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9/12

受け継がれた執事の証

翌朝。


俺はいつも通り、玲奈の部屋の前に立っていた。


だが。


昨日までとは違う。


俺の中で何かが変わっていた。


父。


黒崎誠。


俺が知らなかった父の過去。


そして。


十年前、玲奈を守ったという事実。


「……」


扉を見つめる。


今まで俺は、玲奈を守ることを「仕事」だと思っていた。


もちろん大切には思っていた。


だが。


今は違う。


父が守ろうとしたもの。


父が命を懸けたもの。


それを。


俺が引き継いでいる。


「蓮?」


声がして振り返る。


玲奈が立っていた。


「どうしたの?」


「いえ」


「また難しい顔してる」


玲奈は少し笑った。


「昔からそうなの?」


「何がですか?」


「一人で抱え込むところ」


その言葉に、少し驚いた。


「……父にも言われたことがあります」


「お父さん?」


しまった。


まだ詳しく話していなかった。


玲奈の表情が変わる。


「蓮」


「はい」


「昨日の話」


「……」


「聞いた」


「え?」


「父さんから」


玲奈は静かに続けた。


「あなたのお父さんのこと」


俺は黙る。


「ごめんなさい」


突然、玲奈が頭を下げた。


「玲奈さん?」


「私のせいで」


「違います」


すぐに否定する。


「違います」


もう一度言う。


「あなたのせいではありません」


「でも」


玲奈の声が震える。


「私がいたから」


「お父さんは……」


「玲奈さん」


俺は少し強い声で遮った。


彼女が驚いて顔を上げる。


「父は」


ゆっくり言葉を選ぶ。


「自分の意思で守ったんです」


「……」


「誰かに命令されたわけではありません」


「……」


「父はきっと」


「後悔していないと思います」


玲奈の目に涙が浮かぶ。


「どうして分かるの?」


「分かります」


「なぜ?」


俺は笑う。


「私の父ですから」


しばらく沈黙。


そして。


玲奈は小さく頷いた。


「……ありがとう」



その日の午後。


俺は藤堂に呼ばれた。


場所は屋敷の地下にある古い資料室。


普段、誰も入らない場所だった。


「ここは?」


「黒崎誠様が使われていた部屋です」


俺は足を止めた。


「父が?」


藤堂は頷く。


「あなたのお父様は、ただの執事ではありませんでした」


「……」


「神代家専属護衛執事」


「護衛執事?」


「はい」


藤堂は古い箱を取り出した。


「神代家には代々、主人を守る役目を持つ者がいました」


箱を開ける。


中には一本の古い懐中時計。


そして。


黒い執事用のバッジ。


「これは……」


「黒崎家に受け継がれる証です」


俺は手に取る。


ずっしりと重かった。


「父が持っていたものですか?」


「はい」


藤堂は静かに答えた。


「最後の日まで」


俺は懐中時計を見る。


裏側には小さな文字が刻まれていた。


――守るべきものを見失うな。


父の字だった。


「……」


胸が熱くなる。


今まで。


父は仕事ばかりで、何を考えているのか分からなかった。


でも。


違った。


父は。


誰かを守るために生きていた。


「黒崎君」


藤堂が言う。


「一つ聞きたい」


「はい」


「君はなぜ執事を続ける?」


「……」


簡単な質問だった。


だが。


答えはすぐ出た。


「玲奈さんを守りたいからです」


「それだけか?」


「はい」


藤堂は目を細める。


「父親と同じ答えだ」



夜。


玲奈は庭にいた。


月明かりの下。


一人で花を見ている。


「玲奈さん」


「あ、蓮」


振り返った玲奈は、俺の手にあるものを見る。


「それ……」


「父のものです」


玲奈はすぐに気づいた。


「昔見たことある」


「え?」


「その時計」


玲奈は近づく。


「優しい人が持っていた」


「……」


「いつも時間を確認してた」


「でも」


玲奈は微笑む。


「私を助ける時だけは、時計を気にしてなかった」


俺は空を見る。


「父らしいですね」


「うん」


少し間が空く。


そして。


玲奈が言った。


「蓮」


「はい」


「これからも」


「私の執事でいてくれる?」


「もちろんです」


「仕事だから?」


その質問に。


俺は首を振った。


「違います」


「……」


「約束だからです」


玲奈は目を見開く。


「誰との?」


俺は答える。


「父との」


そして。


少し笑う。


「それに」


「玲奈さんとの約束でもあります」


玲奈は顔を赤くした。


「……そういうところ」


「はい?」


「ずるい」


「またですか?」


「うん」


玲奈は笑う。


その笑顔を見て。


俺は思った。


父が守った理由。


少し分かった気がした。



しかし。


その夜。


屋敷の監視システムに異常が発生した。


警報音。


「侵入者です!」


使用人の声が響く。


俺はすぐに立ち上がった。


画面を見る。


そこに映っていた人物。


「……」


息が止まる。


侵入者。


その顔は。


十年前の事件記録に残っていた。


父を奪った事件の犯人。


「なぜ……生きている」


画面の中の男は。


カメラを見る。


まるでこちらを見ているように。


そして。


口元を歪めた。


『黒崎誠の息子か』


スピーカーから声が響く。


『ようやく会えたな』


俺は拳を握る。


「……」


『父親の続きをするつもりか?』


静かな怒りが湧き上がる。


「お前は」


俺は画面へ向かって言った。


「絶対に玲奈さんへ近づけない」


男は笑う。


『なら来い』


『十年前の続きを始めよう』


その瞬間。


俺は走り出した。


父が残した約束。


そして。


俺自身の覚悟を証明するために。

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