の竜人は食堂の椅子に座って、何やら大量の本をめくっていた。

 それから目を上げることなく言う。


「調子に乗って出歩くと、ぶり返しますよ」

「ごちそうさまでした。ほんとに美味しかったよぉ。ありがとう」

「別に」


 そっけない言い方に微笑んで、皿を置いて本を覗き込む。


「それがレシピ本? 見てもいい?」

「……どうぞ」


 椅子に腰掛けて手に取ると、状態はいいがかなり古いものだとわかった。

 奥付けをめくる。


「昭和四十年……」


 どの本も、いまから三十年から四十年ほど前のものだった。

 十冊くらいあるが、一人の花嫁がまとめて持ち込んだのだろうか。

 菓子のページをめくるけれど、確かにレアチーズケーキは載っていない。

 これらの本が出版された後に広まったお菓子なのだろう。


「お料理好きな花嫁さんがいたんだねぇ。ゼータはこれでお料理を覚えたの?」

「そうです」

「この島だと材料が全然違うでしょう? 大変じゃない?」


 いつも冷静な竜人は珍しく、少し誇らしげに言う。


「それを工夫するのが楽しいんですよ。もっとも私は本物を知りませんから。同じ味にできているか、確かめようがありませんけどね」

「全部美味しいよぉ。最高だよ!」


 ツムギが手を振り上げて力説すると、ゼータの口角がわずかに上がる。

 そうやって少しでも笑うと、やっぱりギルターに似ていた。

 大好きな人の弟。

 ちょっと気難しくて、料理が上手で──とても優しい人。


「──お、お姫さま。寝てなくて平気なのか?」


 ちょうどその大好きな人が、かごを抱えて食堂に入ってきた。

 笑顔でテーブルを覗き込んでくる。


「何を話してたんだ?」

「ゼータはこの本でお料理を覚えたんだねぇ、って」

「すげえよな。ガキの時から、ずっと作ってくれてたんだぜ」

「そうなの⁉︎ 見たかったなぁ……」


 チビゼータが仏頂面で一生懸命に料理している姿を思い浮かべて、ツムギはニヤニヤした。

 可愛い。

 絶対可愛い。

 ゼータは何か言いたげな目でこちらを見ている。

 ギルターは料理本の表紙を優しく撫でた。


「母さんの本……」

「えっ?」

「──兄上」


 声を上げたツムギを遮って、ゼータが口を開く。


「頼んだものは」

「おう、山の方で採ってきたぞ」


 ギルターがかごから色々な果物を取り出す。

 ゼータはそれらを手に取って頷いた。


「仕込みをします。関係ない人たちは出て行ってください」

「あ、邪魔してごめんねぇ」

「ツムギは邪魔じゃないぞ!」


 慌てて立ち上がりずっこけそうになったところを、ギルターがすぐさま支えてくる。


「ただちょっと可愛すぎるから、ツムギがいると集中できないんだってさ」

「……飯抜きにしますよ」


 弟が兄を睨みつける。

 最大級に効果のある脅しだった。


「やべっ、退散しようぜ」

「ありがとねぇ、ゼータ」


 ヤギに乗せられ、笑って手を振る。

 銀髪の竜人はスンとしていた。


     ✳︎✳︎✳︎


「……あれ、お母さんの本なの?」


 廊下を進みながら尋ねる。

 ギルターは頷いた。


「そうなんだぁ。お母さん、この島には住んでないんだよね? お父さんも……」


 いままで疑問に思わなかった。

 ギルターが目を伏せて、静かに答える。


「……うん。二人とも亡くなったから」

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